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会合

 会議室から真っ先に退室し、ジークフリードは砦の部屋でも特に上等な王族専用の部屋に戻った。

 部屋ではジークフリードの側近であるシモンが待っている。

「おかえりなさいませ。いかがでしたか?」

 ジークフリードは脱いだ上着をシモンに渡すと、襟元を寛げながらソファーに腰を下ろした。

「どうやら彼女は記憶喪失だそうだ。白魔法も使えるかどうかよくわからないらしい」

「えっ」

「白魔法が使えるならもしかしたら、と思ったんだが」

「でも、戻った時に『彼女こそ、この呪いを解いてくれるに違いない』っておっしゃっていましたよね。じゃぁ、何を根拠にそう言ったんです?」

 お互いくだけた口調になるのは、今部屋に二人きりで周りにそれを咎める者が誰もいないということもあるが、この二人が単純に幼馴染みでお互いの立場を自覚する前から一緒にいるからでもある。

 もちろん、ジークフリードが傲慢で権力をかさに着るタイプの人間だったら、例え幼い頃から一緒にいるからといってもこのようなくだけた会話が出来る関係にはならなかっただろう。

 ジークフリードは外では落ち着き払った態度で対応し、受け手によってはやや冷たい感じととられかねない人物だ。

 しかしその実は臣下想いである。その事を知り彼に忠誠を誓った者達だけが、彼の周りを固めていた。

 金髪碧眼の端正な容姿、女性を惹きつけてやまない笑顔、柔らかな物腰。歴代王族の中でも最強と謳われる魔力。それ故に幼い頃から令嬢方に大人気。臣下にも慕われ、未来の王として期待されていた。

 ―――あの呪いを受ける前までは。

「お前だって見ただろう、あの場から戻った俺の顔を。今はだいぶ戻ってしまったけどな」

 そう言って、ジークフリードは胸元から顔まで伸びた黒薔薇の痣を指差した。

 数年前に受けた呪いのせいで美しい金髪には黒が混じり、心臓の辺りから薔薇に似た黒い痣が首を伝って左の頬まで伸びている。


 この国では火・水・風・土・氷等属性にあたる魔法を黒魔法と呼び、回復・治癒・防御・光や修復等の特殊属性にあたる魔法を白魔法と呼んでいる。

 基本、火属性魔法が得意な者は赤髪、水や氷魔法なら水色や青い瞳、風魔法なら緑色の瞳、土魔法なら茶色の髪や瞳といった特徴が体に現れる。白魔法の場合、回復や治癒・防御は白髪・紫の瞳・緑の瞳、特殊属性は赤い瞳・金色の瞳や稀に虹色の瞳といった具合だ。黒魔法の使い手になると複数の魔法を操る影響か、黒髪、黒眼の頻度が高くなる。

 髪や瞳の色は魔力に影響される。抜きん出た魔力でこの国を束ねてきた王族は代々黒髪が多い。 

 が、稀に白黒両方の魔法が使えるものが生まれ、その者の髪は金や銀・白金・白銀など珍しい色をしている。

 ジークフリードは五属性全ての黒魔法だけでなく、いくつかの白魔法を使うことができた。しかし呪いの影響で魔力が不安定となり、美しい金髪に黒髪が混じるようになってしまった。


 呪いを受けた後間も無くして彼の最初の婚約者が流行り病で亡くなり、それまでうるさい程に取り巻いていた令嬢方は呪いが我が身に降り掛かるのを恐れ、蜘蛛の子を散らす様に周りから去っていった。

 それでも権力を求める者達は彼の周囲にまだいたが二人目の婚約者が急死すると、一握りの者達を除いて皆彼の周りを去っていった。

 彼の感情に左右されるかのように痣の広がりが変化する事もあって、彼の表情から笑顔が少なくなったのもその頃からだ。外では努めて冷静に―――そう振る舞うしかなくなったのだ。

「確かにあの時、痣が首のあたりまで消えましたね」

「そうだ。だからきっと彼女の魔法に反応したんだと思ったんだが…まさか白魔法じゃなく雷魔法とはな」

 ジークフリードは会議室での事の顛末をシモンに説明した。

「雷魔法?そんなもの使われたら、殿下の身体は呪いを消すどころか、黒焦げになりますよ。正気ですか?」

「やはり、無理か……」

「今のお話からすると、白魔法の可能性もゼロではないようですね。雷魔法については魔道士達が喜んで調べてくれるでしょうし、もうしばらく様子を見るしかないですね」

「次に彼女に会えるのは明後日だ」

「わかりました。じゃぁ、殿下の印象が少しでも良くなるように花でも贈っておきましょうか」

「花?」

「そうですよ。お見舞いには花!決まっているじゃないですか。ミリィアリア様に似合いそうな花を贈りたいと思いますけど、何色が似合いそうな方でしたか?」

「うーん…抱き上げた時にチラッと見ただけだからなぁ。顔が白いな、と思ったくらいだな。あと、もの凄く軽かった」

 そもそも花を身につける訳ではないから似合うも似合わないもないのだが。この主従、二人ともしっかりしているように見えるが案外抜けている。

「そりゃぁ、バラ色の頬をした元気な人が倒れる訳ではないですから、白かったでしょうよ。軽いのはこの際どうでもいいです」

「まぁ、とりあえず薔薇とか百合とか適当に女性が喜びそうなのを贈っておけばいいんじゃないか」

「いい加減ですねぇ。第一、病人に百合なんて匂いの強い花を贈るなんて非常識ですよ」

「じゃぁ、この時期なら鈴蘭の鉢植えとか」

「鉢植えなんて、『そのまま寝込んでおけ』って言っていると思われたらどーするんですか」

 結局、無難に大輪のピンクの薔薇を一輪贈ることで決着した。シモンが代筆したメッセージカード付きの花は、無事翌朝ミリィの部屋に届けられたのだが、東の国から贈られた大量の花に埋もれないようにとの配慮から、枕元の机にうやうやしく飾られることになるのであった。

 ジークフリードはソファーに座ってぼんやりしながら、両手に挟むようにして作った結果の中に閉じこめたゆらゆらと燃える炎を見つめた。

―――もし、彼女に呪いを解く力があれば。

 そう願うのはジークフリードだけではない。シモンもまた、顔には出さずともそう願っていた。自分の不注意でジークフリードが呪いを受けたと責任を感じている分、願いの強さはシモンの方が上回っている。

 ジークフリードは『気にするな。らしく振る舞う必要が無くなって良かったじゃないか』と言ってくれたが、彼の気遣いを理解しているだけに、ジークフリードが感情を押し込めて周囲に対応しているのを見る度に何とかして元に戻す方法は無いかとシモンは思案していた。

 椅子に座って鬱々としているジークフリードを見かねて、シモンは気晴らしを提案した。

「殿下、今日は幸い新月です。外の空気を吸って気分転換でもしてきたらいかがですか」

「そうするか…」

 ジークフリードはシモンに促され、バルコニーへ出て空を見上げた。新月ということでいつもより星がよく見える。

 遠くに見える鐘楼に白いものが見えたような気がして、ジークフリードは夜中の散歩がてら確認に行くことにした。


 同刻。第一部隊の官舎では会議に参加した総隊長のダンロックと、亡くなったラッセルやミリィ達と同じ部隊の隊員であるゾロアを囲んで緊急会議が開かれていた。

「なぁ、ゾロア。ミリィは俺達の事も覚えてねぇのか?」

「うーん、俺も会えていないからなんとも言えないが、隊長のことはすっかり覚えてないらしい」

「そうか……隊長が目の前で死んじまって、よっぽどショックだったんだろうな」

「仲良かったからなぁ」

「師弟関係っていうか、兄妹っていうか。恋人……ではなかったけど、とにかくお互いを大事にしていたからな」

 ゾロアの言葉に皆揃ってうんうんとうなづく。

「ミリィが知りたがらない限り、なるべくその話題に触れないようにしようぜ」

 皆で意見がまとまったところで、自然と次の話題にうつる。

「ところで、ミリィが話せるようになったらしい」

「ええっ!」

「マジか…」

「隊長のことを忘れたから、あの事も忘れて喋れるようになったのかもな」

「良かったんだか、悪かったんだか…」

「うっかり隊長のことを思い出したら、また喋らなくなるかもなぁ」

 亡くなったラッセルを想うと、皆、思い出して欲しい気持ちと、ミリィをそっとしてやりたい気持ちが交錯する。

「でもよ。隊長のことを思い出しても、また喋れなくならないように、あいつに色々面白い事を覚えさせればいいんだろう」

「よし!隊長のことを思い出さないくらい、沢山構ってやろうぜ」

「だからって、博打とか酒場とかに連れ出すなよ!」

 ゾロアが、隊きってのお調子者のルークに釘を刺す。

「わーってるわ!」

 しんみりした雰囲気を吹き飛ばすかのようにドッと笑いが湧きおこった。

「楽しみだなぁ。……こんなときに不謹慎だけど」

「あぁ。一番喜ぶはずの奴がいればな」

 ゾロアも隊員も全員がそれぞれ隊長の死を悼むように口を噤んだ。

 暗い雰囲気を断ち切るように、ゾロアは言葉を繋ぐ。

「とにかくミリィが無事で良かった」

「最初に何て言ったらいいかな」

「『あんた誰?』って言われたらどうする?」

「えーっ!……ありそうで怖いな」

「お前、影が薄いからなぁ」

 話せるようになったミリィとの再会を前に、『あんた誰?』と言われたときどうするかという、もはやどうでもいいシュミレーションに熱心に取り組む隊員達の姿を、総隊長のダンロックは生温かい目で見守る。こうして第一部隊の夜は更けていった。


 少し時は遡って、夕刻。ミリィの目覚めが、東の国の面々に伝えられた。

「ミリィアリア様が目覚められたそうです!」

「本当か!」

 取り継ぎ役の文官がミリィの目覚めと面会について記された文書を側近のレンに手渡す。レンは雷に撃たれたとき、一緒に倒れたうちの一人だ。

 レンは文書をあらためた後、自分の主人である東の国の第一王子シュウに文書の内容を伝えた。

「面会が可能となるのは明後日以降。まだ体調が整わないのと、一緒にいた者が亡くなったショックで記憶が混乱しているため、面会の際にはあの時の事になるべく触れないで欲しいとのことです」

「我々は助かって、親しい者は亡くなったか…」

 シュウは少しすまなさそうに話す。

「彼女のおかげで助かったのだ。いずれ、国を挙げて彼女に礼を」

「はい。元よりそのつもりです」

 雷に撃たれて助かったのも、無事にこの国と和平を結ぶ事が出来たのも彼女のおかげだ。あの時、自分達が死んでいたなら今頃どうなっていたか。そう思うとゾッとする。レンは軽く身震いをした後、ずっと考えるのを停止していた疑問を口にした。

「我々を助けてくれたミリィアリア様はどのような方なんでしょうね」

「そういえば、ずっと彼女が助かるかどうかしか考えていなかったな」

「あの場にいたということは、かなりの高官か武官もしくは文官ですか」

「高官なら目についたはずたが」

 レンは暫し考えを巡らせたのち、首を振って答える。

「やはり武官でしょう。魔道士の服を纏った武官というのも珍しいですね」

 その答えに気を引かれ、シュウは目を通していた書類から顔を上げてレンを見つめる。

「お前、顔を見たのか?」

「いいえ、私達が倒れた時に見ていた者から話を聞いたのです。もっとも、見ていた者も遠すぎて魔道士の服を着た黒髪の女性であることしかわかりませんでした」

 シュウはレンから視線を逸らし、天井を見上げて軽く眼を閉じた。

「黒髪の女性か…会うのが楽しみだな」

 倒れた後せめてもの償いにとシュウの依頼でレンは部屋の前まで出向き、一日に何度も花を届けていた。たとえ会えないと分かっていても、日に何度も訪ねずにはいられなかったのだ。

「贈った花が少しでもミリィアリア様の御心を慰めてくれるといいですね」

「あぁ。亡くなった者にも何か取り計らっておいてくれ」

「かしこまりました」

 レンはラッセルの弔いの手配のため部屋を後にし、シュウは一人になってから小さく呟いた。

「この恩はいつか必ず…!」


 それぞれがそれぞれの想いを胸にミリィとの面会に向けて動き出した頃、当のミリィアリアも部屋からの脱出に向けて動き出していた。

 用意して貰ったローブを身につけ、靴を履いてそっとバルコニーへ出る。風魔法を駆使して音をたてないよう細心の注意を払いながら、鐘楼の鐘の陰に身を潜めた。

「あー涼しい。でも、疲れた……少し休もう」

 独り言が聞こえないよう、周囲に風魔法で結界を張る。思うように体が動いてくれない。現在地を確認するために高い所に登ったのが裏目に出てしまった。せめて朝までにこの塔から降りないと部屋にいないのがバレて大騒ぎになる。

 そんな事を考えながらぐったりと壁に寄りかかり、しばらく休んでいたが不意に人の気配がした。

「誰かいるのか」

 声の主は座り込んでいるミリィに気づくと慌てて声をかける。

「おい、大丈夫か?」

「はい」

「こんなところで何をしてるんだ?」

 ミリィは薄目を開けて何とか声の主の問いに答えた。

「ちょっと暑かったので、涼みに。でも、上まで登ったところで疲れてしまって」

 答えながら、猛烈に焦る。

(まずい。結界を張っていたから油断していた。この状況だと逃げられない。戦いには生き残ったのに、こんなところで襲われたりしたら最悪だ)

「夜中にこんなところに登るなんて、不審者に間違われるぞ」

「……」

(それはどうもすみませんね。でも、私が不審者ならあなたも不審者になりますけど)

 ミリィは心の中で悪態をつく。

 声の主は夜中の散歩に出ていたジークフリードだった。

 夜中に出会った不審者に襲ってくる気配が無いことに安心して、ミリィはヨロヨロと立ち上がる。膝から崩れそうになるミリィをジークフリードが支えた。

「すみません…」

「全く、こんなところまでそんな格好で登るなんて。途中で落ちたらどうするんだ」

「え…?」

(いやいや、普通の人はここまで足で登らないでしょうよ。塔の壁を登る女って…まさに不審者そのものだよ)

「仕方ない、送ろう」

「いいえ、少し休めば動けるようになると思いますから」

 大丈夫ですと答えようとしたが、ジークフリードが言葉を遮る。

「そんな……格好だと危ない。ろくに動けないようだし、ここに置いておくわけにはいかないだろう」

 ミリィが夜着の上にローブを羽織っただけという格好でいるのに気付いて、ジークフリードは視線を逸らした。

 ミリィはこのままここから第一部隊の官舎まで帰るのは今の体調を考えると無理と判断した。幸い無害そうなこの男がいることだし、このままこの塔から降ろして貰うのが上策だろう。

 結局、部屋のバルコニーに程近い中庭まで抱えるように連れ帰って貰った。

「ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」

「いや、うん…」

「あの、お名前は……」

「なっ、名前?」

 ジークフリードはいきなり名前を聞かれて焦った。

(見知らぬ相手に自分の正体がバレてはまずい。せっかくシモンが目立たないようにと気を利かせてくれたのに、フイになってしまうではないか。それに良く知りもしない女性と鐘楼で逢引なんていう噂にでもなったら最悪だ)

 ミリィと視線を逸らし、あたりを見回す。

 ……幸い辺りは暗く、お互いの顔も今のところはっきりと見えない。

 何とか正体がバレないようにと、澄ました声で話す。

「名乗る程のものではない。私もこのまま部屋に戻るから、貴方も気をつけて部屋に戻られよ」

「はい。でも…」

「それとも部屋まで送って欲しいのか?」

 ジークフリードはからかうようにクスリと笑う。

 部屋まで送ってもらうとなるとそれはそれで困ったことになると思い、ミリィは慌ててその提案を遠慮した。

 二人が別れ、お互いの姿が見えなくなったところで、ミリィはこっそりバルコニーから部屋へ戻った。

「もう少しだったのになぁー」

 チャンスはまだある。現在地はわかったことだし、次こそ。そう思いながら、ミリィは今日の脱出は諦めて大人しくベッドに戻った。

 ミリィがバルコニーから部屋へ戻ったのをジークフリードは物陰から見ていた。部屋を突き止める為ではない。ちゃんと部屋に戻れるか心配していたからである。まぁ、している事は同じだが。

「あの部屋は……まさか…」

 ジークフリードはついさっきまで一緒だった女性がミリィアリアだったことにようやく気づき、名乗らなかったのを大いに後悔したたのである。


 翌日。部屋に満ちた花の甘い香りでミリィは目覚めた。一晩ゆっくり眠り、昨日よりも体調が回復しているのを感じる。足取りもまずまずだ。

 部屋からバルコニーへ出る扉を開けると、朝の瑞々しい空気がさあっと部屋に流れ込み、花の香りを押し流す。

「おはようございます」

 人が動く気配を察したのか、侍女が朝の支度のため部屋に入ってきた。

「殿下からお花が届いております。東の国からもまた沢山のお花が届いておりますわ」

「あり…がたいですが、まだ部屋に入るかしら」

 部屋には東の国から贈られたたくさんの花が既に所狭しと飾られている。

「朝食の準備が出来ておりますので、こちらへどうぞ」

 寝室の手前に続いている部屋には、昨日ミリィが希望した通りの朝食が用意されていた。

 今朝は、パンに野菜のスープ。目玉焼きにソーセージ、野菜サラダ。果物はいまが旬のサクランボだ。いつもは朝に甘いミルクティーの他はパンとスープくらいしか口にしないので、随分と豪華に思える。

 朝食を食べ終わると食後の紅茶が給仕される。カップから立ち上がる紅茶の香りを楽しみながら飲んでいると、侍女が今日の予定を告げる。

「昼前に先生方が診察にいらっしゃいます。それまでゆっくりお休みくださいませ」

 それを聞いてミリィの表情が曇った。また大勢に囲まれての診察かと思い、げんなりする。

「あの、今日はさすがにこの格好で診察はちょっと…」

 今日こそちゃんとした服が着たいと訴えると、侍女はシンプルなデザインをした薄黄色のドレスを準備してくれた。

 普段ドレスとはあまり縁のない生活を送っていただけに、なんとも着慣れない。鏡の前で微妙な顔をしていると、ドレスが気に入らなかったと思われたようで赤いリボンのついたドレスや盛大にフリルで飾られたピンクのドレスも準備された。夜会で着るようなデザインではないが、これまで目立たないを信条に生きてきたミリィにとってはこれが普段着と言われても困る程の派手さである。

 一言断っておくが、ミリィは別にドレスが嫌いと言うわけではない。男ばかりの隊員達は知らない事だが、親しい女性兵士達とは時と場所を選んでお洒落を楽しんでいた。貴族令嬢ならドレスは普段着だろうが、ここは前線なので着る機会が今までなかっただけだ。

(こんな服では逃げ出す時に目立っちゃうじゃないの)

 そう思う気持ちとは裏腹に、可愛い服に思わずウキウキと鏡の前でクルリと回る。

 第一部隊の官舎から自分の服を持って来て欲しいところだが、自分以外の人が開けられないよう扉に魔法をかけていたので、今回は仕方ないと諦めて有り難く薄黄色のドレスを着ることにしたのだった。

 その後隙を見て外に出ようと試みるも、午前中は侍女がずっと付き添っていたため、目を盗んで逃げ出すことは出来なかった。

 諦めがついた頃、予定通り昼前に医師達が来てたが、ミリィの様子を診るくらいで診察はあっという間に終ってしまう。

 診察の結果、しばらくの間は魔力の暴走に注意するよう説明を受ける。なんでも昨日飲んだ魔力を抑える薬の副作用で、元々の魔力量が多い人ほど抑えられた魔力が暴走しやすくなるのだとか。

 すでに最大出力で三日間程耐えられるくらいの魔力量が溜まっているらしい。今後しばらくは魔力切れの心配が無いと太鼓判を押され、暴走回避には戦闘訓練などで適度に(出来たらやや多めの)魔力を放出するようアドバイスを頂いた。

 その他、翌日からは官舎に戻って良いとお墨付きを貰えてホクホクしていたが、侍女から残念なお知らせを受ける。

「明日の午前は殿下、午後は東の国の方々と面会が予定されていますので、お部屋で待機するようにとのことです」

 ここがミリィの世界だったことに改めて気づく。美里の世界では、許可が下りれば患者はすぐ退院だったのだ。医者の許可が下りても、上司である殿下がいいと言ってくれなければ、この部屋から出る事は叶わない。

(残念)

 まぁ、ずっといてもお金はかからないと思えば、監視され窮屈な生活もそこまで苦痛ではなくなる。なにせ三食昼寝付きだ。

 しばらくゴロゴロとソファーで過ごすが、すぐに飽きてしまった。

(テレビが見たい)

 美里の記憶が有るせいか、余計に退屈になる。テレビもゲームもネットも無い。ケーキは有るけど、スナック菓子やジャンクフードは無い。

 この世界は美里の世界と比べると文化や環境は良く似ているが、だいぶ不便で危険だ。馬が無いと移動も大変。車や飛行機、電車なんて物は当然無い。でも風魔法があれば飛ぶように走ったり、魔力が強ければ飛んだりも可能だ。水は井戸や川から汲むかだが、水魔法が使えれば出すことができる。まぁ、不便さを魔法で補って生活している感じだ。

 あと、街道に盗賊が現れたりするのは治安が悪い国なら世界共通だが、夜になると森に時々魔獣が現れたりするのはこの世界ならではだろう。魔獣にミサイルなどの兵器が効くか定かではないが、魔法を駆使して倒すことが出来るのもこの世界の事実だ。

 ちなみに白魔法や魔法薬を使えば、魔法で受けた傷を治すことが出来る。しかし、残念ながら風邪や癌、精神疾患などの病気は治せない。なかなか上手くいかないものである。

 ミリィは浴室にある白い豪華なバスタブを見つめ溜息をつく。

 大好きな風呂にゆっくり浸かりたいところだが、王都のように魔法の使える使用人が揃っている訳では無く、風呂に入るとなると水汲みからして貰わなければならない。

 ミリィが水魔法を使えば出せなくもないのだが、まだ体調が完全では無いため魔法を使うのを躊躇っていた。

 蛇口から出る程度の水量で十分なのだが、今だと注意しても消火栓の勢いで水が出てくることになりそうだ。

 なにせ魔法を使って水や火、氷等を出すことは出来ても消したり元に戻したりは黒魔法では出来ない為、どうしてもという時は回復や修復といった白魔法に頼ることになる。

 魔法を使って水の量を失敗したら辺りが水浸しになるし、その片付けや現状回復に白魔法が使える者を……という訳にはいかない。


 一口で魔法が使えると言っても、その幅にはかなりの開きがある。ちょっと使えるくらいでは、生活には何の役にもたたない。少し使えて使用人、まぁまぁ使えて職人、かなり使えるようになると兵士といったレベルだ。

 軍隊で上の方になるには一種類の魔法だけでは無く、数種類の魔法が使えることが当たり前に要求される。

 そして常に全開で魔法を使うクセがついているため、逆に抑えて使うのが苦手な輩が多い。

 ミリィは元々魔力コントロールは良い方であったが、雷魔法が使えるようになった影響か、不安定な状況が続いていた。

 私は魔法が使える。しかもかなり。

 魔法の無い便利な世界の記憶を懐かしむ一方で、今いるファンタジーな世界で自分が魔法を使える状況にワクワクしていた。

 早くここから出て魔法を使ってみたい。

 今まで戦いの中で散々魔法を使ってきたが、二つの記憶が有る今、記憶通りにちゃんと使えるか確認したくてたまらないのだ。

 すでに倒れてから数日経ち、外に放出されない魔力が体内で燻っている。今なら山の一つや二つくらいなら吹き飛ばせるかもしれない。そんな物騒な事をついつい考えてしまう。溜まった魔力を訓錬で吐き出し、スッキリしたいというのもミリィが早いところ官舎に戻りたい理由だった。

 

 ミリィはこれまで家の名誉のために幼い頃から戦いに参加してきた。

 『力こそ全て』そう言い聞かせられ育てられ、力が認められなければ家から出る事は叶わないし、家名を名乗る事も許されない。許可なく家名を名乗った場合、最悪消されてしまう。

 家のため、国のため身を捧げる。

 しかしミリィは美里の記憶を得た事で、この世界では当然の責務に疑問を抱くようになった。

 そして同時に、ずっと戦いに明け暮れていたこれまでの生活から上手くすれば抜け出せるのではないかと期待し始めた。

 問題はどうやって軍から抜けるかということだ。仮にも国軍きっての実力者が揃った第一部隊の隊員であったため、余程の理由が無いと難しい。勝手に抜けるとスパイ容疑がかかる。

 追手にビクビクして過ごす生活なんて御免だ。  

 それから記憶の欠落という問題もある。

 どこでどんな恨みを買っているかも分からない。記憶が戻るまで待つか自分を取り巻く状況がはっきりしてから動く方が得策か見極める必要がある。

 軍を辞めるとなると、あの実家も色々言ってくるようになるだろう。

 そんな事を悶々と考え、頭の中で色々と計画を練る。

 しかし物心ついた頃から身体を動かす生活をしていたせいか、午後には暇に耐えられなくなった。

 風呂に入るのは諦め、何か出来ることは。と思った時、花のお礼をすっかり忘れていたことに気づく。

 王族に花を貰ってお礼状を返さなかったなんてことが知れたら後々実家の恥になる。遅かれ早かれ自分の出自はバレるだろうが、自分の対応の不出来のせいで実家に弱味を握られることが無い様にしたい。

 そう思い、急いでお礼状を書きたいと言うと、侍女は大層立派な便箋とペンを準備してくれた。読んでハイ終わりとなるだけなのに、王族に手紙を出すともなると、便箋もここまで豪華になるのか。

 侍女から渡された便箋は縁取りがされ、紙の上を花びらが舞い、ほんのりと良い香りまでしている。

 お礼状の宛先が王族という事もあり、一瞬どんな文面の手紙にしようかと躊躇したが、どうせ開封して読み上げるのは側近か文官だろうと思えば気持ちも軽くなる。何でも書ける―――訳ではないが。

 お礼状を二通書き終えてもまだまだ時間があった。

 東の国宛のものは、彼の国の文字で書いたが正しく意味が伝わるだろうか。ミリィはふとそんな心配をする。

 ミリィは話す事が出来なかったため、これまで部隊の隊員達とは主に筆談をしていた。第一部隊は隊員の半分以上が傭兵で構成されている事もあり、隣国諸国から多種多様な人間が集まっている。そのおかげもあってミリィは6ヶ国語も使える迄になっていた。

 東の国の言葉も、そのようにしてヨウから習って覚えた言葉だ。ヨウはミリィが入隊した頃から同じ部隊に所属し、第一部隊のメンバーでも古株に入る人物だ。彼の祖国は東の国だが、何故国を出て、敵国だった国の傭兵になったのかについて語る事はなかった。

 尤も、同じ様な訳有りの人間が集まった部隊であったため、ミリィを始め誰もお互いについて探ったりすることはなかった。

 最前線で仲間と自分を頼りに生き延びる―――そんな死と隣合わせの毎日を送り、部隊の仲間達はお互い強い絆で結ばれている。

 侍女に手紙を渡し、ミリィはバルコニーへ出た。夕暮れ迄はまだ時間がある。

 医師達から許可が出た事もあり、中庭まで散歩に行きたいと言うと反対される事はなかった。


 一方その頃、シモンは侍女が持ってきたミリィからのお礼状を受け取り、読み上げると安堵の溜息をついた。

「殿下、ミリィアリア様からお見舞いのお礼状がきておりますよ」

「そうか」

「なかなかに丁寧な文面で、少し驚きました。ミリィアリア様は貴族の出という殿下の読みは当たっているかもしれませんね」

 シモンは顎に手を当ててミリィアリアへの対応を思案する。

 彼女が傭兵なら金を積めばある程度言うことを聞いてくれるだろうが、何かあって始末する時には実力者揃いの第一部隊の隊員故に厄介だ。

 もし貴族出身なら実家に圧力をかけて協力させるという手段が取れる上、それほど金を積む必要が無くなる。勿論、見返りは要求されるだろう。ただ、貴族間には派閥が存在するから対応には注意を払わなければならない。

「ミリィアリア嬢の出自は分かったのか?」

 ジークフリードはミリィからのお礼の手紙に目を落とし、筆跡を確認する。

「残念ながら、まだ。配下の者に探らせていますが第一部隊ともなると管理が厳しく、隊の内部に入り込む隙もなかなか……」

 やや気まずそうに答えるシモンをみて、ジークフリードは楽しそうに目を細める。

「シモンにしては、珍しく弱気な言い様だな。ミリィアリア嬢の出自が知れればこちらに都合が良いのは確かだが、大事なのは本人が今後我々にとって使える人物かどうかだ。彼女の出自は調査の結果を待ちつつ、我々に今出来る他の最善を尽くさねばな」

「東の国の件ですね」

 シモンは伏せていた視線を上げ、真面目な顔をしたジークフリードを見る。

「そうだ。せっかく和平交渉が終わったのに、あちらはなかなか自国に帰らない。せっかく命は助かった上に、ピンピンしているんだから早く帰ればいいものを…とっとと無事に帰国してもらわねば」

「まぁ、ここで何かまたあったら大変ですしね」

 ジークフリードはおもむろに椅子から立ち上がると窓際まで歩いて行き、外を眺めながらイライラと話を続けた。

「北の国の警備も手薄なままだしな」

「あぁ、そう言えば亡くなったラッセル隊長が和平交渉終了と同時に北へ向かう予定でした。東の国御一行の警備が追加されて出発が延期になってましたね」

「ラッセル隊長の後任は?」

「隊員達の実力的には横一線のようですが、昨日の会議に参加していたゾロアという者になるようです。声が出るようになった事を知って、ミリィアリア様を推す隊員も相当いたようですが、総隊長のダンロック様が最終決定したと聞いています」

「そうか。まだ夏に入ったばかりだから、北が侵略して来る心配は少ないと思うが…早く行動するに越した事はない」

「東の砦での残務整理の後、北の砦に向かって引き継ぎと辺境伯への顔合わせ。その後やっと王都へ帰還ですか…殿下も忙しいですね」

 再び机に戻り大量の書類に目を通してサインするという作業をしながら、何気ない様子でジークフリードは答える。

「それが役目だからな」

「王都では毎日夜会に出かけていって遊び呆けている方もいるというのに……」

「俺が夜会に出て行ったところでお綺麗な御令嬢方は怖がって逃げていくんじゃないか?」

 軽口を叩きながらジークフリードはふと昨日会ったミリィアリアを思い出した。

 明日面会する予定にしていたが、ミリィアリアが他の令嬢達と同じように恐怖でひきつった顔を見せるのではないかと予想し、自分で自分に少し傷つく。

 昨日は普通に話ができたが、多分暗かったせいでお互いの顔も良く見えなかったからだ。それに、自分が王子だと名乗りもしなかった。

 昨日暗闇の中で塔から降りる時に、ローブが風ではためいた。その時見えた、夜着を纏った白い肌が瞼の裏をチラつく。

(そういえば、何故彼女はあんなところにいたんだろうか?)

 ジークフリードはシモンに昨日塔の上でミリィに出会った事を話した。

「なるほど。思ったより、行動力溢れる方のようですね。これは上手くいけば、明日を待たずに会えるかもしれませんよ」

「どうやって?」

「庭で待ち伏せするんですよ」

「はあ?何のために?」

「案ずるより産むがやすしといいますからね。会ってどのような人物か確かめた方が手っ取り早いと思いませんか」

 シモンに強制的に促され、ジークフリード達はミリィがいる部屋のバルコニーに面した庭にある東屋にやって来た。

「ここまで来て、出て来なかったらどうするんだ?」

「大丈夫ですよ」

 そう言ってシモンは虹色の瞳をキラッと光らせ、ニッコリと笑う。

 程なくしてシモンの予言通り、ミリィが庭に出てきた。

「相変わらず、凄いな…」

 シモンは少し先の未来予知をする能力を持っていた。凄い能力だが、見たいと思う未来が見える訳では無いのが残念なところだ。

「たまたま見えましたので」

 シモンは澄ました顔で答え、ミリィの姿を目で追いかけた。

「このままだと、すぐに気付かれると思いますが。こちらから声をかけますか?」

 ヒソヒソと会話しながら、ジークフリード達は庭を散策するミリィをしばらく柱の陰から見つめていた。


 庭に出て来たミリィはそんな二人に見られているのには気付かず、ぼんやりと花を見ながら涼を求めて歩いていた。夏の日の午後、庭の空気はまだ暑く、傾きかけた太陽は未だ砦の壁を照らしていた。時折吹いてくる涼しい風が、間も無く陽が沈む時刻であることを告げている。

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