episode.13
蒼衣くんに直接断ろうと思ったのだけれど、さっき団体のお客さんが入ってから声をかけるタイミングを失っている。
「あれ? 確か蒼衣の知り合いの…」
オーナーらしき人がわたしに気がついて話しかけてきた。
「ちょっと今手が離せそうにないんだけど、伝言ならできるよ」
ちょっと迷ったけど、ことの概要を話し今日は自分で帰ることを伝えてもらえるようにした。わたしは店を出ると、彼氏が迎えに来るというなぎちゃんと別れ、駅までの道のりをのんびり歩いた。
そういえば川沿いの桜も葉桜になりかけで、今日は花びらが見渡す限り舞っている。春の夜風と街灯のほのかな明かりに照らされた桜はなんとも幻想的だった。
ざっと強い風が吹き、目を閉じるとわたしを呼ぶ声が微かに聞こえた。辺りを見渡しても誰もいない…気のせいかと思いまた歩き出すと、今度ははっきりと声が聞こえてきた。
「つぐ!」
歩道橋の上からバイトの制服姿のままの蒼衣くんが目にとまる。わたしのいるところまで息を切らしながら走ってきた。
「あ、蒼衣くん! どうしたんですか!?」
目が合うと、蒼衣くんはわたしの手を引きギュッと抱きしめた。走ってきた蒼衣くんの心臓の音がやたらと大きく聞こえる。
「あの人と…帰ったのかと思った」
あの人って、大輔のことかな? だからってこんなに慌てて追いかけてくるなんて…。この前の『また遊ぼう』の意味さえ分からないのに。
「何で…わたしが誰と会おうと蒼衣くんには関係のない話じゃないですか! どうして付き合ってもいないのに抱きしめたりするんですか!?」
大輔のことも重なって、気持ちのやり場がなく感情的になってしまった。付き合って欲しいみたいな言い方するつもりじゃなかったのに。
「つぐ…泣いてる?」
そう言って蒼衣くんはわたしの目尻を指で優しく拭った。
「ごめん…」
「もう、いいです!」
蒼衣くんの腕を抜け出すと、顔を見られたくなくて背中を向けた。別に蒼衣くんも大輔も好きなわけじゃないのに…蒼衣くんに『ごめん』と謝られると、今までのこと全て否定されたみたいで悲しかった。
「わたしのことなんて、何とも思っていないなら放って置いてください」
蒼衣くんが何か言いかけたが、わたしはその言葉さえも振り払い駅へと向かった。ほんのわずか、蒼衣くんが引き止めてくれるんじゃないかと期待したのが少女マンガのような展開にはならなかった。
勝手に期待して、勝手に傷ついて、ほんと馬鹿みたい…。それから数週間、蒼衣くんからの連絡も偶然会うこともなくなった。こうゆう状況になってみて、会おうとしなければ会えない関係なんだと実感した。
少なからず、蒼衣くんがわたしと会おうとしていてくれたのは確かだった。