episode.12
今しがた起きた出来事について頭が追いつかないでいる。
大輔がわたしにキスした!? しかも蒼衣くんの目の前で! あ、あれか、アメリカ流の挨拶とか? いや、完っ全に舌入れたよね! しかも別れてないってどーゆーこと!?
あれから蒼衣くんは忙しくなる店内を行ったり来たりしてて、さっきの出来事なんて気にも留めていない感じだし、話をしたいのに大輔ときたら仕事の電話とかでさっきから店の外。
「ちょっと! つぐってば! 大輔と別れてたんじゃないの?」
「わ、別れてたに決まってんじゃん! 大輔がアメリカ行ってる間一つも連絡なんてなかったし」
「わかった! つぐに今いい感じの男子がいたから、元カレの独占欲が発動したか〜?」
「もー、なぎちゃんふざけてないでよ!」
そんなことを言いつつも、お店の外で話をしている大輔を見てしまっている自分がいた。でも大輔ってどちらかと言うと、あんまり執着するタイプではなかったと思う。
いつも側にいてくれて、優しい言葉をかけてくれた。一見人当たりもよく交友関係は広い人だった。でも、どこか距離をおいて人と付き合っていた。付き合っていた当時も大輔には踏み込めないスペースがあって、それを越えてしまうと居なくなってしまう気がしていた。
まぁ、実際いなくなっちゃったんだけどね…
「はぁ…」
わたしが小さなため息をつくと、聞こえるはずもないのに窓の外の大輔と目があった。大輔は「待ってて」と大袈裟に口パクしている。ヒラヒラと手を振りながらウインクをした。
「なんか、もう、そうゆうとこがずるい!」
わたしは小声でそう言うと大輔から目を逸らす。なんだか気持ちがおさまらなくて、目の前に置かれたビールを煽った。
「ごめん、お待たせ」
何くわぬ顔をして帰ってきた大輔に無性に腹が立ってビールに手をかけた。
「つぐ、飲み過ぎ」
グラスの口に手を置いたのは蒼衣くんだった。少し怒っているような気もしたが、普段から感情を表に出さないからよくわからなかったし、まぁ蒼衣くんが怒る理由も見当たらない。
「そんなに飲んでないですよ! ほらこの通り」
大丈夫なことを証明しようと立ち上がると思いの外足元がおぼつかず、ふらついたところを蒼衣くんに支えられる。
「ご、ごめんなさい!」
「俺、送ってくんで」
「だ、大丈夫です! それに蒼衣くんまだバイトなんじゃ…」
「今日は呼ばれたついでに手伝ってただけだから、飲み終わったら呼んで」
「あ、あの…」
次の会話を遮るように蒼衣くんは他のお客さんのところへ注文を取りに行ってしまった。
「で、どうすんの? 送ってもらう? 断りにくいなら俺から話そうか?」
横で聞いていた大輔がわたしの心を読んで提案する。大輔はよく気付くし、気持ちには人一倍敏感なところがある気がする。そうやっていつも何も言わなくても気づいてくれるところは変わっていない。でもいい加減、甘えてばかりではいけないし、わたしだって成長してるとこを証明したい!
「だ、大丈夫。ちゃんとわたしから話すから!」
そう宣言するわたしを見て大輔がクスクス笑う。全てお見通しと言うことだろう。
「わかった、何かあったら連絡ちょうだい。これ連絡先」
また飲もむことを約束して大輔は店をあとにした。わたしは大輔のキスの意味や、別れたつもりはないと言う大輔の言葉を消化するには少し時間が必要な気がしていた。