episode.10
昨日送られてきたメッセージを、朝の混雑した車内で見返していた。
『あと、また遊ぼう』
蒼衣くんのメッセージをどう受け取っていいのか…少なくとも誰とでもって感じでは無さそうだけど…ただの社交辞令だった場合まともに返信するのも引かれる事案だよね。
なぎちゃんたちにも相談したけど、なんかもうこの状況を楽しんでいるようにしか思えない。スマホとにらめっこをしていると急に背後に気配を感じた。
「つぐ、おはよう」
「ひゃ!」
急に耳元で話されてしゃがみ込む。
「ごめん、大丈夫?」
顔を上げると蒼衣くんが手を差し出していた。きょ、今日も尊い…。
「どっか、ぶった?」
蒼衣くんが心配そうにしゃがんでわたしの顔を覗き込んだ。その距離わずか30センチほど。パーソナルスペースをすでに突破していますけど!
「だ、大丈夫!」
イケメンの破壊力半端ない!! この距離に蒼衣くんがいることに落ち着いていられるはずもなく、急いで立ち上がる。
蒼衣くんが今度は見上げる形になり、これはこれで心臓に悪い! 少し長めの前髪が目にかかりそう…そして子犬のような眼差しに……立ちくらみを覚える。
ゆっくりと蒼衣くんが立ち上がると同時に車両がカーブへとさしかかった。わたしはバランスを崩して思わず蒼衣くんの方へ倒れ込んでしまった。
「った…」
気づくと蒼衣くんに抱きしめられる形になっていた。今日に限って、蒼衣くんはブレザーを抱えていた。校章の入った中間服の白シャツ越しに、蒼衣くんの体温と心音を感じる。こ、これは心臓止まる事案! 慌てて離れようとすると蒼衣くんの腕がわたしの身体を包み込んだ。
「まだ、ふらついてるんだから席があくまでこのままでいて」
「あ、蒼衣くん! どちらかとゆうとこの状況のが心臓に悪いとゆーかなんとゆーか…」
少なからず抵抗を試みるが、蒼衣くんの匂いが鼻をかすめると……もったいないと思ってしまっている自分が情けない。
「あの、よかったら座ってください」
2人やりとりを聞いていた向かいに座る学生が、席を譲ってくれたことにより蒼衣くんから解放される。し、心臓が…苦しいくらいに早鐘を打っている。イケメンって……これほどまでにしんどいとは…。
「はぁ…」
「せんせー、花瓶から水あふれてるよ」
「わ! ほんとだ!」
慌てて蛇口をひねる。いっぱいになった花瓶の水を少し減らすと、花束を戻した。
「せんせー、この中で好きな花あるの? わたしが花言葉教えてあげるよ」
「ほんと? 花言葉知ってるなんてすごいね! そうだなぁ…この赤と白の花が可愛いかな」
「最近花言葉ハマってるんだ! 本も図書室で借りたよ。えっと…この花はアネモネって言って…花言葉は…はかない恋…恋の苦しみ…」
「な、なんか、悲しいお花なんだね…」
はかない恋? 悲しい? 確かに最近恋という恋をしていない! 5年前大輔と別れてから、卒論とか教採とか、初任研とか…って、ひ、干物もいいとこ。
※教採=教員採用試験の略。この試験に受かると各都道府県での採用が決まり晴れて正規採用で働ける。
※初任研=初任者研修の略。採用1年目は条件付き採用の身。クラス担任などをしながら、年間30〜40回程度、教育センターや様々な場所で研修を行う制度。
いや、最近は蒼衣くんというイケメンに出会ってドキドキしてるぞ! し、しかし恋とかそうゆうのではなくて、久々の男子、しかもイケメンに免疫が対応してないだけで特にどうこうなるわけではなくて…端的に言えば何にもない!
「せんせー、もう予鈴なるよ」
いかん! 職場では余計なこと考えないようにしなくては! 仕事は大事。あー、でも恋もしたい!