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文~ふみ~  作者:
8/24

8通目 彼女からの返事

 長い夏休みが終わり、新学期が始まる。

 小麦色に染まった体を自慢するように見せ付けてくる人もいれば、終わらない課題を持って途方に暮れたように彷徨う人もいる。そんな雑然とした中、僕は一人図書室に来ていた。夏休み中図書室は閉まっており、彼女と文通をすることができなかった。彼女からの手紙のことが頭にちらつき、楽しい夏休みを楽しく過ごすことができなかった。でも、それも今日で終わる。


「夏休みも終わったし、ようやく彼女からの返事を……って、あれ?」


 ガチ、ガチガチ。

 扉の取っ手を引いてみるが反応がない、試しに押しても反応がない。……あれ?

 扉と必死に格闘していると、僕の後ろを通りすがった教師が驚いたように目を丸くする。


「橘君? え、何をしているの?」

「せ、先生、なんか図書室に入れないんですけど……?」


 鍵がしっかりと閉まっている。手違いでかけっぱなしなのかと思って訊ねると、教師は得心したように手を叩く。


「ああ、だって今日は始業式でしょう。図書室解放日は明日からよ」


 当然のように語る教師の方へ慌てて振り返る。


「え!? 始業式の日って開いていないんですか!?」

「今日は午前中で生徒は帰っちゃうしね、そんな日にわざわざ図書室に来るような生徒も特にいないし」

「間違っています! 現に僕が来ているじゃないですか!」

「そんなこと私に言われてもねぇ……あ、それより式がもう始まるわ。ほら、橘君も早く」

「あ、ちょ……せ、先生、せめて少しの間だけでも空けていってー」


 必死の呼びかけもむなしく、その教師は忙しそうに早歩きで去っていった。




 月曜日、結局始業式の日は図書室に入ることができず、次の週になってしまった。つまりあの日、出そうと思っていた手紙は出すことができなくて……。


「手紙あるかな……ないかもな」


 夏休みという長い期間を空け、もし彼女に文通を続ける気が残っていたとしても新学期初っ端から手紙がなかったとしたら、きっと続ける気なんかなくなってしまうだろう。心持ち足を早めながら、いつもの場所へと向かう。本の間を窺うと、いつもは手紙の挟んである場所に、ノートの切れ端らしき物が挟んであった。ノートの切れ端、まるで一番最初のようだなと思いつつ引き抜いて空けてみると、彼女の小さな文字で一言書いてあった。


『  私は、続けたいです  』


 小さく、震えているかのようなか細い字だった。彼女はこれを書いた時どんな気持ちだったのか。今更ながらそれを思い知らされた気がする。僕が手紙を出さなかったことによって、彼女は何を感じていたのだろうか。手紙が無く、教室内で相変わらずの距離を保つ僕を見て、夏休みの間に僕が文通を続ける気を無くしたのだと思っても不思議ではないのではないか。小さく震えている文字、強く握ったのだろう皴の入った切れ端、彼女がこのメッセージを残した際の気持ちを思うと胸が痛む。何故もっと早く彼女の気持ちを察してあげることができなかったのか。自分だったら……なんて、少しも考えていなかった。

 彼女からの返事をポケットに入れ、図書室を出てその足で教室に向かう。その間、不思議と誰かに話しかけられることが無かった。そして教室に入ると、彼女は自分の席に座って静かに本を読んでいた。

 風が吹き込み、優しく彼女の髪を揺らす。騒がしい教室内で、彼女のいる場所だけ別世界のように見える。

 僕は一歩踏み出して彼女に近付く。けれど二歩目を踏み出そうとしたところで足を止める。彼女は本を読むために俯いて、その表情は分からないが、真剣に文字を追っていることは分かる。そんな彼女の邪魔をすることなんてできない。

 彼女は変わらない、僕との関わりなんて一切持っていないかのように傍に寄って来ることがない。今、僕のポケットに入っている震え、自信の無いような手紙を送ったことすらないような態度で。その姿を見ていると、本当にこの手紙を彼女が書いたのか不安になる。今まで何度も疑問に思ったことが、今更のように僕に圧し掛かってくる。……本当に、僕の文通相手は彼女なのかな……?


「……あ、陽じゃん。どした、ボーっとして」

「……なんでもない」


 彼女から視線を逸らす。彼女が変わらないから、目に見える所に変化が無いから分からなかったのだろうか。今、この場にいる彼女が何を考えているのかが。

 ポケットに手を入れ、手紙を握りこむ。“続けたい”と彼女が思っているのなら、僕は彼女に手紙を書こう。そしてもし彼女から返事が来たらまた書いて……。


 その日、僕は彼女への手紙に……初めて宛名を書いた。


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