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文~ふみ~  作者:
7/24

7通目 僕と私の夏休み

 休館中。

 僕はそう書かれた札を前に、どうしたらいいのか分からなくてしばらく立ち呆けていた。

 今は学生にとっての歓喜の夏休み中、普段だったら友人と遊びまくっているところだが、なぜか今年の夏休みは一人学校になんて来ている。


「……そうか……夏休みは図書室ってやっぱ入れないんだ」


 図書室なんて普段は全く利用しないから分からなかった。開かない扉を前に、大きなため息をつく。彼女からの手紙はこの扉の向こうにあるのだろうか、それともこうなることを予想して元々手紙なんて用意していなかっただろうか。

 諦めきれずにしばらくガチガチとドアノブを捻るが何の反応もない。戸締りもしっかりしてある、でもこの日だけは閉じ忘れとかあってほしかったなとも思う。もう一度ため息をついてその場を離れる。次に彼女の手紙を手にするのはおよそ一ヵ月後。いつもは短い短いと思っていた夏休みが、今は途方もなく長く感じてしまう。


「あれ、陽じゃん。何してんのー?」

「うちらは補習でね。……あれ、陽も補習?」

「なわけねーだろ、僕は……その、忘れ物だよ」

「なんだー」

「そうだよねー、陽は結構頭いいもんねー」


 そういえば、夏休み前のテストで赤点を取った人は夏休み前半に補習を受けなければならなかったんだっけ?

 話しかけてきた友人と話しながら教室に目を向けると、一人隅の方に腰掛けている少女に気が付く。

 彼女だ。

 彼女がノートを広げてシャーペンを動かしている。黒板に書かれている数字を写しているのだろうか、彼女の眉間には小さな皴が寄っている。そういえば彼女は数学が苦手だと言っていたっけ。……いや、数学どころか算数もできるか怪しい。

 苦笑が漏れそうになって、慌てて手で口元を押さえる。すると僕の動作に気付いた友人が首を傾げている。


「何やってんの?」

「いや、何でもない。補習頑張れ」


 その場を立ち去ろうと振り返る。その寸前、風に揺れる彼女の長い黒髪を目にして少し寂しさを覚える。

 週に一度、彼女からの手紙を受け取っていた。しかし夏休みの間は受け取ることができない、つまりその間は彼女の関わりがなくなるのだと、今改めて実感した。何となくで始めた彼女との文通が、今はこんなにも自分の中で大きくなっているとは思っていなかった。


「……話が、したいな」


 夏休みが早く終わればいいのに。

 初めて、そんな風に思った。




 夏休みの間は図書室には入れない、彼はそのことを知っているのだろうか。教室に先生の声が響く中、私は不意に考えていた。

 今は学生なら皆が待ちに待った夏休み中、でも私は夏休みなんて来なければいいのにと思っていた。夏休み中は学校の図書室は使えないし、家にいてもすることがないし、それに……。机の中にある一通の手紙に目を向ける。彼へと宛てた、出すことのできなかった手紙。もしも夏休み中、彼が文通に飽きて止めてしまったらどうしよう、もし新学期が始まって彼から返事が来なくなったらどうしよう……とか、そんなことばかり考えてしまう。


「……しわ、柏!」

「……え、あ……」

「あ、じゃない。……聞いていなかったのか?」

「……すいません」

「まったく、じゃあ吉野、続きを」

「はい」


 隣の席の吉野君が教科書を音読する。彼のことを考えることに夢中で、全然先生の話を聞いていなかった。折角先生が休み前のテストで赤点を取った生徒のために補習をしてくれているのに、集中してないなんて最低だ。私は改めて教科書に目を向けるが、考えてしまうことは彼のことばかり。

 初めてできた気軽に話ができる友達。

 失いたくない、強くそう思った。




「あれ、陽じゃん。どうしたのー?」


 聞こえてくる名前にドキリとして指が一瞬震える。しかし私は声の方に視線を向けないようにして、机の上のノートをじっと見つめる。彼の名前に反応して、思わずそちらを見てしまいそうになった。


「お前ら馬鹿だしな」

「おっ、自分は赤点を免れたからって余裕だな」

「僕は元々赤点なんて取ってないし」


 楽しそうな笑い声が響く。……楽しそう、だな。黒板に書かれた数式を写し取りながら、自分が一体何を書いているのか分からなくなる。

 彼がそこにいる、でも私には決して近付くことはない。


「補習頑張ってね」

「うん、じゃあね陽」


 彼が離れていく。ここで別れたら次に会うのは夏休みが明けてからになる。彼に渡したい、机の中にある彼へと宛てた手紙を。

 けれど私の体は動かない。直接渡すことなんてできない、話しかけることなんてもっとできない。もしも嫌な顔をされたら? 話しかけるなと拒絶されたら? ……勇気が持てない、私は彼との関係を壊したくないのだ。

 窓の外に目を向けると彼が歩いているのが見える。彼の茶の髪が日の光に照らされてキラキラと輝いている。本当に、彼は遠い人。これが本当の私たちの距離なんだと思うとふっと息苦しくなってしまう。


「……話が……したい、です」


 言葉が漏れる。

 長い長い夏休み、早く新学期が来ればいいのに。


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