3通目 彼女との距離
彼女との文通内容は、他愛もない日常を綴りあっていた。
『 文系は得意だけれど理系は苦手だと最近気付きました。特に数学は意味が分かりません。公式なんて覚えても、将来何の役にも立たないと思いませんか? 』
真面目で勉強が得意そうな割に、彼女は勉強が苦手だそうだ。それに僕は返事を書く。『公式はともかく、足し算や引き算は覚えておかないといけないよ』と冗談を添えて。
返事が来た。
『 馬鹿にしないでください。足し算や引き算なら中学を卒業する頃にマスターしました 』
……彼女は意外と頭が悪いのかもしれない。
彼女と文通をするようになっても、僕たちの関係は変わらなかった。名前を知り、同じクラスということに気付いても、僕は彼女に話しかけるのでもなくただ手紙を書き続けた。彼女も同じ気持ちなのだろうか。手紙のやり取りをするようになってからも、彼女からの接触はない。むしろ僕の文通相手は本当に彼女なのだろうかと疑ってしまう時がある。
「あの、柏さん。現国のノート提出してくれない?」
「…………」
クラスの子が彼女に話しかけている。それに彼女は無愛想に机の中からノートを取り出し、渡していた。ちなみにこの時彼女は一言も言葉を発していないし、視線を合わそうともしていない。クラスの皆はそんな彼女を“扱いにくい”“取っつき難い”と感じ、あまり関わろうとしていない。
文通を始めるまで、僕自身も彼女のことを無口で大人しい人だと思っていた。しかしその認識を覆すように手紙の中の彼女は饒舌だった。多くを語り、時には冗談を交えて彼女は文字で話す。その姿は僕の知る“柏紫乃”とは中々一致しなかった。……いや、もしかしたら未だに一致していないのかもしれない。
廊下を他クラスの友達と話しながら歩いていると、前方から彼女が歩いてくる。すれ違う、その時視線を向けることもなければ一言話しかけることもしない。すれ違い、通り過ぎ、振り向くことなく……ただ、それだけの関係。
僕と彼女の現実での距離はそんなものだ。
週明け、図書室に向かって手紙を受け取る。
『 文系は得意という話を以前したよね。でも私が得意なのは、もしかしたら国語だけなのかもしれません。先日帰ってきた英語の小テストが赤点でした。どうしましょう 』
苦笑が漏れる。確かに先日英語の小テストが返ってきたが、あれは確か単語を書くだけの簡単なものだったはずだが。
「『どこを、間違えたの?』……と」
僕は柏紫乃と文通をしている。
しかしその人は僕のクラスメイトの柏紫乃ではなく、同姓同名の別人なのではないかとたまに思ってしまう。
暗く無口で、人付き合いの悪いクラスメイトの柏紫乃。
饒舌でちょっと(?)頭の悪い文通相手の柏紫乃。
もしかしたら僕は、現実に存在しない空想上の彼女と文通をしているのかもしれない。
朝、教室に入り彼女が自分の席に座っているのが視界に入る。けれど数秒も経たないうちに視線を逸らし、友達に笑いかける。
視線を合わさない、話しかけない、関わらない。
それが僕たちの距離。
『 “頑張りましょう”って赤ペンで先生のコメントが書かれてあったよ(*^∀^*) 』
……それは、嬉しいことなのだろうか。
返事には英単語の単語帳を作った方がいいのではないかと書いておこうと思う。