21通目 陽
僕と彼女は、文通をし続けてきた。……普通なら、多少は見栄を張ったりして、本当の自分は隠して演じたりして、自分を良く見せたいと思うかもしれないけれど……僕も、そしてきっと彼女も、そんなことを考えなかった。そのままの、素の自分が……手紙の中で、彼女と交流していた。
だからこそ彼女からの最後の手紙を読んで、違和感を覚えた。今までは手紙を読んでいると、彼女の姿から表情まで見えていたのに、急に壁越しに話しかけているように感じた。……だから、嘘だと思った。
「……っ……き、きらい……です。……陽君なんて……大っ嫌い……」
ぽろぽろぽろぽろ。彼女は大粒の涙をこぼしながら、僕を詰る。彼女は飽きる様子を見せることなく「嫌い、嫌い」と繰り返す。
「陽君は、自分勝手で……私のことなんて、全然気にもしてくれなくて……優しくなんか、ない、酷い……人。……嫌い、陽君なんて……大嫌い」
好きになんて、なってもらえるはずがなかった。僕は理香子と違って、彼女のために行動一つ起こそうとさえしなかった。好きになる要素なんて、一つもない。
彼女は決して大きな声を上げずに、涙を落とすようにして静かに泣いていた。……その泣き方がとても綺麗で……思わず見惚れてしまう。
今まで、嘘をつくことなど、偽ることなんて考えもしなかっただろう彼女が、はじめてついた“嘘”。彼女の中の子どものまま止まっていた心が、僕や理香子との付き合いの中で急速に育っていったのだろう。それゆえの変化。人間関係の中で得られる喜びや楽しさを知っていくと同時に、苦しさや悲しさを一気に知った彼女は、戸惑いながら成長していった。今までの無垢な彼女は、もういない。けれど、今まで以上に彼女に惹かれている自分がいるのを感じる。純粋で綺麗な以前の彼女以上に、清濁併せ持った人間味溢れる今の彼女の方が……すごく、魅力的だと思った。
綺麗だと、思った。
「……最初、は、貴方に憧れていて……ずっと、話してみたくて……でも、ずっと、貴方の中に私は入れなくて……気がついたら、嫌いになってた……。……それなのに、理香子ちゃんは、陽君の彼女で……私は陽君に近づけないのに……理香子ちゃんは、傍にいて。……私の、理香子ちゃんなのに……陽君が取って……。……ずるい、よ。……二人とも、ずるい」
泣き続ける彼女を見て、僕はどれだけ彼女を傷つけてきたのか、ようやく分かった気がする。……そうだ、無視をされて、平気な人なんて……いるはずが、ないのに。
一歩踏み出し、強く握りこんでいる彼女の手に、自分の手を重ねる。顔を上げる彼女と視線を合わせ、しばし見つめあう。
「……ごめんね……紫乃。……ずっと、ずっと……ごめん」
僕は彼女のことをよく知っていて、けれど同じくらい彼女のことを知らない。それは彼女も同じで……僕のことを、知らない。知らなかったら、結局、何も変わらないんだ。
「僕は……君を、知りたい。君という……“特別”な友達のことを」
教えて欲しい、そうお願いをすると、彼女は不思議なものを見るように瞳を瞬かせ……ようやく、泣き止んでくれた。よかった、泣かれてしまうと……どうしていいか、分からなくなるから……困る。
彼女は開いている方の手で目元をこすり、目尻にたまった涙を拭き取って僕を見る。
「……私も、あなたのことを……知りたい。……知って、大嫌いなあなたを……好きに、なりたい」
そして、彼女は赤く染まった目元を隠すことなく、ふわりと笑顔を浮かべた。それがとても優しく見えて……何故だか、僕の方こそ泣きたくなった。……彼女は強い、逃げ道を用意し言いたいことも満足に言えない、僕とは違う。……行動を起こすのは、いつも彼女からだ。そして、彼女と同じように、理香子も強い。女の子だからかな。意気地なしの僕とは違って、強くて優しい……だからこそ、弱い男は、強い女の子に惹かれるのかもしれない。
「……僕も……僕のことを……好きになって、もらいたい……よ」
繋いだ手を柔らかく、痛みを与えないように握りなおし、彼女に精一杯の笑顔を向ける。……今までの僕と彼女は、普通の友達以下の、知り合い以下の……“特別”な友達であった。
けれど、今は違う。
好きになりたい、好きになってほしい。
……きっと、今度からは……“大切”だと言えるような友達になりたいと……そう、思ったんだ。




