2通目 彼からの返事
『 あなたが好きです 』
そう綴った言葉を最後に、私は続きを書くことができなくなっていた。
◇ ◇ ◇
私には秘密の文通友達がいます。
「おっはよ!」
元気に叫びながら教室に入ってきたのは橘陽君というクラスの人気者です。明るい茶髪に女の子のような可愛らしい顔立ちが特徴的な、裏表のない性格で男子にも女子にも好かれているすごい人です。暗くて人付き合いの苦手な私とは大違い。
私は彼に向けていた視線を手元の本に移し、ページを捲る。
彼は名前の通り、お日様のような明るい人。……そして、誰にも言えないけれど、実は私だけの文通友達なのです。
始まりは四月の終わり、私は週末によく本を借りて土日に読んでいたりします。この日も気になる本を数冊借りて、図書室の本の背表紙をぼんやりと見ていました。
県内で最も多くの蔵書を保有するといわれる憧れの熊蜂高校に入学し、元々本好きだった私は更に本の虜となってしまいました。昔から人見知りで、本だけが友達だった私にとって、この学校の図書は素敵な魅力に溢れていたのです。本の背表紙を眺めながら、私はつい先日から始めてみた楽しみを思って笑みを漏らす。
「……えっと、この辺り……」
図書室の一番奥の棚にある誰も触れようともしない“日本文学書道の歴史”という分厚い本。その中の四巻と五巻の間に一通の手紙を挟んでおくことです。誰に宛てたものではないけれど、友達と呼べる存在のいない私にとって、こうして手紙を書くという行為が何だか友達と文通でもしているようでとても楽しいのです。毎週金曜日になると置いていた手紙を回収し、新しい手紙を置くようにしています。今日もいつものように新しい手紙と入れ替えようと本の間から抜き取った途端、違和感を覚えました。
「……あれ?」
角が折れ曲がっているのです。まだ数回しかしていないけれど、いつも綺麗なままの封筒が少し汚れていました。まるで床に落ちて埃がついたような……誰かが触ったような……。
慌てて封筒を開いて中の便箋を取り出してみると、私が入れた便箋ではなくノートの切れ端が入っていました。
『 はじめまして、僕も熊蜂高校に入れて嬉しいです。君は本が好きなんだね、全てに目を通すって……それはもしかして辞典とかも含まれていたりするの? 』
私の書いた手紙の返事が書かれていた。
もしかしたら普通なら不審に思ったりするのかもしれない。けれど私は返事が来たことが嬉しかった。こんな私なんかの手紙の返事をくれるなんて一体誰だろう。……誰でもいい、嬉しい。……嬉しい。
挟もうと思って持ってきた手紙を仕舞い込み、私は持っていたノートを千切って返事を書く。返事は一言だけ。もっとたくさん訊ねたいことはあったけれど、一番訊ねたいことを最初に。
『 あなたは誰? 』
一週間後の金曜日、図書室に行くと返事が来ていた。そこに記されていた名前は憧れていたクラスメイトで、私は高鳴る胸を押さえながら返事を書く。
『 私は柏紫乃です 』
手紙の相手が私なんかでガッカリしないだろうか。もしかしたらもう返事は来ないのかもしれない。
ドキドキしながら迎えた次の一週間後、私の不安を吹き飛ばすように返事が届いていた。
『 はじめまして、これからよろしく 』
こうして私たちの文通は始まりました。