その6 何から何まですみません
「すみません、騒いでしまって」
ビッシーを探すためと先に言っていたとはいえ、日が暮れるまで絶えることなく語り続けるとは誰が思っただろう。しかも赤の他人の船の上で、だ。なんとも迷惑この上なく、申し訳なさが後から後から湧いて、いや、ぶつかってくる。もしここまでだと事前に知っていたのならば、俺はたとえこの後動くことができなくなろうとも全力で止めていた。
「いえいえ。私の出した話にここまで乗ってもらって、なんとお礼を言えばいいのやら」
大野さんはにこやかに……。
「「は?」」
初めて、サキと台詞が被る体験をした。
大野さんは子供のような、いたずらな笑顔を浮かべている。
「ビッシーは今家の近くにいてね。こんな時間だし、晩をうちで一緒に食べようじゃないか」
そう言う大野さんについていくと、木造のなんとも別荘な家に案内される。ログハウスとでも言おうか、丸太を組んだ造りの外見はとてもお洒落に飾られていて見ていて気持ちがいい。
庭はアメリカのような、芝生に道が最低限といったかたちだ。道は二つに分かれ、家と逆方向には小屋が一軒建っている。合わせてみると結構な広さだ。
「実は妻に若い子が来るかもしれんと伝えてあってね」
扉を開けると良い匂いが漂ってくる。台所に通されると優しそうな奥さんが丁度皿を並べ終わった様子で我々を迎えてくれた。
手を洗って席につくと、奥さんは「お口に合うかしら」と不安げな表情で勧め、全員でいただきますを言った後、各々思うままに箸を進める。
食卓には白米に鮭の豆煮と大根の味噌汁。そしてフレンチドレッシングのかかったルッコラのサラダが並んでいる。サラダにはルッコラの他にレタスとミニトマトが入っていて、フレンチドレッシングも何か足しているのか全てに合う味だ。味噌汁は大根の根だけではなく葉も入っていて何だか懐かしい。鮭の豆煮は荒巻鮭の塩味を味付けに使っているらしく、あとは少しの醤油で大豆とグリンピースを煮込んでいる。
目から怪光線を出すほどではないが、全て健康に気を使いながら愛情を込めて調理しているのがわかる。これに返す言葉は一つしかない。
「おいしいです」
昼飯を抜いたのも理由の一つなのか、気がつけばご飯を三杯もおかわりしてしまっている。迷惑だろうので控えようとしたら奥さんが「若いのだからもっと食べなさい」と促してくれた。ならばもう一杯とお願いするが、傍らの少女ことサキが何やら言いたそうにジト目でこちらを睨む。
そもそも昼飯を抜いたのは誰のせいかと言おうともしたが、そこは奥さんの眼前。おかわりは四杯目でストップした。
「料理上手な奥さんで羨ましいです」
食休みと雑談を兼ねて話題を振ってみると、そこは気さくな大野さん。君は口がうまいねと笑い飛ばしながら奥さんの自慢を始めた。出会いは戦後の病院で最初は料理も何もできなかったと、なんとも微笑ましい。
「あまり妻を褒めると彼女が嫉妬してしまうよ。君たちもいずれは結婚するんだろう?」
出されたお茶を噴きかけた。
まさか俺とサキが? ありえないと思いながらもサキの方を見ると何やらにこやかに。
「ありえません」
あまりの爽やかさに大野夫婦は鳩が豆鉄砲をくらったような顔になっている。わざわざこんなところにビッシー探しにボートに乗りにくるくらいだ。端から見ればそう見えなくもないのだろう。実際はただの利用する者とされる者。だがしかし、これを説明するには骨が折れそうだ。
「彼と私はただの幼なじみで、今日は私のわがままに付き合ってもらったんです」
あまりの不条理に俺すらも忘れていた設定を引っ張り出して反論する。
「あら、そうなの。でもきっと、未来はそうじゃないわよ」
漫画でしか見ないような台詞を現実で聞くとは思わなかった。
将来も未来も、たとえ恐竜が生き返ろうが世界に二人きりになろうがサキと結ばれることはないだろう。もし親が結婚しろと言うのならば、俺は家族の縁を切ってでも逃げさせてもらおう。