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その3 罰当たりにも程がある

 我々は近江高島駅へ着くとバスへと乗り換え、第一の目的地である白鬚神社とやらに足を降ろすことに成功した。

 この神社は少々様子が変わっていて湖の上に鳥居があり、それがまたサキの想像をかきたてたらしい。正にビッシーを奉る神社に相応しいと息巻いている。俺としては由緒正しく風情のいい普通の神社にしか見えないからびっくりだ。

「この鳥居をビッシーはいつもくぐっているのね。なんとも感慨深いわ」

 この娘の感性は常人と離れたところにあるようで、このような不思議事例絡みでないと感慨深くは思わないらしい。話は変わるが、丁度少し前に秋祭りがあったらしく折角ならば祭りにあわせて来れれば俺自身ももっと楽しめたのではないかと現在残念さが薄っすら滲み出ている。どのような祭かは知らないが、何の意味もなしにやってくるよりは充実した時間を過ごせただろう。


 サキについて境内へ入ってみると、なんとも言えない程に見事な建築物が建っている。説明によると登録文化財に指定されているらしく、見事なのも納得である。

 本殿はというと、柱が軋むと思われるほどに古く味のある木で造られており、歴史と趣を感じさせる大そう素敵なもので、同じく説明によると重要文化財に指定されたもの凄い建物であることがわかる。

 これだけを見てもサキは中々にいい神社を当てたのではないかと思ってしまう。

 勿論、ビッシーではなく観光としての意味だが。


「ここら辺には特に何もないわね。奥に行ってみましょ」

 特に関心一つない俺にこれほどまでに讃えられる程の建築物を無視し、サキは境内奥の山へどんどんと進んでゆく。

 しばらく歩いた先には何やら柵で囲まれたものが見える。太古に造られた古墳らしく、四つ同じようなものが見られる。うち一つは特別なものなのかサキが目を輝かせそうなものが建っているではないか。

 当のサキを横目に見てみると想像以上に興奮しているのが表情からわかり、それ以上に昂ぶる感情が空気を振動させてこちらに伝わってくる。


「間違いないわ! ここはビッシーのお墓なのよ! すごく神聖な雰囲気が伝わってくるわ。そりゃそうよ、あんなに凄い生き物なんだもの。古来から重宝視されて神の御使いとして見られていたっておかしくないわ。ここにある祠だって考え通り。私の推理は正しかったのよっ」


 そう言うや否や動きが活発になり、祠や周りの墓らしきものの周りを意気揚々と調べ始めた。するとすぐ近くにあった岩に気がいったようだ。岩には御神木に巻くような縄が巻かれ、いかにも他と違うオーラを放っている。三角に尖った形で、大分大きい。

「これは……」

 サキはわなわなと震えだしたかと思うと、とんでもない一言が奴の口から発せられた。

「ビッシーの骨。いえ、化石ね!」

 さすがにそれはありえない。ツッコミを入れようとしたところを奴はさらに続けた。


「こんなものまで出てきているなんて、私はなんて幸運なのかしら。これでビッシーの本当の大きさや形、大よその硬さまで推測できるわ。欠けてしまっているのが残念だけど収穫としては充分よ。これでビッシーが存在する確証は得られたもの」


 サキはにやりと笑みを浮かべると懐から携帯電話を取り出し、祠や岩に向けて写真を撮り始めた。最近の携帯のカメラはデジタルカメラと大差ないほどの性能とはよく言ったもので、メモリーカードの容量が増えたことも相成り、このようによくわからない探検記念に写真を撮ることも可能になったようだ。

 思い出や記憶が増えるのは大いに結構だが、奴にとってこれは調査報告という名のノートに貼るための貴重な資料となるのだろう。折角普段来ない場所に来ているのだから自分も写せばいいのに、一瞬としてそのようなことをしようとしない。

 写真を撮らないことに関しては俺自身にも言えるのだろう。記念に一枚くらい撮っていてもバチは当たるまい。俺はそっと携帯を取り出しカメラ機能を起動した。

 そこで問題になるのは被写体なのだが、自然だけでもいいだろうし古墳を記念に撮って帰るのも面白い。それに、少し戻れば味のある建築物が腰を下ろしている。考えている以上に被写体は多く、どれにしようか迷ってしまう。そうだな……。

 一枚目は、楽しそうに撮影しているサキでも写すことにでもしよう。


 これ以上の収穫は見込めないと踏んだのか、サキは携帯をポケットに入れると急ぎ足でバス停へと駆け出した。相変わらず何も言わずに突っ走る奴の行動に合わせるのは大変で、一瞬でも遅れると見失いそうになる。もしこの神社の地面が石を敷き詰めたものであったならば今頃俺は盛大に転び、服と鞄と口の中に大量の小石を詰め込んでいたことだろう。

 着いてみると、どうやら丁度バスが来る時間だったらしく、俺達は跳ねるように車内へと乗り込んだ。「まったく、とろいんだから。バスが行っちゃってたらどうするつもりだったのよ」と生意気な口を叩くことから察するに、行きに通った際に発車時刻を調べていたようだ。こういうところだけは用意がいい。

 バスから見える遊泳場の風景に心和やかになりながら、再度近江高島駅へと返り咲く我々。湖で泳ぐ子供たちを見ていると、今が夏で本当によかったと思わせてくれる。断じてロリコン的な意味ではない。

 あぁ、こんなことならば俺も水着を持ってくればよかった。そして颯爽とこの場からサヨナラして冷たい水に足をつけて水鳥になってしまえれば、どれ程幸せだろうか。欠片ほども開放的になれない自由研究のようなこの時間に何の意味があるだろう。


「私的には延暦寺も怪しいわね。あんなに大きくて古くからあるものだもの。ビッシーとの接点の一つや二つ、溢れ出てくるに決まってるわ」

「いや、それは断固として否定させていただこう」

 延暦寺といえば有難き説法を説いていただけるお堅い寺である。そんな場所がビッシーなどという未確認生物、いわゆるUMAを相手にすることがあるだろうか? いや、ない。たとえ風景が綺麗でもケーブルカーに乗って登る意味があるだろうか? いや、ない。

 別に、お経を聞いていると昇天しそうになるだとか、寺に対して因縁があるだとか、自分が狐に憑かれていたり狐自身だったりするということもないが、ただ単に金が惜しい。それだけだ。狐落としは寺ではなく神社の仕事だろうという質問にはお答えする気はない。

 延暦寺にはまかり間違ってもビッシーに関する逸話は有り得ないと説得すること数分、面白くなさそうなサキはパンフレットこと地図に向き合い、湖の淵を指でなぞってはあーでもないこーでもないと自分のアンテナの反応する場所を探している。

 一分は経たなかっただろう。奴は楽しそうな笑みを浮かべ、こちらに振り返った。

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