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素顔と隔て

新しく仲間になった海賊、ケイム=ハスラー。しかし、まだまだ距離を感じてしまう。接し方に戸惑うウォーシャン兄弟。心を開いて欲しいと思いつつも…?

時計の針は8時を回っているが、太陽が昇って来ず夜のままである。比較的北緯に位置するこの地域は、冬は日の出が遅く、日の入りが早いのだ。どんよりと暗いままの空がまるで自身を暗示している様で少し嫌気が差していた。

「……降りそうだな。」

ポツリ、独白を漏らすと白い息が立ち上り、そのままふわりと空気に溶けた。気温が下がりつつあり、今にも雪が降ってきそうだ。

自分は今何をしてるのか……どうなりたいのか…正直なところ分からずにいた。

二日酔いのせいか酷く頭が痛む。酒を飲んでいる間だけは嫌な事を全て忘れられるけれども、酔いが覚めてしまえば、見たくもない現実を直視しなければならない。

それがあまりに残酷で、そして同時に憂鬱で溜息を吐いた。

「ケイムー、溜息を吐くと幸せが逃げるぞー?」

いつの日にか言われた言葉が、声が、聞こえたような気がして振り返った。しかし、そこには求めてた人の姿があるはずも無く…

額に手を当てて自嘲した。

嗤うたびに虚しさだけが広まっていき…心のどこかにぽっかりと穴が空いていくのを感じたのだ。

「俺は……」

そこまで言って口を噤んだ。足音が近づいてきたからだ。

ガチャりと扉が開く音がしたかと思えば、バンダナの子供…いや、ウォーシャン兄弟の弟の方、サージが出てきた。

「ケイムさんおはようございます。眠れましたか…?」

「…それなりに。」

本当は寒くてあまり眠れなかった。少し、一人の時間が欲しかったからわざわざ外で寝たのだが…普通に寒くて死ぬかと思った。しかし、自分を落ち着かせ、ぐちゃぐちゃの頭の中を整理するには充分すぎる時間だった。

「そうですか…なら良かった。」

サージがニコニコと愛想良く笑いかけてきた。

笑うのが上手いんだな…

相手の好意を素直に受け取れない自分がいる。少し人間不信になっているのかもしれない…

「温かい飲み物入れるので良かったらどうですか?」

「ん。そのうち行く…」

「分かりましたー。」

そう言ってサージは中へ戻ってしまった。

少し前に、中から裏にするか表にするか話し合う声が聞こえて来たからきっと、どちらが俺を呼びに行くかコインで決めていたのだろう。結果的に予想が外れたサージが来た…

気遣いに感謝しなければならないのに…

″ありがとう″

そのたった一言が言えなかった。

何故こうも口下手なのだろうか…自分の不甲斐なさを痛感させられた。これじゃあ変わろうにも変われない…

結局、俺はこのままなんだろうな……

すぐに下へ行こうとしたが、そんな気にもなれず…

しばらくの間…どこまでも暗く深い海を眺めていた。

****

「みんなで作ろうぜ♪あったかぽかぽか俺様特製〜母さん伝授の優しいココア♪搾りたてミルク〜口溶けホイップ〜仕上げにゃ欠かせんスプレーチョコレート♪パラパラ散りばめ色鮮やかに〜♪めちゃくちゃうめぇよスペシャルココア♪飲めば心も体もぽっかぽか〜幸せ弾ける…」

「ちょっと何ですかその歌…」

楽しく歌っていたらサージが水を差してきた。

「作詞作曲!!俺様!!その名も…あったかココアの歌!!」

「……はぁ?」

ドヤ顔で答えたら何故かすっげー怪訝そうな顔をされた。

そんな顔される覚えはねぇんだけどなぁ……

この歌の良さが分からないなんて…俺様の弟はまだまだお子ちゃまの様だ。

「…歌う必要あります?」

「あるぜ!!おまじないだよおまじない!!よく言うだろ?美味しくなーれって唱えれば美味しくなるし…それと一緒だろ?」

そう言ったものの、ふーん…と興味なさげに流されてしまった。全く…まだ半分も歌ってねぇのに止めやがって…

続きを歌い始めようとしたがまたもやサージに遮ってきやがったのだ。

「ケイムさん来ませんね〜…」

「そういや、だいぶ経ったけど降りてこねぇな。」

あの後、本当に屋根の上で寝ちまうんだからすげぇ奴だと思う。外はめちゃくちゃ寒いのに…

それでも、一回も降りてこなかったのは壁を作られている証拠だと言っても良いだろう…

痩せ我慢してたんじゃねぇかなぁ……

「…にしても遅せぇ…折角、俺様特製スペシャルココア入れたのに冷めちまうよ…」

「そうですね…どうします?もう一度呼びに行きますか?」

うーん…とココアを片手に持ちながら唸っていると、ドアノブが下がり、冷たい潮風と一緒にケイムが入ってきた。

「うお!?さみぃ…!!早く閉めろ!!」

「……あぁ。」

短い返事をした後、バタンと扉を閉めてくれた。

ケイムは死体みたいに蒼白で、寒すぎて血が通ってないみてぇだ…

降りてきてくれたのは良いけど、いざ話そうとしても言葉が出てこなくて戸惑っていた。どうすりゃいいかなぁ…

こっちはこんなにも頭を悩ませているのに、一方のケイムはスタスタと俺様の脇を通り過ぎて、どかりとソファーに腰を下ろしたのだ。

何か喋る訳でもなく、こちらの方をじっと見ている。

「なぁ、ケイム!!これ作ったんだけど良かったら飲んでくれよ!!」

何故か少し緊張したけど俺様なりに切り出してみた。ココアをテーブルの上に置き、様子を伺うことにしたものの…

甘いココアとは裏腹、ケイムは少し苦い顔をしている。

「……随分と糖分摂取をしてるんだな。」

「甘い物ってすっげー元気出るぜ?」

何とか話題に食いついてくれたが、ココアを睨みつけて一向に口を付けずにいるのだ。見兼ねたサージがフォローしてくれた。

「僕も初めて出された時には驚きましたが…見た目ほど甘くなくて美味しいですよ。」

そういや、初めて俺様特製スペシャルココアをお披露目した時にはサージにも似たようなリアクションされたっけ。

「……そうか?」

「騙されたと思って飲んでみ!?うめぇからさ!!」

負けじと推し進めると、折れてくれたらしくココアを手に取り、マスクに手を掛けようとしたのだが、何故かそこでピタリとやめてしまった。

「………」

「何でマスク外さねぇんだ!?」

深夜の時と一緒で、ケイムの目には再び迷いの色が表れていた。どうやら、外していいのか悪いのか迷っているらしい。外してはいけない理由でもあるのだろうか…

「……悪い。外で頂く。」

そう言って立ち上がりまた外に行こうとするもんだから慌てて止めた。

「いやいやいや!?ここで飲めよ!?寒いしやめろって!!」

「そうですよ!!飲めない理由でもあるんですか!?」

「……飲めない訳じゃない。」

「じゃあ何で…」

サージの問い掛けに答えることなく押し黙ってしまった。

「これから長い付き合いになるんだしさ、毎度これじゃあお前的にも大変だろ…?」

一緒の船でやっていくんだ。長い付き合いになるだろう…それなのに、今のままの距離では…

先が本当に思いやられる。

ケイムは迷いに迷った末、再びソファーに戻り腰を下ろしてくれた。

ふぅ、と小さく息を吐いた後、乗り気ではないみてぇだけど答えてくれた。

「……嫌いなんだよ。俺が…」

「…嫌い?」

「あぁ、嫌いだ。同じ顔なのに…全く別物で…不甲斐なさを知ら占められて…何より、比べられる。それが本当に嫌なんだ。」

どうやらケイムはコンプレックスを持っているようで、誰を基準にしてるかは分かんねぇけど…それが重ねに重なり一種のトラウマになっていのかもしれない。

だから自分のことをこんなにも嫌っているのだろうか。

「俺様は、その誰かとは比べたりしないぜ…?」

「えぇ、しませんから!!だから、安心してください!!」

ケイムはこちらの顔をじっと見たあと、そうか。と短く呟き、ココアに目を落とした。

しばらくの間続いていた、沈黙を破るかのようにゆっくりとした手つきでマスクを外しコップを手に取り、口を付けた。

緊張してるせいか、心臓が煩いくらい鳴り響いている。

ゴクリと飲み下した後少し驚いた表情を見せ、

「……美味いな。」

そう呟いた。

さっきまでとは別人のように表情が和らいでいる。今までずっと冷たい目をしてたけど…やっぱりちゃんと笑えるんじゃないか。ケイムの人間らしい一面が見れて、安心したのと同時に嬉しく思えた。

「だろ!?俺様特製スペシャルココアうめぇだろ!?」

「……あぁ、とても。」

もう一口飲んだ後、口元の生クリームを舐めとってからコップをテーブルの上に置いた。そして、一息置いて視線をこちらに戻したのだ。

「……どうだ?落ち着いたか?」

「…それなりに。」

マスクで覆われていないケイムの素顔。俺様ほどではねぇけど整っていやがる…しかし一つ気になることがある…

「あの…ケイムさん?何故引っ掻き傷が?」

俺様が気になっていたことをサージが聞いてくれた。頬に最近出来たものだと思われる傷が付いている。浅いから跡も残らず一週間程度で消えるんだろうけど…そこだけ妙に目立っちまって折角の顔が台無しだ。

「あぁ…これか…」

傷に手を触れ言いづらそうにしている。

「女に付けられたのか?」

「そんな訳あるか。」

「じゃあ誰に…?」

「…子猫。」

返ってきた答えも答えだから思わず二人で爆笑してしまった。

****

「………。」

「も、もう笑わねぇから機嫌…ぶっ…機嫌直してくれよぉ…」

「そうですよぉ…ふ…ふふふ。」

「馬鹿笑うなって!!釣られるだろ!!」

「兄さんこそ…ふっ…」

「「あはははは」」

「いい加減笑わないでもらえるか?」

ケイムは少し顔を赤くしながらマスクを付け直した。マスクを付けることで何だか壁を隔てられているみたいで少し距離を置かれた気がしてならない。

「悪い悪い。けどどうして猫なんかに引っ掻かれたんだ?」

「…さぁな。」

バサりと切り捨てられたが、きっと猫と戯れていたに違いない。想像したら可笑しな絵図が出てきてまたもや笑いがこみ上げそうになったがグッと堪えた。

動物とか好きそうなイメージねぇから何か合わねぇっつーか…ケイムには申し訳ないけど、

お前が猫抱きしめてたら百人中百人が驚くと思う。まず猫もビビって寄り付かないだろうに…

俺様は笑い終わったけど、どうやらツボに入ったらしく、いつまでも笑いの止まらないサージに対して呆れの色を濃くし…

「もうこの話からは離れないか?」

と、ケイムが振ってきた。

「あぁ、ごめんなさい。そうですね〜」

全然反省してないであろうサージはテキトーに了承した。もうちょいいじれそうだったからちょっとばかし残念だけど、本人も嫌そうだし切り替えをすることにした。

「……そう言えば、まだ聞いてなかったんだが…」

「ん?」

「この船は何処を目指しているんだ?お前達の旅の目的は何なんだ…?」

今まで誰にも聞かれたことのない質問。

目指してる場所に…旅の目的…か。

「うーん…そうだなぁ…」

「あまり深く考えたことありませんでしたね…」

「……目的を持たずに航海をしているのか?」

「いや、そういう訳じゃねぇけど…」

こんな理由、笑われてしまうだろうか…

「目指している場所は全ての国や島々!!言わば、世界一周ってやつだ!!」

「目的は、まだ知らない場所、お宝と出会うことです。旅をしてるうちに沢山の人と知り合って、」

「沢山の考えを共有すること!!あわよくば、運命の人と巡り会いてぇな〜」

割とマジな答えだったのにサージに肘で脇腹をどつかれ変な声が出た。地味に痛いからやめろし!!

「もう…兄さんは…」

「ったく…いててて…まぁそんな理由だけど…可笑しい…かな?」

そう聞くと、ケイムは首を横に振った。

「いや、可笑しいとは思わない。この船では多少無理はある。だが…夢があって…いいと思う。」

「いずれ、仲間も増やして…船もでっかくして…世界一の海賊団にするのさ!!」

「……それは流石に無謀だ。」

「ありゃ?」

現実的なケイムはあまり高望みしないようだ。けれども俺様達は、本気でなれると思っている。

「やってみなければ」

「分かんねぇぜ!?」

何事も諦めたらそこまでだし…目標はでっかく持つべきだと俺様は思う。

そんな高々と宣言する様子を見て、少し目を閉じてから

「……けれども、お前らならやり遂げてしまいそうだ。」

そう言ってきた。目元だけではあまり表情は伺えないが、微かに笑う気配がしたのだ。

「大船に乗ったつもりで居よう。」

窓の外を眺めながらケイムは呟いた。

それからしばらくして、見えて来たぞ…と何やら教えてきたので、俺様達も続いて窓の外を眺めてみると、どこまでも連なっている島が見えてきたのだ。

「…セシミヤ大陸。」

「あ、聞いたことあります。」

「この世界には大きく分けて五つの大陸と七つの海があると言われている。その中の一つ…それがここだ。」

踏み入れたことのない未知の領域に思わず息を呑んだ。同時に心臓の脈打つ動きが早くなっていくのを感じていた。

すげぇ…ここには何があるんだろう。どんなお宝があるんだろう。美味しいモンとかあるかな…?どんな目の色をした人が住んでいるんだろう。

期待が溢れて、思わずテンションが上がってきた。

「ここがそうなんですね…!!」

「おっしゃああああ!!ワクワクしてきた♪ケイムはここ来たことあるのか?」

「……何度もある。」

「本当ですか!?」

「ならさ!!ならさ!!色々と案内してくれよ!!何も知らない俺様達とは違って頼りにしてるぜ♪」

そう言うと、何故かケイムは酷く驚いていた。そんな表情をされる意味は分かんねぇけど…ぐらぐらと目が揺らいでいる。可笑しいこと言った覚えねぇけど…

不思議に思って自分の言葉を辿っていたら、

「…分かった。」

そう、ぶっきらぼうに返してきた。

風に当てられ、ガタガタと響く窓の音で掻き消されたが、

″ありがとう″と小さな声が確かに聞こえた気がした。

何に対してのありがとうなんだか知らねぇけど…案内してもらうのはこっちなんだし、寧ろ礼を言うのは俺様達の方なのに…

やっぱり、ケイムという人物像は未だ理解出来ないでいる。

サージと顔を合わせ首を傾げていると、徐々に港町の様子が顕になってきた。

舵を取る為外に出ると、想像以上に寒くてコートを羽織り、手袋やマフラーを装着した。

こんな寒い中寝てたコイツの神経ちょっと疑うわ…

横目で、隣に立つケイムを見てるが視線は合わない。

ケイムは港の方ではなく空をじっと見ていたのだ。

空はどこまでも暗く重たい灰色で覆われていて、青という青を隠してしまっている。やがてふわふわと白いものが落ちてきて頬に触れた。

何だコレ!?冷た!?

「……やはり降ってきたな。」

「え、雪!?」

どうやら雪が降り始めたようだ。

「マジかよ!?だからこんなに寒い訳か…」

けれども雪とは不思議なことにどことなく幻想的で綺麗なものだ。少し感動しつつも、これからの航海の大変さを思うとあまり喜べない。

雪はまるで新たな冒険への幕開けを祝うかのように、しんしんと降り続けるのだった。

はい!!今回は前回の続きでその後の話です!!短かったですかね?(汗)

ケイムがありがとうと言った意味…果たしてどういう意味でしょうね。

見えてきた新たな冒険の地。まだまだ距離感のある彼らの距離は、果たして縮まっていくのでしょうか…?

ではまた次回!!

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