奏で!君へのレクイエム!(後編)
噂に聞きつけやって来た楽器職人の国メロート、そこで出会った盲目のヴァイオリニストのシープ。彼女を巡っての騒動で事件が起きて…?
かなり長いお話になってしまいました!!視点とかコロコロ変わって混乱するかもなのでご注意です!!
ぱららららららぁららぁ!!しゃんしゃんずんちゃずんちゃ!!ほろろろろんほろろろろん!!
豪勢といえば豪勢だけどとんでもねぇ目覚めだな…
騒音のせいで一気に夢から現実に引き戻された。るっせぇなぁ!!朝から何なんだよ…
この街に来て幾日か過ぎたが未だ慣れやしない。この街の朝は早いのだ。毎朝5時に目覚ましと言わんばかりの盛大な演奏が鳴り響く。流石は楽器の国…俺様はゆっくり寝てたい性だから正直やめて欲しい。この国の人にとってはこれが当たり前、習慣的なものだから何とも思わないんだろうけど…余所者からすればたまったもんじゃない。郷に入っては郷に従えとか言うけど……何ともなぁ…
隣のベットで寝ていたサージも目が覚めてしまったらしく、寝惚け眼を擦りながら不満そうな顔をしている。
枕を手に取ったかと思いきや、それで後頭部を覆い再びベットの中に蹲ってしまった。
ったく…コイツは……俺様も再び眠りにつこうとするものの、やはり煩くて眠れやしねぇ…
街中の宿泊代の安かったオンボロ宿屋に泊まっていたのだが…代金とかケチったせいで壁は薄いわ…隙間風は入ってくるわ…埃は被ってるわ…で頭を抱えさせられていたのだ。楽器は嫌いじゃねぇけどこうも四六時中鳴り響いていると流石にため息を吐きたくもなる。
俺様はきっとこの街には住めないだろうな…こうも賑やかなのはちっとばかし慣れない。
もし、住むとしたら…そうだな。静かで落ち着いた暮らしのできる所がいいな♪美人の嫁さん貰って俺様が幸せにするんだ!!
一緒に海賊やってくのも悪くねぇけど…その頃には安定した暮らしをしてたいなぁ〜とか思ったり(笑)
未来図を描きつつ色々考え事をしていた。
どうにもこうにも一度起きてしまったらば眠気も皆どっかに吹っ飛んでしまったので行動開始する事にしよう…
重たい腰を持ち上げ身支度を整えた。
寝ているサージを起こすのも何だか申し訳ない気がしたから書き置きをして外に行くことにしすっか…
「すぐに戻るぜ寝坊助さん…と。これでいいかな?」
絶対怒られるであろうテキトーな書き置きをしてドアノブに手をかけた。
「んじゃ行ってくるわ。」
散歩がてら朝食でも買って来よう。
****
騒々しい街から少し離れたくて、海沿いの小道を歩いていた。今日は天気が悪く風も強い。空はどす黒い雲で覆われていて青い部分が見えない。海も灰色でどこかどんよりと陰気さを漂わせている。
……嵐でも来るのか?
海の気候は変わりやすいって言うが、それはあくまで熱帯や南の地域で多いことだ。しかしメロートは北西の方に位置する島国…それに、今は秋の終わりに近い時期。
だから嵐なんてそう来ないはずなんだけどなぁ……
「うおっと!?いけねぇ!!」
海を見つめていたらば、潮風に煽られて大事な海賊帽が飛ばされてしまったのだ。
運良く木に引っかかったのでよじ登って取ろうとしてた所、静けさで満ちる海には相応しくない口論と思われる怒声が聞こえてきたので流石の俺様もびっくり。
「何だ…?痴話喧嘩か?」
しかし、どっちも男の声だったので違うらしい。
ん…?けどこの声聞いたことがあるような…
バレないように木に隠れつつ顔を覗かせてみると、そこには猫背の自信なさげな男……えっと…何だっけ?
……そうだ、ヘルザが居たのだ。そして対峙する男は知らねぇけど…痩せ細っていて、窶れてて…何だか今にも死にそうなヤバい感じのヤツだ。
二人は掴みあっていて、今にも殴り合いがおっ始まりそうだったのでどうしようか迷っていた。
止めるべきだよな…止めねぇとマズいよな…?
「きゃああ!!居ましたわーー!!お巡りさん!!喧嘩ですことよ!!こっちです!!急いでーーーッ!!」
「……!?ッチ…」
「え!?警察!?って…ちょっ…待てよ!!」
俺様の名演技を聞くなり騙された男は一目散に逃げて行ってしまった。逃げ足速いこと…
取り残されたヘルザはあたふたと慌てふためいていたのでネタばらしをしてやる事にした。
「よぉ!ヘルザ!俺様だぜ♪」
ひょこっと顔を出すと目を丸くしてその場に固まっていた。なんつーかナイスリアクション。ドッキリされた後のよくある間抜けズラだ。
「え?ええぇ!?あの時の海賊君…!!け、警察は!?」
「警察なんて初めからいねぇよ。ぜーんぶ嘘☆なぁに?まんまと騙されちゃった系??」
ケラケラと笑いながら答えると、安心したようで胸を撫で下ろしていた。
「なーーんだ。びっくりしたぁ…これから警察沙汰になると思ってヒヤヒヤしてたよ…」
「へへ、俺様でよかったな。それよりよぉ、何で喧嘩してたんだ?お前は掴みかかるようなタイプには思えなかったんだけどさ…」
本題を切り出すと、ヘルザの顔から笑みは消え口を噤んでしまった。
こりゃあ訳ありってところだな…
「言いたくねぇなら言わなくても良いけどさ…」
少し考えた素振りを見せた後、ヘルザは首を横に振り、ぎこちない笑みを浮かべた。
「知り合いじゃないんだ。ちょっと気になっててね…まだ確信じゃないから君には詳しい事は話せないけど…」
ポツリポツリと言葉を馳せていくけれども、何だか濁されていて話したくないというのがヒシヒシと伝わってくる。
「あの人…気をつけて。 危険な目付きをしていたから…人も殺しちゃうくらいのね。」
よく分かんねぇけど何だか意味深だから眉をひそめた。
「シープさんに危険が及ぶかもしれないんだ。僕はこれから仕事へ行かなきゃいけない。君が変わりに……」
そこまで言うとやっぱりそれじゃあダメだよね…とまた口を噤んでしまった。
何なんだよ…!!言いたいことがあるならハッキリ言えばいいのに…!!不満を口にしようとしたのと同時に近くで鳥が羽音を立てて飛び立った。それが合図だったかのようにヘルザは挨拶をするなり走り去っていったのだった。
*****
「んーー…煩いなぁ…」
軽快に鳴り響く音色で再び目が覚めてしまった。
6時くらいまでは寝てたいのに…
異なる生活リズムのせいで少しずつ不満が蓄積されつつある。こんな朝早く起きて何をするんだろうこの街の人は…
何だか溜息を吐きたくなる。
愚痴の一つ二つを兄さんに聞いてもらおうと思って起き上がってみたものの、肝心の兄さんの姿が見えない。
あれ…?どこ行ったんだろう?
部屋の彼方此方を探してみたもののやっぱり姿は見当たらず、疑問に思ってた時にテーブルの上の書き置きを見つけた。
「すぐに戻るぜ…寝坊助さん…?はぁ…?」
思わず書き置きをくしゃりと握り潰してしまった。相変わらずだなぁ…兄さんは。何でこうもおちゃらけてるのであろうか…呆れと同時に少し安心感を覚える。
「行き場所くらい書いといて下さいよね…」
これじゃ書置きの意味もないじゃないですか。何だか可笑しくて笑いが込み上げてくる。
兄さんが帰ってくるまでまだ少しかかるだろうし身支度を整えて待っていることにした。
とりあえず一通りやる事を済ませ、時間潰し程度に唯一この宿屋のサービスと言える新聞を持ってきて読むことにした。食事は出ないのに新聞はご自由にどうぞってどういう事だろう…宿屋の謎サービスに思わず苦笑してしまう。
まぁ、タダに越したことはありませんし利用させてもらいますけど…
今にも壊れてしまいそうな色褪せたソファーに身を任せ、パラパラと気になる記事を探しては読むことにした。
スポーツ…芸能…こういったものは然程興味ないから飛ばして…主に僕が読むのは事件、事故の記事である。
けれどもどれも平和じみたニュースばかりで目を通すのをやめようとした時に、気になる記事を見つけてしまったのだ。
「RAUT軍又もや活躍…治安維持活動…?警備強化…?」
内容も内容なので少し焦りが募ってきた。え、これ不味くないですか…?
そんな記事を読んでいた時にがちゃりと扉が開く音が聞こえてきた。
「帰ってきたぜーー!!俺様の弟はまだ眠っているのかぁ?」
「もう起きてますから。」
紙袋を抱えた兄さんが戻ってきたのだ。どうやら朝食を買ってきてくれたらしい。
「なーんだ、起きてたのかよ。起こす手間が省けて良かったぜ!!」
紙袋をテーブルの上に置くなり、反対側のソファーに腰を下ろした。
「兄さん…これ見てくださいよ。」
「ん?新聞…?どれどれ…」
新聞を手に取ると目を通し始め、徐々に怪訝そうな顔へと変化していった。
「何だこりゃ…明らかにMARE軍への悪意が込められてるし、色々と隠蔽されてるだろうが…」
内容はこうだ。巡回中の三人の海兵が海賊によって暴行を受けた。(多分Qさんと一緒にいた時に殴ったあの海兵の事だろう。)この事件を発端に犯人特定を急ぎつつ、各島の警備を強化。それによって手配中の凶悪海賊を討ち取ることに成功した。未だ功績を見せないMARE軍とは大違い。RAUT軍は活躍を期待出来るだろう……とか。
「海兵がカツアゲをしていた事実とか…大事な部分抜けてません?」
「つーか俺様達の事じゃねぇかよ。Qまで海賊扱いされてるし…」
「新聞って情報操作されるって聞きますけど…こんな感じになってしまうんですね…」
当事者しか事実を知らないから、きっとこの記事を読んだ人からは海賊が一方的に悪いと思われてしまうだろう…
しかも書き方も書き方だ。明らかにこれを書いた記者はMARE軍の事を嫌悪している。新聞は書いた人の意見が大きく反映されてしまうから、その考え方が他の人にも伝染してしまうのでは…?
MARE軍のことは散々ボロくそ書くのに、どうしてRAUT軍のことを批判的に書く人はいないのだろうか…
「なんだかなぁ…ちっとばかし理不尽だな。」
理不尽の一言で済ませてしまって良いのかは僕には分からないけれども、まさにその通りである。
「中々受け入れられない軍隊ですね…MARE軍って…」
「同じ人々を守るために設立されたはずの軍隊なのにな…どうにもこうにも可笑しな話だよな。ほら!これやるよ。」
ガサゴソと袋の中を漁ってたかと思ってたら、ライ麦パンとブドウを投げ寄越してきた。
「わっと…パンはまだしも…ブドウ房ごと投げてくる人初めてですよ…」
「たたき売りしてたからさ、値切りに値切って買ってきたぜ。あのおっちゃん親切で良かった〜」
ニヤニヤと白い歯を見せながら答えると、兄さんも同じものを取り出して頬張り始めた。
「そう言えばさ、ちょっと散歩してたんだけどさ…ヘルザが掴み合いしてたんだよ。」
ふと思い出したかのように、話題を転換すべく、散歩中の出来事を話し始めたのだ。
「ヘルザさんって…あのヘルザさんですか?」
数日前にシープさんについて教えてくれたあの…?
「そうなんだよ。何か危なそうな男と口論になっててさ…何か訳ありっつー感じだったんだ。」
あの人が喧嘩なんてするのだろうか…?穏やかそうで、全然そんな風には見えなかったけど…
「原因は一体何なのでしょうね…」
「分かんねぇ…だけどありゃ相当だぞ?まるで…
そこまで言いかけた時にピシャリと稲光が轟いた。風が轟々と吹き荒れて、雨が勢い良く降ってきたのだ。
「え…嵐…?」
「…降ってきやがったか。」
この時期に嵐なんて珍しい…一体全体どうしたんだろう。
というかこの雨…
「兄さん!!これ船ヤバくありません!?」
停泊させてるとはいえ、これじゃあ荒れ狂った波に攫われてしまうかもしれない。
「うわ!!確かに…!!船避難させるぞ…!!」
ドタバタと慌ただしく外へ飛び出しては、船の元へ足を急いだ。
*****
「どうしたんだろう…こんなにも雨が吹き荒れるなんて…」
今日は何故か胸騒ぎがする。どうしたんだろう…凄く苦しい…そして同時に…怖い。
そう言えば、少し前にもこんな事があったな…
ふと、昔の出来事が頭の中を過ぎった。
あれは、買い物をしている途中で雷雨に当てられて…ローフィも居なくて、右も左も分からなくなって怖くて怖くて仕方がなかった時の出来事である。
濡れた地面に足を取られてしまい、転んで怪我をしてしまった。再び歩こうとしたものの、足が痛み思うように動けない。だから、これ以上動くのも危険だし、この足ではそう遠くへと移動は出来ないだろうと判断して、建物の陰で雨宿りをすることにした。
膝を抱えて雨脚が過ぎるまでじっと堪えていた時に、
″大丈夫ですか?″と路地裏で怯える私の事を見つけ出して助けてくれたのだ。あの優しい声が、温かくて大きな手が、今にも泣き出してしまいそうだった私の不安を拭ってくれた。
__ヘルザさんが、私の事を見つけだしてくれたんだ。
怪我した足に、不器用な手つきでハンカチを巻き付けてくれて…そして、大きな背中がゆっくりとした足取りでおじいちゃんの待つお店まで運んでくて…その後、おじいちゃんに酷く叱られちゃったけど…
今でもその時の出来事が忘れられなくて…
思いにふけていたせいか、手元にあったコップを落としてしまった…
「あ…」
重力に逆らうことなく落ちたそれは、パリンと音を立ててバラバラに砕けてしまった。
「嘘…!?いけない…!!」
「コラ!!手を切ったらどうするつもりだ!!」
破片を拾おうとしたらおじいちゃんに制された。
「片付けるからシープは離れてなさい。」
「…分かった。」
今割ってしまったコップは誕生日の時にヘルザさんがプレゼントしてくれたものだ。折角貰ったものだったのに…申し訳ない事をしてしまった…それに、何だか縁起が悪い。もしかしたらヘルザさんの身に何かあったのでは…?
ザァザァと吹き荒れる雨音とピシャリと地を揺らす雷音を聞きながら冷や汗をかいてると、カランカランとお店の扉が開く音が聞こえてきた。
「誰だ…?」
箒と塵取で破片を片付けたおじいちゃんがお店の入口の方へ歩いていく。こんな天気の日にお客さんが…?
少し不思議に思いつつも、すぐにその正体が明らかになった。
「何だまたお前達か!!」
「悪ぃんだけどちょっと雨宿りさせてもらえねぇか?」
「さっき近くに雷が落ちてきたので身動きが取れないのですよ…どうか、お願い致します。」
この声はサザンさんとサージさんだ!!印象的な二人だったから覚えている。二人の声はとてもよく似ているが、醸し出す雰囲気が違うのだ。太陽のように明るく元気で、少しおちゃらけた事を言いつつも、やはりお兄ちゃん何だなぁと思わせる言動をするのがサザンさん。逆に、月のように穏やかで落ち着いてて礼儀正しくも、少し幼さを残す声色なのがサージさん。何だかよく似ているけれども、お互いに持っているものが違くて…足りないものを補い合いながら生きている…そんな感じの二人だ。
どうやらこの天気のせいで雨宿りをするべく家に来たらしい。
「ダメだダメだ。海賊なんてうちに上げん。雷に打たれその辺で野垂れ死…
「もう、おじいちゃん!またそんな意地悪言って…!!困っている人を見放すのは良くないと思うの!!」
「……むっ…お前が言うなら…分かった。」
嫌々ながらって感じだけど…何とか了承してくれた。
_________
_____
「いやー…助かったわ。入れてくれてありがとな。」
シープからタオルを受け取り体についた水滴を拭き取った。レインコートを着ていたとはいえ、この雨だ。
靴の中とかびっしゃびしゃのぐっちょぐちょ…濡れ衣を着せられる…とか言うけどまさにこんな感じなんだろうな…
すっげー肌にくっついて気持ち悪ぃ…
「あー、ずぶ濡れです…へっくしゅん!!」
身震いをさせながら家の中に上げてもらった。暖炉の近くに座らせてもらい、体と濡れた衣服を乾かし、温める事に。
「こんな雨の中どうして外に?」
お茶を入れながらシープが聞いてきた。
「実はですね…停泊させておいた船が心配だったので見に行ったんですよ…」
「案の定、流されそうだったからさ…海に入って海から少し離れた茂みの中に移動させてきたんだわ。」
そう答えると、それは大変だったでしょうに…と温かいレモンティーを渡してくれた。
「お、サンキュー♪」
「ありがとうございます。」
好意に甘えて頂くとほんのりとした甘さが口いっぱいに広がって少しずつ体がぽかぽかしてきた。何だろう?普通のレモンティーとは違う味がするような…?
「あ、美味しい…これって蜂蜜ですか?」
「よく分かったね!我が家のレモンティーには砂糖でなく蜂蜜を入れてるの♪」
「なるほど…蜂蜜か。言われてみれば納得……」
サージの方が味覚が優れてるらしく俺様は言われるまで蜂蜜とは気づけなかった。
じぃさんの視線がさっきから痛いけど…気にせず飲み続けていると、シープは眉をひそめて色のない瞳で遠くを見つめていた。
「……?何だ?」
「…しっ!何か…騒がしいの…」
「そうですか?僕には何も聞こえませんけど……」
「はっ…黙っておれ。シープはお前ら凡人なんかより何億倍も耳がいいんだ。」
「おじいちゃん静かに!」
まさに鶴の一声。頑固なじいさんも孫の言うことは聞くらしく肩を竦めて気まずそうにそっぽ向いてしまった。
少しずつ音が近づいてきたらしく、俺様の耳でも聞き取れるようになった。
ガラガラと響く荷車の音。積んである荷物は見えないようにか黒いビニールのようなもので覆われている。
「おい!!道を開けろ!!」
「誰かこの青年の身寄りを知らないか!?」
「倒れてたんだ!!俺が見つけた時にはもう…知らないか!?誰かこの青年の知り合いは居ないか!?」
どうやら荷台には遺体が積まれてるらしく、身寄りの方を探しているらしい。なんて痛ましいんだろう…
「事故でしょうか…?」
「何だか物騒だな…」
青年って言うくらいだしまだ若いヤツなんだろうな…
哀れみの感情を浮かべていると衝撃的な言葉が耳に入ってきた。
「おい!知ってるぞ…コイツ、お屋敷で下働きをしていた…」
下働き…?そう言えばこの間自己紹介でアイツも…
まさかな、そんな訳ない。そんな訳…ないよな?
馬鹿みたいに心臓が鳴り響く自分を落ち着かせる為に何度も何度も言い聞かせていたが、少しずつ不安の波紋が広がっていき固唾を飲み込む。
しかし、そんな祈りも虚しく、残酷な事実だけ突きつけられてしまった。
「……ヘルザじゃないか?」
神様は意地悪だ。
ちょっとくらい希望を持たせてくれてもいいのに…
一瞬にしてどん底に突き落とされた感覚に陥った。嘘だろ…だって俺様…ついさっき会って話したぜ…?
唐突すぎて受け止め難い現実に絶句してしまった。
「ヘルザさんが…?」
冗談にしちゃあ笑えな過ぎる。きっと悪い夢を見ているのだ。そうだ、そうに違いない。何で…アイツが死ななきゃならねぇんだ?
胸の中に喪失感と、もやもやとした何かが広がっていく。
バタッと音がしたので慌てて振り返ると、シープが膝から崩れ落ちてしまったところだった。
「どうして…?」
さっきよりも色のない瞳で、その瞳には何も映っていなかった。
*****
ヘルザは身寄りがなく孤児として、施設で生活しており、この街に働きに来ていたらしい。
葬儀が行われて、遺体は墓の中に埋められてしまった。
あの日以来、シープは部屋に引きこもりがちになってしまい、励ますべく毎日家へ邪魔するものの会うことは叶わずっていう日々の繰り返しだ。
事故や自殺だったのでは…?なんて密かに言われているけれども…俺様はそうとは思わない。いや、思えない。
少なくとも、そんなことする奴じゃねぇって信じたい。
「シープさん…相当ショックだったんでしょうね…」
夕焼けに染まる空を眺めながらサージはポツリと呟いた。
「そりゃショックだろ。知り合っちまった以上…人の死と携わるのは誰でも辛いことだ。ましてや、シープは俺様達なんかよりもずっとずっっっと長年の付き合いだったみてぇだし…ショックも倍増されるんだろうな…」
そこまで言うとお互いに暗い顔になってしまった。シープの悲しみや辛さはきっと俺様達なんかには理解できないほど大きな大きなものだと思う。
「…………けれども兄さん…」
言っていいのか悪いのか躊躇しつつもサージが何とか重たい口を開いた。
「…ん?」
「そろそろ僕達も出航しなければなりません。」
「……だな。」
西の国と言えど、ここは割と北緯に位置する国。この時期になると流氷が流れてくる。そうなっちまうと俺様の船では航海出来なくなってしまい、冬を越すまでこの国に留まり続ける事になってしまう。
この国は悪くないけれども、日に日に新聞に書いてあった通り警備が厳しくなってきた。街を歩けばところどころでRAUT軍の海兵の姿が見えてバレねぇようにヒヤヒヤ…手に汗を握る隠れんぼをしなくてはならない状況に変化してしまったのだ。
「…お前も薄々承知だろ?そろそろこの島に留まり続けるのは限界に近いって…今日を逃したら後はねぇと思う。海兵の目も夜ならかいくぐれる…今夜、月が昇ったら出航しよう。」
「えぇ…」
苦い顔をしながらサージは頷いた。
どうも釈然としねぇ別れになっちまいそうだ…
「出航の前にシープに挨拶してこねぇとな。」
「…そうですね。」
「今から…
そこまで言いかけた時、鋭い視線を感じた。慌てて振り返ると、そこには見覚えのある男が立っていたのだ。
アイツは…!!
目が合うと脱兎のごとく逃げ去っていく。
「悪ぃ!!急用が出来た!!シープにはお前から伝えといてくれ!!」
「ええええぇ!?」
それは、あの日あの時ヘルザと掴みあっていた男である。
きっとヘルザの死の真相を知っているに違いない。何としても追い詰めて話を聞いてやる…そう心の中で誓って無我夢中で追い回した。
______
___
「行っちゃった…急に走り出しちゃったけど…一体どうしたんだろう。」
兄さんの姿は見えなくなり、一人取り残されてしまった。
てことは僕一人でシープさんに別れを告げなくてはいけないのか。重要な仕事故に思わず足取りが重たくなる。
本当にこれでいいのだろうか…?ヘルザさんが居なくなった今、僕達まで居なくなってしまったら、心の支えはおじいさんのみになってしまう。
僕達は心の支えなんてものじゃないだろうけど、知り合ってしまった以上、僕達まで居なくなってしまったら孤独感が増してしまうのでは無いのだろうか?
別れなんて軽く告げていいものなの?今シープさんは、不安なのだから、寄り添わなくてはいけないのでは?
自問を繰り返したがどれもこれも答えは出ず、結局、逃げることも出来ずにお店の前まで辿り着いてしまった。
やっぱり僕なんかが来るなんてお門違いなんじゃ…兄さんが戻ってくるまで待って一緒に挨拶を…
ドアノブに手を掛けようか掛けまいか迷いに迷って立ち往生していたところ、ドアが開いてしまった。いや、開けられたのだ。
「あ…」
「……入れ。」
不器用なおじいさんがドアを開けてくれた。どうやら行き詰まっているらしく、その顔は疲労の色濃くあらわれている。こうなってしまっては後戻りできない。
今まであれ程家にあげるのを拒んでいたおじいさんが意を決して自らドアを開けてくれたのだ。それを断るなんて浅はかな真似はしていけない。
「すみません。お邪魔します。」
「……ふん。」
「あの、シープさんは?」
「あれからずっと部屋だ。飯にも手をつけない。」
「そう……ですか。」
「ワシはどうすればいいんだ…なんて声をかけたらいいかも分からない。シープに何もしてやれない…!!」
おじいさんはずっと1人で抱えていたのに違いない。
一睡もしていないのか目の下は真っ黒で少し窶れている。
「こんな時、両親が居れば…全くアイツらと来たら娘が辛い思いをしているにも関わらず連絡もよこさんで…!!」
そう言えばこの国に来て一度もお会いしていないな…
「あの、シープさんのご両親って…」
「あぁ、アイツらは音楽家でな。世界中を飛び回っているのさ。父親はヴァイオリニストで、母親はピアニスト。そんなものだから滅多に家には帰ってこないんだ。」
多才な一家なんだなぁ…みんな音楽関係の仕事に就いているのか…
「シープはとても可哀想な子なんだ。目が見えないというだけでも人の何倍も不安と苦労を強いられる。なのに、肝心な支えとなる両親が家には居ない。ワシにはその心の穴は埋められん。きっと寂しい思いを沢山して来ただろう。それでもシープは、明るく振舞ってきた。」
計り知れない苦労をしてきたに違いない。確かに両親はとても大きな大きな存在だ。ましてや、シープさんは女性。お母さんにしか話せないことだってあるだろうし…おじいさん以外にも相談したい事は少なからずあったはずだ。
「あの子は、どんなに罵声を浴びても、笑顔を振り撒き周りを照らしていたんだ。どんなに辛くても弱音を吐かず何事も一生懸命取り組んで…誰よりも精一杯生きている逞しい子だ。」
あぁ、この人は誰よりもシープさんの事を大切にして来たんだ。だからこそ自分を責めて苦しんでいる。
「……今のあの子を見ているのは辛い。何もしてやれない自分が不甲斐なくて仕方が無いんだ。ワシは…ワシは……あまりにも無力だ。」
それは…違うと思う。
「…傍に居てくれるだけでいいんです。」
思わず言葉が漏れてしまった。こんな簡単に言ってはいけない事なのに。
「お前にシープの何が分かる!?」
ワナワナと震える手で両肩を掴まれ睨みつけられてしまった。
「何も、分かりません。」
シープさんの辛さはきっと誰にも理解しきれない。
「なら…」
「けれども失う辛さはよく分かっています。」
消えない記憶、何度も何度も繰り返し夢に出てきてしまうあの記憶。両親を失ってしまった辛さ、苦しさ…その経験があるからこそ言えることがある。
おじいさんは探るかのような目でじっと僕の次の言葉を待っていた。
あの時してもらいたかったこと。してもらったこと。
「何もしてやれないなんて言わないで下さい。彼女は優しいからヘルザさんの死に責任を抱き、自分を責めてしまっています。今シープさんはたった一人で自身と戦っているんですよ。それは、孤独で悲しい悲しい戦いです。ですから、どうか、彼女を一人にしないであげてください。傍にいてあげるだけでいいんです。それだけで充分なんです。大丈夫だと優しい言葉をかけてあげてください。おじいさんは味方であると思えると、とても安心出来るんですよ。いつもと変わらない接し方をしてあげてください。他愛もない話を毎日毎日してあげてください。」
目を瞑れば鮮明に今でも思い出せる。あの時して貰った心遣い。壊れてしまいそうだった僕を繋ぎ止めてくれた優しさ…きっと一人にされていたらば完全に別人になっていたかもしれない。今があるのは、兄さんと…あの人のお陰だ。二人の愛情に救われたのだ。
「助けて…なんて恥ずかしくて言えないんです。けれども、救いを乞っているんですよ…どうか、そのサインを見逃さないであげてください。家族や身近な人にしかその変化には気づけません。他の何者でもない、貴方にしか出来ないことなんです!!」
おじいさんは、僕の言葉を最後まで口を挟まずに聞いてくれて、真っ直ぐと見つめた後に口を開いた。
「……そうか。お前は……」
しかし、その後の言葉は出てこなかった。同情か哀れみかは分からないが何かを察したらしく大きな手で頭を撫でてくれた。誰かに頭を撫でられるのは、あまりにも久しぶりで、父の面影を感じさせられて少し目頭が熱くなってしまった。
人の温もりや優しさにはどうも弱いらしい。
こんなんじゃダメだよな…本当に。
なんて返せばいいか分からず、しばらくの間黙っていると、予想もしない次の言葉が降ってきた。
「……お前の気持ちはよく分かった。けれども、そろそろ出航するんだろ?」
「え!?」
それは、話すにも話せずにいたものである。僕はまだ誰にも言っていないのに何で分かったんだろう…
不思議で不思議で首を傾げていると、きまりが悪そうに顔を背けて教えてくれた。
「ワシも昔はちっとばかし、やんちゃをしていてな…」
「……はぁ?」
「お前らと一緒で……海賊をしてたんだ。」
「ええぇ!?」
あまりにも想定外の答えに天地がひっくり返るような思いだ。まさか海賊だったなんて…しかし、言われてみれば納得出来る。普通の職人さんにしてはあまりにもガタイが良すぎる。
「……この事は死んじまった婆さんと、ダメ息子しか知らねぇ事だ。自分を棚に上げて海賊は野蛮とかどうのこうのと、お前らのことを悪く言ってしまって…ワシは謝らなくてはならない。」
悪かった…と頭を下げられてしまったからどうしていいか分からず、頭を上げてくださいと必死で訴えた。
「どうか、シープには内緒で居てくれないか?海賊の孫だなんて知られたら…きっとそれに漬け込んで悪く言う連中が現れてしまうだろう。」
「分かってます!!絶対に絶対に言いませんから……お願いですから顔を上げて下さい…!!」
頼みに頼んでやっと顔を上げてもらえた。人に頭を下げられると何だか弱い者いじめをしている気がして嫌で嫌で仕方がない。
「そうか…ありがとな。」
「いいえ…今日のうちに出航しようと思ってまして…こうして挨拶をしに来ました。」
おじいさんが出航しなければならないと知っていたのは、元海賊でこの時期になると流氷が流れて来るということを経験上理解していたからだろう。
「……今日…か。」
「はい…本当にすみません。こんなタイミングでこの国から出ていってしまうなんて…
「構わん。そんな顔をするな…ワシにしか、出来ないことに気付かされたからな。お前らは春まで島に留まり続ける訳にはいかんのだろ?早く挨拶して来い。」
「……はい。」
______
___
部屋の前にはローフィがちょこんと座っていて、シープさんが出てくるのをじっと待っている様子だった。
少し深呼吸してからノックしたものの、予想通り返答がない。
「……こんばんは、シープさん…僕です。サージ=ウォーシャンです。」
しかし沈黙が続くだけで何も変化は起こらない。これは、どちらが先に痺れを切らすかになりそうだな…
こう見えて、辛抱強い僕だ。持久戦は得意だし…頑張って話そう。
腰を下ろし、扉に背中を預けた。
……さて、何から話せばいいものか…
ローフィが心配そうに僕の顔を覗き込んできたのでわしゃわしゃと頭を撫でてやった。
「ふふ、ローフィも寂しいんだね…シープさんの演奏が聞けなくて…」
そう言うとくぅんと情けないくらい弱々しい声で鳴いた。
大切なご主人様に会えなくなると愛犬も寂しく思ったりするのだろうか…?
犬語は僕には理解できないので、ローフィの気持ちは勿論分からない。けれどもじっと待つ姿は何だか切なかった。
「僕も、もう一度聞きたかったな…お別れの前に…」
「え…」
微かに動揺したシープさんの声が聞こえてきた。
よし、今言ってしまおう…このタイミングを逃すまいと、僕は冷静を偽って、事実を淡々と伝えることにした。
「実は今夜、出航するんですよ。太陽が沈んで…月が昇ってきてから…ですが。」
「……そんな…」
思った通り食いついてきた。話に耳を傾けてくれてるうちに、大切な事を伝えなくては。
「だから、その前にちゃんとシープさんにはお伝えしなければならないと思って、こうして扉越しに居座らせて頂いてます。」
扉が開かれる気配は一向に感じられない。長丁場になるけど…いいよね…
*******
「クソ…!!待てよこの野郎!!」
男との距離は一向に縮まらない。まさかこの俺様と競い合えるなんて…コイツ、只者では無いだろうな。
けれども男は割と歳を食っている。こういう時こそ若さは大事だぜ!!次第にスピードが遅くなり、ゼェゼェと息を切らしている。
これだからおっさんは…十代ナメるなよ!!
一気に距離を縮めると、慌てた男は路地裏へと逃げ込もうとしたが、生憎そこは行き止まり。へへ、どうよ!!追い詰めてやったぜ…!!
「……はぁ…はぁ…」
血走った目で、ギロりと睨みつけてきたがこんなんで怯むほど俺様は弱くない。
「んな顔すんなよ…ちっとお前には、聞きたいことがあるだけなんだよ。」
そう…ただそれだけなのだから逃げることは無かったのに。男は歯ぎしりをしながら、逃げる手段を探しているらしく、落ち着きなくきょろきょろと周りを伺っている。
「あのさ、逃げられるとでも思うなよ?」
逃げ道を塞ぐように前へ突き詰めると、男は慌てて後退した。いくら圧をかけても押し黙っていて一向に口を開く気配はない。こうなってしまっては困る。
男を煽る為わざとらしい口調でカマかけるか……
「……お前さ、後ろめたいことでもある訳?」
「そんなものある訳ないだろ!!」
少し興奮気味で、怒りを露わにしながら男は否定した。それがあまりにも即答だったものだからこりゃ確定でいいだろう。
「ヘルザが言ってたんだぜ?お前を野放しにはしておけないってさ。」
勿論嘘だ。しかし男はご立腹…まるで、赤いマントを翻された闘牛の様に今にも飛びかかってきそうな勢いである。
「あのクソガキが…」
「お前が、ヘルザと揉めてるとこ俺様見ちまったんだよ。アイツは人に乱暴する様な奴とは思えねぇんだ。知らないはずがねぇよな…?アイツの死の真相を、アイツの為に教えてくれよ。」
じっと男の瞳を捉えてゆっくりと言った。酷く揺らいでおり、明らかに動揺している事がヒシヒシと伝わってきた。
何か言いたげに口を動かしていたが、言葉が出てこないらしく、会話が途切れ静寂が訪れた。
ここまで来たら言わせるしかねぇと、目線を外さず次の言葉を待っていると、しばらくして耐えきれなくなったのか男は膝から崩れ落ちてしまった。
「違う…俺じゃない…!!」
「は?」
「俺は悪くない…!!アイツが…アイツが勝手に死んだんだ!!」
どんな言いがかりだよ…
「お前が…殺したのか?」
どくりと心臓が軋む音…殺した…口にしたもののあまりに嫌な響きである。男は放心状態…力なく壁に寄りかかって天を仰いだ。
「違う…殺す気は無かったんだ…なのに…なのに!!!!」
「…何があったんだ?」
「盲目のヴァイオリニストが気に食わなかったんだ…俺は常に一人なのにいつもと隣には誰かがいて…多くの人に賞賛されて…羨ましかった。憎かった。だから、少し痛い目に合えばいいと思っていた…」
所謂逆恨みって奴だ。この男も同じ音楽関係の仕事をしていたのかもしれない。しかし売れず、その怒りの矢先を関係の無いシープに向けたらしい。
「それで…邪魔してやろうと思ってたらばあのガキが…!!いきなりしゃしゃり出てきて、あの女を傷つけるな…とか言ってきたんだよ!!正義のヒーローかっつーの!!」
「それで…邪魔者だったからって…
「違う!!殺す気は無かったんだ!!崖っぷちで揉め合いになって…そのまま…気がついたら、アイツは崖から転落していて……それで…恐る恐る下を見たら…」
「死んでたのか。」
「そうさ!!俺は悪くない!!まさかこんな事になるなんて…!!」
悪くない?原因を辿れば男自身にある。それなのに、責任転嫁もいいところだ。
「けれども、起きちまったことはもう変えられねぇんだぜ?命は一つしかねぇんだ。お前は…それを奪った。例えそれが自分の意思でなくとも事実は変えらんねぇよ。」
俺様の言葉を聞くなり、やっと罪の大きさに気づいたのか男は力なく地面に伏せて泣きじゃくったのだった…
_________
______
扉の向こうからサージさんの声が聞こえてくる。
どんな表情をしてるかは分からないけど、とても穏やかな口調で語りかけてくれている。
「シープさん、どうか自分を責めないでください。」
皆して口を揃えて同じ事を言う。ヘルザさんが死んでしまったのは、私が選択を誤ったからだ。
あの、嵐が来た日…私は朝早くにヘルザさんと会っていたのだ。店の前を掃除していると、あの温かい声が降ってきた。足音や匂い、すぐに彼だと分かったのに…いつものように取り留めのない話をして、最後に「ではまた」と挨拶したのが最後になってしまったのである。
もし私があの時引き止めていれば…お茶でもどうですかと勧めていたら未来は変わっていたのかもしれない。
けれども今となってはどれも「もしも話」だ。
変えられたかなんて分からない。けれども彼の死を受け入れることが出来なくて、現実から目を背けてしまい…何日か経つのに未だに向き合えずにいる。
だから後悔の念に押されて、罪悪感に締め付けられている。日の光を浴びてしまうと、彼の温もりを思い出してしまうのだ。だから、部屋からも出られずおじいちゃんやローフィに心配をかけてしまう…
「貴女は悪くない。」
励ましの言葉。これを言うことで、私の罪意識を軽くしようとしているのだろうか?
サージさん達も、私の前から消えてしまうのに……
胸の中に、自己中心的な思いが広がっていく。
出会いがあれば別れもあると知ってたものの、こうも立て続けで別れがあると、さすがに立ち直れなくなってしまいそう……って、馬鹿みたい。自分の考えで縛りつけようとするなんて…
こういう時こそ笑顔でお別れを伝えるべきなのに…
それが出来ない。
「ヘルザさん…言っていたんですよ。貴女に生きる勇気を貰ったって…だから、明日に向かって歩めるようになったと言っていました。彼、シープさんと出会う前は死ぬ気で居たそうですよ…?」
「え…」
そんな話初耳だ。ヘルザさんがそんな風に思ってくれてたなんて…そして、死ぬ気でいただなんて…
思わず涙がこぼれそうになった。しかしぐっと耐えてサージさんの話に耳を傾け続けた。
「貴女の演奏は、多くの人の後押しをするんです。どんなに辛くても頑張れる…音色と、ヴァイオリンを奏でる姿に励まされた人は少なくないと思うんです。ましてや、命を救われた人だって居るんですから!!」
私にそんな力なんて…
「僕だって感動しました。こんなにも美しい演奏、生まれて初めて聞きました。また貴女の演奏が聞きたいです。貴女が後悔の念に駆られて悲しむ姿なんて見たくありませんし、ヘルザさんがそれを望むと思います…?」
ヘルザさんが…?
もしも、今の私…こんな情けない姿を見てしまったらば、ヘルザさんはどう思うだろうか?呆れてしまうだろうか?
少なくとも、彼は喜ぶような人ではない…もしかしたら、悲しんでくれるのだろうか?
あぁ、なんて身勝手な考えなんだろう…彼は優しいから、きっと心配するに違いない。私が危なっかしいせいで、目が離せなくなってしまい、天に帰れなくなってしまうのでは?それではいけない…
扉に背を預けながら黙って話を聞いていると、サージさんの声に混じって、求めてた温かい声が聞こえてきたのだ。
耳を疑ったが、確かに聞こえてくる……
ヘルザさんの、優しい声が…
「…あ…ああぁ…行かなくちゃ…」
呼ばれている。私の事を、呼んでいる…
ヴァイオリンケースを手に抱え、ドアを勢いよく開けた。
「え!?うわあぁ!?」
「バウ!?」
どうやら、サージさんも扉に背を預けてたらしく、開けた衝撃で壁に打ち付けてしまった。
そんなものだから、ごめんなさいと内心謝りつつ、声に向かって足を早めた。
走っている。私は走っているんだ…
危険だと小さい頃からおじいちゃんに言われてて自分からは進んでしなかったこと。
それなのに、今…自分の意志で走ってるんだ。
「…!?おい!シープ!!」
おじいちゃんの呼びかけもお構い無しで裸足のまま外に飛び出た。
何も見えない…暗い…暗くて怖い…
闇しか目に映らない私の事を、ヘルザさんは照らしてくれたのだ。眩しい眩しい彼…本当は、陽だまりに溶けてしまうのが怖かった。彼の優しさに依存してしまいそうで、いつも求めるようになってしまいそうで…知らない感情があって不安で不安で仕方がなかった。
それでも、ゆっくりと歩み寄ってくれて…
生きる理由を与えてくれて…
いつも隣に居てくれて…そして、支えてくれて…
本当は、生きる勇気を貰ったのは、
私の方なのかもしれない。
何度も転んで、ぶつかって、ボロボロになっても走り続けた。
どこへ辿り着くかなんて分からない。
けれども、声に向かって、光に向かって、息を切らきながら無我夢中で走った。
****
いつまでも、地面に顔を伏せて嗚咽を漏らす男をただ見下していた。かける言葉が見つからない。
こんな時は同情をするべきか…過ちを咎めるべきか…正直どうすればいいのか分からない。
…俺様は今どんな顔をしてるんだろう。
きっと侮蔑しているのかもしれない。男に対する怒り、哀れみ、嫌悪、負の感情が渦巻いている。
もしかしたらば、一人の人間として見れてないのかもしれない。
あぁ、最低だ。そんな風に思ってしまうなんて…自分自身を疑ってしまう。
このままでマズいので次の言葉をなんとか見つけ出そうと努力していた。けど、やはり見つからなくて途方に暮れていたそんな時、ドサッという何かが倒れる音と
「キャッ」という短い悲鳴が聞こえてきた。
「……?なんだ?」
気になったもんだから表通りに目線を向けると、そこにはシープが倒れていた。
「おい!?大丈夫か!?」
駆け寄って手を差し伸べようとしたものの、俺様が近づく前に早々と立ち上がり、再びどこかへ向かって走り出してしまったのだ。
「どういうことだ…?」
シープが駆けて行った方向を見つめながら独白を零した。
訳が分からない。首を傾げていると、後から更に足音が聞こえてくることに気がついた。
「……兄さん!!」
「バウ!!」
息を切らきながらサージとローフィがこっちに向かって走ってきたのだ。
「お前ら!?」
「あの!あの!シープさんが…!!」
手短に事情を聞いてなんとか今の状況を理解した。急いでシープの後を追いかけないと。
「分かった……お前も来い。謝らなきゃいけねぇ相手が少なくとも二人は居るだろ?」
男をこのまま放置しておく訳にもいかないので、なんとか付いてきてもらうことにした。
サージはぐちゃぐちゃに泣く男が何者だか知らないのでヒソヒソと聞いてきたが、後で話すと切り捨てて、追うことに集中した。
_________
_____
途中見失ったりして色々トラブルはあったもののなんとか追い続けることに成功した。
しかし…辿り着いた先は、墓地だった。
辺りはすっかり暗くなり、コオロギやキリギリス等の鳴き声が響いている。
明かりひとつない墓地は酷く不気味だ。
こんな場所夜来るもんじゃねぇ…何が出てくるか分からないし…シープはどうしてこんな場所に……
俺様が先頭立って歩いてるものの後ろがくっついてきて上手く前へ進めない。
「おい!離せよ!つーかおっさんも何で袖掴んでんだよ!?」
「何で俺がこんな所に来なければいけないんだ…!!」
「兄さん!!無理ですこんな場所!!」
とんだお荷物だな…内心少し呆れていたら、ローフィが突然吠えたのだ。
「うぉあああぁ!?」
「ひぃいいい!?」
その鳴き声に反応して後ろの奴らか情ねぇ声を上げた。
一々めんどくせぇな…コイツら…。
ローフィがシープを見つけたらしく案内してくれる様だ。
重たいお荷物を引きずりながら付いてってみると、新しい墓地が見えてきた。
ここは、ヘルザが眠っている墓地である。
「シープさん!!」
「バウ!!」
二人…いや、一人と一匹の呼びかけに反応することなく、ただ呆然と色のない瞳で墓地を見つめている。
男はシープを見るなり気まずそうに早足で立ち去ろうとしてたから、腕を思いっきり引き、逃げるのを阻止した。
「ちゃんと言うこと言わねぇと一生後悔することになるぞ?」
それは男に向けての言葉だったが、自分に向けてのものでもあった。たった一つの後悔。それは、過ぎてから波紋を徐々に広げていき、また一つの後悔を生んでしまうのだ。
俺様は、それを避けたい。
「………分かった。」
渋々であったが何とか了承してくれた。
カチッカチッとケースを開ける音がしたのでそっちの方を見てみると、シープがヴァイオリンを取り出しているところで……
まさかと思うが…ここで演奏でもするのだろうか…
サージの方と顔を合わせて眉をひそめ合った。やはりサージもこの状況を理解しきれていないようだ。
「______」
彼女は、墓石に手を当てながら何か呟いている。この距離からじゃ分からないが、きっとヘルザに向けての言葉だろう。
第三者が交えることのない二人だけの空間…
しばらくの間、何か語りかけ続けていた。
一体何を思っているのだろうか…これまで部屋からあまり出なかった彼女は、以前よりも痩せていて、見てて胸が痛んだ。その表情は泣き笑いに近かった。本当は泣いてしまいたいのに、無理して笑っている事が一目でわかる。
時間は進み、語り終わったかと思えば後ろまで下がってきて高々とこう宣言した。
「これはヘルザさんに贈る曲です。どうか、聞いてください。」
まさかと思ったが本当に…
困惑する俺様達を差し置いて、
ヴァイオリニストの彼女は、職人のじいさんが作った自慢のヴァイオリン構え、弦を弾いた…
伸びのある響きと、低音の奏で…次第にテンポが速くなっていく。きっとこれは即興だ。
これまでシープの演奏を何回か聞いてきたが、この曲は初めて聞く。現に隣に立つ男が目を見開いているくらいだ。
これは彼女の才能なんだろう。
今の心情を表した、美しくもどこか悲しげな音色。
思わず息を呑んだ。
儚げだけども、どこか力強く曲調が変化していき…
この曲には、前へ前へと進もうとする彼女なりの答えと、意志が込められているのかもしれない。
何より、その姿に目を奪われた。
雲から月が顔を覗かせて、微かに照らしだす風景。その明かりがスポットライトの役割を果たしており、ピンポイントで、シープのことを照らしだし、とても輝かしく見えた。そして、風が吹くたびに散っていく枯れ葉が彼女の周りをヒラヒラと舞い落ちて…それはそれは幻想的な光景だった。
「あぁ、敵わない。」
隣に立っていた男は一粒の大きな涙を流しながら呟いた。
「俺は、間違っていたんだな…」
彼女の演奏に感化させられたらしく、自分の間違いに気づけたようだ。
「お前は、一生をかけて償わなくてはいけない。」
「……その通りだ。俺は……償わなくては…」
自分の罪を認めて、それと向き合っていく覚悟が出来ただけでも大きな成長だと思う。
この男が、これからどんな人生を歩むかは分からない。
けれど、今日の気持ちを忘れないで…シープやヘルザに償い続けて欲しい。
________
_____
「シープさん」
彼の優しい声が、すぐ傍から聞こえてくる。手を伸ばしても触れられることは無い。
ヘルザさんはきっとここに居る…心の中にそんな思いが込み上げてくる。幻聴とか、気のせいとか、そんな風に言われてしまったらそれで終わりになってしまう。
死んでしまった人がいるはず無いことくらい、私は知っている。これでももう大人だし、それくらいちゃんと知っている。
けれども、奇跡とかそういったものに縋りたくなる。
彼の死を受け入れるだけの覚悟を、決意を、
どうか…私に下さい。
これが、神様のくれたチャンスなのだとしたら…最大限に活かさなくてはいけない。
ヘルザさんにお別れを伝えるんだ。本当は、ずっと傍にいて欲しかった。だけど…それはもう叶わないから…
ヴァイオリンに全ての想いを乗せて演奏した。
ちゃんと届くだろうか…
「ありがとう」
「え…」
やはり聞こえてくる。幻聴なんかじゃない。
必死で涙を抑えてたのに、とめどなく溢れだしてしまった。
頬に、あの時と同じ温もりが触れたから。
見えないはずの目に…それはそれは、優しい表情をした綺麗な髪色の青年の姿が映ったから。
「大好きでした。」
青年がふわりと笑ったのと同時に、光が飛び散り…瞬きをした時には消えてしまっていた。
今のは…長年求めていたヘルザさんなんだろう。
一瞬だけの色で満ちた世界が、とても美しくて…眩しくて…涙が止まらなくなってしまった。
なんて綺麗なんだろう…彼の瞳は、髪は、肌は…
こんなにも鮮やかだったなんて…あれは何ていう色なのだろう。後ろを照らし出す月も…星も…木々も…こんなにも綺麗な色をしていたなんて…
カメラのシャッターをきるように一瞬の出来事だったけれども、もう、いつもと同じで暗い世界しか見えないけれども、生涯で最も幸せな思い出になったと思う。
嗚呼、
「私もです。これからも…ずっと、大好きです。」
想っていた人から好かれていたなんて、私は…
「ヘルザさん…」
世界一の幸せ者だ。
今まで、自分は不幸だと思ってきた。目が見える他の人が羨ましかった。けれども…今日、初めて幸せだと思えた。
ヘルザさんと出会えたのも、感動したのも目が見えなかったお陰なのかもしれない。
今日という日を忘れないで、明日へ歩む力へとしよう。
「ありがとう…愛してます。」
****
あちこちを擦りむいていて、ぼろぼろになっていたシープを手当してからじいさんの元に送った。
すっげー心配していたらしく、可哀想なくらい叱られていたけれども、もう大丈夫…そうハッキリと自分の意志を伝えるくらい気持ちを切り替えており、一段と逞しく成長していたので、少し驚きつつも安心した。
これから男とシープとじいさんの三人で話し合いがあるそうなので、俺様達はお邪魔になってしまう。
だから、ちゃんとお別れを伝えて…それから真っ暗な海へと船を出した。
こんな別れになっちまったけど…
…次会う時には、どう変わっちまうのかな。
「これで良かったんですか…?」
船へと移動する間に、男の仕出かしたことを話した。
当然の如く、サージは心配している。
別れのタイミングが悪くなってしまったものだから、本当に正しかったのか疑問が残った。
「あぁ、良かったと思うぜ。」
あの男なら大丈夫。ちゃんと自分で気づけたんだ。変われるさ。いや、ただの期待なのかもしれない。
変わって欲しい…と。
「アイツらなら…乗り越えていけるさ。」
潮の匂いを大きく吸い込みながら、少しずつ離れてくメロートを見つめながら呟いた。
****
___サザン達が夜の海へ出たのと同刻、一人の男が小舟で海に出ていた。
男の目は光を宿しておらず、一歩間違えてしまえばどこまでも暗く深い海に飲み込まれてしまいそうなくらい儚く、ガラス細工のように、触れたら壊れてしまう繊細さを色濃く漂わせていた。
その胸元には銀色に輝く十字架が吊るされており、男はそれを強く握りしめていた。その手は酷く震えていた。
不安、焦り、悲しみ、自身への怒り…男の中には様々な感情が渦巻いていたのだ。
「やはり、俺ではダメだったのか…」
掠れ掠れで、今にも途絶えそうな声で呟いた。天を仰ぎ、闇の中を美しく輝く星々を妬むかのように…将又呪うかのような目で睨みつけていた。
今にも涙腺が緩んでしまいそうなので男は必死に涙を抑えていた。自身を何度も何度罵倒し、否定し続けていた。
そうすることで、平常心を保とうとしていたのだ。
男はただぼんやりと海の音を聴きながら今までの経緯を振り返っていた。振り返るにつれ、止めようのない自己嫌悪に追われてしまい…考えが徐々に悪い方向へと動いていった。次第には″死んでしまおうか″…なんて考えすら脳裏を遮るようになってしまったのだ。
「こんな時…どうすれば良いんだ…?」
その内心は酷く揺らいでいた。男は死ぬか生きるか…二択を選べずにいた。それは、生きてる意味を見い出せなかったからである。
かと言って、男には死ねずにいる理由があった。今死んでしまったら申し訳なく思う人がいたからだ。けれどもそれは、あくまで″いた″なのだ。その人は今となっては既に居なくなってしまった人……だから投げやりな気持ちとなり、どうすればいいか決められずにいたのだ。
「…はは…はははははっ!!」
気づけば男は笑っていた。いや、どちらかと言うと自嘲に近いものである。その嗤い声を聞いて一番驚いてたのは男自身だ。何故自分は笑っているんだ……?訳も分からずに困惑…そして同時に狂気じみた自身に嫌気がさした。
そもそも男は、人よりも劣っている自分のことを愛せずにいた。
ついさっき仲間から言われた本音が何回も何回も繰り返し頭の中を駆け巡り、その度に胸の中を抉られる感覚に陥っていたのだ。男には、仲間と向き合っていく勇気もなく逃げ出してしまったのだ。
だから男は″臆病者″と自分を何度も何度も罵っていた。
しかし、男は馬鹿では無いのでちゃんと分かっていた。今逃げても、一時的なものにしかならないと…向き合わなければならない日が必ず来てしまうと分かっていたのだ。
「……はぁ…」
そのせいもあり、死んで逃げてしまいたいという思いの方が遥かに勝っていて、酷く揺らいでいたのだ。
「…アイツらの言う通りだ。何で俺が生きてるんだろうな。俺が死ねば良かったのに。それなのに…こうして生きている…分からない。何が最善なのか分からない。」
結局どうすればいいか決断することが出来ず、船を漕ぐので精一杯だった。
ただひたすら、行く宛もなく岸を目指していた…
___後に、この男が双子の兄弟と一人の少女と出会い、自身を大きく変えるきっかけとなるとはまだこの時点で知る由もなく、夜の闇に溶けていくのであった___
今、運命の歯車は順調に動き始めた。
ハイ!!最後まで読んで頂きありがとうございました!!ゴタゴタしてて纏まりきれてませんが…ハッピーエンドとは言えない…お話っちゃお話ですね…シープは自分の事を幸せ者だと思ってますが…本当にそうなのでしょうか?価値観の違いで考え方は異なりますが…果たして…
今回この物語、″いくぜ!ウォーシャン海賊団!″の
鍵となるものが二つ出てきました。
サージの言う「あの人」と最後に出てきた「男」これら二つ…というか二人が今後の物語にどのような影響を与えていくのか……お楽しみに!!