東の国へ
肆铭から柳の情報を得たウォーシャン海賊団。いよいよ東の国へと行くことになったのだが、カウンは丹の国に残るというのだ。そして、お別れの日がやってきて…!?
街から離れた静かな高台で、1人、海を眺めている男が居た。
後ろ姿で直ぐに分かる。やっと見つける事が出来たな。
「いたいた。もうすぐ出航の時間だというのに姿が見えないものだからな。何処に居るかと思ったぞ。」
私の呼びかけに対して、ケイムはゆっくりと振り返った。
「時間になれば戻る気でいたが。」
「それでは遅いんだ。私がお別れをちゃんと出来ないだろう。」
近寄るなと言いたげなケイムだが、お構いなしに隣まで歩み寄った。嫌そうな顔はされたが、距離を置かれなかったため、このまま居ていいと受け止めよう。
「別れの言葉を一々言いに来るとは、随分律儀なものだな。」
「共に旅をした仲間じゃないか。君達との日々は私にとって宝物だ。」
「どれだけ人生経験が少ないんだか。」
「む…最後だというのに、全く君は〜。」
此奴の皮肉っぽさは考えものだと軽く小突いてやろうと思ったがヒラリと躱されてしまった。
「…茶番をしに来たのか?」
「違う。私は君とちゃんと話したかったんだ。なのに冷やかすような態度を取るものだから。」
「俺がひねくれ屋なのは今に知った事じゃないだろう?」
「君は誤解されるような態度をわざわざ取るべきではない。それだけが君では無いのに、そう受け止められては勿体無いじゃないか。」
じっと目を見て言うと、ケイムは面倒くさそうに微かに目線を逸らした。
「…お前は相変わらず差し出がましいな。」
「そうだ。こればかりは引けないぞ。あと、私は君が心配なんだ。君はサザン達を守る為に怪我ばかりしていたからな。」
ケイムは、初めて出会った時は熱を出していて、水門を開ける時には犬に噛まれ、人魚の国ではサザンを庇い腹を縫う始末だ。
乗組員の中で一番患者として相手していたのだ。
私が舟を降りたら一体誰が此奴の治療をするというのか。どうしても気がかりだ。
「…お前に心配される程、俺は落ちぶれていない。そう簡単には死なないさ。」
「君は命を懸けかねない。」
「…繋いで貰った命だ。無駄にしない。…何だか、吹っ切れてしまったんだ。」
「…?吹っ切れた?」
風がそよぎ、髪を揺らす。暫くの間沈黙が流れたが、全然苦に思わなかった。
それは、今日のケイムが何処か穏やかな雰囲気であるからだろう。
「……お前のせいで、吹っ切れた。」
私のせいで…?
「どういう事だ?」
「…なぁ。どうして俺が此処に居たと思う?」
質問に対して別の質問を投げかけてくるとは。そんなもの君の気分次第だから、私には分からないじゃないか。
「1人の時間が欲しかったからか?」
「違う。」
「じゃあ何だ?」
ケイムは瞳に私を捉えた。
「…お前が来るのを待っていた。」
「はぁ!?」
思いもしない答えに我ながら大きな声が出てしまった。
待っていたって…何だ!?君が居ないと、私が探しに来るのを知っていたという事か!?
「…少しだけ、2人で話したかった。」
あまりにも予期せぬ展開なので困惑してしまっている。ケイムからの話って何だ!?今までちょっかいをかけ過ぎた事を根に持ってたとか!?
「…大した話じゃないからそんな身構えるな。」
呆れながらも、小さくケイムは笑った。
笑…………!?此奴って笑うんだな!?
いつものように自嘲は含まれていない。自然な笑いだ。私はそんな姿を初めて見たかもしれない。
マスクで顔は隠れているのに、確かに笑っていると伝わってくる。今のケイムの目は、敵と戦っている時のように、冷たい刃物みたいな鋭さがない。
「…相手の事なのに、まるで自分の事の様に必死で考えて、其奴の為に怒りを顕にする馬鹿を見て、俺の中の何かが動いたんだ。」
「…馬鹿って…私のことか?」
「あぁ。こんな馬鹿見たことが無い。」
「失礼だな君は。」
馬鹿馬鹿と言うが、私を見て何かが動いた…?
「…俺は、気持ちを押し殺して来た。確かに怒りはあったが、それを表に出す事はなかったんだ。何を言われても仕方がないと思っていた。」
ケイムは兄さんであるケイン=ハスラーを失ってから、感情を表に出せていなかったようだ。
責任感が強いケイムは、彼の死因は自分にある考えている。だから、誰かに責められようと、何を言われようと、そのまま受け止めていたのか…
「……だが、深海でお前が俺以上に怒っていて、出せなかった気持ちを代弁されたようで、何だか泣きたくなってしまったんだ。」
「君があの場で責められるのは可笑しな話だ。怒るのは当然だろう!?」
「…当然…か。お前にとってはそうかもしれないが、俺にとっては知らない衝撃だったんだ。」
「君もまだまだ人生経験が少ないようだな。」
さっきケイムに言われた皮肉を同じように返すと、彼は面食らった顔をしたあと、「その通りだな。」
と一言言って目を伏せた。
「俺は知らない事が多い。だから、彼奴ら航海との航海を通して知っていきたいんだ。」
「あぁ、それがいい!!サザン達は君に新たなことをどんどん教えてくれるだろう!!私はここでお別れだが、君達のそんな旅を応援しているぞ。」
航海に前向きなケイムの言葉を聞いて、何だか私が嬉しくなってしまった。
「……お前には感謝している。」
「何だ何だ〜!!嬉しいこと言ってくれるじゃないか〜!!ん〜?(笑)」
いつも通りおちょくろうとしたが、ケイムは真剣でそれに乗ってくれない。
そんな真っ直ぐ言われたら私がどう返して良いか分からなくなってしまうじゃないか。
「…お前が、俺を必要としていると言ってくれたから、まだ生きていたいと思えたんだ。そう言ってくれる奴が1人でも居るのなら、それだけで生きることに充分過ぎる意味を持つ。」
「なっ……んだ。君は大袈裟だなぁ〜!!どうも調子が狂ってしまうなぁ。ははっ」
ケイムの言葉で、泣きたいのは私の方だ。
1匹狼と言われている此奴の心に、私の言葉が響いたのだ。
サザンの話によると、此奴は初めて会った時に死ぬ事を望んでいたと言うのだ。
ケイムは壁を隔てて誰も自分の中に踏み込ませようとしなかった。
まだ分厚い壁は確かに存在しているが、前よりも距離は縮まったように思える。
何よりも、ケイムは生きる事を望んだのだ。
こんな嬉しいことなんてない。
彼の前進しようという意思は、とても眩しく思えた。
私は彼の心の隙間に入る事が出来たのだろうか。
「…この先、お前のだる絡みが無くなるのは清々するが、ほんの少しだけ物足りないかもな。」
「ははっ…そうか。ふふ…君ってやっぱり良い奴だな。なぁに、また会った時にこれでもかってくらい構ってやるさ。」
「それは勘弁して貰いたいな。」
ケイムは眉をひそめた。
その顔が可笑しくて、私は笑いがこみ上げてくる。
ケイムは懐から何か取り出し私に投げ渡してきた。
「…?これは?」
訳も分からず見てみると、柄と鞘に繊細な模様が彫られているナイフだった。
現代のものではなく、何世紀か前のものだとひと目見て分かる。アンティークと呼ぶに相応しいだろう。
鞘から抜いてみると、その刃はあまりにも美しくて、素人でも出来の良さが分かり、息を呑んでしまう。
きっと有名な名匠によって作られたものに違いない。
そして、刃はサビどころか、欠けている箇所すらない。ケイムが丁寧に管理していたんだろう。
「俺が持っている宝の中で、2番目に価値が高いものだ。お前にくれてやる。」
「何だってそんな物を!?私は受け取れないぞ!?」
「…俺には必要無い。金の足しになれば良いと持っていたが、それを売らずとも、いくらでも稼げるからな。それに、見て分かる通りそのナイフはあまりにも出来が良いから、戦闘に使うには惜しい。」
「だからって何故私に…」
「…万が一命の危険が迫ったら、ソイツを渡せば大抵の者は引き下がる。話が通じない時はそのまま刺せばいい。…この街は危険だから、お前の保険だ。」
どうやらケイムは私の安全を考慮して、このナイフをくれるみたいだ。どうも悪い気がするが…返そうとしても受け取ってくれなさそうだ。
だから有難く受け取るべきなのか…
「… 肆铭と一緒に居れば身に危険は及ばないだろう。街のために働こうとするお前を支援するようだから、好感なんだろう。だが、彼奴は気をつけろよ。」
ケイムは光の宿ったブラウンの目を細め注意を促してきた。
「分かっている。気をつけるさ。」
彼はいつも笑っているが、初対面で腹の底が見えないと感じた。私と俪杏に対して友好的だから今の所問題は無さそうだが、今後も油断してはならないだろう。
「有難う、ケイム。ナイフは受け取っておこう。時々見つめながら君を思い返すからな!!」
ウインクしながら言うと
「そういうのは要らない。」
とバッサリ切り捨てられてしまった。
「つれないなぁ〜!!そうだ、ケイム。これで2番なら1番はどんな凄い宝なんだ?」
ふとした疑問を投げかけてみた。
やはりケイムは海賊だと思わされる。航海で得た宝を持っているものなんだな。
彼のコートの内側には色んなものが収納されているようだが、その中にもっと価値がある宝が隠されていたのだろうか。
「……あぁ。1番はこれだ。」
ケイムは首から下げていた十字架を指差した。
「兄貴から貰った物だからな。俺の中では1番価値がある。」
「なるほどな。確かにそうだ。君の1番の宝物というのも納得だ。」
「あぁ。これだけは何があっても手放せない。」
ケイムは十字架を指で撫でたあと、此方へと向き直った。
「…彼奴らと航海していれば、またお前に会う事になるだろう。…それまでくたばるなよ、カウン。」
「え…?君が私の名前を…
「お〜い!!居た〜!!めっちゃ探したわ!!2人共一緒だったのな。」
「出航の時間ですから頑張って見つけなきゃと、彼方此方猛ダッシュしたんですからね!?」
「それは大袈裟だわ。ちっと駆け足ってだけだろ?(笑)」
「僕は必死に走ってましたが!?」
私が返し終わる前2人が来て言葉は遮られてしまった。
これ以上聞くのは難しそうだ。
ケイムは何事も無かったかのようにいつもの仏頂面をしている。振り回されているのは私だけみたいだ。
「ははっ…2人にまで探されていたな。私も探すのに苦労したから気持ちはよく分かる。」
「俺は探せとは頼んでないが?」
そうは言うものの、このタイミングで2人が来るのも計算していたように思えてならないな。
「皆さん待ってますから行きますよ〜!!」
「そうだぜ〜。……このメンバーだけ揃うのも最後になるのか〜俺様しんみりだぜ。」
「川からずっとご一緒だったのに…寂しくなりますね。」
「私も寂しいが、お互いの門出と思おうじゃないか。また会う日まで私はくたばらないからな。」
にっと笑うと、ケイムはやめろと言わんばかりに、無言で手のひらを返してきた。
「そうだな。またいつか会えるもんな!!それまで楽しみにしてるぜ!!」
「えぇ。それまでどうかお元気で。」
「あぁ。ケイムが無茶しそうになったら君達が抑えてくれよ。」
「任せとけって!!」
「…逆だろ。此奴らが無茶しないように俺が抑えているんだ。」
「はははっ…どっちもどっちかもしれないな。」
4人で足並みを揃えながら船へと向かうのだった。
これで別れとは思わない。
また会える日を信じて、私は私の道を進むんだ。
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カウンに見送られて、丹の国から目的である東の国へと船を出した。
風に乗り、トライデント号は順調に進んでいく。
「カウン居なくなっちゃって寂しいねぇ…」
エクレアは頬杖を付きながらしょんぼりしていた。
カウンから貰った眼帯を大事そうに握っている。
「理解して下さる女性が居なくなってしまいましたからね。寂しいですが、また会えますよ。」
ハクリンはエクレアに寄り添いながら優しく頭を撫でていた。
「そうだぜ!!後で俺様特製スペシャルココアをご馳走するから元気出してこうぜ〜!!」
とは言ったものの、俺様も実は結構響いてたり。
「皆リビングに集まってたね〜!!もしかしてぇ、航路についての相談会してたの〜?僕も混ぜて混ぜて☆」
来たな。ムードメーカー。すっかり此処での生活に溶け込んだスナルが下の階から上がってきた。
こういう時に居てくれると助かるぜ。
「皆って言っても、ケイムとサージは上で舵を取ってくれてるけどな。相談会ってか………あぁ、そうそう!!スーミンの奴さ。場所を教えてくれるのと一緒に、妙な事言ってたよな。」
「嗷嗷。彼の正体は妖狐だと噂があるのですよ。信じられますか?それも黒く、呪われた。妖狐の力はとても強大ですから、どうかお気をつけて。」
「妖狐って何だろうな。東洋だと狐が人間に化けるって話があるらしいぜ?」
「外交をしてるのですから、狐なのに人の姿をしていると言うのでしょうか。」
「非科学的な話だねぇ〜…でももしかしたら居るかもしれないねぇ?」
科学者だから根拠に基づかない話とか真っ先に否定しそうなのに、スナルは意外と肯定的だよな。
「柳狐さんは悪い狐さんなんだよね?」
「その様で。彼の言っていた黒く呪われたとは…どういう事なのでしょう。」
「会ってみないと分からないねぇ〜。見つけるために聞き込み調査をするのかい?」
「まぁ、そうだなぁ。地道にやってくよ。」
「そっかぁ!!僕が降ろして貰いたい場所と結構近いし、お迎えが来るまで手伝うよ〜♪」
「助かりますね。」
「でもでも、サザン君?聞き込み調査は良いけど…」
「ん?」
「東の国の言葉分かるのかい?」
「あ。」
やっべえええぇ!!一番大事なこと忘れてた!!言葉の壁!!
丹の国の言葉でちんぷんかんぷんだったのに、東の国の言葉はまた違うらしいじゃないかよ!?
「私は、ある程度は習いましたが…丹の国と同様にネイティブに対応出来ないかもしれません。」
「うおおぉ……スナル!!翻訳する機械!!翻訳する機械作ってくれ!!」
「う〜ん、出来なくは無いけど…それって君のためになるとは思わないなぁ。僕が教えてあげるから、一緒に覚えていこう?ねっ?☆」
スナルは笑顔でそう言うけど、俺様勉強苦手だし、物覚えだってお前みたいに相手を一発で覚えるとか…そういうレベルでよくねぇんだって!!
「難しいのやだぁ…俺様キャパオーバーで脳みそ爆発しちまうぜ。」
「脳は爆発しないよ☆大丈夫大丈夫、サザン君若いから直ぐに覚えられるよ♪」
「幸先が不安ですが、私も一緒に頑張りますよ。」
「私も勉強する…!!勉強してレストランで東の国のデザート注文出来るようになるの…!!」
「可愛い目標ですね。」
「ぐうぅ……やるだけやってみるけど…やってみるけど…!!」
こうして、俺様達は柳を倒す為に東の国へと向かう事になるのだった。
東の国で俺様は運命的な出会いをする事になるとは…まだこの時思いもしなかったのだった。
はい。読んで頂き有難う御座いました。ケイムさんは話が進むにつれてどんどん変化していきますね。彼の知らないものを教えてくれるサザン達のお陰なのでしょう。
さぁ、これから東の国へと舞台が移るのですが…今後深く関わっていくような色んなキャラが登場するかもしれません。そんな絡みを書いていくのがとても楽しみです♪…次回へ続きます!!




