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丹の国の商人(後編)

医者である俪杏(リーシー)と協力して麻薬の流通を止める事にしたウォーシャン海賊団。そんな中出会った商人である肆铭(スーミン)は麻薬を流通させている親玉の拠点地を知っているという。そんな彼と一緒に拠点地へ乗り込む事になり…!?

丹の国の夜は、軒先に吊るされた提灯に火が灯されていて、目を奪われるほど絢爛豪華である。

赤い光が足元だけでなく、相手の瞳や顔を照らして、妖艶な雰囲気を漂わせる。

夜だというのに、日中と変わらず賑わっている。まるで夜が無い街のようだ。

約束した通り、肆铭と合流して俺様とサージ、ケイム、ハクリン、俪杏でこの街を支配している親玉の所へと乗り込もうとしていた。

「素敵な街でしょう?この国は何を取っても美しい。」

先導していた肆铭は、此方を振り返りそんな事を口にした。

「そうだな〜!すっげー綺麗だと思うぜ♪」

「この景色ワタシの誇りネ。伝統を重んじる、皆の想いが詰まってるネ。だから、ワタシは悪人から守りたいネ!」

鍋を背負った俪杏がぐっと意気込んだ。

「えぇ。本当に。この景観や、そんな人々の想いを後世に繋いでいきたいとつくづく思います。」

祖国愛って言うのかな?この2人は国に思入れが強い様だ。だからこそ薬で侵されるなど許せないのだろう。

俺様もこんな悪事を見て見ぬ振りなんてしたくねぇし、最大限の手伝いをしようとは思うけど…

「本当にこれで上手くいくのかなぁ…?」

「えぇ、勿論。何も問題ありません。」

肆铭は化粧で赤く縁取られた目尻を細めた。

金色の瞳がギラついて思わずドキリとしてしまった。

そんな俺様の心情を察したのか、肆铭は口元に手を寄せてクスクスと笑っている。その仕草が色っぽく、赤色のネイルが更にそれを際立てていて、大人の魔性に目が眩みそうだ。

「…本当に正面突破をするつもりなのですか?」

ハクリンは戸惑いを隠せずに居る。

「そうですよ?あくまで私は交渉しに行くんです。なのに不意打ちなんて卑怯でしょう?」

「交渉って…本当に?相手が拠点地を簡単に譲るとは思いませんが。」

「私は毎回この様に島を増やして来たんですよ?多少の武力行使はあるかもしれませんが、ビジネスですから対等じゃないと。」

それを聞いてケイムは呆れ顔をした。

「…お前基準の多少とはどれ程のものか計り知れないが。」

「おやおや?ふふ…最終手段ですよ。こう見えて寛容なので極力手荒な事はしたくありません。」

「…よく言えるな。実力を見せつけるために毎回御丁寧に正面から突入しているんだろう?攻撃を仕掛けてきた相手を捩じ伏せて、圧倒的な強さを見せ付ければ支配下に置いたあと、其奴らは反発する気も起こらない。…違うか?」

「ふふふ…。確かに私がトップに立てば、その後は忠犬の様に働いてくれますから。」

「…寛容なんて善人面しているが、お前のしている事は暴政と変わりないな。」

「あはは。部下として忠実になってくれさえすれば、あんまりな事は致しませんよ。」

ケイムはズバズバ思った事を言う奴だって知ってるけど、今回に関しては肝が冷えるって…

よくまぁ、本人を前にしてそんなハッキリと。

でもお陰で確信がついた。俺様の本能は間違っちゃいねぇってさ。

最初に感じた悍ましさはこういう事だったのだ。

肆铭はシンプルにヤバイ奴で、ケイムと同じく容赦せずに相手を傷つけてしまうタイプなんだろう。部下を統制するカリスマ性もあるのかもしれない。

こうして協力関係を結んだのは良いけど、闇深そうだな。

隣を歩いてるサージも素性の知れない肆铭に対し、表情を曇らせていた。

「…さて。お喋りはここまでにして。着きましたよ。此処が彼らの拠点地です。」

目の前にはぐるりと囲まれた塀が見え、奥には大きな塔がそびえ立っている。

「此処は…?」

「庭園ですよ。本来なら、桃源郷を模した美しいものとされていますが、中は改装されているに違いありませんね。」

「此処に親玉住んでるネ!?」

「えぇ。そうです。正面に丸い門がありますよね?洞門という、彼処から中に入ります。」

肆铭の指差す先には見張りと思われる男が居て気怠そうに鉾を構えていた。

「私が話をつけてきます。」

俺様達が見守る中、肆铭は満面の笑みを浮かべ男達の元へと歩み寄った。暫く話してると、男達の顔色はみるみるうちに青くなり、慌ただしく中へと走っていった。

一体何を吹き込んだのだろう…

そして、戻って来た男は俺様達を中へと誘導するとのことだった。

「どうやら交渉に応じてくれるみたいですね。」

「それにしては、酷い慌てようじゃないですか?」

「予期せぬ来客には誰しも驚かれるものですよ。」

肩に乗っている曉龍の頭を撫でながら肆铭は喉で笑った。

「庭園の中初めて入ったネ。こんな広くて綺麗だったネ!?」

俪杏は辺りを見回しながら目を輝かせていた。

庭園の中は池が張り巡らされていて、涼し気なせせらぎが聞こえてくる。街の明かりがここまで届いており、赤く反射した水面と、空に浮かぶ月が映り込んでいて、見る者を魅了する。

「こういった場所は権力者しか入れないのでしょうね。」

「勿論。皇族や貴族の特権ですよ。」

庶民の私達が入れるなんて運が良いと、束ねられた癖一つない髪を揺らしながら肆铭は言った。

此処に居る全員、庶民って言葉が当てはまるか微妙な立場だけどな。

ハクリンに関しては王族だし、お前だって絶対普通の庶民じゃねぇだろ…

ぼんやりと聞き流しながら、誘導される先に建っている建物を見上げていた。

「ほえ〜…立派な塔だなぁ。」

「何でしょうねあの建物?教会とは訳が違いますし…」

「時計塔にしては華やかだしな〜」

「楼閣ですよ。西洋とはまた違った建築物ですからお目にするのは初めてですか?」

「初めてだよなぁ〜」

「国の文化の象徴、と言った所でしょうか。観光にはうってつけではありませんか?」

「観光にうつつを抜かしている場合じゃないだろ。」

「えぇ。緊張感を忘れてはなりません。」

「おやおや、そんなにも肩に力を込めなくても宜しいのに。」

ケイムとハクリンにバッサリと切られてしまったが、それが最もだよな。逆に肆铭の緊張感の無さが怖過ぎるんだって。

橋を渡って楼閣の中に入ると、昼に座ったような丸くて回るテーブルがいくつも設置されている部屋に通された。上が吹き抜けになっており、見上げると高い天井に繊細な絵や装飾がなされていた。

それだけなら良いのだが、途中で何人もの男と目があったのだ。

「え……見下されてる。」

上の階から男達が此方の様子を伺っている。

いつの間にか誘導していた男が俺様達の元を離れ、部屋の入り口の鍵を閉めていたのだ。

もしかしなくても…逃げ道を塞がれちゃった…!?

「晚上好。我会第一次见到你。这是肆铭。(こんばんは。お初にお目にかかります。肆铭です。)」

肆铭は怯むことなく、上の階に居る男達に挨拶を交わした。男達はどよめいて居るが、俺様達には何を言っているのか分からない。

「凄いネ。皆スーさんの事知ってるみたいネ。」

「スーさんって… 俪杏さん。彼に愛称を付けたんですね。」

「仲間なら親しみを込めて呼ぶのが宜し。ワタシ知らないけど、スーさんは有名人みたいネ!」

言葉は通じないけど伝わって来るものはやはりある。この取り乱しようだと、此奴は悪い方向に有名なんだろうな…

そんな中親分と思われる人物が部下を鎮めた。

渋い顔をしており、ベテランのヤクザみたいな見た目をしている。睨みを効かせながら口元に葉巻を加え、煙を吐いた。

「俺が長の诗涵(しーはん)だ。お前が噂の。まさか自分から俺の拠点に来るなんて馬鹿な男だ。独りで来るのに怖じ気付いてそんな子供でも雇ったのか?えぇ?」

「彼らをお連れしたのは私の諸事情ですが、子供が居るだけで空気が和らぐでしょう?貴方に安心して頂きたくて。」

「何だと!?」

「ふふ…私はただ、貴方とお話をしたいだけです。そんな怖い顔をなさらずに。」

「お前と交渉なんてする気はサラサラねぇんだよ!!なのに真正面から来やがって!!馬鹿正直なのが運の尽きだな!!」

诗涵が手を上げると、周りを取り囲んでいた部下達が機関銃を設置した。

待て待て待て。彼奴ら、上から連射したら俺様達……

「その子供諸共ミンチにしてやるよ!!そして、お前の島も皆俺が乗っ取ってやる!!」

「おやおや。物騒ですね。此方は戦うつもりなんて…」

「撃て!!」

诗涵が指示した途端、耳を劈くほど荒々しい銃声が響いた。

ケイムと肆铭は咄嗟に、並べてあったテーブルを蹴倒してシールドを作った。

「頭を出すな!!風穴が出来るぞ!?」

「ぐぇっ!?おまっ…ケイム…!!頭床に押し付けんなって!!」

2人のお陰で被弾を回避出来たが、これでは心もとない。

テーブルに伝う銃弾の振動で心臓が張り裂けそうだ。

もしもテーブルが貫通したら死ぬ。俺様達死ぬって。

「ふふふ…随分なおもてなしを。困りましたねぇ?」

「いや!?スーミンさん全然困ってる態度じゃありませんよね!?」

サージのツッコミ通り肆铭は胡座をかいて頬杖をついている。

こっちは必死なのに随分余裕そうだな!?

「どうやって突破しましょう。」

「少しでも動けば蜂の巣になるだろ。」

ハクリンとケイムは冷静にこの状況をどうにかしようとしてるけど、俺様頭回んないぜ!?

だってだって、一向に連射が止まねぇし…四方八方から撃たれててテーブルを抑えてるので精一杯だって!!

「あっ!!そうだ。これ役立ちませんかね!?」

サージが何か思い出したらしく、懐からピンが付いた筒状の物を取り出した。

「え?何だよそれ。」

「ピンを抜いて投げるとピカッて光る爆弾だってスナルさんが…!!」

「閃光弾ですか。いい物を持ってますね。」

「はい。もしもの時に役立ててね、と下さったんです。」

「ごめん!!銃の音煩くて何言ってるか聞こえねぇ!!」

騒音で上手くコミュニケーション取れないのが難点だ。結構デカい声で喋ってるけど、所々聞き取れないぜ!!

「それを投げれば隙が出来るネ!?サージ早く投げる宜し!!」

「えぇ、そうしたい所ですがタイミングというものが…」

「ワタシが投げる時がタイミングネ!!貸す宜し!!」

「俪杏さん!?」

「アイヤ〜〜!!」

俪杏はサージから閃光弾を取り上げるとピンを抜いて上の階へと投げた。

「馬鹿!!目を瞑れ!!失明するぞ!?」

「いででで!!瞑った!!瞑ったからさ!!」

ギュッと目を閉じているにも関わらず視界が真っ白になるほど強く光を放った。

悲鳴と共に上で銃を構えていた男達は倒れてしまい、手先が狂ってあちこちに被弾したらしくパニック状態だ。

下への連射は止み、隙が出来た。動くのなら今しかねぇ!!

「サージさん、サザンさん、立って。今のうちに移動しますよ。」

ハクリンに腕を引かれ立ち上がった。

状況を確認したくて眩む視界で辺りを見ようとしたら衝撃的な光景が目に入った。

「さぁ、私は此方ですよ。」

肆铭は助走をつけると、置いてあったテーブルを踏み台にして上の階へと飛び上がったのだ。

どんな脚力だよ!?軽やか過ぎんだろ!?

そして、目を抑えてる男達を薙ぎ倒していったのだ。

「スーさんかっこいいネ。ワタシも続くネ。」

「かっこいいっつーか…恐ろしいっつーか…ケイム。お前もあれ出来るか…?」

「…多分無理だな。この高さを飛び上がるなんてバケモノだろ。」

ケイムにバケモノ呼ばわりされる身体能力ってどういうこった…

肆铭は一足先に诗涵と対峙していたが、更に待機していた部下が駆け付けて、肆铭は包囲された。

その間に诗涵は何処かへと逃げてしまったようだ。

「早く加勢しねぇとな。」

「兄さん!!階段ありましたよ。此処から上に行けます。」

「流石サージ!!でかした!!上に行こう!!」

「応戦出来る様に武器は構えろよ。」

ケイムが俺様達の前に出て、先陣を切った。

2階では目まぐるしく戦闘が繰り広げられていたが、相手は銃を使う連中が多くて接近戦は不利だ。

壁越しでの撃ち合いが主になっていて、中々思う様に進めない。

それにも関わらず、肆铭は飛び道具を利用せず、肉弾戦を貫いている。

「ぐぅ……僕とハクリンさんは思う様に戦えませんね。」

「えぇ…焦れったいですが、この状況で接近戦は命知らずです。」

サージとハクリンが得意とするのは剣術だからな。今回は不利な状況だから仕方がない。

「…キリがないな。どれ程部下を従えているのか分からない。先に此方の弾丸が尽きるかもしれない。」

ケイムは弾丸を込めながら、此方に目配せをした。

「俺様もストックヤバそうだわ。もっと持ってこれば良かったな。」

まさかこんなに銃をぶっ放つことになるとは思ってなかったし。

「最悪俺も接近戦だな。」

ケイムは相手を撃ち倒すと、俺様達に手で合図して先へ進んだ。

「ワタシ大事な事忘れてたネ。」

「ん?」

「防御こそ最大の攻撃!これ武術の基本アル!てな訳で突っ込む宜し!」

俪杏は鍋を構えてそのまま相手に向かって飛び込んだ。

「おいおいおい!?リーシー!?それ無茶だろ!?」

「攻撃こそ最大の防御の間違いだろ…」

鍋が防具の役割を果たしていて、たまを弾いている。

例えるなら猪突猛進…敵はまさか鍋が接近して来るとは思わず面食らっている。

「アイヤ〜!!ワタシの武術を喰らうとイイネ!!」

「俪杏さん…!?あっはは。本当に鍋で…!!鍋で人を殴るものですか!?何と勇ましい方か。」

肆铭は俪杏の援護で目を真ん丸にしたが、面白可笑しそうにずっと笑っている。

笑いながらも、体幹をブレさせる事なく華麗に相手の攻撃を受け流していた。

「大分数が減って来ましたし、诗涵を追わなければ。全く…客人を部下に任せて放置とは。失礼極まりないですね?」

汚れた手のひらを叩きながらそんな事を肆铭は口にした。さっきの戦闘があったのに息が上がってねぇとか…やっぱり異常だわ。

「彼は一体何処へ逃げたのでしょう。」

「僕達が戦ってる間に外へ逃げたとか…!?」

「いいえ。それはありません。」

「…どうして言い切れるんだ?」

自信満々に答える肆铭に対して、ケイムは問い返した。

「だって相手は商人ですよ?自分の財産を残して逃げる訳ないでしょう?」

「確かに!!商人は金に汚いネ!!」

「ふふ…間違ってません。突然の訪問では逃げる手筈が整っていませんからねぇ?何としてでも財産を取りに戻るんですよ、自分の部屋に。」

「そういう心理学的なのがあるのかよ〜?」

「いえいえ、私の経験ですよ。皆さん決まって同じような行動をしますから、手に取るように分かるんです。」

「…ではまだこの建物の中に居ると言うのか?」

「おそらく。そして、私達が居ますから下に降りるにはリスクが高い。隠し通路でもなければ、彼の逃げる先は上です。」

「では階段を探しましょうか。」

「えぇ。そうしましょう。」

肆铭の後に続いて楼閣の中を探索した。


________

_____


部下の男達が通り過ぎるのを確認して、後ろについている連中に合図した。

「貴方は察知するのが速いですね。」

「…間抜けじゃないからな。」

相手の人数が多いから極力戦闘を避けなければならない。その為には鉢合わせになるリスクを事前に減らすのが効率的だ。

本来ならこんな場所に子供を乗り込ませるべきでは無い。だが、無駄に正義感が強いという事と、ハクリンの目的の為、という理由で此奴らは抑えが効かないのだ。俺が止めても耳を貸さない。

だから渋々俺自身も面倒事に首を突っ込んでしまったが、ひとつ分からないことがある。

「……お前ひとりでも此処を占拠するなんて容易いんだろ?何故巻き込んだ。」

「おや?ふふ……そう思われますか?」

此奴の実力なら、ひとりで乗り込んでも怪我一つ負わずに此処の権限を奪えたに違いない。

だが、敢えてそれをしなかった。此方のペースに合わせて動いている。そんな感覚を拭えない。

「私を買い被り過ぎですよ。ひとりで乗り込むなんて心細くて仕方が無い。」

「嘘を吐くな。今までそうやって支配下を増やして来たのだろう?」

「貴方は詮索するのが好きなようで。」

目を細めているが、言動1つ1つ胡散臭い男だ。

「わっ!?ケイムさん!!後ろから来ましたよ!!」

「…!!頭を下げろ、サージ。」

殺さない事を前提にされているから、相手の腕や足に標準を定め銃を撃つ。

だが、何発か撃ったあと、引き金を引いても軽い金属音がしたたけで発砲出来ない。

「…弾切れか。」

持ってきた弾を皆使い果たしてしまったようだ。

コートからリーチの長い剣を取り出そうとしたが、これでは間に合わない。

「はあぁ!!」

俺が動くよりも先にハクリンが、剣を振るい相手を倒していた。

「すっげーハクリン…!!お前めっちゃ強いな!?」

「剣術も心得ております。後ろからの敵は私にお任せ下さい。」

洗練されたフォームで、無駄のない動き。

動体視力が良いらしく、弾道を読みながら最小限の動きで避けているのが見て取れる。

どうやら王宮での教育は無駄なものでは無かったらしい。

「僕も加勢します…!!」

サージもハクリンに続いてサーベルを構えた。

人魚の国から帰ってきた後、彼奴の身体能力は上がった気がするが、俺の気のせいだろうか…?

以前使っていたサーベルよりも今のサーベルの方が彼奴にとって相性がいいのかもしれないな。

俺が出るまででも無いと判断し、何もせずに見守る事にした。

「お見事です。」

そんな彼奴らの様子を見て、肆铭は笑みを深めていた。

「……お前、彼奴の実力を見極める為に同行させただろ。」

「…バレました?私才能がある人が大好きなんですよ。折角協力するのなら、どれ程の人物か知りたいじゃないですか。」

これが理由か。此奴が実力を知りたかった相手はエルランジェ家の第一王子。

見込みがあるか、無いかでどう扱っていくか決めたかった。そうに違いない。

此奴のお眼鏡にかなわなかったらハクリンの情報をシュベルナ王国に売ったのだろう。

「…風見鶏。」

「私は商人ですから上手く立ち回らないと。」

たちが悪い男だ。

「そんな顔をなさらずに。ご安心下さい、私は彼の才能に投資したい。」

「…シュベルナ王国の外交を牛耳る商人を潰せて、更に、ハクリンと外交を結べればお前にとっては都合が良いからな。」

「ふふ…」

「最も、バルム=シールドと、柳の外交をさえ無くなれば、新たにお前がそこに外交をこぎつける事も出来る。…そうだろ?」

「貴方は食えない人です。」

「ハクリンとバルム=シールド。双方とも外交を結ぶ事だって可能だ。情報を得れば何方にも利益があるように受け渡しができ、信頼も得られる。まさかお互いに、自分が売られてるなんて思いもしないだろうからな。…そうやって火種を広めれば武器は嘸かし売れてお前の元に儲けが入る。……笑わせるなよ。」

「知ってます?戦争って最も儲かるビジネスチャンスなんですよ。商人にとっては願ったり叶ったりで。」

「関係ない市民が死ぬんだぞ!?」

「だから何なんです?所詮それらは他人ですよ。他人が死のうが、私は痛くも痒くもない。」

その理屈は俺もよく分かるが、わざわざその要因を引き起こすのは訳が違うだろ。

「…まぁ、ほんのご冗談です。真に受け止めて下さらなくて結構です。夢枕に立たれる日なんて来ましたら、怖くて怖くて眠れなくなりますから。」

「思ってもいない癖に。」

「ふふ…貴方はお喋りが過ぎるので、どうぞお静かに。」

首元を這われている感触がした。触れてみると、いつの間にか此奴の蛇が巻き付いており、俺の顔を覗き込んでは舌をチラつかせていた。

「知っていますか?蛇が舌を出す時は匂いを嗅いで、味見してる時なんです。」

「は?」

「あまり口数が多いと、お腹を空かせた曉龍が貴方を丸呑みにしてしまうかもしれませんね?」

こんな小さな蛇なのに、何故か本当に呑まれてしまうのでは無いかと錯覚した。何だこの妙な感覚は…

「…馬鹿らしい。自分の肩に乗せておけ。」

蛇を首から引き剥がし、肆铭に投げ返した。

「なんてことを。蛇に乱暴するなんて信じられません。」

「されたくないならしっかり管理しとけ。」

「全く……お喋りはこの辺にしておきましょう。前からも来ましたよ。」

「……言いたいことはまだあるが、後にしよう。」

共闘というのは不服だが、今は此奴と進むしか無さそうだ。


_______

_____________

「ハクリンさん本当にお強いですね。」

さっきまで背中合わせで攻撃を受けていたが、本当に立ち回りがしやすかった。

「指示を出すのが上手いよな〜」

「王子は象徴ですから、どんな状況でも兵を指揮して勝利へ導かなければなりません。皆さんと共に戦えるように立ち回り方は父から習いました。その賜物です。」

剣を仕舞いながらハクリンさんは僕を見据えた。

「サージさんも素晴らしい腕前で。自己流ですか?」

「そうですね。色んな方から剣の扱い方を教えて頂いたので、ゴチャゴチャしてるかもしれません。」

「ひとつの流派に縛られないのは強みだと思います。」

これが僕の強みか…

あまり実感が無いけど、ハクリンさんにそう言って貰えると嬉しいな。

前に進もうとしたらお2人は立ち止まっていたらしく、ケイムさんの背中にぶつかった。

「へぶ…!?どうしました?」

「この部屋、鍵がかかっていましてねぇ?」

「鍵…?」

「はい。私達はただただ虱潰しに回っていた訳ではないんですよ。相手を追い詰めるように順を追っていたんです。…そして、鍵かかった部屋に辿り着いた。…これ、どういう事かお分かりですか?」

「この中に親玉が…?」

「そう、ご名答。」

肆铭さんはほくそ笑んだ。

「親玉居るネ!?だったら開けさせる宜し!!たのもー!!隠れてないでワタシと勝負するネ!!」

俪杏さんは扉を思いっきり叩いて音を鳴らしているが、中から返事が無い。

「…本当にこの部屋なのか?」

「十中八九。私の勘って結構当たるんですよ?」

「でもどうやって開けような〜…」

扉は頑丈で開きそうにない。壁には四角く縁取られている窓が付いてるが、格子みたいに装飾で囲われているから開かないだろう。

そんな窓から中の様子を見ようとしたが、真っ暗で誰か居るようには思えない。

「ん〜…暗いですし、わざわざ外から覗ける窓がある部屋になんて隠れないと思いますよ?」

「そう思わせるのが狙いでしょうね。どれ、俪杏さん、その鍋を貸して下さい。」

肆铭さんが大振りして窓に向かって鍋を投げると、木で出来ていた格子の装飾は壊れ、そのまま硝子を割ってしまった。

「うわぁ…!派手に壊したなぁ…!」

「こんなやり方は本望じゃありませんよ。後で壊れた箇所は修理させます。」

鍋が床に着いた音と同時に中から銃声が聞こえて来た。

「あぁ、やはり。この部屋で間違いなさそうです。ふふ…誰かが窓を破って侵入したと思ったのでしょうね。」

仕留めるつもりが、相手は自分の居場所を教えてしまったようで。

「さぁ、行きますよ。私が先陣を切りますから、皆さんのタイミングでどうぞ。」

そう言って肆铭さんは中へと飛び込んだが、待って下さい!?撃たれちゃいますって!?

相手も機転を利かせたようで、肆铭さんが入った途端、部屋の明かりがついた。

そして…

「…!?」

「良いぞ!!もろ食らわせた!!そのままやれ!!」

中で待機していた部下と思われる男が肆铭さんの横腹に蹴りを入れていた。

「…はは。これはこれは。久々に骨がありそうな御相手です。」

重い一撃を食らったにも関わらず、肆铭さんは嬉しそうだ。

この人好戦的なんだろうな…。純粋に強い相手と戦う事を楽しんでいる様に見える。

あまりにもレベルが高い戦いで、闘技観戦をしてる気分だ。

「あのひとも色んな拳法使えるネ!!強いけどスーさんの方が繰り出す技のレベル高いネ!!」

俪杏さんの言う通り、肆铭さんの方が動きが速く一撃一撃が力強い。最初の蹴り以外、彼は一撃もダメージになる様な攻撃を受けていないのだ。

暫くして、肆铭さんが相手の頭に蹴りを入れてそのまま倒してしまった。

「起き上がらない方が良いですよ?脳震盪しているでしょう?どうぞ安静に。」

部下の男性は涎を垂らしながらその場で呻いている。

「付き添いである部下は彼ひとりですか。やっと貴方とゆっくり話す事が出来ますね。」

部屋の中に居たのは肆铭さんが蹴倒した男性と、親玉である诗涵さんという男性だけだった。

「ぐぅ……クソッ…」

「どうも、改めまして肆铭です。貴方と交渉しに参りました。」

肆铭さんが手で合図したので安全だと分かり、僕らも窓から中へと入った。

「何を奪いに来た!?」

「単刀直入に、貴方にはこの地を立ち退いて頂きたくて。言わば、引退ですよ。今後は何処か別な場所で麻薬なんて下らない商法をせずにお暮らしになられますよう、お願いしに来ました。」

「何を巫山戯た事を!!俺は此処の長で…」

「どうぞ、此方を。」

肆铭さんは懐から何やら封筒を取り出した。

「何だこれは…」

诗涵さんが封筒を開けると目を見丸くさせていた。

「小切手です。なにも、無償で立ち退いて欲しいと言っている訳ではありません。其方は、私にとってはほんのはした金ですが、貴方にとっては一生をかけても稼げる額では無いでしょう?」

そんな言葉を聞いて诗涵さんはワナワナと震えている。

「その金額さえあれば、裕福な暮らしは出来るはずです。悪い話では…」

肆铭さんが言い終わる前に、诗涵さんは隠していた銃を取り出し、彼に向かって発砲した。

銃声が響いた後、訪れたのは沈黙。

肆铭さんは頭を傾けて躱したが、僅かに銃弾は頬をかすめ、血が滴っている。

「…………………。」

空気が…凍った。

初めて、肆铭さんの顔から笑みが消えた瞬間だった。


「……嘿,你很蠢。(嗚呼、貴方はなんて愚かしい。)」

「え?なんて…?」

口を開いたと思ったら、肆铭さんは丹の国の言葉を話し出した。

意味は理解できないが、重々しく聞こえ、鳥肌が立ってしまう程だった。

「当我谦虚时,您会放弃机会吗?(私が下に出ていると言うのに、貴方は自らチャンスを捨てるのか?)」

肆铭さんは手の甲で頬を拭うと、诗涵さんを凝視した。

「您的儿子和妻子似乎住在城市郊区的不同房屋中。您听说您的孙子是最近出生的,对吗?(息子夫婦は街外れの一戸建てで仲睦まじく暮らしているそうで。最近お孫さんが生まれたそうですね?)」

「…!! 怎么了!!(それがどうした!!)」

「如果我打破了你的幸福,你会怎么办?(私がそんな幸せを壊したら、貴方はどう思うのでしょうね?)」

「不要碰他们!(な…!?彼奴らには手を出すな!)」

「那么?但是请不要忘记我已经对您进行了调查。(さぁ?しかし、私が貴方を調べ済みである事をお忘れなく。)」

みるみるうちに诗涵さんの顔色は蒼白になり、力無くその場に座ってしまった。

「看来您很快就可以起床。您是一位出色的下属,没有理由为这个人服务。(そろそろ起き上がれそうですね。貴方はこの方に仕えるには勿体無い優秀な部下です。)」

今度は倒れていた部下の方に話しかけ始めた。

「我会花钱买你的才华。因此,为我服务,而不是为他服务。我们保证您的职位并支付相称的薪水。(私は貴方の才能をお金で買います。ですから、彼では無く私に仕えて下さい。私は貴方を優遇し、見合った給料を支払います。)」

「…!!」

部下の男性の目は揺らいでいる。肆铭さんは一体何を持ちかけているのだろう。

「从今天开始,我是这里的领导者。请告诉其他下属。(今日から私が此処の頭です。他の部下にもその事をお伝え下さい。)」

男性は戸惑っているようだが、肆铭さんの気迫には抗えないようだ。

「您的第一项工作是将前领导人他带到另一个房间。你能问一下吗?(最初の貴方の仕事は、"元"頭である彼を別室に連れて行く事です。頼めますね?)」

男性は渋々頷き、诗涵さんから銃を取り上げて徐ろに立ち上がらせた。

「…お前は何をしようとしてるんだ?」

ケイムさんの問い掛けに反応して、肆铭さんは元の笑みを浮かべて此方へと向き直った。

「あぁ、少し席を外して頂くだけですよ。後でゆっくりと()()()()()()()()を飲んで頂きながら、ゆるりとお話を致しますので。さぁ、曉龍。彼らと一緒に。」

肆铭さんに乗っていた蛇が身体から降りて、诗涵さんへと乗り移った。

「…逃げようなんてお考えになられたら、彼が喉元に噛み付いてしまいますので、そんな気は起こさないで下さいね。」

肆铭さんは連れて行かれる诗涵さんにヒラヒラと手を振って見送っていた。


「さて、お陰様で此方を拠点とする事が出来ました。谢谢。皆さんには感謝しております。」

「ワタシ親玉鍋で潰せなかったの悔しいネ。後で潰すの宜し?」

「おやおや、それは構いませんが、あんまりな事をしては可哀想でしょう?彼の今後については私が考えますので後はお任せ下さい。」

「…どんな待遇を受けるんだか。」

ケイムさんは皮肉っぽく鼻で笑った。

「さぁ?これから決めますよ。…今日はもう遅いですから、ハクリンさんとの交渉はまた日を改めてする事にしましょうか。」

「そうですね。…約束ですから、嘘偽りなく教えて下さいね。」

「それは勿論。ではまた明日会いましょうか。」



こうして肆铭さんと協力して無事に親玉の手から街を解放する事が出来たのだが、今回の出来事は僕達の中に大きな変化を齎した。

「この街は治療が必要な患者で溢れているのに、医者が足りていない。俪杏のように意思があってもちゃんとした知識を伝授されていない者が多いのかもしれない。」

状況を知ったカウンは滞在している間ずっと頭を悩ませていた。

「…これでは一向に良くならない。麻薬は依存性が高く恐ろしい物なんだ。だからこそ医者が寄りって、時間をかけて治療していかなければ。」

「そうだよな…そうやって立て直さねぇと。」

「…なぁ、サージ、サザン。私は決めたぞ。」

「何でしょう?」

「私は、この街に残って俪杏と一緒に患者の治療につとめて行こうと思うんだ。」

「ええぇ!?」


川から一緒に舟旅をして来たカウンさんが此処で舟を降りる事になったのだった。

読んで頂き有難う御座いました。ハクリンは約束通り情報と引き換えに肆铭との交渉に応じるようですが、それがどう影響していくのか。そしてカウンの決心を周りがどう受け止めるのか。次回に続きます。

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