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水門と主導権

いよいよ反対側の海へと辿り着いたが、そこには海軍基地があり?

ケイムの風邪も完治して幾日か過ぎようとした頃、いよいよ舟は港町のある反対側の海へと差し掛かろうとしていた。

しかし問題点があり、川の旅の中で一番の難所であると言えるだろう…

何せ、その街には小規模ではあるものの海軍基地が置かれているという事だ。

それも優秀だと世間様から謳われるRAUT軍の基地で、そこに君臨する中佐様は偉く恐ろしい女性らしい。

「シャーロット中佐と言ったかな…愛犬家で5匹ものドーベルマンを連れていてな…その犬の唸り声を聞いたら海賊は逃げてしまうほどだぞ。」

何ヶ月か滞在した事があるというカウンの情報を元にケイムはいつもの様にノートにメモを取っていた。

「シャーロットさんって美人?」

「兄さんってば相手は敵なんですよ?」

「え〜でも、美人さんなら会ってみてぇな〜って‼︎」

「美人だが、近づこうものなら取って食われてしまうぞ?」

ふざけた質問に対して彼女は生真面目な顔をしながら眼鏡をかけ直した。

「あの海兵は武器に鞭を使い、それでバシバシ叩くんだ。当たったら痛いぞ〜?」

「ひえぇ…恐ろしいです…」

「人間まで犬にしちまうのか‼︎」

「こら。」

カウンに軽くゲンコツをされてしまった。

「私は本気で心配しているのだ。鞭は扱いが難しい武器なんだ。それを扱うと言うことは小手先の技術が優れているという事だし、子供だからと言って容赦してはくれないだろう。」

確かにその通りだろう…海兵は海賊なら誰であっても容赦してはくれないに違いない。

「そして、水門が設けられていたはずだ。不審に思われたら閉じられるだろう。そうなったら終わりだ。」

「一網打尽って訳か…」

「参りましたねぇ…」

ペンを動かすケイムの手は止まっていて、視線が俺様達とは合わない。

「この難所を君がクリアする事は出来るかい?」

カウンの問いかけに対してケイムは落ち着いた口調で答えた。

「…スイッチ。」

「え?」

「水門の主導権をこちらが握る。」

「えええぇ⁉︎」

そんな大掛かりな事をしたらすぐにでも海兵に捕まっちまうだろうが…

「その為に視察をして警備の隙を突く作戦を立てる。」

「上手くいくのか…?」

「…上手くいかせる。」

その言葉に反論する気も起きず、とりあえず今はコイツの作戦立てに協力するのだった…

___________

舟を川岸に固定して、雪が踏み固められた道を辿り町まで到着した。

どんよりとした雲のせいで本来の景色は暗く塗り固められているが、久しぶりの潮の匂いに胸が高鳴っていた。

あぁ、海だ…海がすぐそばにあるんだ…‼︎

しかし、大きな壁に塞がれていてその全貌は確認する事が出来ない。

高い高い防波堤で覆い隠されているのだ。

この地域はそんなにも波が荒いという訳ではないのだろう。きっと、目的は海賊の襲撃を防ぐ為に違いない。

確かにこれでは海賊も侵入する気が起きないだろう。

海軍様の徹底ぶりに唸らされたが、外界から遮断させる事によって、人々に仮初めの安心を与えて危機感を薄れさせている様に思えて、何だか妙な心地だ。

「兄さん‼︎見てください。大きな時計塔があります‼︎」

サージの声で我に返り、指差す先を見てみると町の真ん中に大きな時計台が聳え立っていた。

「おぉ…‼︎でっけー‼︎」

てっぺんから時間を知らせる鐘の音が鳴り響く。

それを聞いた人々はもうこんな時間かと、それぞれの行動を進めていく。

とりあえず役立ちそうな情報をと人から聞いたりして回って居たが、突破口と言えるものはイマイチ見つからない。

この町について教えてと聞くと、

どこどこのパン屋さんのパンが美味しいとか、

歴史がどうのこうのとか、

昔は花火が栄えてたとか、

オリーブオイルが大量に売れ残っているから買ってくれないかとか、

町長が変わってから景気が悪くなったとか、

去年よりも温かいから良いよとか、

そんなモンだ。どれも世間話に過ぎない。

ついでにRAUT軍のことも聞いてみたが、

お陰で平和だとか、

この町は海賊いないよねぇ〜とか、

ドーベルマンが巡回してるとか、

シャーロットさんは美人さんだとか、

事前に分かってたものだし役立ちそうで役立たない情報だ。

内容の薄いデータしか取れずにお手上げ状態だ。

これでどうしろって言うんだろう。

「困ったなサージ…」

「どうしましょう兄さん…」

二人で頭を抱えながら渋々歩いてると、グイッとコートを後ろに引っ張られた。

「うお!?」

「え!?」

グルルル…と威嚇する声が聞こえてくる。振り返ると一匹のドーベルマンがコートの裾に噛み付いていた。

「な、何だお前!!離せよ!!」

「ガルルル…」

これが噂のシャーロットさんのドーベルマンに違いない。

海賊ってバレないように、二人して帽子もバンダナもモノクロも眼帯も外してきて、コートだって目立たないのに変えてきたのにまさかバレた…!?

冷や汗がつぅっと伝う。

引っ張っても引っ張ってもドーベルマンは離さない。

「なんだい。何か見つけたのかい?」

カツカツとヒールの音がする方向を見ると人々が除けていく。

黒いRAUTの軍服をピチッと着こなして身体のラインがくっきりと分かるスタイルの良い女性が近づいてきた。

風で靡く長くてセクシーな薄紫色の髪。長い睫毛と髪色よりも少し色濃い紫の目。

かなり挑発的な見た目でドキリとしたが、手に持つ鞭を見てハッとした。

この人だ…‼︎この人がシャーロット中佐…‼︎

「あの、このワンちゃんが兄さんのコートを噛んじゃって…。もしかして貴女のワンちゃんですか?」

サージもきっと気づいているだろうがあくまでとぼけた態度を強行する様だ。

「ワンちゃん…ふふ、そうだよ。この子はアタシんとこのさ。」

「だったら話が早いぜ‼︎飼い主さんどうにかしてくれよ〜何でリードに繋いでねぇんだよ〜‼︎」

「この子達は巡視をしているからだよ。」

「巡視…?一体何の…」

「まぁ、知らないの?この制服を見たら分からない?」

「んん…?」

怪しい言動はしないようにと、すんげー苦しい。

シャーロットさんも探ぐる様な目付きで顔をマジマジと覗き込む。思わず俯くと革手袋の冷たい感触が下顎を伝う。

クイっと上げられ為す術なしだ。目を捕らえて逃がさない。男の俺様でも出来ない事をサラリとしちまう中佐さん恐るべし…

じっくりと視線が纏わり付き血の気が引いていく。

「可愛い顔してるじゃない。」

「ひぇ⁉︎」

「でもこの町じゃ見かけないねぇ…。」

「僕達つい昨日この町にやって来たんですよ‼︎父が単身赴任だったのですが、みんなで引っ越してきました。」

「そうなんだぜ〜‼︎初めて見る海でおったまげちまったよなぁ‼︎」

「お父さんはすっっごい広くて、キラキラしてて夢が詰まってるって言ってましたけど…まさかこんなにも大きいなんて‼︎」

「それに不思議な匂いするし、湖とは違うんだってよ‼︎」

ツラツラと口任せの嘘を並べてく。言えば言うほど追求された時に苦しくなるのに…

しかしそれを聞いてシャーロットさんはしばらくしてクスリと笑った。

「何だ。初めてだったのかい。そりゃあ驚いたでしょう。アタシも元は内陸育ちだったけど、まだ歳が二桁にもならないうちに海の見える町に引っ越してねぇ〜感動したもんだよ。」

「そうなんですか⁉︎」

「だからアンタらの気持ち良く分かるよ。この町にようこそ。海軍を知らないのも無理ないねぇ。」

「海軍って…?」

「海のお巡りさんみたいなものさ。海賊っていう悪い輩から町を守るんだよ。正義のヒーローみたいでカッコイイでしょ?」

さっきの冷たい態度とは一変して穏やかに話しかけてくれている。嘘をどうやら信じ込んでくれたらしい。

「カッコイイですね…‼︎」

「お姉さんがやっつけるの?」

「そうさ。この町はアタシが守るから安心して暮らすといい。この子が何で噛み付いたかは分からないけど、引き留めて悪かったねぇ。」

ほら、およし。とシャーロットさんが頭を軽く叩くと渋々ドーベルマンは口を離した。

「それじゃあね。行くよ。」

「グウゥ…」

俺様達の姿が見えなくなるまで目を離す事はなくヒヤヒヤした。何て勘が鋭いんだろう…

完全に行ったのを確認してサージと脱兎の如くダッシュで舟に戻った。

ありゃやべぇ…ありゃやべぇって……。

いち早く情報を共有したい気持ちで一杯だった。

_________

「成程…見事に顔割れしてしまった訳か。」

さっきの出来事を話すとケイムは小さく溜息を落とした。

俺様達も悪気があった訳じゃないんだからそんな顔するなって……。

何だか咎められている様な気持ちになってションボリとしてしまったが、カウンは無事で何よりだとやんわりと肩を叩いてくれた。

「やはり長居は出来ないな。」

ケイムとカウンが二人で回ったところ、警備は厳重だし、水門が空いてたとしても出入りの際に舟を一隻一隻を取り調べしてるらしいし、水門の開閉のレバーも川のすぐ傍の建物で海軍が管理している様だ。

レバーの所有権を奪うにはその建物に潜入しなきゃいけないみたいだけど…そんな無茶な。

「他に得られた情報は無いか?」

「いや、特には…世間話程度だし…」

「それでも具体的に話せ。」

「えぇ…?」

見てきたもの聞いてきたものを一つ一つ話したけど、これが何の役に立つか分からない。こんなものの中からヒントを得ようとするんだから相当行き詰まってるんじゃねぇの?

マスクで隠され表情は分からないが、何やら考え込んでるらしく沈黙が続いている。

「どうだ?行けそうか?」

俺様の問いかけに対して顔を上げる事なく更に問いかけを返して来た。

「お前ら二人で運動神経が良いのはどっちだ?」

「兄さんですね。僕は足が遅いので。」

「俺様結構運動神経は自信があるぜ。」

「…そうか。じゃあ目が良いのはどっちだ?」

「それはサージだぜ。洞察力とか動体視力とか優れてると思うぜ。」

「そうですかね?」

サージは口では否定するものの、コイツの観察力っつーかそういうのはずば抜けてると思う。それに臨機応変が出来るから、サージが居ると助かる面が多い。

「…分かった。」

「それが何の役に立つんだ?」

「二手に分かれて行動するからそれの参考にな。

俺とサージ、お前とサザン…だ。」

「「ええぇ⁉︎」」

一体どういう組み合わせだろうか…俺様は兎も角サージは複雑な顔をしている…そりゃそうだよな…ケイムと二人で行動するなんて。

「そして今夜決行する。」

「「今夜⁉︎」」

コイツって思い切りがすげぇってつくづく思う。そんな急に言われたって…

この川の旅を提案した張本人。その終止符をどうやって打つのやら…

ケイム曰く、丁度RAUT軍は今日まで遠征の為普段よりも警備が手薄になっているらしい。軍艦も一隻しか無く、多くの下っ端は出払っていて人手が不足しているとか。

だから今日こそが絶好のチャンスだと言うが……お前…どうやってそんな情報得て来るんだよ…

一人でしてやる有能さに呆気にとられてしまう。

あぁ、コイツは一人で生きて来たんだろうな。

ふとそう思った。ハスラー海賊団の船長という立場なのに可笑しな話かもしれないけど、多分そう。

こんなにも出来る事が切なく思えるなんて初めてだ。

俺様の考えを搔き消す様にケイムは指示を出した。

「今から言うものを買い集めて欲しい。」

こうして今夜の作戦に移るのだった。

_______________

パシャパシャ…パシャパシャ…

両手に抱えた瓶を逆さまにし、液体を零しつつ階段を上っていく。辺り一面闇に包まれていて、日中の人だかりが嘘みたいだ。

時刻がもう遅いせいで家々の灯りは消えていて、町全体が寝静まっている。吹き抜ける風と壁で反響する俺様のブーツの踵の音だけが聞こえていると言っても過言では無い。

寒さのせいで手袋越しに手がかじかむ。高鳴る心臓を落ち着かせる為にスーっと息を吸い込むと、冷気がブワッと充満して肺が痛くなる。

何本もの瓶を使って、やっと一番上まで辿り着く。

丁度最後の一本を使い切り、空瓶を石張りの地面に起くと、脇に抱えてた道具を持ち直した。

「おぉ、すげぇ…」

先程までとは違い休む事を知らない機械仕掛けの音が忙しなく聞こえてくる。歯車がくるりくるりと規則的に回っており、針が時を刻んでいく。

この町で一番高いそこから…"時計塔"から見下ろすと一望でき、高い壁の向こうから恋い焦がれた海がこちらを覗いている。

よぉ、久しぶりに会ったな。

思わず口元が上がってしまう。先の見えない未知の世界。

これから俺様は再び向かうのだと期待で胸が膨れてくる。

「おっと、いけね。」

轟々と吹く風で思わず大切な帽子が飛ばされそうになった。間一髪だったけどちゃんと押さえられたから良かったぜ。

「さ、いっちょ暴れてやるか。」

始まりの合図として、めいいっぱい鐘を鳴らしつけた。

町全体に反響し、人々を夢から覚めさせる。

闇一色だった町に橙色の灯りがぽつりぽつりと付いてゆき、やがては町が灯りで包まれた。

________________

「始まったみたいだな。」

海賊では無い自分がこうして共同するとは思いもしなかったが、何処か現実に縛られない自由さに心が躍るのを感じていた。

犯罪って奴かもしれないが、こういうスリルも悪くは無いだろう。そして、普段厄介払いばかりされる自分が必要とされるのが何より嬉しかった。

やるからには最後までやり遂げないといけないな。

前もって設置していた導線に着火マンで火を付け、走って更に次の導線に火を付ける。

数秒後にヒュッと空に舞い上がり、大きな爆発音が辺りに轟く。

____花火だ。

僅かな雲の間から色鮮やかで大きな火が顔を覗かせる。

冬の暗さを物語る町とは不釣り合いな鮮明な輝きが包み込んでいく。

私はあちこちに設置されていた導線に火を付けて回り、人々の目を釘付けにした。

町は二つの音で包まれている。大きな大きな花火の轟きと、サザンが鳴らす鐘の音だ。

これには住民も思わず表に出て、得体の知れない状況に混乱していたが、美しい花火に笑顔を見せていた。

「これは何の騒ぎだ‼︎」

「…‼︎」

予想通り多くの海兵が慌てて出回り音の根源を探していた。

これはバレないように上手く立ち回らなくてはな。

サザンの無事を信じて私は役割を果たすのだった。

____________

「…行ったみたいだな。」

「えぇ。」

この騒ぎのせいで海兵は基地から離れ、時計塔の方は向かったみたいだ。

しかし僕らの目的はあくまでも水門のスイッチを奪う事。

ひっそりとやるのでは無く、こんな大掛かりな事をするなんて思いもしなかった。相手の注意を別の物で引いて、隙が出来た所を突く。こうやって物事を運ぶのか…

「…居ない。行くぞ。」

「はい…」

音という音をなるべく立てない様に息を潜めながらケイムさんの後に続く。

不気味な程静かな廊下が続いていて、何処から海兵が現れるか分からず緊張を解けずキリキリと胃が痛む。

正直言って怖いが、迷う事なく突き進むケイムさんの行動力が励みになって頑張れる気もする。

「…この先に海兵はいるか?」

「…居ませんね。今のうちに行きましょう。」

どうしてこんなにスムーズに動く事が出来るのだろう…

ここのマップなんてついさっき入り口でチラッと確認しただけでメモなんて何もとっていない。

まさかあの一瞬で大体の道を覚えてしまったのだろうか…

二人きりというのは不安だったけど、それ以上にケイムさんはとても頼もしい。やっぱり大人ってこんなにも違うんだと実感させられる。

この人は緊張したり恐怖したりしないのだろうか…

「あ、待ってください。足音が…」

「…隠れるぞ。」

グイッと腕を引かれて瞬く間に物置へと誘導された。

ドアを背をやり聞き耳を立てていると、次第に足音は遠ざかっていった。

「…行ったか?」

「…はい。行ったみたいですね。」

そっとドアを開けて確認してからスイッチのある部屋へと足を進めた。

その部屋は三階の一番奥にあり、大きな窓から外の様子が確認出来る部屋になっていた。どうやら此処から外を確認して水門の開閉を行なっていたらしい。

中にはざっと見て四人の海兵が残っていて、この騒ぎについて話していた。

どうしても動きそうに無いのでケイムさんが気絶させるから一人残らず縛り上げるようにとコートからロープを取り出した。

待って下さい。ロープまで準備してたんですね⁉︎

そのコートの中一体どうなってるんですかとツッコミそうになったけど、今はひとまず我慢だ。

「3.2.1で入るぞ。入ったら声が漏れないように扉を閉めろ。」

「分かりました。」

「3」

「2」

「1」

カウントダウンと同時にケイムさんは驚くべき速さで中に入り、海兵達が理解する間も与えず殴り倒した。

僕は言われた通りに扉をそっと閉めて困惑する声を後ろに振り返ったが、相手が悲鳴をあげる前に倒してしまっていた。聞こえたのは勢いよく金属の棚にぶつかる音と、バシリという肉体を弾く音、息一つ上げずに始末して振り返ったケイムさんの靴の音…それくらいだ。

お腹の中を冷たい水で満たされる様な感覚に陥ってしまう。この人はどうしてこんなに強いんだろう…

「…見てないでロープで縛っておけ。」

「…はい…」

どうして、何事も無かったみたいに振る舞えるんだろう…

相当な勢いがあったらしく白い目を剥き出しにして倒れている海兵が気の毒に思えてくる。

縛り上げた上からケイムさんは起きた時に騒がない様に適当な布を見つけ出し口を塞ぐ。

そしてズリズリと部屋の端に運び四人を重ね合わせた。

この人はどうでもいいと思う人に対しての扱いは、とても雑だな…。まるで物のように端に寄せられた姿を見て、胸が軋んだ。

僕達の目的は海に出る事。

目的の為ならきっと手段を選ばないのだろう…

「…まだ舟はこちらには来ていないらしい。」

窓から町の方をぼんやりと眺めている。

その目には美しい花火や僕達仲間の事がどんな風に映っているのだろうか。

__________

「お、来た来た来た〜‼︎待ってたぜぇ‼︎海兵さん♪」

鐘の音を聞きつけて二匹のドーベルマンと多くの海兵がこの塔に乗り込んでくる姿が見えたが、一向に足音が近づいて来ない。

それは、大量に売れ残っていたオリーブオイルをばら撒いたお陰だ。

足元をつるりつるりと攫われてしまって上手くは登れやしないのだろう。

俺様はなるべく長い時間ここに注目を集めて置くのが役割だ。

上り詰めて来ても、傍に置いてあった樽を蹴り落とし海兵の行く手を阻む。

壁で囲まれた時計塔には逃げ場が無いからボウリングみたいに人々が薙ぎ倒されていく。

大丈夫。滑り落ちてくだけで死にはしないさ‼︎

「やーいやーい‼︎海兵さーん‼︎ツルツルツルツル遊んでる場合かー?」

時々挑発をしてやけを起こさせるが油のせいでやはり上手く上って来れず、一人転ぶとつられて次々と倒れてしまう。俺様は一向に鐘を鳴らす手をやめず、限界まで引き付ける。

「貴様‼︎何のマネだ‼︎よくもこんな事を‼︎」

「おっと、いけね。」

ワナワナと怒りで震え上がる海兵が上り詰めて来た。

「ははぁ‼︎馬鹿な子供め‼︎貴様の逃げ場は無いぞ‼︎」

海兵の言う通り逃げ場は塞がれている階段だけだ。

どうしよう。降りることまでは考えていなかった。

「くくく、袋の鼠とは〜この事だなぁ‼︎」

「ひいぃ、お助けぇ‼︎命だけはお見逃しを〜‼︎」

そう言いつつ、一緒に持ってきた手鉤の付いたロープをくるくると投げ家の煙突に巻きつける。そして持ち手を時計塔の柱に頑丈に結びつけ……

「な⁉︎貴様正気か⁉︎」

「へへ、ピンチだと思った?なんちゃって。ちゃんとこっちにも考えがあるんだよ。」

小生意気にべーっと舌を出して更に挑発する。

捕まえようと足を踏み出すが、つるりと滑ってこちらに近づいて来れない。

「貴様は何者なんだ‼︎」

「何者?よーく覚えておけよ。俺様はサザン=ウォーシャン。世界を股にかけ、海を征する大海賊様さ‼︎」

そう言ってハンドルの付いた滑車を全力で握りしめて、高低差を利用して一気に滑り降りた。

「うおっと‼︎あでっ…」

勢い余って屋根の上を転がってしまったが受け身を取れたから花丸って所だろう。

上から海兵が目をまん丸くして見下ろして来ているが、付いて来れない様に、ケイムから預かったナイフでロープを切った。

「行きはよいよい帰りは怖いってどっかのことわざであるじゃん?だから下りは気をつけてね♡」

手鉤の部分を回収して屋根の上を渡り歩き川の方へと向かった。花火が鳴り止んだからカウンも動き出したのだろう。

俺様達は合流して舟を動かして川を下る。それが役割だ。

そっと建物から降りて裏路地から舟を隠している場所へと足を急いだ。

ケイムから運動神経を要されたのは中々ハードだからだろう。屋根を飛び移ったり、走って海兵を撒いたりするのはサージよりかは俺様の得意分野だ。

ケイムは上手く適性を判断して組み合わせたらしい。

舟を隠してある位置まで辿り着くと既にカウンが居て俺様の事を待っていてくれた。

「無事に到着したな。」

「おうよ。ちょっとスリリングで楽しかったぜ。」

「はは、私もだ。…さ、ケイムもサージも動いている。舟を出すとしよう。」

「そうだな‼︎」

錨を上げて帆を張り、海賊旗も一緒に風を受けさせた。

「いくぜ‼︎ウォーシャン海賊団‼︎海への舟出だー‼︎」

気持ちが昂り勢い良く拳を天に向けると、

「おー‼︎いくか、船長さんよ。」

ニッと白い歯を見せてカウンも乗ってくれた。

流れに乗り、町中を舟が横断する。

今行くからな、二人共。

__________

「花火も鐘も止みましたね。」

「そろそろ来るな。」

ケイムさんは分厚いマニュアルを部屋から見つけ出すと、パラパラと捲り、複雑な機械を操作して水門を開けてしまったのだ。

海と川とが繋がり絶たれていた道が出来た。

本当にこの人は凄いなぁ…と感嘆の声を上げようとした時足音が近づいて来た。

カツカツ…カツカツ…

日中聞いたこの音は……思わず固唾を呑んでしまった。

「ケイムさん…‼︎ヒールです…‼︎ここの親分ですよ…‼︎」

言うのと同時に勢い良く扉が開かれた。

「…へぇ、アンタらが犯人かい。随分と手間かけさせて。」

腕を組みながら冷ややかな目つきでこちらを見ている。

その手元には鞭が握られていて完全に戦闘モードだ。

「何故分かった?」

「あまりにも出来すぎてると思ったんだよ。目的なしにこんな事はしないだろうしねぇ。外からの敵襲かって警戒したんだけど、まさか敵は内側に居たなんてね。」

シャーロットさんと目がバチリと合ってしまった。

「…人の好意を裏切るなんて流石外道の海賊だよ。アンタの事が怪しくて調べたけど、この町に引っ越してきた者は居なかった。次会ったら捕まえようと決めてたんだよ。まさかこんな早く再会するとはね。」

危ない…今日中に決行せずに長居してたら何もしなくても捕まってしまう所だった…今もピンチだけどもっとピンチな状況になっていたかもしれない。

「…まぁ良いよ、可愛い顔してるからお気に入りとしてアタシが再教育してあげる。」

顔を歪ませるとバシリと鞭を床に叩きつけられた。

「ひぇ…」

あれで何度も叩きつけられるかと思うとシャレにならない。何としても逃げなければ。

「…そして、アンタはあの無様な死に方をした海賊の弟ね。手配書は無いけど話にはよく聞くよ……ケイム…ケイム=ハスラーといったかい?」

そう言われた瞬間空気が一気に凍った。

怒ってる…ひしひしと怒りと殺気が伝わって来る。

シャーロットさんの言葉が引っかかってしまったらしい。

コートから抜き取られた研ぎ澄まされた剣が握られており、その目はずっと鋭く今までに見せた事のない表情だ。

「…狼も犬と変わらないよ。躾けてあげるからかかっておいで。」

そう言って呼び寄せたが、それよりも早くケイムさんが既に動いていた。

目にも留まらぬ速さで戦いが繰り広げられているがこのままではいけない。彼女の思う壺だ‼︎

「ケイムさん‼︎いけません‼︎ケイムさん‼︎」

しかしケイムさんの方が上手のようでシャーロットさんを蹴り倒しせめぎ合いになっていた。鞭で押さえて居るがケイムさん剣が彼女の顔に近づいていく。

力業では男のケイムさんのほうが上の様だ。

しかしシャーロットさんが口笛を吹くと外から三匹のドーベルマンが入ってきて加勢し、ケイムさんの肩や腕に噛み付いた。

「…っ‼︎」

「ケイムさんっ‼︎この‼︎コイツめ‼︎」

犬に対して乱暴な事をするのは気が引けるけれども剣じゃない分許して欲しい。さっき使っていた分厚いマニュアルの角で思いっきり三匹の頭を叩くとキャインと怯んで口元が緩んだ。

その隙にケイムさんを引っ張り廊下に飛び出た。

「待て、アイツを…」

「いけません‼︎殺してはいけません‼︎あのままではケイムさん…敵とは言え彼女を殺してしまう勢いでした‼︎」

階段を駆け下りて逃げるもののドーベルマンが付いて来る。

マズイ…このままじゃ追いつかれてしまう…

部屋伝えに逃げてもドアを破って入ってくる…

いけない。僕の体力が無くなってしまうのが先になる。

ドーベルマンが来るのと共にヒールの音も近づいて来る。

なんて厄介なコンビネーションだろう…

「…撃ち殺せば良い話だ。」

「駄目です。それだけは許しません‼︎」

こんな状況で甘ったれかもしれない。でも必死で訴えると怒り任せだったケイムさんも少しずつ冷静さを取り戻してくれた。

「……分かった。殺さない。」

深い溜息を吐いた後にケイムさんは表情を少し歪めた。

「…‼︎血が…」

ドーベルマンに噛み付かれた所から酷く出血している。

コートには穴が空き、そこから皮膚が露わになっている。

どうしよう…止血しなきゃ…

しかし道具を持ち合わせていない。医者であるカウンさんと合流するのが一番賢明だろう。

こうなってしまっては長期戦は出来ない…

しかし、血の匂いを嗅ぎつけて三匹の犬と飼い主の海兵の影は迫って来る。

逃げ込んだ部屋は倉庫となっていて隠れるには最適だ。

そこでケイムさんは何やら取り出して僕と自分に振りかけて入り口に投げつけてパリンと割った。

これは…香水……?

何個か所持していた様で部屋のあちこちに投げ割っていく。

部屋一杯に甘い匂いが充満した。

そして奥の棚に隠れるとケイムさんは僕に指示を出した。

________________

あの狼も怪我を負ったからもう反抗する事も出来やしないね。苦し紛れの隠れんぼに思わず高笑いしてしまう。

勝った…あのケイムに勝った…

これでアタシは昇格し、もっと良い基地で働く事が出来る。こんなにも美味しい話は無い。大手柄だ。

海賊の方からわざわざ私の担当区域に来てくれるなんて。

本当に馬鹿な話。アタシが相手なんて哀れで運の尽き…

泣いて懇願する姿が思い浮かんでくる。

嗚呼、なんて心地良いの?最高の気分だ‼︎

神様はきっとアタシにチャンスをくれたのだろう。

「…ふふふ、もう諦めて出ておいで。」

捕まえたらどんな風に可愛がってあげよう。

扉を開けると部屋は真っ暗でムワッと柑橘系の匂いが鼻を劈いた。

可愛い僕共は怯んで部屋に入ろうとしない。

犬は柑橘系の匂いが大の苦手だ…

しかし逃げ場はない。後は追い詰めるのみ。

「ほら、お行き。あの忌まわしき海賊を捕まえて頂戴。」

鞭でバシリと音を立てて脅すと渋々三匹は中に入った。

鼻は機能しなくても噛む力さえあればどうにでもなる。

「さぁ‼︎さぁ‼︎お縄に着く時間だよ‼︎」

ヒールの音をわざと立てながら棚の間を抜けていると

ガコっと音が響いたと思うと次々と棚が倒れて来て、逃げ場を塞がれ私を押し潰したのだ。

一体何が起こったの⁉︎重…重い……‼︎

金属の棚はビクともしない。

「お前達どこにいるんだい⁉︎」

クゥン…クゥン…

どうやら三匹共一緒に押し潰されてしまったらしい。

「くそっ…こんなの……」

どんなに足掻いても棚は動く事がない。

あの二人はこうなる事を想定してタイミングを見計らって倒したのだ…

やられた…棚は床に固定されてた物だと思っていたが、無造作に置かれただけだったのだ。

この設備の手抜きだった点が仇となってしまった。

助けを呼ぼうと無線に手を伸ばしたが無線を取り上げられて、無慈悲にも目の前で壊されてしまった。

「ケイムっ…」

蔑む目がアタシから離れない。やめろ。そんな目で見るな。

手には剣が握られていて、顔のすぐ横を掠め、地面に突き刺され心臓が大きく軋んだ。剣に映る自分の顔は酷く怯えていた。

「兄貴が無様な死に方?巫山戯るな。巫山戯るなよ。撤回しろ。」

その表情は怒りと共に深い悲しみが伝わってきて動揺を隠せない。

傷ついている?一匹狼は傷ついている…?

死を前にして何故こんなものを知らなければならないのか。まるで、言葉の刃で傷つけたアタシの方が罪人みたいじゃないか。

何も言えずにいると更に剣が近づき頰に食い込んでいく。

「ひっ…嫌……」

暴れたら更に顔に傷が付く事になる。

「…無様な死に方をしそうなのはどっちだ?今の状況が分かるか?」

こんなにも恐怖を味わうのは初めてだ。思わず涙が溢れ出す。

「撤回するのか、しないのか。」

そう言われてプライドなんて捨ててしまった。

「する…撤回する……だから、許してっ…」

顔に傷なんて作りたくないし、こんな所で死ぬなんて御免だ。

しばらく目をじっと見たケイムは息を一つ吐くと、剣を抜き部屋から出て行ってしまった。その後を追って、青髪の子供も出て行った。

生きてる…死なずに済んだ。これ以上彼を追う気にもなれず助けが来るまでその場で泣き喚いたのだった。

__________

水門の位置まで舟を進めるとケイムとサージが立っていて合流するに成功した。

俺様とサージで舵を取る間にケイムはカウンに治療を受けていた。

「全く、酷い怪我じゃないか。消毒するから動くな。」

「…っ…やめろ‼︎触るな‼︎」

「患者が暴れるんじゃない‼︎風邪の次は怪我とは…君は私の治療が相当好きらしいな‼︎」

中から暴れるケイムの声が聞こえてきて思わず二人で顔を見合わせてしまった。

何はともあれ、上手くいって良かったわ…

安堵から笑みが零れてしまう。

「へっくしゅん‼︎」

「大丈夫かよ…やっぱり寒いよな…」

「えぇ…とても…早く春になりませんかね…」

「まだまだかかるな。そうだ、俺様特製スペシャルココア作ってやるよ。それ飲んで温まろうぜ。」

「ふふ、良いですね。海流に乗ったら中に戻りましょうか。」

久しぶりの波に乗りながら舟は南東へと進んで行くのだった。

はい‼︎今回のお話は如何だったでしょうか?冬の夜の西洋の街並みを想像しながら書いてみました。情景描写が少しでも伝わっていたら嬉しいです。再び海に出たウォーシャン海賊団。これからどんな冒険に展開していくのか‼︎次回に続きます‼︎

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