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燃えよジャンヌさん

作者: 須方三城


 ――【詰み】とは、突然に訪れる。


「不味い……本当に不味いぞ……!!」


 登山系女子が狙い目だと聞いて、浅慮に山の頂点を目指したが運の尽き。


 窓の外は一面真っ白ホワイトアウト。やだもう純白綺麗。


 ……俺は今、雪山遭難中だ。

 そりゃあ、今まで山なんぞ縁すら無かったシティ派の優男が独りで冬山に登りゃあそうなる。

 冷え切って冷静極致の頭で考えればよくわかる事だ。自明の理とはこの事。

 リアルで「自明の理」なんて言葉を使う日が来るとは思わなかった。もうちょっとクールでクレバーな感じに使いたかったものだ。ここにはクールしかない。クールが過ぎるくらいだ。


 そう、すごく寒いのである。


 運良く小屋を発見できたのは良かったが、外よりマシと言うだけだこれは。

 ブリザード辛い。毛布一枚じゃあどうにもならない。カイロは既に息絶えて冷たくなった。俺もそう遠くない内に後を追う事になりそうだ……待っててカイロ…………なんて諦められるか。そんな素直ピュアな性格してたらナンパのためだけに山登らねぇわ。


 足掻け、俺。


 幸い、スマホは生きてる。山ん中だってのに電波も通ってる。良い時代になったもんだ。

 スマホが使える=救助はいくらでも呼べる。ただこのブリザート的クールダウン……俺の元に救助が来る前にカイロの元へ逝っちまう。


 つまり、俺が至急努めるべきは……温もりティの確保。


 薄暗い小屋の中心には囲炉裏がある。ああ素晴らしいぞ古き良き日本家屋。一家に一囲炉裏スタンダード。家族はいつだって温もりを囲って。


 まぁ、それはとても良いとして。

 薪も存分にストックされている。小屋の所有者が未来を予知して気を利かせてくれたのだろう。


 うん、ここまでも申し分無い。


 囲炉裏に薪を積んでみて、うん。


 ……さて、と。


 圧倒的にファイアが足らねぇな。


 リュックサックをひっくり返してもオヤツとコンビニ飯とデオドラントスプレーがポテンポテンポテテテンと転がり落ちるだけ。

 ライター? マッチ? 何それ火ぃ出るの? マジで? 超欲しい。


 ああ、クソ……学生時代、先輩の誘いを断らずにスモーカーになってりゃあ良かった。

 タバコって一箱でジャンプ二冊買えるくらいの値段なんでしょ? ないわー……とか言ってた俺をブン殴りたい。

 ひとしきり殴った後で、お前が少年誌に魂を売ったがために近い将来俺は雪山で生命を落としそうになっていると近況を伝えてやりたい。


「か、考えろ……こう言う時は……こう言う時は……そうだ!!」


 そうだ、コンビニに行けばライターなんて両手で抱えきれないくらいに売ってるじゃあないか!


「……………………」


 あらやだ、ドアを開けたら真っ白シロスケ。


「寒いわボケェッ!!」


 ヤバい、俺は今、確実に錯乱している。

 パニックだ。確実なパニック。


 大体何? コンビニまで降りれたとして、また火を点けにここまで戻ってくるってか。そのまま家帰れボケ。


「……ぁあ……もう無理……寒い……」


 自慢ではないが俺は先にも言った通りシティ派、つまり暑ければ冷房、寒ければ暖房に寄り添って生きて来た。なので極端に暑いのも寒いのも無理。

 つまり、俺の温度関係の致命的限界点はとても低い水準にある。現代っ子の悲劇。文明の利器は諸刃の剣。


 こうなったらあれだ。

 部屋の隅っ子でしゃがみ込んで、身体を丸めて、ひたすら体力を温存するんだ……そう、これは体力の温存……秘密兵器・体力……足掻く事を諦めた訳ではない……決して俺は諦めてなど……ああ……眠くなってきた……でも諦めてないからこれ……諦めては…………


「ちょっとそこの君ッ!! 諦めてちゃあダメだよ!!」


 諦めてねぇつってんだろうが、道連れにすんぞ。


 ……って、ん?


「………………はい?」


 何だ、今の声。

 やたら活発そうなお姉さんの声が聞こえた様な……


「へい!! 顔を上げて!! 下を向いても明日なんてありゃあしない!! 下向いてても拾えるのはせいぜい小銭だけだよ!!」


 ……ただの幻聴、ではないな。

 少なくとも、幻覚を伴う幻聴だ。


 小屋の中心に、何か、いる。


 炎をそのまんま被った様な朱色の髪をしたお姉さんがいる。

 服装は男性向けっぽい白のカッターシャツとこれまた男性向けっぽい黒いスラックス。右肩から左腰にかけて「本日の希望」と書かれた一〇〇円ショップで売ってるパーティーグッズっぽいタスキも装着している。

 着衣物は男性向で固めているっぽいが、お顔立ちや(控えめではあるものの)膨らんだお胸、やたら曲線が目立つボディラインからして……男装の麗人と言う奴だろうか。


「よーし、お姉さんと目があったね! 偉いぞ! 君は素直! 素直なのは良い事だよ!!」


 控えめに言っても鬱陶しい幻覚だ。

 何笑ってんだこいつ。こちとら割と真面目に悲劇の真っ只中だぞこの野郎。


「自己紹介がまだだったね! お姉さんの名前はジャンヌ・バルク! 親しみを込めてジャンヌさんと呼びたまえ!」

「………………ジャンヌ…………バルク……?」


 それって、確か……


「オフランスの……火炙りにされた人?」

「お!? お姉さんの事をご存知かね!? 覚え方がやや不服だけどもお姉さん心が大海の如しだから大目に見るよ!!」


 ジャンヌ・バルク。

 一五世紀のオフランス王国軍人であり、【救国の英雄】や【悲劇のヒロイン】と言うイメージで有名な人だ。

 戦場を男装で駆け回り、今では百一年戦争と呼ばれているオフランスとエングランドの戦争で活躍するも、敵国エングランドの捕虜になり、異端者として火刑に処された……んだっけ?

 ついこの間、国営放送で特集番組やってた気がする。スマホ弄りながら見てたのでうろ覚えだが。


「………………俺、どっかで頭打ったっけか……」

「おーう!? お姉さん幻覚か何かだと思われてるパターンだねこれ! 慣れたモンだよ! こう言う時はこのセリフが一番……『お姉さんを信じて』!!」

「……いや、俺も結構心は広い方ですけど……無理があるかと……」


 仮に、この現代社会に俺が知らない所で瞬間移動の技術が開発されていたとしよう。

 だとしても、六〇〇年くらい前に死んでる人が出てくるのはおかしいだろう。しかも現代風の男装で。


「信じてよー。お姉さん【聖霊】だよ? とってもありがたいものだよ? 信徒なら卒倒もののスーパーレアお姉さんだよ? ☆5のジャンヌだよ?」

「聖霊……?」

「聖人の幽霊! 悪霊の真逆かな!? だから塩とか平気! むしろ塩気があるのは大好物! 塩好きジャンヌ!!」

「……幽霊として、そのテンションはどうなんだ……」


 もうちょっと死を嘆いてる感じ出せよ。

 とてもじゃあないが、火炙りで死んだ幽霊とは思えない。


「そう言われても、お姉さん、かれこれもう六〇〇年くらい幽霊やってますしー。まぁ確かに、死んだばっかの頃は『処刑方法エグ過ぎでしょ』とか『故郷で死にたかったなー』とか『死ぬ前に一回で良いから彼氏欲しかったな』なんてブルーマインドした時期もあったけどね! あの時は半分悪霊だった感もあるわ。今となっては良い思い出! 全てが私のメモリー!」

「……よくそこまで持ち直せたな……」

「処刑の後、ちゃんと復権裁判やってくれた人達がいたからねー。うん、あそこで聖人認定されてなかったら、お姉さんもうちょっとやさぐれてたかも? 聖人として奉られてからは、もう何て言うか……そんな悪い気しないって言うか? あーんもうみんな私を尊敬しちゃって可愛いなぁ子羊ちゃんめ! 救ってやろうか! 的な? 基本、お姉さんお調子者だから」

「そりゃあ良かったですね」

「うん、ありがと。と言う訳で!」


 そう言って、何を思ったか。

 ジャンヌさんは百均感丸出しの「本日の希望」と書かれたタスキを指で引っ張って強調する。


「ジャンヌさんが救いに来たぜ☆ 子羊ちゃん!」

「……はぁ……?」

「おうッ、ピンと来てない感じの小首傾げ! わかりやすいなぁ君は! そう言う所、お姉さんとっても良いと思う!」


 さっきから思うんだけど、この人……と言うか聖霊? の表情筋は笑顔以外のバリエーションが無いのだろうか。


「お姉さん、聖霊になってから思いました……幽霊って暇だな、って!! 幽霊おばけにゃ戦争も、火刑も何にも無い!! 生前にもあったよそんな時期……大怪我しちゃってさ、戦線から無理矢理下げられて……当時の私は半分バーサーカーだったから辛かったー……だって私の青春時代は全部戦争だもん。もはや戦争が青春ですよ。血の匂いがしない空気ばっか吸ってると不安になるレベル。……ま、そのあと無理して出陣したせいで、下手こいて捕まって火炙りってコンボ喰らっちゃたんですけどねお姉さん」

「後半重いし辛い」

「ごめんに☆ とりまそう言う訳だから、お姉さんは暇潰しに世界中を旅しながら、困っている人を見つけ次第、救って回っているのです!!」

「……って言うと……俺を助けてくれるって事?」

「おーイエス!! やっと納得したって感じだね!」

「……いや、でも、幽霊にどうこうできるとは思えないんだけど、この状況……」


 幽霊が火の気の類を持ち歩いているとは思えないし……ましてや、本人は気にしてない風でも火炙りで死んだ人に火を求めるのは気が引ける。


「あれでしょ? 状況から察するに、体が冷えてキッツい辛い、体を温めたいぜって感じでしょ? 君。じゃあお姉さんにはもう名案しかないよ!?」

「マジですか……?」

「うん、身体を動かそう! そうすれば温まるよ!! さぁ、お姉さんが少し前にドップリハマった軍隊式エクササイズをしようぜ!! 独りじゃ続かないのよアレ!! バリー隊長は画面の向こうだし!!」

「あ、そう言うスポ根系はちょっと……」

「スポ根系はちょっと!? 予想外だよその拒絶!! 生命かかってるのわかってる!?」

「それでも汗かく系はちょっと……」


 主義に反すると言うか。


「ええい、もう!! とんだワガママ子羊!! 体動かす系ダメならお姉さんもう万策尽きたに等しいよ……!!」

「もうちょっと頑張れよ、本日の希望」

「よく言えたな君!? ……だけど君の言う通り!! こんな簡単に諦めちゃあオフランスなんて救えない! と言う訳で、最後の手段だよ!!」


 幽霊の最後の手段、さて、どんな……


「もっと熱くなれよぉぉぉーーーッ!!」

「ぶげらァ!?」


 げふぅ……い、いきなり何しやがるこのお元気幽霊ッ……突然お姉さんに鼻っ柱をブン殴られるなんて初めてだぞ……!?


「いいか貴様! 貴様はシケたマッチだ!! いくら擦っても擦っても燃えやしないゴミマッチだ!! 乳児のペ●スの方がまだ役に立つ、棒っきれの中でも木っ端クズの様な棒っきれだ!! そんな軟弱ペ●ス野郎のままでオフランスが救えるか!!」

「まさかの海兵隊式!? あんた中世のオフランス軍人だよね!?」

「うるさい! 口応えをするな!! 貴様の口はお姉さんのジャンヌチ●ポをしゃぶるためだけに付いているんだ!! おらァ、今夜はベッドの下でお仕置きだべぇ!! あくするんだよ!!」

「色々とおかしい(カオォス)ッ!! 詳しく知らないなら無理すんなよ!!」

「…………あれー? 今時の子ってこんな感じでハッパをかけるんじゃないの?」


 一体何と何と何を参考資料としたのか……そして何故それらが激励につながる物だと判断したのか。

 情報収集の光景が気になる所だ。


「あ、テニスラケットが足りない!?」

「違うッ!」


 わかった。根本的に色々とアホなんだ、このお姉さん。

 十代半ばで軍を先導して戦場を駆け回り、火刑に処されてもサバサバ陽気な幽霊になれる様なクレイジーメンタル、甘く見ていた。


 そして、そんなアホと複雑な現代社会は致命的に相性が悪く、色々と歪んだ知識や常識が蓄積されてしまっているのだろう。


「えー……ダメ? これでやる気を出してくれないとお姉さん本格的にお手上げだぞい? 諦めてお姉さんと良い汗を流そ? じゃないと死んじゃうよ?」

「うぅ……でも……でも……」

「あ、そうだ。もっと殴ってみるとかどうかな!? 痛みは人生観を変えるよ!!」

「一緒に汗を流させていただきます」

「本当!? やったー!! 君はやっぱり素直だね!! うん、お姉さんわかってたよ!! そしてお姉さんほんと素直な子大好き!!」


 苦渋ではあるが、仕方無い。バイオレンスな方向にイカれてもあれだ。

 寒さの前に幽霊に殴り殺されて死ぬとかシャレにもならない。



   ◆



 ……どれだけ時間が過ぎただろう。


 もう無理。


 疲れた。軍隊式エクササイズは人を殺す文化だ。悪い文明だ。


「どう!? 体は温まったかな!? 元気は出た!?」


 良い汗かいたぜ!! と爽やかにスマイルを弾けさせるジャンヌさん。

 なお、幽霊に発汗機能は無いらしく、汗一滴かいてはいないご様子。


 にしてもな、体力尽きて床に倒れている俺を見て、よく言えたな?


「……? どったの? さっきから震えるばっかで。おしっこ?」

「…………………………」


 どうしよう。ブン殴りたいけど、そんな体力も残ってな……


 うッ……や、ヤバい。汗が冷えて……


「おりょ? なんだか顔色がすこぶる悪くなってきてる気がしないでもないよ?」

「あ、汗が、冷えて……寒……死……」

「およう!? それは大変だ!! 至急、お姉さんの体で温めてあげよう!!」

「!!」


 お姉さんの体で温める……だと……!?

 そのワードはちょっとエロティックなのを期待しても……


 ……ん? 何、今の指パッチンの音と、続けて響いたシュボッて言う……まるで「ライターか何かで火を点けた」様な音は……


 …………………………。


「ふっふーん、どうだい? お姉さんの【火】は暖かいでしょう?」

「……ジャンヌ、さん……?」

「ん? ああ、驚いたかい? 火刑に処された縁かな? お姉さん、なんと指パッチン(フィンガースナップ)で火を起こせるのだ!! そしてそれを体中に纏って火だるまになれるのである!! 名付けてファイアージャンヌ!! えっへん!! あ、触っちゃダメだよ? お姉さん以外は余裕で燃えるから」


 ……成程。

 俺の目の前にある人型の炎は、ジャンヌさんで間違い無い様だ。


 ああ、すげぇ。轟々と燃え盛ってやがる。めちゃくそあったけぇ。暖供給力ハンパねぇ。この人間暖炉め。


「動ける様になったらいってね。そしたらエクササイズ再開だ!! 目指せミラクルマッチョジャンヌ!!」

「……ジャンヌさん……」

「うん?」

「こんの……アホォォォーーーッ!!」

「えぇぇッ!? いきなりディスジャンヌ!?」


 ファイアージャンヌさんのおかげで救助が来るまでどうにかなったので、とても有り難かったが……ちょっと釈然としなかった。



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