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第一章 終わらない夏休みの始まり



 

 どうやら地球温暖化が進んでいるのは学者の妄言ではないらしい。梅雨らしいジメジメとした日々はわずか五日間で終わりを告げ、当然だが観測史上最短記録を更新した。

 梅雨明けの翌日には気温が上昇し猛暑日、そして毎日のように帰宅時間を狙ってか降り出すゲリラ豪雨。例年とは比にならない夏がやってきた事は、天気予報士でない高校生の自分であっても堂々とテレビで宣言できる。それより先の詳しい説明はお手上げだが。


 いったい誰に言ってるかわからない脳内説明は、もはや現実逃避以外の何物でもない。平たく言えば、俺の期末試験のふがいない結果にたいそうご立腹の担任教師の説教なわけで・・。

 

「・・上坂君、話聞いてるの? これはあなたのためを思って言ってるのよ? そもそもどうして授業態度は真面目なのに・・」


 ・・あぁ、長い。かれこれ20分はひとりでしゃべり続けてるよこの人。放課後の教室で向かい合ってお説教タイムを開始したわけだが、今ではヒートアップし椅子から立ち上がって教壇に上がっている。

 長い黒髪を後ろでまとめポニーテールの髪形をブンブン振りながら饒舌に勉強の大切さを説く女性こそ、我が2年C組の担任であり英語教師の樫宮真理奈〈カシミヤ マリナ〉その人である。


 彼女の熱血ぶりは有名だ。朝は五時に起床し野球部と共に10キロのランニングするのが日課らしい。その結果なのかモデルのような抜群のスタイルと、本人曰く今まで日焼けした事のないという絹のような白い肌と整った顔立ちで、彼女のランニングロードにはパパラッチもどきまで存在する始末だ。

 通勤はロードバイクをタイトスカートで乗りこなし、どの教員よりも早く職員室に到着し、自身の授業の予習を行う徹底ぶり。

 もちろんそんな彼女の授業はわかりやすく一人一人真摯に教えるため生徒の成績も上がり、我が山嶺高校は英語のみ全国模試で高得点を叩き出す事で有名だ。また、彼女は海外の高校にコネクションが存在したらしく、7年ほど前から考えられないぐらい交換留学が盛んになっている。海外の大学を目指す学生の大半が志望するようになった事で偏差値も鰻上り。他にも色々伝説が存在するのだが例を挙げたらキリがない。

 

 簡潔に言うと美人で仕事もできるスーパー教師なのだが、ここでこの教師のある事に気付く人がいれば、かなりの観察眼だ。



『この人、いったい何才なんだ?』



彼女がうちの高校に赴任してきたのが11年前。その時も新人ではなく別の高校で弁をとっていたと聞く。単純計算で30代なのは確かなのだが、教師生徒含めて実年齢は誰も知らないらしい。見た目があまりにも若すぎるので予想もしづらいのだ。さらに年齢を聞こうものなら、小1時間は『なぜ女性に年齢を聞いてはいけないのか?』についての説教が始まるという。色々と怖いから俺は知りたいとは思わないように心掛けている。

 しかしこの生徒や勉強に対するバイタリティーは、いったいどこから湧いてくるのだろうか? 俺なんて高校2年生の夏にして数学への興味関心がことごとく消え失せた。この広い宇宙の銀河をくまなく探しても永遠に見つからないと自負しているぐらい、ホント。


 「ねぇ? 上坂君、絶対聞いてないよね?先生の話ここまで聞いてくれない生徒初めてだよ・・」

 「・・え? ちゃんと聞いてますよ? それに先生の授業だってちゃんと真面目に受けてるし。それにほら・・」


 俺は机に広げられた全教科のテストから英語の紙を右手で一枚つまみあげると、左手の人差し指で自分の点数を指さした。


 「ちゃんと満点取ってるじゃないですか?何が気に食わないんですか? もしかして難しいテスト作ったのに満点取られて悔しいとかですか?」

 「違いますよ! 全然違います! ・・た、確かに上坂君の英語の成績は素晴らしいと思います。海外の大学に留学しても授業にしっかりとついていけるはずです。」

 「俺は先生がなにを怒っているるのかわかりませんよ。ちゃんと筋道立てていつもの授業みたいに説明してもらわないと」

 「やっぱり上坂君、話聞いてなかったじゃないですか! これですよこれ!」


 教壇を降りて机に近づいた先生は二枚の答案用紙を持ち上げて目の前に突き付けてくる。それは数学と化学の試験用紙であった。


 「それがどうしたんですか? ただの期末試験の答案用紙ですよ?」

 「あら! これ答案用紙だったんですね先生気付きませんでした! 余りにも真っ白で配るときの余りかと思ってました。」

 「違いますよ先生。ちゃんと答案用紙に名前と学籍番号書いてあるじゃないですか?ちゃんと試験受けてますよ?」

 「真面目に試験に臨んでいる人は名前以外白紙で提出しません! 私0点の答案用紙初めて見ましたよ!」

 「じゃあもう帰ってもいいですか? 家で妹たちがおなかを空かして待ってるので。」

 「今の話の流れでどうして帰っていいと思ったんですか!? しかも上坂君、特待生枠で他県から入学したから一人暮らしですよね!?妹さんがいるわけないでしょう!」


 二枚の白紙答案用紙を残して颯爽と帰宅しようとした俺の腕を、がっちりと先生は両手でつかみ逃亡を許す気はないらしい。

 エアコンのかかっていない教室で熱弁していたからか、先生の薄いブラウスは胸元が少し開き豊満な谷間が汗か何かで輝いているように見えた。上から見下ろす形になってしまったのでとても気まずく、視線を横にずらして話題を変える事にした。


 「し、しょうがないじゃないですか!? 俺と数学は水と油、月と太陽、任○堂とSONY。決して交わる事のない関係なんです!」

 「・・ちょっと最後の例えだけわからなかったけど、好き嫌いはよくないと先生は思うの。それに岩噌先生と三國先生からお願いされちゃったし」


 なるほど。先ほどの二人の先生は言わずもがな数学と化学を担当している。二人からはもう何回も注意されたが、我が『数学は死んでも勉強しない』という覇道を邪魔する事は出来なかった。

 そこで担任の熱血教師に白羽の矢がたったらしい。生徒の問題を見逃す事が出来ないこの人ならば、即座に解決してくれると考えたのか。実際に、先ほどから30分以上拘束されている事を考慮すると、あと1時間は続いてもおかしくない。


 「それに、帰るって言っても数学と化学の補習試験まだやってないでしょ! 逃がしませんよ!」

 「あぁ、あれですか。もう終わりました。」

 「えぇ!? さっきもらったばっかりなのに!? また先生の事からかおうったってそうはいかないわよ」

 「いや・・本当に終わりましたよ、ほら」


 そういってカバンから二枚の紙を取り出し先生に手渡した。そこには補習試験の合格点ギリギリの点数まで答案を記入し、あとは変わらず無記入である。何やら驚くように二枚の答案用紙をまじまじと見つめる先生は、軽くため息をついて紙をこちらに返してくる。


 「・・やっぱり上坂君って頭いいでしょ?」

 「一応特待生枠なんで」

 「出来ないじゃなくて、やらない。 ・・先生がたが私を頼ってくるわけね」

 「いや単純にベテランだからなんじゃ・・」


 瞬間、夏場なのに周りの温度が急激に下がったような感覚に襲われ、恐る恐る先生の顔に視線をやると、何とも言えない微笑だったが、完全に目で語っていた。



『それ以上言うな』と。



 「・・上坂君、なにか言ったかしら?よく聞こえなかったわ」

 「いや・・なんかすみません」

 「・・上坂君明日の予定は空いてますか?」

 「本当に申し訳ありませんでした! お願いですから説教は勘弁してください!」


 夏休み初日から教師の説教から開幕するなってまっぴらごめんだ。憂鬱どころかそこから教師と生徒の禁断ラブコメへと発展しかねない。そんな先生以外誰も幸せにならないルートを回避するため、全力で土下座を繰り出した。


 「ち、ちよっと違いますよ! そんなことしませんから! ただ、上坂君にお願いしたい事があるんです」

 「なんで俺が言う事聞かないといけないんですか? 嫌ですよそんなのせっかくの夏休みなのに」


 高校生にとっての夏休みとは一言でいえば夢のデパートだ。海水浴、BBQキャンプ、夏フェス、夏祭り。実際、俺も数少ない友人たちとそういった予定を組んでいる。例えスーパー美人教師のお願いでも断るのは当然の結果である。しかしそこは読んでいたようで微笑みながらこう切り出した。


 「上坂君、夏休みは実家に帰る予定はありますか?」

 「・・・・いやないですけど」

 「そうですか。ところで、成績表は親御さんに見せてますか?」

 「・・・・・・・・・・当然じゃないですか? 俺はまだ高校生ですから」

 「上坂君の家は『自分の事は自己責任』という家訓みたいのがあるって三者面談で聞いたのを覚えてます」

 「・・・・・・・・・・」

 「まさか学校から送られる保護者への手紙とか、自分の家に届かないようにしてませんよね?」

 「・・・・・・・・・・・・」

 「なんか上坂君の提出する保護者のサインが、わざと崩して違う人が書いてるように見せかけてるように思えたですけど、気のせいですよね?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 エスパーなんじゃないかと思うほど言い当ててくるんだがこの女教師。当然なのだが、いくら放任主義の両親だとしてもさすがに0点が二つもあれば黙っているわけがない。

 そこで俺が考えたのは『成績悪くても届かなければ問題ないよねっ!』作戦である。いたってシンプル、成績のいいというか満点の英語の答案用紙のみ実家に持ち帰り、あとはまあまあだったと言えばいいだけ。そして提出物の期限が間に合わないというのを理由に、学校からくる書類の送り先を一人暮らしをしている自分の家に変更。放任主義の家訓を利用した完璧な計画だ、我ながら考えた夜は一晩中ニヤニヤが止まらなかったぐらいだ。


 「ねぇ上坂君? どうかな? 先生のお願い聞いてくれない?」


 先生はもう一度提案してくる。だが何もわかっていない。この程度で屈するのであればわざわざ定期試験で0点なんて取らず補習にならないギリギリの点数を取ればいい。だがそうしないのは俺の確固たる決意の表れだ。親への脅迫など大したダメージはない。その程度で折れる信念じゃないんだよ!

 数秒ためてから俺は自らの考えを口にした。


 「・・・・話だけは聞きましょうか」

 「さすが上坂君! 話が早くて助かるわ本当に!」


 ・・屈しました。権力には逆らえないでしょ当たり前じゃん。今の一人暮らしの生活には大変満足しており、手放すのはあまりにも惜しい。夏休み1日とこれからの高校生活を天秤にかければどちらに傾くかという話だ。お願いを聞き入れてもらえて満足しているのか先生は手のひらを合わせて嬉しそうな表情を浮かべている。


 「・・それで明日の予定を聞いた理由は何ですか?」

 なかば自暴自棄になりながら尋ねると、先生は一瞬顔を曇らせて先ほどまでとは違う真面目な顔でこう切り出した。



 「・・・・会ってほしい人がいるんだ」



 「すいません。先生のご両親への挨拶には絶対に無理です」

 「なんで結婚の話だと思うのよ! ・・しかも断られたんですけど」

 「いや、先生が男子生徒の貴重な休日を使ってする事ってそれぐらいしか思いつきませんでした・・・・」

 「上坂君の中の私に対するイメージってそんな感じなの!? ちょっとショック・・」

 「・・・・大丈夫ですよ樫宮先生。俺じゃ先生の期待に応えられないですけど、きっと運命の男性があなたを導いてくれます」

 「・・・・それ昨日駅前の占い師に言われた事そのもの」


 ・・・・やばい。先生の瞳から光が消えてダークサイドに堕ちそうなんだけど。これが30代未婚者の真の姿か・・。また見たくもない現実を知ってしまった。


 「そ、そんな事より、先生のご両親じゃないなら誰に会いに行くんですか?」

 「・・えぇそうね。そんな事じゃないけど話を戻すわね。・・・・会ってほしいっていうよりは勉強を教えてあげて欲しい子がいるのよ」

 「・・・・・・・・ん?」

 「だから、勉強を教えてあげて欲しい子がいるのよ」

 「・・・・・・・・え?」


 いまいち話が見えてこない。というよりもまず一つの疑問が頭をよぎる。

 「勉強を教えるって・・・・それこそ先生の役目なんじゃないですか?」

 「そう・・なんだけど、なんていうか、教えるだけじゃなくて、話し相手になってほしいというか・・」

 先生にしては何とも歯切れの悪い返事で目を泳がせている。なんか裏がありそうだったので、強い口調で質問を続ける。


 「話相手って先生じゃダメなんですか?」

 「私よりも上坂君の方が適任かなぁと思うから・・・・」

 「なんでですか?」

 「うっ・・その・・私じゃ、その、世代が違い過ぎて・・」


 ・・・・なんだろう、すごい死にたくなってきた。今までの先生とのギャップもあるのか、言葉ごとに先生の体が透けてくるんじゃないかというほど声は小さくなっていく。ここまでデリカシーのない事を言ったのは人生で初めてだったかもしれない。なんだこの罪悪感は・・・・。今のやり取りを人が見ていればヤジが飛んできてもおかしくはないレベル。


 「・・いやぁ、なんかもうすみません。あの・・・・明日は予定ないので大丈夫です。ぜひ、先生に協力させ下さい! 脅されたとか関係なくやらなきゃいけない使命感みたいの湧いてきました!」

 「あ、ありがとう上坂君。でも・・逆に気になるから普通にしてくれるとうれしいなぁ、なんて・・」

 「・・了解しました!ボス!」

 「それもちょっと違う気がする・・」

 「それじゃあ、明日どうすれば良いですか? 俺、先生の連絡先知りません」

 「じゃあ、明日の朝8時に二子玉川駅の改札で待ち合わせしましょう。一応連絡が着くようにメルアドと携帯電話の番号を交換するわね」

 「了解です」

 放課後の二人だけの教室。生徒と教師が連絡先の交換。なんか、やばい。言葉にすると犯罪チックになるから自粛した。


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