乙女、魔法を使う②
本日二話更新しております。こちらは二話目です。
当初より加筆修正しております。
レイナーク王国、王都アルステア。
その日は普段と変わりない平和な日であった。
しかし事態は一変する。
突如、森から強大な魔力の光が現れたのだ。
本来、その森から、魔力が漏れることなどあり得ない。
建国以来、代々受け継がれてきた、強固な結界が張られているからだ。その結界は、数百年間、どんな魔術師の魔力にも耐えてきた。
それが、破られたのだ。
「なにこれ…。」
周りの風景が一変していた。
静かにそこに茂っていた木々が、何百年とたったように大きく成長している。
木の根の隙間を避けるようにして、慎ましく生えていた草花は、見事な花々に姿を変え、辺り一面に咲き乱れている。
なにか、とんでもないことをやってしまった…?
明らかに土属性ではない、七色の光が、私の指先から、リド君へ放たれたのは分かった。
その名残か、今も私の周りには、ふわふわと光の玉が漂っている。
「すっげえ…。結界が壊れてる。」
聖剣を持ったまま、空を見上げるリド君。
…結界が壊れている?確かに何かをぶち破った感覚があったけど、もしかして結界だったの?
リド君の視線をたどり、空を見上げれば、穴が開いた膜のようなものが見える。魔術師部隊に代々伝わってきた結界…。見ているうちにも穴はどんどん広がっているようだ。見ていられない。不可抗力…だよね?
「これは…どういうことなのでしょうか?」
周囲を興味深そうに見渡しているミシェル先生。
巨木と化した木に手を当て、何かを考えこんでいる。
「ふむ…武器と盾どころか、最終兵器ですね。」
「さ…最終兵器…?」
「…そうだな。俺、あまりにすげえ魔力で、聖剣でも、絶対防ぎきれないと思ったし、実際にあちこち魔力が身体にふれてたけど、どこもなんともないぜ?」
リド君が私の頭をポンポンと軽くたたいてくれる。…怪我をさせなくて、本当によかった。
「オトメ、貴女は、地面に流れる力を意識したのですよね?」
「はい。できる限り全力でやってみようと思って……集中しているうちに、勝手に口が動いて…。」
「ふむ…『我はオトメ。聖女なり。世界よ、我に力を貸したまえ。』ですか…。」
やっぱり聞こえていましたか…。
あれは黒歴史確定だ。恥ずかしいにもほどがある。どうか忘れてください。
「……もしかしたら貴女は、最初から土属性の魔力を感じ取っていたのではなく、さらにその奥、地脈を感じ取っていたのかもしれませんね。」
「地脈…ですか?」
「はい。まあ結局は魔力の泉から出ている魔力のことです。地脈は地中深くに流れており、それが全ての生命の源とされています。…まだ地脈についての研究は進んでいません。分かっていることといえば、精々地脈の流れのいいところは農作物がよく育つとか、安産が多いとかそんなところですね。」
「そうだな…オトメが放った魔力が地脈から得たものだとすれば、俺やミシェルがまったく怪我をしていないのも納得できる。それに植物が、急に成長しているのも…地脈の魔力であれば納得できる。」
「ええ、ですが、地脈の魔力が死をも司るのは事実。おそらくはオトメが、私たちに対して全く敵意を持っていなかったから、無傷で済んだのでしょう。」
ミシェル先生とリド君が言うには、地脈は生命の生死に関わると考えられているらしい。地脈の力はまたまだ未知の領域で、私のように地脈の魔力を感じて吸い取り、それを利用するなど前例がない。地脈の力は、今の私のように、植物の成長を促すこともできるし、逆に意識をすれば、衰えさせたり、死に繋げることもできる、ということだ。
実際、地脈の大元…魔力の泉が魔王の手によって乱され、地脈にも影響が出たから、世界に災厄が起こった。
それを正すためにリド君たちは旅に出たのだから。
私が使う、地脈の魔力を使った魔法が、対象がもし、人間や、動物も含まれるとしたら…つまり、それは…。
「私が敵意をもって魔法を放てば…」
その命は確実に死ぬってこと…?
その先は、恐ろしくて、口に出しては言えなかった。
「勘違いすんな。オトメ。それはお前だけが特別じゃない。」
「…そうです。どんな属性の魔法であれ、強い魔法を放てば、対象は死にます。剣で切られれば死ぬでしょう?それと同じです。むしろ貴女が特別なのは、こうして植物の成長を促すことができたこと…、齎す死よりも、生の方に目を向けるべきです。」
リド君がぐしゃぐしゃに私の頭をかき回し、ニカっと笑いかけてくれた。
「お前の力は、もしかしたら、すごいことをやってのけるかもしれないぜ?何せ、この世界中を散々駆けずり回った俺たちでさえ、見たことのない魔法だったんだからな!」
二人の言葉が胸に染み渡る。
私は、この世界で何かを成し遂げたい。
こんなに私に優しくしてくれるみんなの役に立ちたい。
「…ごめんなさい、私。やるって決めたのに怖がってばかりで。でも…、私、嬉しいです。…ありがとうございます!」
声が震えるけど、どうしても感謝を伝えたくて、笑えば涙が零れた。
「どちらにせよ、結界も壊してしまいましたし、その力の制御ができるようになるまで、魔法は使用禁止ですけどね。…まあ見込みがある生徒ですので、特別にルセルニアに戻ったら、制御補助具でも作って差し上げましょう。」
ミシェル先生が、苦笑しながら頭を撫でてくれる。
なんだかこの世界に来てから、頭撫でられてばっかりだなあ。
「あんまり泣くなよ、オトメ。俺とミシェルが、お前を心配して、後ろでずーっと、うずうずしていた奴に殺されちまうぜ?」
リド君がニヤニヤしながら、私の後ろを指さす。
「へ?」
私が振り向くよりも早く、後ろから腕が伸びてきて、誰かに引き寄せられた。
「リドとミシェルに泣かされたのか…?」
「なっ!?」
…ジークフリード様がいた。
私を正面に向き直らせかと思うと、私の頬に手を添え、指先で優しく涙を拭ってくれる。
私を覗き込むようにしているジークフリード様のお顔は、とんでもなく近い。
「かわいそうに…、目が真っ赤だぞ?」
いや、目が真っ赤なのは興奮です。
止まりかけてた涙が、興奮と恥ずかしさで再び溢れそうです。
潤んでいた視界がジークフリード様の指によって、ハッキリとしていく。
そして、ジークフリード様の姿を確認した途端、地脈だとか、魔法だとか…、恐怖だとか、全部吹き飛んだ。
………なんですかそれ。
ジークフリード様が身に纏うのは、普段の実用的な騎士服とは違う、黒地の詰襟の騎士服。至る所に金糸の装飾、これまた金の豪華な釦が付いています。さらには真紅のマントですか。見事な騎士団のエンブレムが刺繍されていますね。ええ。
普段は降ろされている前髪は、後ろに撫でつけられています。
そんなもの今日着るなんて、私聞いてないよ。カイル君。お陰でシリアスぶち壊しだよ。どうしてくれるのかな。
やたらと近い距離に、本能が意識を飛ばせと警鐘を鳴らしてるけど、それより、私の目は舐めるようにジークフリード様の騎士服を追っている。
オールバック最高…!……正装騎士服、最高!!
「オトメ?」
「ふぐっ!!」
オールバックの効果で、普段より三割増しで凛々しいジークフリード様に至近距離で名前を呼ばれて、鼻から出血しました。
途端に鼻を抑えて、慌てて距離を取る。ジークフリード様に鼻血が付くことを回避した私、偉い。
ミシェル先生やリド君が、若干引いて私を見てるけど、それどころじゃないの!!
私、ジークフリード様のこのお姿を、目に焼き付けなければならないの!!
「オトメ、また鼻血が出ている…。大丈夫か?ほらこれで拭いていいぞ?」
ハンカチーフを、ズボンのポケットから取り出して私に渡そうとするジークフリード様。
それ、絶対ジークフリード様の体温で温められてるよね?匂いだってついてるよね?そんなもので鼻を拭ったら私、もう(昇天するのを)我慢できなくなっちゃうよ!
「オトメ!!さっきの光って……何よこの状況。」
プリムラちゃんとマリアちゃんが駆けつけてくれたらしい。
プリムラちゃんがこの状況を見て、静かにキレた気がするけど、今の私に反応する余裕はない。
だってほら、ハンカチーフを携えた正装オールバックのジークフリード様がにじり寄ってきてる!!
「オトメ、鼻を抑えて、少し安静にしなければいつまでも止まらないぞ?」
「っだ大丈夫です!ハンカチを汚したら申し訳ないですし、少しそっとしておいて貰えれば、すぐに止まります!」
「……ハンカチが汚れるのなんて、何を遠慮しているんだ?…そこの木陰に座って休もう。お兄ちゃんに甘えなさい。」
「っ!?」
ジークフリード様、それは暗にお兄ちゃんって呼べって言っているのですか!?
公衆の面前でお兄ちゃん呼びは、さすがに私だって恥ずかしいよ!
「おっおにいちゃ…?ぶっ!!ひっ!!面白すぎっ!」
視界の端に、リド君が息も絶え絶えに笑うのを堪えている姿が見える。あとからマリアちゃんにビンタされてしまえ。
マリアちゃんはあら!とかまあ!とか言って頬を染めているし、ミシェル先生は…顔から完全に表情を消し去っている。無だ。…誰か!助けてください!
「いつまでいちゃついてんのよ!このバカップル!!」
その時だった。プリムラちゃんの怒声とともに、急に私の視界が狭まる。
ああっ…これは!!!
「相棒……ッ!」
頭を包み込むような絶妙なフィット感!狭くなった視界はまるで相棒に守られているかのような安心感!
プリムラちゃんが高く跳躍して、背後から相棒を私の頭に被せたのだ!
なんて、頼りになるの!プリムラちゃん…!
突然目の前に現れた相棒の微妙な顔に、ジークフリード様の動きが一瞬止まる。
私はその隙を見逃さなかった…!!
ジークフリード様から、距離をとる。
相棒を得た私は、ジークフリード様の魅力にも少しだけ耐性がつくのだ!
瞬時に動く足。このまま森の入り口まで先に行こう、そこで少し休んでクールダウンすれば、鼻血だって止まるはず!!
皆に背を向ける走り出す。
私は失念していた。ここが森であることを。
私が生やした草花で覆われているが、その下には立派に成長した木々の根が張り巡っていることを。
そして相棒によって視界が狭くなっていた私は、足元がよく見えていない!
木の根に引っかかるつま先。勢いよく前へと倒れゆく身体。スローモーションにも感じられた。
私は、見事にこけた。
「………。」
沈黙がその場を包む。
転んだまま立ち上がれない私の視界に映り込む、足。
おそるおそる視線を上げれば…
「……仕方がない子だな。お兄ちゃんが抱っこしてやるから。甘えなさい。」
「……はい。ジークお兄ちゃん。」
とってもいいお兄ちゃんスマイルを浮かべたジークフリード様が、手を差し伸べていました。
こんなのって、断れないよね。
▲
まるでコントのようにこけた私は、ジークお兄ちゃんに、お姫様抱っこで運ばれました。
森の出口で降ろしてほしかったのですが、全く聞き入れてくれません。ジークお兄ちゃんのお顔はとても楽しそうでです。
ジークお兄ちゃんが時折、大丈夫か?と優しく顔を近づけてくるので、明らかに先ほどよりも鼻血の量が増えています。
私は、いかに相棒の外に鼻血を漏らさずに乗り切るかずっと戦っていました。
相棒の中の私の鼻から下は血だらけなのです。
そんな顔、見せたくありませんでした。
ジークお兄ちゃんは、仮にも好きな人なのです。
そんなことはつゆ知らず、相棒を脱がそうとしたジークお兄ちゃんでしたが、私が「脱がさないで!ジークお兄ちゃん!」と懇願したら、顔を真っ赤にしてやめてくれました。
私の言い方が悪かったのは分かりますが、ジークお兄ちゃんの恥ずかしがるポイントが乙女には全く理解できません。
王宮に着くと、みんなそれぞれ散っていきます。マリアちゃんは私を心配してくれましたが、リド君はずっと笑いをこらえていました。生まれて初めて殺意がわきました。
ミシェル先生は無の境地に達しているようです。私たちの姿を一回見た後、舌打ちをして、どこかへ消えて行きました。
プリムラちゃんは、珍しく労わるような目を向けてくれました。プリムラちゃんには後から何かお礼をしようと思います。
客間につくとリリアさんが控えていました。
相棒を被ったままの私と、それを抱き上げているジークお兄ちゃんを見て、無言でしたが、しっかり着替えと傷の手当てを手伝ってくれました。
そして相棒を脱いだ私の血まみれの顔を見ても無言でした。タオルで優しくふき取ってくれました。相棒もきれいに拭いてくれました。
ノックの音が響き、リリアさんが扉を開けると私服に着替えた、ジークお兄ちゃんが、待っていました。
乙女はびっくりしました。先に騎士団の宴会に向かったものだと思ったからです。
リリアさんがいる前でジークお兄ちゃんがとても優しい笑みで言います。
「さあオトメ。膝が痛いだろう?お兄ちゃんが抱っこして連れて行ってやるからな。」
私はすり減った何かが折れるのを感じました。
リリアさんはずっと無言でした。
森の結界ですが、ミシェル先生が、中身をいじって解除している時点でちょっと怪しいですが、ぶち破ったのはオトメちゃんが初めてです。
ジークさんお兄ちゃんモード続行中。
次回は騎士団宴会編の予定です!
そろそろ一度、別の視点の閑話をいれればなあと思っております。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。