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為せば成る。  作者: 水瀬まおり
藤村乙女の初恋
7/32

騎士は迷走する。

ジーク視点です。どうぞ!

 



 オトメの背中が遠ざかっていく。

 通った後には、点々と血の跡が残っている

…大丈夫だろうか?




 鍛錬場で目の前でオトメが倒れた時は、正直、肝が冷えた。


 オトメを運ぼうとしたカイルを止め、俺が抱き上げて宛てがわれている客間まで走った。

 気を失っている内に、医者にも診てもらったが、幸い異常は見当たらないそうだ。

 控えていた侍女に、様子を見ているよう頼み、俺も水浴びと着替えをする為、一旦客間を後にしたが、いてもたってもいられずに、髪を半端に乾かし、オトメの元へと戻る。


 俺がベッドの傍の椅子に、腰掛けたところで、ちょうど目が覚めたようだった。

 俺には気がついていないのか、ぼんやりしながら握っていたタオルに顔を埋めている。

 …そのタオルは俺が汗を拭いたタオルではないのか。

けしていい匂いではないだろう。


「…臭くないのか?」


 思わず、声をかけた。

 驚いたように跳ね起きるオトメ。

 寝起きで髪が乱れてしまっている。普段より幼く見えて微笑ましい。

 赤くなったり青くなったりしているオトメは混乱しているようだったが、タオルを渡すように言えば、嫌だという。

 …どうしてそんなに必死なんだ?


「…あっ兄の匂いに似てるんです!」


「あの…だから、ちょっと安心するといいますか…ごめんなさい。」


 …兄貴がいたのか。

 やっぱり寂しいのだろう、少しシュンとしたオトメは、気まずそうに顔を伏せている。


 ああ、リドも小さい頃、こんな顔をしていたな。

 俺が騎士団に入るのが決まった時に、俺の剣を離さなくなってしまったんだった。

 …あの頃は、可愛かったな。

 結局、ギリギリまで返してくれなくて、大泣きするのを必死に宥めたんだった。


 当時のことを思い出して、ついオトメの頭を撫でてしまった。触れる度に、一瞬ピクンと跳ねるのが、微笑ましくて、何度も手を滑らす。


 どうしてオトメは鍛錬場にいたのだろうか…?俺に何か用があったのだろうか。

 …それとも…他の誰かに会いに来ていた?


 鍛錬場でのカイルとオトメが並んで立つ姿が頭を過ぎる。

 歳もあまり離れていない二人の姿は、仲が良さそうで…少なくとも、今日出会ったばかりのようには見えかった。

 確かオトメは俺たちのことをある程度、知っている。もしかして、カイルに会いに鍛錬場にきていたのか…?

 …それに、俺が『オトメ殿』と呼んでいるのに、親しげにカイルは『オトメさん』と呼んでいたのだ。

 …面白くない。

 今日会ったカイルが、そう呼んでいるなら、俺が呼び捨てにしてもいいだろう?急に呼び方を変えたら、どんな顔をするのだろうか。

 …もっとオトメの色んな表情が見たい。


「兄貴に匂いが似ているんなら、別に汗の匂いじゃなくてもいいんじゃないか?」

「え…?」


 驚いたように目を丸くする、オトメの顔。

 悪戯が成功したような気分だ。


 昨日のリドの話が、ふと思い浮かぶ。

 幸い今は、症状は出ていない。不思議とオトメに触れている部分から何か満たされていくような感覚だ。

 頭を撫でても、嫌がっている様子ではない…思い上がりでなければ、寧ろ少し嬉しそうだ。…たしか、抱き寄せて、耳元で囁けばいいと言っていたよな…?


 そっとオトメの背中に腕を回し、抱き寄せると、

 吐息が俺が鎖骨のあたりにかかる。


 隙を見て、オトメの手から握っていたタオルを抜き取った。腕の中のオトメは固まったまま。微動だにしない。


 タオルなんかじゃなくて、いくらでも直接匂いを嗅いで、安心すればいい。

 俺を兄貴とでも思ってくれたらいい。

 オトメになら…いや、俺がそうして欲しいのだ。


 表情は見えないが、黒髪から覗くオトメの耳は、赤く染まり、小さく震えている。


 恥ずかしがる必要はない。

 誰だって、不安だ。突然、異世界に飛ばされたのだから。

 もっと俺に頼ればいい。依存すればいい。



 一人でオトメは、寂しさに耐えていた。

 昨日、謁見の間でもそうだった。不躾な視線が彼女に集中して、殺気を飛ばす奴さえいた。身のこなしを見ていれば分かる。今まで戦闘などとは無縁であろう彼女に、だ。殺気を飛ばす奴を、斬り捨ててやろうかと思った。


 それでも、一人で立っていた。

 小さく身体を震わせながら、一人あの場で立っていたのだ。


 今くらい、俺に縋ればいいのに、いじらしい彼女に少し意地悪をしたくなる。

 赤い耳に触れるか触れないかくらいに、唇を寄せる。


「寂しかったら、二人の時は、お兄ちゃんって呼んでもいいんだぞ?」


 少し揶揄いも含め囁いた。

 オトメが、微かに俺の腕の中で動き、はっ吐息を飲んだようだ。


「離してください!!ジークお兄ちゃん!!!」


 慌てたように、押しのけられる。正直、そのまま抱きしめていても良かったのだが、オトメがどんな顔をしているのか見たくて、抵抗もしなかった。

 俺から距離をとったオトメは、なぜか鼻を押さえている。

 指の間から、血が滴った。

 …鼻血?


「ジークお兄ちゃんのっ…馬鹿!!!」


 そして冒頭に戻る。



 …いささか揶揄いすぎたかもしれない。


「…ジークお兄ちゃん、か。」


 一人呟き、思わずニヤつく。本当に呼んでくれるとは、思わなかった。

 悪くない……二人きりのときには、また呼んでくれるだろうか?


 気がつけば、あんなに近くにいたのに、動悸や息切れ、苦しさもない。

 鼓動は少し早いが、心地よいくらいだ。…信じたくはないが、リドが言っていたのは本当だったのかもしれない。



 主がいなくなった部屋にいるのは、あまり良くないだろう。自室に戻るか。

 なんとなくベッドを見ると、枕元に置いてあったものに視線がとまる。


 とても可愛いとは言えない表情に、アルネヴを模した耳…。可愛らしいリボンが片耳の付け根についているが、表情のせいで、逆にシュールである。

 鍛錬場でオトメが被っていたものだ。


 …どうしてこんなものを被っているのか。聞きそびれてしまったな。







 ▲




「で?」



 プリムラちゃんが、お煎餅のようなお菓子を食べながらソファーにふんぞり返ってる。この世界にもお煎餅ってあるんだね。ふわふわ、キラキラなお菓子が似合うと思っていたけど、自然体なプリムラちゃんにはお煎餅もやけに似合ってる。


「なにかな?プリムラちゃん?」


「何かな?じゃないわよ。」


 プリムラちゃんが我が物顔で占領しているソファーは、ちなみに私が泊まる客室のものだ。

 今晩も、客間に泊まることになったんだよね。明日の午後には私の部屋も用意できるみたい。

 プリムラちゃんも宛てがわれてる客間があるんだから、そっちに行けばいいんじゃないかなぁ…。なんか入り浸ってるよね。ほらお煎餅のカス、落ちてるってば。というかどこから持ってきたの?そのお煎餅。


「ジークは?」


「?明日の朝は、また観察するよ?」


「観察って…、アンタ本当に変態よね。ジークの何を観察するのよ。」


「えっ?聞きたい?プリムラちゃん聞きたいの?ジークフリード様はね、訓練中身体にピッタリとした服に着替えるの!そうするとね、普段は服に隠れて分からないジークフリード様の素敵な筋に「もういいわ。オトメが変態だってのはよく分かった。」


 もういいの?プリムラちゃん。

 私夜通しいけるよ?ジークフリード様のことならオールナイトで語れるよ?


「観察するだけでいいのか?って聞いてんのよ。」


「うん。」


「…は?」


 平面だけじゃない。360度、3Dでジークフリード様を観察できるのだ!素晴らしいよね!

 …確かに、元の世界では、処女を捧げるのならジークフリード様に!!とか思ったけど、無理っす。実際のジークフリード様みたら、もうそういう次元じゃない。触られただけで昇天できる。というか、したね。


「ジークのこと、好きなのよね?」


「崇拝してます!!」


「こいつ拗らせやがった…!!」


 え?なにかおかしな事いったかなあ?


「好きだよ?本当に好き。抱きしめられて、頭撫でてもらって、死ぬかとおもうくらい、ドキドキしたし、苦しくなって、恋を自覚したけど…私、観察できるだけでも、幸せなの。四六時中、ジークフリード様のこと、考えられて。視界にジークフリード様がいてくれれば…。同じ空間に存在できて、同じ空気を吸っているなんて、素晴らしいと思わない?うふふふふふ。それに…」


「それに…?」


「…ジークフリード様は、私の顔がお好きではないんだよ。」


 プリムラちゃんが固まる。

 手に持ったお煎餅が、プリムラちゃんの握力で砕け散った。

 お掃除してくださる方、ごめんなさい。文句はプリムラちゃんに言ってね。


「…ジークが…オトメの顔が嫌いって言ったの?」


 唇をわなわなと震わせながら、プリムラちゃんが言う。

 その拳はなに?なんで拳握りしめてるの?


「ジークフリード様がそんなこと女性に対して言う訳ないよ?だって騎士様だし。」


「じゃあなんで。」


「最初に会った時、思いっきり顔をそらされたの。私が直視すると、顔をそらすの。話しかけたりもして下さるから、嫌われているわけじゃない…とは思いたいけど、多分顔が好きじゃないと思うんだよね。」


「だから…」


 プリムラちゃんが、ベッドの脇に置かれた私の相棒を見たかと思うと、耳を掴んで持ち上げる。


「え??プリムラちゃん?待って…!!私の相棒になにするの!?」


 そして窓を開け放つと、あろうことか、その身体に見合わない腕力で、投げた。


 綺麗な放物線を描いて、夜の闇の中へと消えていく相棒。



「あっ相棒ーーーー!!」


「ちょっと、プリムラ、用事を思い出しちゃったからぁ、オトメお姉ちゃんは先に寝ていてねっ!」


 プリムラちゃんが声だけは可愛いが、凶悪なオーラを発して部屋を出ていく。

 止めるべきなのだろうが、私はそれどころではない。相棒が消えてしまった…!!


「どうされたのですか?聖女様?エルフ様も出ていかれたようですが…」


「リリアさぁん!」


「!?」


 騒がしいのを聞きつけたのか、リリアさんが部屋に入ってくる。半ベソをかきながら縋り付き事情を話すと、心底どうでもいいように「むしろない方が良いんじゃないですか?」なんて!酷い!


「わっ私の相棒なんです!…あれがないと、ジークフリード様観察が出来ないんですぅ!」


 これは探しにいくのを許してくれなさそうだ…。

 リリアさんの顔をまっすぐに見つめる。 こうなったら泣き落としよ!乙女!これは、兄にも効果があったのだ。


「っ…!(可愛い!)…あの方角なら、多分庭の方に落ちたと思います。」


「本当ですか!ありがとうございます!」


 すぐさま上着を羽織り、駆け出そうとすると、首根っこをリリアさんに掴まれる。


「…庭の場所をご存知なのですか?」


「あ。」


「…道案内も兼ねて、少しでしたら一緒にお探しします。」


「すみません…」


 リリアさんは結局見つかるまで一緒に探してくれました。

 私の相棒は、庭の噴水の天辺に綺麗に被さっていました。まるでなにかのオブジェのようです。

プリムラちゃん、もしやこれ、狙った?









リリアさん、ツンデレ説。

プリムラちゃんの用事とは…?

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


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