乙女、初恋に落ちる。
5/12 ちょこちょこ加筆修正しております。
「ん…?」
目を開けると見覚えのある天井が見える。あ、私の客間の天井だ。
「あれ…?私?」
そうだ、ジークフリード様の裸体を見て、興奮しすぎて、失神したんだった。
すごい奇声上げたよね…ジークフリード様にまた嫌われるかもしれない。うぅ。
…ん?何か腕の中から素敵な香りがする。
…これは!!ジークフリード様の使用済みタオル!!私、意識を失っても手放さなかったのか!グッジョブ、私。
それにしてもジークフリード様の裸体は凄まじかった。なにって色気がですよ。
引き締まった筋肉に、しっとりと汗ばんだ肌。戦いの中に身を置いていたことを示す傷跡が、うっすらと肌に浮かんでいた。それすらも色っぽかった。
…また興奮してきたぞ。ぎゅっとタオルを抱きしめる。いい匂いです。はあは「…汗臭くないのか?」
あれ…?
声のした方を見るとジークフリード様が、ベッドの傍らに座って、私を覗き込んでいた。
目を見開いて一瞬硬直する。次の瞬間、弾かれたように体を起こし、座りなおした。
汗が垂れる。
人様の使用済みタオルを抱きしめて匂いを嗅いでいるなんて、変態確定じゃないですか、ヤダー。
ジークフリード様は水浴びもすでに終えている様子。服も胸元が開いたシャツに着替えていた。…なんでも似合いますね。素敵です。…私、どのくらい失神してたのかな?
「それ、俺が使ったタオルなんだが、すまない。気を失っているときも握ったままだったから、そのままにしていた。洗いに出してくるから、渡してくれないか?」
「いやです。」
「え…?」
しまった。つい本音が!!でも、このタオルはジークフリード様といえども、譲ることはできないわ!!
「その…匂いが…」
「ああ、臭うだろう?だから…」
「…あっ兄の匂いに似てるんです!」
「は?」
本当は兄の匂いなんかただ臭いだけだけどね!ジークフリード様とは、全然違うけど!
でも、あなたの匂いが好きです。はあはあ。なんて出会って二日目のやつに言われたら引くよね。うん。私だったら全力で避けるよね。
「あの…だから、ちょっと安心するといいますか…ごめんなさい。」
兄の匂いなんて、嗅いでもむしろ、不快でしかないけどな。
ジークフリード様は目を丸くして、驚いたような顔をしていた。
とても、可愛いです。頬が緩みそうになり思わず、下を向く。この世界って、スクリーンショット機能みたいな魔法ってないかな。ミシェルさんが国に留まっているうちに聞きに行こう、もしかしたら、異世界トリップの特典とかで、できるかもしれない。
ジークフリード様から、くすっと笑い声が聞こえたかと思うと、頭に重みがかかった。そのままクシャっと髪の毛を乱すように、優しく撫でられた。思わず、顔を上げる。
「兄貴がいたのか?…そうか、一人で不安だったな。」
優しい顔をして微笑むジークフリード様。
ぎっ…ぎゃああ!!
お兄ちゃんモード、キター!リド君限定のお兄ちゃんスマイルを見せてくださるなんて!
兄よ、臭いとか言ってごめんなさい。あなたの存在のおかげで、乙女はジークフリード様のお兄ちゃんスマイルを拝むことができました。眼福です。
「オトメの兄貴に匂いが似ているんなら、別に汗の匂いじゃなくてもいいんじゃないか?」
「え…?」
そういって使用済みタオルを私の腕から取り上げてしまう、ジークフリード様。
まさかの呼び捨てに一瞬意識が旅立ってました。乙女、一生の不覚です。明日にでも、またカイル君にって…それより、あれ、ジークフリード様が近いよ?背中にジークフリード様の腕が回っている気がするんだけど、気のせいだよね?私の視界がジークフリード様の肌でいっぱいになっているのですが…?これって鎖骨のあたりですか?え?
「普通にこうやって嗅げばいいだろ?」
ジークフリード様に包まれるように抱き締められていた。
言葉が出ない。乙女は言語機能が麻痺しているようだ。顔が赤いなんてものじゃない、沸騰しそうだ。抱きしめられたらいつものように、興奮して、はあはあするのかと思っていた。でも、これは…いつもと違う、興奮だけじゃない、苦しいし、恥ずかしい。なにこれ!?心臓がどくどくと鳴る。高鳴るなんてもんじゃない。動悸レベルだよ、これ。恥ずかしすぎて、匂いなんか嗅ぐ余裕ない。
「寂しかったら、二人の時は、お兄ちゃんって呼んでもいいぞ?」
耳に直接、ジークフリード様の優しげな声がかかる。腰が砕けそうだ。口を開いても声は、出ない。逃げてしまいたくて、頭を少し捩った。
視界が変わり、ちょうどジークフリード様のシャツから素肌がみえる。素晴らしい胸筋に…ん?ピンクの…ん?
「離してください!!ジークお兄ちゃん!!」
「おお?」
ちょっと嬉しそうなジークフリード様を思いっきり押しのけ、鼻を抑える。
「落ち着いたかって…え?」
鼻を抑えた指の隙間から、ポタポタと垂れる、赤い液体。
「ジークお兄ちゃんのっ…馬鹿!!!」
私は客間から逃亡した。
鼻血を垂らしながら。
至近距離のジークフリード様の乳首は、乙女にはまだ早かったようです。
▲
「マリアちゃん!プリムラちゃん!」
通りがかったリリアさんに貰った(ジークお兄ちゃんがって言ったら、顔に投げつけられた)布で、未だ止まらない鼻血を抑えながら、マリアちゃんとプリムラちゃんがいる、マリアちゃんのお部屋へと駆けこむ。
もう半べそ状態だ。抱き締められたのと、乳首の衝撃とで混乱している。
そして、気が付いてしまった一つの事実。
「まぁ、どうしましたの?オトメ?」
「うわぁ、なにそれ鼻血?まさかジーク見て、出したんじゃないでしょうね?」
マリアちゃんが優しく顔を拭ってくれる。プリムラちゃんなんて露骨に嫌な顔して、近寄ろうともしないけど。なんて薄情なの。昨日までは、オトメお姉ちゃんって呼んでくれていたのに。自然体で行くことに決めたんですね。そうですか。
「あんた、ジークの半裸見て失神したんでしょ?変な被り物、被りながら。」
「うぅっ…変な被り物じゃないもん。私の相棒だもん。」
「ジークの半裸を…?失神ですの?」
「オトメは、ジークが好きなのよ。変態的に。裸見て、興奮しすぎて、気が飛んじゃったってワケ。」
「まあ!」
プリムラちゃん、その場にいなかったよね?なんでそんなに的確なの?それでもって辛辣すぎないかなぁ。お姉さん、ただでさえ泣きそうなんだけど。
でもっ、そんなことより言わなきゃ!
「…き…じゃないかもしれない。」
「はぁ?」
「ジークフリード様のことっ!好きじゃないかもしれない!」
「あら?」
二人に目が覚めてからのことを話す。ジークお兄ちゃんの下りはあまり言いたくなかったんだけど、洗いざらい吐かされた。プリムラちゃんの恫喝交じりの誘導によって。
マリアちゃんは頬を染めたりして、まぁ!とか、あら!とか可愛らしい声を上げていたけれど、使用済みタオルについて私が熱く語ったときは口を噤んでいた。なんで…?マリアちゃん欲しくないの?リド君の使用済みタオル。
「で?今の流れでどこに好きじゃないかもしれない要素があるのよ。私には、ただオトメがどれだけ変態的にジークを好きか、深めたくもない理解が深まっちゃったんだけど。」
「私も特に、気になるところはありませんでしたわ。」
「動悸が…。」
「動悸?」
「…ジークフリード様に抱きしめられたとき、動悸レベルで心臓がどくどくしていたの!それに胸も苦しくって、何にも考えられなくって…!抱き締められて、嬉しくて、興奮して、はあはあする筈なのに、恥ずかしくって仕方なくって…!!」
「へえ~?」
「あらまあ!」
プリムラちゃんの瞳が獲物を捕らえたときのように光る。え、それいいの?そんな顔していいの?今戦闘中じゃないよ?
マリアちゃんは何か微笑ましいものを見るような表情だ。
「オトメ、もしかして今まで恋したことないの?」
「え…?うん…そうだけど。」
「それが本当に恋しちゃったってことですのよ?オトメ。」
「へ?」
何を言っているの、マリアちゃん。
「だから、抱きしめられて、恥ずかしくって、苦しくなっちゃったんでしょう?混乱するくらいジークのことで、頭がいっぱいなんでしょう?初恋なんてそんなもんよ。」
「ふふ、私もリドに恋したって気が付いたときは同じでしたわ。頭の中がリドしか考えられませんの。世界だって救わなきゃいけないのに。」
これが、本当の、初恋?
ボロボロ涙があふれる。恋ってこんなに苦しいの?
苦しいけれど、ジークフリード様に会いたい。
泣き出した私を見てマリアちゃんがまた顔を拭ってくれる。プリムラちゃんも仕方ないわね、と笑って、ハーブティーを入れてくれた。
藤村乙女、18歳。異世界二日目で、本当に恋をしたみたいです。
いろいろ詰め込んだ第6話でした。次はジーク視点です!
初恋の下りは、書いてて恥ずかしーってなっちゃいました。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。