乙女、不審者になる。
乙女さん、不審者になる。
王宮内で使用人たちが、少しずつ、動きだした早朝。
私は静かに目を覚ました。
隣に視線をやると、ベッドを占領したプリムラちゃんが、口を大きく開け、目も当てられないような形相で寝ている。うわ、写真撮りたい。出会った時と、ギャップありすぎない?ちょっと自然体すぎるんじゃないかな。
ベットを抜け出すと、寝間着をそそくさと脱ぎ、昨日リリアさんが大量に持ってきてくれた服の中から、無難な一着を選ぶ。
この世界のそれなりの身分のある女性は、ドレスに近いワンピースを着ていることが多い。町とかに行けば、ズボンをはいている女性もいるけど、王宮では着られないだろうなぁ。
髪を簡単に結上げ、プリムラちゃんを起こさないように、そっと部屋を出た。
途中ですれ違う衛兵や、使用人の人たちに尋ねながら、私は足早に静かな王宮の廊下を進む。皆、私が持っているものを見て怪訝そうな顔してたけど、王宮内には、私のことがすでに知らされているそうなので、親切に教えてくれた。
胸が高鳴る。私が目指すのは、もちろん騎士団の鍛錬場だ。
そう!早朝の鍛錬場には、自主的にトレーニングをしている騎士団の方々がいる。
そしてそこにはもちろん、ジークフリード様もいらっしゃるのです!
朝日が差し込む鍛錬場で、真剣に剣をふるうジークフリード様…っ!!迸る汗。しなやかな肢体。想像するだけで涎が出そうです。じゅるり。汗を拭いたタオルとか、貰えないかなぁ…。
おっと、妄想しているうちに、鍛錬場についたようだ。小脇にずっと抱えていた相棒(アルネヴの被り物)を装着し、適当な柱の陰からそっと顔を出す。
いました!!
ほかの騎士の方と軽く剣を交えているジークフリード様。何か話しているのか、楽しそうに剣を振るっている。朝日を反射してきらめく銀髪、体を動かしているせいかほんのりと上気した肌。訓練用の体に沿うような、ぴったりとした服を着ている。一見細く見えるジークフリード様の、しっかりとした筋肉が、ばっちり観察できる。
そっ想像以上です…っ!ジークフリード様!!乙女にクリティカルヒットです!
「あの・・・どうかされましたか?」
「・・・死にそう。」
「え!?」
身悶えする私に気が付いた、騎士の方が話しかけてきた。
おそらく聖女の顔や身体的特徴までは騎士団には伝わっていないから不審者と思ったのだろう。それでなくとも、頭になんかかぶって、身悶えている女なんて完璧怪しいよね。ごめんなさい。
でもジークフリード様に、今気が付かれるわけにはいかないのです!!!
人を呼ぼうとした騎士さんを慌てて止め、被り物から少し顔を出す。
「しーっ!」
「っ!?」
私の顔を見て目を見開いた騎士さん。顔真っ赤だけど平気?そんなに鬼気迫った顔してる?
「私はとある方を陰から見守っているだけなのです!決して不審なものではありません!」
「いえその…、その被り物は…?」
「これは相棒です。必須アイテムなのです。」
「はぁ…?」
何がなんだかわからないって顔をしている騎士さん。
あれ…なんか、見たことあるぞ?
サラサラの緑の髪の温厚そうな弟系イケメン……はっ!?まさか!
「あの…失礼ですが、お名前をお伺いしてもいいですか?」
「はっ騎士団副師団長補佐、カイルリードと申します。」
なんとカイル君ですと!?カイル君といえば、ジークフリード様の腹心!物語の冒頭で、リド君と旅立つことになったジークフリード様不在の騎士団で、副師団長代理を任されていた方ではありませんか!!旅の途中でも、レイナークに立ち寄るたびに登場して、ジークフリード様が信頼を寄せている描写が多々あった。
「私は、昨日勇者様一行と帰還いたしました、オトメと申します。」
「な!?聖女様でいらっしゃいましたか…」
慌てて姿勢を正すカイル君。いいんだよ。こんな残念な感じの聖女に気なんて遣わずとも。
「そんなに畏まらないで下さい。私は騎士様に畏まられるような者ではありません。」
「ですが…」
真面目だもんね。カイル君。そしてとっても素直で優しい純朴青年なのだ。
主要人物ではなかったのに、すごい人気があった。16歳という年齢もあって、世のお姉さま方のハートをしっかり射止めていた。うん、お姉さんもその魅力、納得しているよ。でもねカイル君…その手に持っているタオルってもしや、ジークフリード様の汗を吸い取るために持ってきたのかな…。カイル君と仲良くなったら、ジークフリード様の汗がしみ込んだタオルとか、横流ししてくれる?
「騎士様、私に協力してくださいませんか?」
「へ?」
カイル君の手を取り、その目を見つめる。
私と契約して、バイブルになってよ!
「私はとある方と過度に接触したりすることは望んでおりません!もちろん、職務に支障が出ることもするつもりはありません!ですが、その…その方が使ったタオルとか、ちょっと欲しいなって思っていたり。」
「…?使ったタオルをですか?」
「はい、必ずお礼はさせていただきます!…駄目でしょうか?」
ちょっと潤んだ目で見上げて、首を傾げてみる。勢いよく顔をそらされてしまった。いけね、これ兄に男に対してやるなって言われた顔だった。見るに堪えなかったかな。
「タッタオルくらいでしたら大丈夫かと思います。」
「わぁ!本当!?カイル君!」
「ッカ…カイル君…?」
「ごめんなさい。つい嬉しくて…。」
嬉しすぎて頭の中から、言葉がそのまま出てきてしまった。気を付けなければ…。
「いえ、カイル君で大丈夫です。話し方…そのままがいいです。その、僕に気を使わないでください。」
「いいの?じゃあ私も名前で呼んでほしいな。」
「っ…!なら、オトメさん…と。」
「うん!よろしく!」
なんて優しいのカイル君!!お姉さん感激!!
赤くなりながらちょっとはにかむカイル君、可愛い!撫でていい?そのサラサラの髪の毛撫でていい?
「オトメさんは、誰のことを見守っているんですか?」
「その、ジークフリード様を…。」
「副師団長を…?見守る?」
見守るっていうか観察だけど、完全に私腹を肥やすための行為だけどね。
私は相棒を被り直し、ジークフリード様に視線を戻す。少し目を離しているうちに、鍛錬は激しさを増していた。実戦形式で行っているのか、真剣なお顔で、剣を交えている。その鋭い眼差しで射貫かれたら、乙女は昇天してしまいそうです。はうん。
カイル君がタオルを持って、近づくと気が付いた様子のジークフリード様は動きを止めた。
「副師団長、どうぞ。」
「ああ、すまない、ありがとう。カイル。」
ひえええ!ジークフリード様がタオルで乱暴に髪をかき上げる。セッセクシーでございますぅ!
「しかし、暑いな。」
「お前、この間までノースリーグにいたんだろう?あそこは雪国だし、そりゃあ急にこっちに戻ってきたら暑いよな。」
おっ!ジークフリード様と鍛錬されていたのは、師団長殿だったんですね!オレンジ色の髪に、小麦色の肌。惜しげなく筋肉をさらす、マッチョイケメンだ。暑いのか半裸で鍛錬を行っていたらしい。
ノースリーグとは、魔力の泉への入り口があった国だ。寒い気候で一年のほとんどが雪で覆われている。私は魔力の泉から直接転移したから感じなかったけれど、そういえば皆、厚着だったよね。
「お前も脱いだらいいじゃないか。どうせ水浴びするんだろう?」
「ああ、そうですね。」
私は固まった。
ジークフリード様がおもむろに上着を脱ぎ去り、裸体を曝け出したのだ。私の手に渡るであろう、タオルで汗を拭きとっていく。
「二人とも、新しいタオルを持ってきますので、そのタオルはこちらに。」
「お前いい嫁さんになるなあ!カイル!!」
「僕は男ですよ。師団長。」
二人から使用済みタオルを受け取ったカイル君がこちらに向かってくる。
でも私の視線は、ジークフリード様の裸体に釘付けだ。
何も考えられない。頭の中が真っ白だ。まずい。
「オトメさん?これ副師団長のタオルですけど…?オトメさん!?」
カイル君の言葉にも反応できない。反射的にジークフリード様の使用済みタオルを受け取り、握り締めたが、一点を見つめたまま身じろぎしない私にカイル君が慌てふためている。
「なんだ?あれ?被り物してる?」
師団長殿が私に気が付く。師団長の視線を追って、ジークフリード様が私に気が付いた。
怪訝そうな顔で見ていたが、慌てたカイル君によって、相棒が取り払われる。
「オトメ殿…?」
あぁ、近づいてくる。半裸のジークフリード様が近づいてくる。
呼吸が止まる。おそらく私の顔は真っ赤だろう。目だって血走っているかもしれない。
「どうしてここに?大丈夫か?熱でもあるのか?」
ジークフリード様手のひらが、私の額に触れる。しっとりと汗ばんだ手のひら。私の顔を覗き込むように、近づけられた顔。
「っうひゃああああああああ!?」
「!?」
私は奇声を上げて、意識を手放した。
無事に、昇天しました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。