乙女、神秘を知る。
客間の一室のベッドに倒れこむ。
私はしばらくは、客間を借りて、生活するようになった。用意ができ次第、南の塔に移動…ということらしい。
うふふ。これからの素敵な王宮暮らしを思うと、頬が緩むのを抑えられない。
プリムラちゃんがこっそり教えてくれたのだ!
「南の塔は、ジークおにいちゃんと同じ居住区だよ!よかったね、オトメおねえちゃん!」
あんなようじょにまで、私の思いは、知られてしまっているのかな?…あ、120歳だった。
それはさて置き、これからは、柱の陰からジークフリード様を観察できるし、匂いだって、嗅ぎ放題!そう、私は先ほどの出来事で、ジークフリード様の匂いを記憶しているのです!!
警察犬にも負けない嗅覚を発揮するよ!わんわん!
ポケットからジークフリード様にお借りしたハンカチを取り出し、思いっきり吸う。鼻腔に広がるジークフリード様の匂い…ああ、謁見の間での疲労も吹っ飛びます。至福です。
「聖女様、開けてもよろしいでしょうか?」
「はい!どうぞ!」
おっと侍女さんが来たようだ!
慌ててポケットにハンカチを戻す。侍女さんに変態だと思われちゃうからね!
「今晩の食事会のお召し物になります。よろしければ、ご用意を、お手伝いさせて頂きます。」
「あ、すみません。ありがとうございます。」
渡されたのは、白地に色とりどりのビーズが散りばめられたワンピースだった。
コルセットで絞めるようなドレスだったらどうしようかと思ったけれど…、そういえば、マリアちゃんも正式な場以外では、ワンピースに近いものばかり着ていたよね。
ワンピースを着るのは、一人でもできた為、侍女さんが髪をきれいに結い上げてくれた。
さすがです…どうなっているの?この編み込み。
なんだか出来栄えを見て、満足そうだ。
軽くお化粧も施してもらう。至れり尽くせりである。
デコルテマッサージまでしてくれるんですか?あ、痛気持ちいです…。
ダメ人間になるや、これ。はうん。
デコルテどころか足つぼまでしてくれた侍女さんは、スッキリとしたような顔をしている。
侍女さん、ドSですか?私が足つぼ痛いって言ってたら、恍惚とした顔してませんでした?
…気のせいですか。ハイ。
侍女さんが一旦部屋を出て、少し大きめの箱を持ってきて下さった。
「こちらを…ご要望があったものですが… 」
「わぁ!ありがとうございます!」
さすが王宮!仕事が早い!
これからのジークフリード様観察に欠かせない必需品を国王陛下にお願いしたのだ。
うきうきとしながら、箱を開ける。
丸いフォルムに長い二つの耳。顔はなんとなく、チベットスナギツネに似ているような…まあ、表情はともかく、アルネヴの耳をチョイスするとは!!センスがいいですな。
アルネヴとは、どこにでも生息する、魔獣の一種でウサギのようなかわいらしい外見をしている。魔獣とはいっても凶暴性もなく、また人間にも懐きやすいので、愛玩動物として飼育されていることもある。
そう、私がお願いしたのは、頭部のみの被り物。
遊園地やマスコットキャラクターの着ぐるみよりはだいぶ小さく、大きさとしてはヘルメットを二回り大きくしたくらいかな。
しっかり顔を隠すことができるし、そのまま食事もできるように、口元は開閉式。夏場でも大丈夫なように、通気性抜群。これでジークフリード様に不快な思いをさせずに済みますね!私ってば頭いい!
「あの、聖女様?お顔を隠されてしまうのですか?」
「これは私が好きな人のそばにいるために、必要なのです!」
「へ?」
キョトンとした顔の侍女さん。かわいいね!お友達にならないかい?
この世界は本当に美男美女ばかりだ。私もこの世界に生まれ育ったら、ジークフリード様好みの顔になれたのかなぁ…。はっ!!駄目よ乙女!高望みはしないって決めたじゃない。
「私の好きな人はどうやら、私の顔が嫌いらしいのです。」
「はぁ!?聖女様のお顔がですか?!」
「はい、でも私はいいのです。あの方を目立たずに、柱の陰からそっと見守ることができれば…それで構いません。」
「(目立たずに…?)聖女様は一体どのような(変な)方をお慕いされているのですか?」
「それは…そのっ…ジークフリードさまです。」
「っ…?ジークフリード様が聖女様のお顔を嫌われているのですか?」
「そう、みたいなのです!だから私、ジークフリード様の仕草とか、筋肉の付き方とか観察したり、ちょーっと匂いを嗅げればそれで!!」
あれ?侍女さん、その視線は何?え?引いてる?なんかとても残念なものを見るような視線だけれども。その顔よく兄にもされてたなぁ。
まさか…!
「侍女さんもジークフリード様のこと!!「違います。」
食い気味に否定されたけど。あれ??
そのあと何を聞いても答えてくれない侍女さんは出て行ってしまった。
あっ、名前はリリアさんっていうんだって!
▲
食事会を終えて、客間に戻ってきました。
とてもおいしくて、見たことのない食材も沢山だった。さすが王宮といったところか。
でも私は料理よりもジークフリード様の口元に夢中だったけどね!!
あわよくばその綺麗な口に吸いこまれる料理になりたいとか思っていたけれども!私を食べて?いやん!
私がジークフリード様見つめていたら、リド君がすごいニヤニヤしていた。
…その頭のたんこぶのせい?大丈夫かな?
これからプリムラちゃんが遊びに来てくれるんだって。女子会だね!
プリムラちゃんもしばらくはエルフの里に帰らずに、王宮にとどまるそうだ。
ミシェルさんは、一週間ほどレイナークに滞在して、一度自国に戻るとのこと。
いろいろ報告しなければならないらしい。まぁそうだよね。ミシェルさん実は第六王子だもんね。
私、ちゃっかり勇者一行とご飯食べたりしているけどいいのかな。完璧部外者だけど。
こんなのでいいのかなぁ、聖女って。
「オトメおねえちゃん!入ってもいいかなぁ?」
「どうぞ!」
少しするとプリムラちゃんがかわいいフリフリとリボンがたくさんついたワンピースを着て訪ねてきた。
そのワンピースとぉっても似合っているけど、あれだよね。女児用・・・。
「侍女さんが用意してくれたの!似合う?」
「うん!とってもかわいいね!」
ああ、侍女さん、エルフの歳のとり方を知らないんだね・・・。
プリムラちゃんは無邪気な笑顔を浮かべながら、エルフの里のことを教えてくれる。広大な森があり、その中心に巨木があるのだそうだ。それは魔力を生み出す樹とされ、プリムラちゃんたちエルフが代々それを守っている。だからエルフの里には、エルフ以外は基本的には立ち入れないということらしい。なるほど。
「ねぇ、オトメおねえちゃんは、今までのリドお兄ちゃんたちとの旅のこと、ご本で読んでるんだよね??」
「うん?そうだよ。」
「じゃぁ、プリムラの年齢ってぇ、もしかしたらだけど知っていたりするのかなぁ・・・?」
あれプリムラちゃん。声、低くない?私の勘違いじゃなければ、目が据わってないかな?
「ハイ。知っています。ひゃくにじゅ『ドゴン!!!』ヒエッ!!」
プリムラちゃんの拳が、私の顔の横の壁に刺さってる。
これあかんやつ。そうだこれ、エルフの里でリド君とミシェルさんがプリムラちゃんの神秘(隠語)を知ったときに、突っ込もうとしてやられたのと同じだ。わぁい。ようじょの壁ドンだぁ!
…兄上、羨ましいですか?乙女は漏らしそうです。
「あれえ?なんでかなぁ?プリムラ、なんかぁありえない数字が聞こえちゃったんだけどぉ、気のせいかなぁ??」
「プププププリムラちゃんは永遠の12歳だよね!!知ってるよ私!!」
にっこり笑ったプリムラちゃん。まるで天使のような笑顔です。
寿命が減ったよね。ようじょ怖い。
プリムラちゃんの洗礼を受けて、話はジークフリード様の話題になった。
「オトメって、ジーク君のこと好きでしょ?」
「っ⁈何故それを⁈」
声のトーンも変わり、大の字で私のベッドを陣取るプリムラちゃん。それが素なのね。うん、自然体でいいんじゃないかな。
それはさて置き、そんなに分かりやすいかな?私っ!いやプリムラちゃんだからだよね?
だって人生経験みんなの倍以上「オトメお姉ちゃん!なんか、失礼なこと考えてない?」…そんなに私分かりやすいかなあ?
プリムラちゃんは結局そのまま私のベッドを占領し、私は広いベッドの隅っこで寝る羽目になった。ぐすん。
プリムラちゃんの神秘です。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。