乙女、獣人になる。
朝起きると、お城の侍女さんが、何点か洋服を持ってきてくれた。
侍女さんと一緒に、ワンピースを選んでもらう。侍女さんは騎士様と聖女様、とてもお似合いです!だなんて言ってくれたけど…恥ずかしいなあ!うふふ。
明日からの分の服は、夜までにホテルへ送ってくれるらしい。
昨日の夜は、ユリウス陛下に付き合わされて、大分遅くまで騒いだ。…騒いでいたのは陛下だけだったけど。
度数は弱かったらしいけど、騙されるような形でお酒を飲まされたせいか、なんとなく頭が重い。
ジークフリード様も、宴会の時ほどじゃないけど、かなり飲んでたよね。大丈夫かな。
頭をさっぱりさせる為、浴室に向かう。
ルセルニアは魔道具が発展しているからか、明かりが自動でついたりとか、お風呂に保温機能があったりとか、元の世界に近いものが沢山あった。
特に感動したのが、ドライヤーもどきがあったことだ。
壁に魔道具が埋め込まれていて、そこから温風が出るようになっている。ドライヤーほど、風量はないけれど、時間をかければ十分に髪は乾く。
……これ、レイナークにも設置してくれないかな。
湯浴みを終えて浴室を出れば、侍女さんが数人待ち構えていた。そのまま髪や体に香油を塗られ、着替えや髪結い、お化粧まで、一通り手伝ってくれる。
先程最初に来た侍女さんが、私がジークフリード様と出かけると伝えたらしい。とても可愛く髪を結い上げてくれた。
うれしくなって、笑顔でお礼を伝えれば、顔を赤くしてそそくさと出て行ってしまった。あれ、ダメだった?
レイナークでは、侍女はリリアさん一人だ。
侍女という域を超えて、自室のお掃除とか雑用までリリアさんが一人でこなしてしまっている。リリアさんになんとか休んでもらおうと、お休みを作ったんだけど…、結局なんだかんだで来ちゃうんだよね…。休んで下さいって言ったら、目を離した隙に何かをしでかしていそうで、休めないって…、私子どもじゃないんだけど。
使用人の人に案内されて、食堂へと向かう。
ユリウス陛下が、朝食も一緒にと誘ってくれたんだよね。…あの人ベロンベロンに酔ってたけど、今朝起きれるの?
私が食堂に着けば、ミシェル先生とジークフリード様が既にテーブルについていた。
「おはようございます。ミシェル先生、ジークフリード様。」
「おはようございます。オトメ。昨日はよく眠れましたか?」
「はい。お陰様で。」
ジークフリード様の隣に座れば、すぐに食事が運ばれてきた。
あれ…?陛下は?
「ユリウス陛下は?」
「飲み過ぎで今朝は駄目だそうです。」
「…あれだけ飲んでいればな…。」
案の定だね。陛下、見た目イケメンなのに悪戯したり、そんなことしたりするから、いつまで経っても妃がこないんじゃないかな…あ、でも足が条件か。
ミシェル先生におすすめの観光スポットを聞きながら、朝ご飯を食べる。
おいしいね、この魚。とってもファンキーな色をしているけれど、身は白身魚の味だ。
「お食事中、大変失礼いたします。聖女様。」
執事さんが困ったような顔で、私に話し掛けて来た。どうしたんだろう?
「陛下が…」
陛下が?どうしたの、吐いた?
「聖女様の…その…な、生足を拝めば、二日酔いも治るので来て欲しいと。」
ジークフリード様がベーコンに思い切りフォークを突き刺した。
「…生足だと?…オトメ、俺が来る前にルセルニア王に何をされた?」
ジークフリード様が椅子に座る私の前に膝をつき、私の顔を覗き込んでくる。
なんて素敵な笑顔でしょう…。…威圧感がすごいよ!
ジークフリード様には、足を観察されたり、スカートを脱がされかけたりしたことは伝えていないのだ。
ミシェル先生と相談して、外交問題に発展しかねないからやめようって決めたのに…!ユリウス陛下め…!!
「…仕方ありません。ジークはオトメと朝食を楽しんでください。私はあの問題児にちょっとお仕置きしてきます。」
え?ちょっと待って?ミシェル先生、このまま私を置いていくんですか?すごいジークフリード様に迫られてるんですけど。え、給仕の人達にも退室促すってどういうこと?
「オトメ?…教えてくれないのか?」
ジークフリード様が首を傾げる。…あざとい。もう逆らえません。
「その…、王城に入る前に、昨日スカートを履いていて…。」
「ああ。そうだったな。」
「その…、陛下が綺麗な足好きの変態で…、私の足が好みだったらしく…。」
「ほう?」
気温が下がったよ?ジークフリード様に今睨まれたら、それだけで人が死んじゃうよ!?
「私の足を観察したり、その…付け根まで見たいって言ってスカートを脱がせようと…。」
「あとは。」
「一回だけ撫でられました…ってひゃ!?」
ジークフリード様が私の足首に触る。
指先で脹脛から膝裏までを滑るようになぞった。
…く…くすぐったいよ!!
「ジークフリード様っ…くすぐったいのですが…。」
「…昨日そんなことをされたのに、また足をさらしているのか?」
今日の私はミモレ丈のワンピースを着ている。侍女さんたちとジークフリード様と一緒に歩くから、とかわいいワンピースを選んだのだ。
…浮かれすぎてて、正直陛下のことなんて忘れてました!
「確かに綺麗な足だな…でも俺のだ。」
「ちっちょっと…!ジークフリード様!?」
脹脛を撫でていた手が、ワンピースの裾から侵入してきた。
そのまま奥に進み、太ももを何度も撫でられる。
「っん…やだっ…。」
「……ルセルニア王の気持ちが分からなくもないな…。触ってて気持ちがいい。」
ワンピースの布越しにジークフリード様の手が這っている様子が見える。
その光景がなんだか厭らしい。
「……ジークフリード様の変態!」
私が顔を真っ赤にしてそういえば、ジークフリード様はクスクスと笑いながら、ワンピースから漸く手を抜く。
私の隣の椅子に座りなおすと、着ていたシャツの首元を寛げた。
「オトメだって、変態だろう?」
「っひ!」
思わず、鼻を抑える。
首筋をさらし、流し目でこちらに視線を送るジークフリード様…。ひ…卑猥です。色気が駄々漏れです。
その流し目は、狙ってやってるんですか?無意識なんですか?…鼻血でそう。
「いいぞ?」
「…いい…の?」
「ああ。……足を撫でさせてもらったからな。」
…それって、私がどこかしら触らせれば、毎日嗅ぎ放題ってことですか!?
ジークフリード様は私を抱き上げると、自分の上に跨らせるように乗せて座りなおす。ソファーのように安定はしてないから、少し怖いけどジークフリード様がしっかり腰を支えてくれた。
そういえば昨日もこの姿勢だったよね…。
「…この体勢好きなんですか?」
そういいながらも私の視線は首筋に釘付けである。
…早く匂い嗅いで舐めたい。どう考えても私のほうが変態でした。ごめんなさい。
「…知ってるか?オトメは俺に触ると、瞳がピンクとオレンジが混ざったような色をするんだ。」
「え…?」
「感情で色が変わるのかもしれないな。…綺麗な瞳に、顔は真っ赤で、唇もいつもより赤くなる……この体勢だとその顔がよく見える。」
え?私の目ってそんなシステムだったの?魔法じゃなくて感情で色が変わるの?
「ううっ…そんなの恥ずかしい」
「すごい可愛いぞ?今もそうだ…蕩けそう…だな?」
「っ…見ないで。」
「…うっ!」
ジークフリード様の襟を引っ張りさらに寛げ、鎖骨にガプリと噛みつく。恥ずかしいことばっかり言うから仕返しだ。
そのままぐりぐりっと首筋に顔を埋める。…やっぱりこの匂い好き。
耐えきれなくなって首筋を舐め上げる。ピクリとジークフリード様が一瞬跳ねた。
…えへへ。嬉しい。
私が熱心に首筋に舌を這わしていると、ジークフリード様が私の頭を優しくなでてくれる。
「ふっ…くすぐったいな…。すっかり夢中になって…そんなに好きか?」
「…うん、好き。」
私は首筋を舐めるのを止め、たくさん触れるだけのキスをしていく。
くすぐったいのか、ジークフリード様が声をあげて笑う。こうして触れ合っていると、気持ちがあふれて止まらなかった。
「…可愛いな、瞳が今はピンク一色だ。」
ジークフリード様が私にだけ見せてくれるふにゃりとした表情で笑う。
きゅんと音がして、胸が締め付けられた。…その笑顔に私は弱い。
思わず唇にもキスを落とす。
「口はダメだったんじゃないのか?」
ジークフリード様が目を丸くしている。
「わ……私からはいいんです。」
「……じゃあもう一回してくれ。」
もう一度私からキスをしようとしたとき、ジークフリード様の魔道具に通信が入った。
『お楽しみのところすみませんが、使用人たちが扉の外で真っ赤になっているので、そろそろいいですか?』
我に返れば、テーブルの上には、まだ食べかけの食事。
慌てて私がジークフリード様から離れれば、すぐにミシェル先生が扉を開けて入ってきた。
その後ろには顔を真っ赤にした使用人の方々。
「食事も取らず、何やってるんですかあなたたち。…まだ朝ですよ?」
……その通りです、ごめんなさい。
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「ひぇっ…!」
「…オトメ、失神するなら外すぞ?」
私とジークフリード様は、ルセルニアの観光スポット、獣人パークに来ていた。
この世界には、獣人が存在する。物語の最中でも、獣人の国カロッタに立ち寄っていたはずだ。そこで獣人の可愛い女の子にリド君がデレデレして、マリアちゃんにぶん殴られるイベントがあったよね…。そういえばジークフリード様もチヤホヤされてた気がする…。ちなみに獣人パークのスタッフさんたちは、全員本物の獣人さんである。可愛い女の子が多い。
そんなことよりも今は、目の前のジークフリード様だ。
ジークフリード様の銀色の髪からは、狼によく似た魔物、リュコスの耳と、腰からはフサフサとした尻尾が生えている。
獣人パークの売りは、最新魔道具を耳と腰のあたりにつけると、そこからまるで獣人のような尻尾が生えて、疑似獣人体験ができるよ!というものだった。
ミシェル先生にオトメは好きそうですが、失神しないように。と言われていたけど……お見通しですね。
「がっ…頑張るので、外さないでください。」
私は興奮している。ジークフリード様が、可愛い。とても可愛い。
ジークフリード様は乗り気じゃなかったが、上目遣いで首傾げて…以下略。のコレットさんの格言通りにやったら顔を真っ赤にして了承してくれた。
その後、たくさんの人がいるにもかかわらず、鼻やら頬やらキスされたけど。…乙女はキスされても失神しかけました。自分がやるのはだいぶ平気になったんだけど、されるのにはどうしても慣れない。…多分これ一生治らないね。
「オトメもつけるんだ。」
「わ!」
カチッと音がして、魔道具を頭につけられる。腰のあたりにもつけられる。
出てくる耳の種類にも沢山あるのだが、すべてランダムなのだ。さっき、おじさんがクチン耳…猫耳をはやしてた時は残念な気持ちになった。…ジークフリード様なら似合うだろうけど。
そう、ジークフリード様は奇跡的にリュコスの耳を引き当てたのです!
似合いすぎです、はあはあ。もうこれはジークフリード様の為に用意されてたんだよね!!
ぽふっと音が出て、私の耳に生えたのは、アルネヴの耳と尻尾でした。
…相棒で見慣れてるからなんだか新鮮味がないなあ…。どうせだったら、ドラゴンの角とか生やしてみたかった。
「…可愛い。」
「へ?」
ジークフリード様がキラキラした目でこちらを見ている。
「可愛いオトメ。触りたい。」
ジークフリード様が私のぴょこぴょこ動いている耳を触る。特に感触はしないけれど、ジークフリード様が嬉しそうなので、好きにさせておく。
私もどさくさに紛れて、ジークフリード様の尻尾をひたすら撫でまわしていた。モフモフ…。周りの獣人スタッフさんたちに真っ赤な顔してみられてたけど、何だろう。
「ジークフリード様!!写真とりましょう!写真!」
「シャシン…?あぁ、瞬間記録な。」
少し離れたところで、クチン耳の可愛いスタッフさんが元気に掛け声をだして、瞬間記録をしている。
映像記録の魔道具はそれなりに高価なんだけど、瞬間記録の魔道具は一般の人でも普通に購入できるくらいの値段なんだって。
インスタントカメラみたいな感覚なのかな…?
ここでは瞬間記録したものを、紙に移しフレームに入れて、渡してくれるそうだ。原理は違うんだろうけど、まんま写真だね。
私たちも順番待ちの列に並ぶ。カップルもいれば子供連れの家族もいる。本当に人気のようだ。
「はーい!こっち向いてくださーい!あ、ボク、顔が固いぞー?笑って笑って!にゃんにゃん!」
私たちの番が近づいて来れば、スタッフさんの元気な声が響いている。なんだかすごい、プロだ。
「はぁーい!次の方どうぞー!」
「…ルビィ?」
「へ?あれ?ジーク?」
…振り向いたクチン耳のスタッフさんは、ジークフリード様のお知り合いだったらしい。
え…?ていうか知ってる。この子、カロッタでジークフリード様に…。
「ルビィ…だよな?なにやってるんだ?こんなところで。」
「そんなのこっちのセリフだよぉ!ジーク久しぶりだねぇ!会えて嬉しいよ!」
クチンの獣人。ルビィちゃん、カロッタに滞在して、リド君たちが旅立つときにジークフリード様に告白…した子だ。
「とりあえず記録しちゃうよ!ちょっと私、あと少しで休憩だからそこでお茶でも飲んで待っててよ!」
ルビィちゃんがジークフリード様の腕を引っ張り、背景がある撮影コーナへと連れていく。
私も後を追いかけた。
「はーい!じゃあ行きますよぉー!笑って笑って!」
私はジークフリード様に身体を寄せる。驚いていたみたいだけど、ジークフリード様も私を抱き寄せてくれた。
一瞬光って記録は終了。
ルビィちゃんはすぐまた違うお客さんを担当している。
「すまない…オトメ。少し待ってもいいか?」
「はい。大丈夫です…。」
私は気づいてしまった。
ルビィちゃんが、私をジークフリード様が抱き寄せた瞬間、少しだけ泣きそうな表情をしたことに。
アルネヴ→ウサギによく似た魔物。愛玩動物みたいな。
リュコス→狼によく似た魔物。人を襲う。
クチン→猫によく似た魔物。人は襲わないが、持ち物を盗んでいくことがある。
こんな設定です。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。