乙女、行方を眩ます。
ルセルニア編です。
「ミシェル先生!!匿って下さい!」
「ノックくらいしたらいかがですか?プリムラだってしますよ。」
え、今聞き捨てならないセリフを聞いたんだけど、プリムラちゃん、ノックするの?
あの状況から逃走した私はミシェル先生の客間に来ていた。
大変慌てていた為に、プリムラちゃん張りの勢いで、ノックもせずに飛び込んでしまったんだけれど…。プリムラちゃん、いつもノックするの?え?私の部屋、したことないよね?もしかしてなめられてる?
ミシェル先生の客間は綺麗に片付けられていた。ソファーの横に置かれた、大きなトランクが目に入る。
「あれ?ミシェル先生、もしかして…。」
「はい、今日帰ります。帰る前に会えて、ちょうど良かったですね。」
聞いてないって…まあ、そうか。
私が失神したり、兄が来たり、ジークフリード様と色々あったりしたから、ミシェル先生とは殆ど話す機会がなかったのだ。
「自国で色々ありまして…急遽帰ることとなったのです。マリアに伝言を頼んで来ましたので、そのまま行こうかと思っていました。」
「…色々…ですか?」
ミシェル先生は、少し疲れている様子だ。珍しく眉間にシワを寄せている。
…何かあったの?でも、魔王の危機も去ったし、ルセルニアは比較的被害も少なかったはずだけど。
私の考えを読んだのかミシェル先生が私の頭に手を置く。
「…貴女が心配することではありませんよ。ちょっと、問題児が騒いでいるだけで…。それより、匿ってくれ、とは何事ですか?ユーサクにまた何か言われたのですか?」
「いえ、その、兄ではないのですが……。」
先程の出来事を、掻い摘んで事情を話す。
ミシェル先生の顔からどんどん表情が消えていった。
ついには返事も返してくれない。あれ、やっぱりこれ、リド君と同じ状況?
「つまり、オトメがジークに変態行為を働いていたところを突然やって来た、リドとプリムラに見られて逃走して来たという訳ですね?時間の無駄でした。私は帰りますね。」
「合意の上です!!」
ミシェル先生は心底どうでも良さそうに返事をすると、そのまま、転移魔法の陣を用意し始めてしまう。
「貴女たち、いつの間にくっついたのですか?」
「…くっついた訳ではないんですけど……。」
「は?…やはり、ジークに無理矢理襲い掛かったのですね。残念ですが師弟関係は今日でもう解消ということにいたしましょう。」
「違います!だから合意の上ですってば!……ジークフリード様にちゃんと告白したんです。嬉しいって言ってくれました…でも、気持ちに答えが出るまで、少し待って欲しいって。」
「全くもって意味が分かりませんね。」
…正直、私も意味が分かりません。
でも、触りたいってあんなに切ない顔で言われたら、断れないし…。とりあえずジークフリード様を待つって決めたし、くっつけて幸せだしいいのです!
「…少し姿をくらましたいということですね。ふむ、ちょうどいい。オトメ、明日から一週間の予定は?」
「へ?特にありませんけど…?」
「それは何より。」
そういうと、ミシェル先生が通信魔道具を取り出し、どこかに繋ぎ始める。
『なんだ…、今リドを締めるのに忙しいんだが…』
ジークフリード様の声だ!
なんだか、リド君の悲鳴も聞こえる。
「それはいいですねぇ。私も加勢したいくらいです。あ、オトメですが、一週間お借りしますね。」
『…は!?ちょっと待て!』
「なぁに、社会勉強ですよ。きっかり一週間で帰しますから。ということで心配しないで下さいね。では。」
通信を一方的に切ったところで、ミシェル先生が転移魔法を発動する。
「さぁ、行きますよ。」
「え?ちょっとミシェル先生?」
私は急遽ルセルニアへと旅立つこととなった。
後ほど、私とミシェル先生はこの選択を後悔することとなる。
▲
「わあ!全然レイナークとは雰囲気が違うんですね!」
レイナークの町並みはお城に合わせているのか、全体的に白っぽい。
しかし、ここルセルニアは赤茶のレンガ造りの建物が多かった。しかもレイナークでは目にしたことのない、沢山の魔道具が至る所に設置されている。
道行く人々のほとんどが魔術師然としたローブを纏っていた。
ルセルニアは人口の八割が魔術師らしい。
私は今ミシェル先生とともに王城へと向かっている。
聖女が来たとの連絡を応急に入れたところ、すぐに来いということだったらしい。
本当は転移魔法を使えばいいんだけれど、どうせだから街を案内しますよ、とミシェル先生が言ってくれたのだ。
私は楽しいけど、国王を待たせておいてもいいのかな?
「オトメ、お昼を食べていきましょう。」
「へ?いいんですか?王様が待っているんじゃ…。」
「いいんですよ。あんな問題児。少しくらい待たせておけばいいのです。」
…問題児とは王様のことだったのか…。
ミシェル先生が慌てて帰国しなければならなくなったのは、どうやら国王陛下がいきなり妃をとると言い始めたことが原因らしい。
何しろ、この間の式典で見初めたそうだ。あの場にルセルニア王もいたんだよね…顔覚えてないな…私ボロ泣きしてたし。
それだけならミシェル先生が急いで帰る必要はなかったらしいんだけど、どうやらルセルニア王が相手の名前を頑として言わないらしい。
ミシェル先生に誘導尋問してもらおうって白羽の矢が立ったみたい。…国王相手に尋問するの?いいの?ルセルニア。
…なんだか心配になってきたんだけど。
ルセルニア王は、ミシェル先生よりまだ年が若いけれど、もう妃をとっていてもおかしくない年齢だそうだ。
この世界は王族にも恋愛結婚を推奨しているみたいだけど、そうは言ってられなくなってきた頃に、今回の話だったから大騒ぎらしい。
ミシェル先生とお店に入り、お昼を食べていると、なにやら外が騒がしくなってきた。
「なんか、外騒がしくないですか…?」
「ふむ。…様子を見てきましょう。オトメはここで待っていて下さい。」
「はい。」
ミシェル先生が外へ様子を見に行く。
窓際に近寄り、外を覗けば、何かを探しているのか沢山の騎士が辺りを見回しながら、走り去っていくのが見えた。
だれか逃げたの…?ミシェル先生、大丈夫かな…。
私はまだお皿に残っている料理をつつく。
このままでは待っているうちにすっかり冷めてしまいそうだ。
「……くそ!ミシェルの野郎…!」
突然男が店内に駆け込んできた。走った来たのか息が上がっている。
暗めの赤髪に、赤い瞳。ミシェル先生よりもまだ年の若そうな男は、これまたイケメンだ。
私がぼーっと見ていると男と目が合った。途端に男が目を見開き、笑顔を浮かべる。
「見つけた!!」
見つけたって私?え…?ちょっと向かってきてるよ?なに?
「こんなところに隠れていやがったのか?」
私が座る席まで来ると、私の手を取り立ち上がらせ、私の足元に跪いた。
「…ああ!やっぱりだ!」
「あの…?」
「お前は、俺の理想の足をしている…!このしなやかな脹脛の曲線…!白く日に焼けていない肌…!なんて素晴らしいんだ!!」
赤髪の男は私の足を称賛し始めた。…なにこの人。変態?
「…ああ!我慢できない!!太ももまで見せろ!」
突然立ち上がり、あろうことかスカートを下げようと、ウエスト部に手を掛けた男。
…いくらイケメンでも許さないよ?ジークフリード様なら許すけど。
「お前の足はどんな芸術品よりも価値がある!さあスカートをおろせ。俺に付け根まで見せろ。」
さも見せて当然みたいに言ってるけど、私が見せる義理なんて全くないんですけど!というか付け根までってパンツ見えるじゃん!
何を勘違いしたのか男が私の足を撫であげた。
「安心しろ。俺が興味あるのは、その足だけだ!不貞は働かな「……ふざけんな。変態。」
「オトメ!!待ってください!その男は…!」
ミシェル先生が慌てて店に駆け込んできたのが視界に入る。しかしもう遅かった。
私は思い切りその男の脇腹に蹴りを入れていた。
倒れこむ男。頭を抱えるミシェル先生。
「…その男が、ルセルニア王国、国王ユリウス陛下です…。」
「……は?」
ミシェル先生が呼んだのか騎士たちが次々と店内に入ってくる。
倒れこんだ男…ユリウス陛下を見ると、騎士たちは叫び始めた。
「陛下ぁぁ!どうされたのですかぁぁ!!」
「お気を確かに!陛下!誰だ陛下をこんなに虐げたのは!」
騎士たちは犯人を見つけるまでは、おさまりそうもない勢いだ。
ミシェル先生がおもむろに私を指さす。
…売るんですか?かわいい生徒を売るんですか!?
「そこにいる聖女です。」
騎士たちが私を見て、目を見開く。
「まさか…こんなかわいらしい聖女様が、陛下に手を挙げるわ…け…」
「……正当防衛を主張します。」
…もう、レイナークに帰りたいよ。
さあルセルニアの王様を蹴り飛ばした乙女さん…この世界でも正当防衛は主張できるのか…!?
元の世界でも過剰防衛気味だった乙女さんです。
最後まで読んで頂きありがとうございました。