乙女、秘密を暴かれる。
汗を舐める表現があります。
苦手な方は、ご遠慮ください。今回も糖度高めでございます。
ちゅん、ちゅん。
鳥のさえずりが聞こえます。
朝日が目に染みて、眩しいです。
時刻は早朝。
結局、燕尾服姿のジークフリード様に興奮した乙女は、一睡もできませんでした。
不可抗力です。あんなにジークフリード様がかっこいいのが悪いのです。
寝ていないけど、一晩中ジークフリード様を見ていたからか、全然辛くない。
むしろお肌がツヤツヤしている気がする。
まだリリアさんが来る時間ではない為、一人で身支度を整える。髪結いとお化粧はいつもリリアさんがやるといって譲らないのだ。まあ実際、リリアさんがやってくれたほうが綺麗に仕上がるんだけどね。
最後に姿見で全身を確認し、相棒をすっぽりかぶった。
…久々のこのフィット感!式典やら、ダンスレッスンやら色々あったから、ご無沙汰だったね!相棒。
さあ、柱の陰からひっそりと朝のお姿を拝みますぞ!
鍛錬場につけば、ジークフリード様が今日も麗しいお姿で剣を振っています!はあ、かっこいい…。
お!アベルさんとカイル君も来たよ。二人で手合わせを始めるみたいだ。…あれ?あれは兄?
騎士団で預かりになっているから、鍛錬に一緒についてきたのかな?
「ジーク君おはよう。」
「おはよう。ユーサク。」
「あれ?なんだかさっぱりした顔してるけど、乙女となんかあったのかなあ?ふふふ…ユーサクなんて水臭いよ。お義兄さんって呼んでくれてもいいんだよ?」
兄め…!何いってるの!しかも昨日反対してたよね…?
ジークフリード様も同じことを思ったのか、戸惑っている。
「もしかして、昨日のあれ気にしてる?あんなの面白そうだから、言ってみただけに決まってるじゃん。いいよいいよ、あんなちんちくりんでよければ貰ってやって。ただし、返品不可ね?」
そうだよね…!昔からそういう人だったよね!
兄は人を揶揄うのが大好きで、私は昔から振り回され続けてきたのだ。珍しく真剣だから、後からちょっと感動したのに…!まあ、鳩尾殴ったけど。
「え?まだくっついていないの?はあ?君もよくわかんないねぇ…。あ、褒めてるんだよ?乙女とお似合いじゃない。」
ポカンとするジークフリード様。あまりの兄の変貌ぶりに追いつけていないみたい。
……もう一回鳩尾に入れてこようかな…。
会話はすべて聞き取れないが、どうやら二人は手合わせをするらしい。
……兄って強いの?そういえば私を連れ去ろうとしたとき、リド君とジークフリード様と交戦したとリリアさんが言っていた。
元の世界でもいつも飄々としてたし、剣道の試合では、目立ちたくないとか言って途中棄権したりしていたから、よく分かんないんだよね…。
二人は剣を交え始める。
…え?…兄、ジークフリード様と互角…?え、ていうかジークフリード様より強い?
「あ、やっぱりジーク君、この間は乙女がいるからって躊躇ってたね?」
「…っ!」
兄は喋る余裕があるが、ジークフリード様にはない。目にもとまらぬ速さで、両者が剣をふるっていく。
……兄、ジークフリード様は仮にも魔王を倒した勇者一行の一人なんだけど何者なの。絶対剣道の域を超えているよね。…とりあえず、ジークフリード様に傷でも付けたらゆるさない。
不意に兄と視線が合った。にんまりと笑う兄。
これは絶対何か企んでいる…。
「そーれ!」
兄が気の抜けた掛け声とともに、ジークフリード様の剣を弾き飛ばしてしまった。
本当に何者なのさ。
「参った…。」
「いやいや、いい腕だよほんと!俺はちょっとずるしてるからね。」
アベルさんとカイル君はいつの間にか観戦に回っていたらしい。手合わせが終わった今、兄を取り囲んで熱心に勧誘している。
「いやすごいな。嬢ちゃんの兄貴だったよな…?ぜひ正式に騎士団に来ないか?」
「オトメさんのお兄さん、ぜひ騎士団へ!お兄さんが入ってくだされば、副師団長とツートップで騎士団は安泰です!」
「え、俺堅苦しいの苦手なんだけどなぁ…。まあ衣食住約束してくれるならいいか。…ユーサクって言います。よろしく。」
兄が何かに属するなんて珍しい。あの性格だから、何かに縛られるのをものすごく嫌っていたのに。
アベルさんとカイル君が本気で喜んでいる。ジークフリード様も嬉しそうだ。騎士団人手不足だって、アベルさん嘆いていたものね…。いいですよ、馬車馬のごとく使ってやってください。
カイル君がタオルを三人に持っていく。
またジークフリード様の使用済みタオル欲しいなぁ…。
今日はカイル君に何も言ってなかったから、取っておいてなんてくれないよね…。無理かな…。
また再度兄と目線が合う。兄がにっこりと笑って頷いてくれた。もしかして、兄!タオル貰ってくれるの…!?
「おーい!乙女。」
「はーい!」
私は素直に相棒を脱ぎ、兄の元へかけていく。
…ありがとう!兄よ!昨日は、鳩尾殴ってごめんなさい!!
「はい。」
兄が、両手を広げて私にとてもいい笑顔を向けている。
え…?なに?
「久々のおにーちゃんの匂いだぞ?寂しかったんだよねぇ?存分に堪能していいよ?」
な!!こいつ!!全部知って面白がってやがる!
私はかつてジークフリード様がいることに気が付かずに、使用済みタオルの匂いを嗅いではあはあしていた時がある。その時とっさに兄の匂いに似ているから…!なんて言い訳をしてしまったのだ!しかも、兄はその言い訳を本で読んだのだろう、しっかり覚えていて、私で遊んでいる…!!ああもう!あの時の自分を殴りたい!!
さっきの笑顔はこれを思い付いたものだったのか…!
「嬢ちゃんも兄貴の匂いが恋しいなんて可愛いところがあるんだなあ。」
「異世界に一人で来たのですから、寂しくなるのも仕方ないですよね。」
アベルさんカイル君!微笑ましいものを見るような目で見ないで!
こんなやつの匂いなんて臭いだけだよ!むしろ嗅いだことすらないよ…!!
「どうしたの?オトメ?ほら遠慮しなくていいんだよ?俺も知ったときはビックリしちゃったなあ…。可愛いところもあるんだなって思ったんだよ?だからこの世界に来た時には、絶対匂い嗅がせてあげようって決めていたんだよね。ほら乙女?」
その口を閉じろ兄!
全部知ってるでしょう!?あれは咄嗟の嘘だって!しかもここで嘘だったって言ったら、私がジークフリード様の匂いが好きな変態って露見しちゃうじゃん!…どうすればいいの?兄の腕に飛び込むしかないの?すっごく嫌なんだけど…!!
狼狽える私を見ていたジークフリード様が私に声をかける。
「…オトメ?遠慮せずにユーサクの匂いを嗅げばいい。……俺の役目はもう必要なくなってしまうのは少し寂しいけどな?」
そういって少し寂し気な笑みを浮かべ笑いかけてくれる、ジークフリード様。
…乙女、好きな人にそんな顔をさせて何を迷っているの?迷うことなんて何もないじゃない。
「違うんです!!」
私はジークフリード様に思い切り抱き着いた。
「……オトメ、俺はユーサクじゃ…「違うんです!私…ッ」
ジークフリード様の着ている訓練服に思い切り顔をうずめる。…ううッやっぱり好き…!
「ジークフリード様の匂いが好きなんです!!!」
ジークフリード様が固まったのが分かった。
「匂いが好きで、あの時匂いのついたタオルが欲しくって…、でも変態って思われたくなくって、咄嗟にあんな嘘をついてしまいました。…ごめんなさい。」
ジークフリード様は依然固まったままだ。
恐る恐る顔を見上げれば、顔を真っ赤にして私を見ている。
「ジークフリード様の…匂いが好きな変態…なんです。ごめんなさい。」
「っ!」
ジークフリード様が無言で私を抱き上げるとそのまま歩き出す。
「ひーッ!うける!!」
兄は一人で笑い転げていた。あとで蹴り飛ばす。
▲
ジークフリード様が向かったのは私の部屋だった。
扉を開ければ、リリアさんがお掃除をしてくれていたが、突然入ってきた私とジークフリード様をみて、無言で部屋を出て行った。
…またお前らかみたいな顔してなかった?私が深読みしすぎてる?
ジークフリード様はその場に私を下すと、あろうことか、訓練服の前を大きく寛げた。
そして私に向けて、先ほどの兄のように両手を広げる。
「来い。オトメ。」
「ジークフリード様…?」
「俺の匂いが好きな変態、なんだろう?」
「ゔッ…はい。」
「オトメなら、変態でも可愛いだけだ。しかも俺の匂いが好きなんて尚更可愛い。」
私は思い切りジークフリード様の腕の中に飛び込んだ。そのまま覆いかぶさるように抱きすくめられる。
目の前にジークフリード様の素敵な首筋が…ひええ!
素肌はしっとりと汗ばんでいて、ジークフリード様の匂いと微かに汗の匂いが混じり合って…。
「…好きか?」
「うう…好きです…。」
遠慮なく首筋の匂いを嗅ぐ私。我ながらひどいって思うけど、止められません!!
汗が一筋伝ってくる。あ。と思った瞬間、私は躊躇いもなくそれを舐めた。
「ッ!?」
ジークフリード様が驚いたように私を引きはがし、顔を覗き込んでくる。
「…舐めた…のか?」
「……魔が差しました。」
何やってるの乙女。やりすぎ。欲望出しすぎだよ。嫌われる、これはいくら何でも嫌われる。
目線がもう合わせられない。ジークフリード様はじっと私のことみているけれど、私はひたすら視線を明後日の方向に向けていた。
「……もっとやりたいようにしてもいいぞ?」
「へ?」
ジークフリード様がソファーに座り背もたれに凭れ掛かる。
「好きなようにしていい。」
「ふえ!?」
ほっ本当でございますか…?その首筋を好きにしてもいいという事でしょうか?
というか、ソファーに首筋をさらけ出して、凭れ掛かるジークフリード様…それだけで色気がダダ漏れなんですが…!
「……いいんですか?遠慮しないですよ?」
「ああ。」
ジークフリード様が言ったんだからね!!乙女は悪くないんだからね!!
私は恐る恐るジークフリード様に跨り、首筋に顔を寄せる。
どくどくと脈打つところに唇を触れさせ、そこから耳の後ろまで、舌を這わせる。耳の後ろに辿り着けば、そこにキスを落とした。
…変態だ。こんなことして、恥ずかしいけど止められない。
「っふ…。」
ジークフリード様の口から小さく息が漏れる。
どうしようもないような気持ちになって、夢中で私が顔を首筋に埋めている時だった。
「ちょっとオトメ!!昨日ジークと……なに…か…。」
「おい、せめてノックをしてやれっ…て……。」
プリムラちゃんがいつものごとく、ノックもせずに突入してくる。
今日に限ってなぜかリド君までついてきていた。
慌てて、顔を上げるが、言い訳などできない。
ジークフリード様の上に跨っている私。ジークフリード様の乱れた服。お互いに顔は上気し、目は潤んでいる。
どう見ても私が、ジークフリード様を襲っているようにしか見えませんね。
「っふぎゃああああ!!!」
私は、逃走した。
最後まで読んでいただきありがとうございました。