乙女、告白する。
糖分過多です。どうぞ。
「ジークフリード様。すみません…お待たせして。」
「…いや、俺が勝手に待っていたんだ、構わない。…ここに座ってくれないか。」
ジークフリード様に促され、隣に座る。
本当に静かな場所だった。
なんの音もしない。風が薔薇の枝や葉のすき間を通り過ぎる音が時折聞こえてくるのみだ。
「……祭りに行って来たのか?…カイルと。」
ポツリとジークフリード様が口を開く。私の格好を見て気が付いたのだろうか。
「楽しかったか…?」
「はい。とても。」
「そうか。……オトメ。」
薔薇をぼんやりと見ていた私がジークフリード様に視線を移せば、ジークフリード様は私を見ていた。
「…どうして、ジークフリード様がそんな顔するんですか。」
「情けない顔をしているだろうな。」
「……今にも泣きそうって顔をしています。」
私は目を逸らしてしまうが、ジークフリード様はただずっと私を見つめている。
そのまま、ポツリとポツリと言葉を交わす。
「…その格好も似合うな。昨日とは雰囲気が全然違う。……俺が隣を歩きたかった。」
思わずジークフリード様の顔を見た。
端正な顔が、苦しげに歪められている。まるで何かに焦がれるみたいに。
「…オトメ、昨日は…いや、その前から…すまなかった。」
胸がキリキリと痛んだ。ジークフリード様は何を言いだすの…?
「ずっとお前を苦しめていた。」
「違います。ずっとじゃありません。」
ああ、まだちゃんと伝えてなかったんだ。キスが先になってしまったんだから。
…今ならちゃんと伝えられる。
「好きです。ジークフリード様。男の人として、貴方が大好きです。」
「っ…!」
ジークフリード様が言葉に詰まる。私は全てを伝えたくて、必死で顔を逸らさなかった。
「私は、元の世界で人を好きになったことがありませんでした。お付き合いは、何回かしましたけど…結局好きになれなくて、すぐ別れてしまうんです。そんな時、リド君たちの本に出会いました。」
ジークフリード様が目を見開く。
そうだよね、元の世界の私の話はあんまりしたことがなかったから。
「…物語の中の貴方に思いを寄せました。届くはずが無いのに。」
そうだ。そしてあの時、私はこの世界に急に来た。
「最初は貴方に会えただけで嬉しかった…。一緒の世界にいられることが嬉しかった。次は貴方のそばにいたいと思いました。いられるなら、なんだって構わなかったんです。…でも。」
胸が痛い。泣いてしまいそうだ。
でも泣かない。泣きたくない。伝えたい。
「…貴方に触れる度、触れられる度、ジークフリード様がどんどん好きになってしまいました。私は…貴方の妹だけじゃ、苦しい。」
声が震える。
視界が涙で歪む。私も多分、とても情けない顔をしているんだろう。
「オトメ、触りたい。」
「…ダメです。また好きになるから。」
「…勝手だとは分かっている。でも俺はそれが嫌じゃない。満たされるくらい、嬉しいんだ。」
「え?」
手を取られた。
壊れ物を扱うように、そっと。
両手に包み込まれた手が持ち上げられ、ジークフリード様が指先に、関節に、一本一本の指に唇を落としていく。
「っ…やだ!」
手を引こうとするが離してくれなかった。
慈しむように、切なげに瞳を細めて、私の手に余すことなく唇を触れさせていく。
「…応えないくせに、触らせろなんて、勝手なことをいっているのは分かっている。酷いことをしているのも。でも、お前が他の男の隣に立つだけで、俺は死にそうになる。」
「…何ですかそれ。ん…!」
掌の中心を軽く吸われ、擽ったさにぴくんと体が跳ねた。
そのまま唇が滑るように触れていく。
「……まだこの気持ちに答えが出せない。でも絶対出すから、待っていてくれないか?」
「…でも、触るんですか?」
「ああ。オトメに触らないと、俺の気が狂いそうだ。それで…隣で守らせてくれ。」
手首から腕。服の隙間にまで唇が触れられていく。
襟を軽く引っ張り鎖骨へ、髪を優しく払い退け、露わになった首筋にまで、ゆっくりと口づけられる。
「…っずるい!」
「…すまない。でも無理だ。」
耳に吐息が触れ、ゆっくりと耳朶を食まれる。
体の奥から痺れるような感覚に、小さく声が漏れた。
「…可愛い。オトメ。」
耳もとでちゅ。とリップ音が響く。
「ジークフリード様っ…!」
思わず身を捩れば、動かないように肩を抱き寄せられ、米神に唇が伝っていった。
そのまま、額、眦、頬に顎にまで、顔中に何度も触れられたところで、唇が漸く離れた。
「…真っ赤だ。」
「当たり前ですっ…こんなにキスされたらっ…。」
ジークフリード様が笑ったかと思うと、私を抱き上げる。私はジークフリード様の腿を跨いで、向かい合わせにジークフリード様の上に乗せられた。
私がジークフリード様を見下ろすなんて、なんだか新鮮だった。
ジークフリード様の宝石のように綺麗な瞳がすぐ目の前にある。
「はあ…本当に可愛いな…。」
熱に浮かされたように、ジークフリード様が声を漏らす。私までその熱が移ってしまいそうだ。
そのまま私の腰を強く引き寄せ、さらに密着させると、唇同士を合わせようとしてくる。…思わず仰け反った。
「くっ…口は嫌です。」
「……オトメはしただろ?俺もしたい。」
「なっ…!私はちゃんとジークフリード様が好きって…」
「言う前にキスしたな。」
「そんなの屁理屈です!…第一、妹のように思っている相手にそんなことしません!」
「……そんなこと分かってる。」
「…!?…意味わかんない!」
少しの攻防を経て、私が何とか唇を死守すると、ジークフリード様が拗ねたように私の胸元に顔を埋めた。
…可愛い。なんだか子どもみたい…。
「…今日は意識飛ばさないのか。」
「…ジークフリード様が理不尽すぎて、それどころじゃありません。」
「ああ。そうか。」
「私、怒ってるんですよ!?」
「…そうか。」
ジークフリード様は、顔を埋めたまま微動だにしない。
もぞりとジークフリード様が動いたかと思うと、漸く顔を上げ、私を見上げる。
その瞳はなんだか蕩けているようだった。いつもより幼い表情に思わず、ジークフリード様の眦にキスをすれば、ジークフリード様は嬉しそうに目を細めた。
「ふふっ…なんでそんな顔してるんですか?」
「…やっと笑った。」
「誰かさんの所為でずっと苦しかったので。」
「すまない。」
「…そんな笑顔で言ったって、誠意が感じられないですよ。」
すまないといったジークフリード様の顔は、今まで見たことないくらい気の抜けた、柔らかい笑顔だった。
…嫌味を言ってやるつもりだったけど、そんな顔をされたら気が削がれる。
「オトメは意外と強いんだな…、牢獄で男の頭を蹴り飛ばした時は驚いた。」
「…慣れで。」
「どういう生活をしてきたんだ。マリアだって一瞬は躊躇するぞ。…プリムラはやるかもしれないが。」
二人でくすくすと笑い合う。
とても穏やかな時間だった。
「…少し落ち着いたら、休暇をとる。」
「はい。」
「そうしたら、二人でどこか出掛けよう。…もっと、オトメのことが知りたい。」
「…わかりました。楽しみにしてますね。」
ジークフリード様が私の頬にもう一度キスを落とし、ゆっくりと体を離した。
「部屋まで送ろう。」
「あ!…リリアさんが…。」
「…侍女なら途中で戻ったぞ。」
リリアさんは私がジークフリード様に抱き上げられた時に、この場を離れていたらしい…。気配でわかったんだって。
というか、またリリアさんに恥ずかしいところを見せてしまった…よね。
ジークフリード様に部屋の前まで送り届けて貰う。もう夜も更けて、辺りは静まり返っていた。警備の為に寝ずの番をしていた衛兵の視線を感じる。いつもなら挨拶をしてくれるが、おそらく気を遣ってくれているのだろう、今日は無言だ。
「おやすみ。ちゃんと寝るんだぞ?」
「はい。おやすみなさい。」
額にキスを一つ落とすと、私の頭をくしゃりと撫で、そのままジークフリード様は戻っていった。
私も部屋に入れば、ベッドの上に寝巻きが用意されている。風呂場を覗けば、バスタブにも温かいお湯が張ってあった。
…ありがとうございます、リリアさん。
リリアさんの気遣いに感謝して、湯浴みを済ませるとベッドの中に入り込んだ。
……寝れない。
そうだよね、寝れるわけがない。
ジークフリード様に告白して、恋人…にはなってないけど、たくさんキスをされてしまったのだ。あの時は多分思考が追い付いていなかった。
耳に響いたリップ音を思い出して、ぞくっと震えてしまう。
顔中に、それに指にも首筋にもジークフリード様の唇が……ひええ!
…は…破廉恥だ。ジークフリード様は、破廉恥だ。そしてキス魔かもしれない…。
ゴロゴロとベッドの上で転げまわり、一人身悶える。
こんなの、絶対眠れないよ…!!
…そうだ。魔道具…。
カイル君から返された魔道具の存在を思い出した。多分あれを見れば、いい感じのクラッシックの音楽で寝れるかもしれない。
魔道具のスイッチをカチっと押せば、何もないところに映像が浮かび上がる。
映像はちょうど、マリアちゃんとリド君のダンスが終わった頃から始まった。
誰もいないダンスフロアに、私がジークフリード様にエスコートされ中央に立つ。
…入場シーンでもう駄目だった。あっという間に陥落しました!
かっこいい。ジークフリード様の燕尾服、やっぱりかっこいいよぅ!はあはあ。
かっちりとした黒のジャケットに白のタイ。ダンスに合わせてテール部分がふわりと動く。
やっぱり私いらないよ、カットでいい!!
どきなさい、乙女。ジークフリード様のいい部分がちょうど見えないわ!
一人私は、映像の中の自分に文句をつけながら、燕尾服姿のジークフリード様を何度も何度も見返したのだった…。
以前みたいに素直にジークフリード様に興奮できないかも。
なんて、誰が思ったんだろうね。うん。夜通し余裕でした。
ジークさんは意味が分かりませんね。あんだけイチャついといても自分の気持ちがわからないらしいですよ(鼻ホジ)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。