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為せば成る。  作者: 水瀬まおり
藤村乙女の初恋
22/32

乙女、お祭りへ行く。

長いです。


騎士団の会議室をそのまま飛び出した私は自室に戻っていた。

リリアさんが私の顔を見て無言でお茶を入れてくれる。

リリアさんは優しい。本当にそっとしておいてほしいときは、何も聞かずにお茶を出してくれるのだ。


「…リリアさんのお茶は美味しいです。」


「ありがとうございます。」


そのままぼんやりと一人窓の外を眺める。

雲一つない、いい天気だった。頭の中がなんだかふわふわしている。何も考えは浮かばない。

少し遠くに見える城下町は、明日までお祭りが開催されていて、とても賑やかそうだ。


一旦席を外していたリリアさんが戻ってきた。


「聖女様…コレット様がお会いしたいといっておりますが、いかがされますか?」


ああ、そうだコレットさんにお礼を言えていない。

それに昨日の夜のことも話していなかった。


「会います。通してください。」


「分かりました。」


程なくして、コレットさんがやってきた。

今日はスーツではなく、オシャレなワンピースを着ている。もしかしてお休みだったのだろうか?


「オトメちゃん、体調は大丈夫かしら?昨日の夜、気を失ってしまったと聞いたわ…。」


「大丈夫です。それよりすみません、素敵なドレスを作って頂いたのに…私なんだか中途半端なところで…終わってしまいました。」


私はおそらく情けない顔をしているだろう。それを見たコレットさんが笑う。


「何を言ってるの!終わりなんかじゃないわ、オトメちゃん。騎士様にキスをお見舞いしてあげたんでしょう?」


「あはは…キスした直後に気を失ってしまいまして…。」


「大丈夫よ。騎士様を混乱させることには成功したんだから!あとは相手が黙っていても、動いてくれるわ!」


さっき自分でキスを忘れてくれと言ってしまったことは、とても言えなかった。多分それを言ったら私は涙が止まらなくなってしまうだろう。


今日は泣きたくない。兄が突然来て、あんなことも言われて、私は少し疲れてしまった。


コレットさんが持ってきてくれたお菓子を食べながら、お茶を楽しんでいると、コレットさんがふと口を開いた。


「ねえオトメちゃん良ければなんだけど、私をあなたの専属にしてくれないかしら?」


「え?」


「もちろんオトメちゃんが私の作った物を気に入ってくれてれば、でいいわよ?でも私、オトメちゃんを見ているとどんどんイメージが沸いてくるのよ!ぜひこれからも、ドレスだけじゃなくいろんなお洋服を作らせてほしいの!…どうかしら?」


コレットさんの作る服はとても好きだった。

断る理由はどこにもない。


「はい。ぜひお願いします。」


「まあ!嬉しいわ!恋に悩むオトメちゃん…ふふっいいわね、またイメージが沸いてきたわ!休んでる暇はないわ…頭に浮かんでいるうちに書き起こさなくっちゃね…オトメちゃん私はお暇させて頂くわね!近々沢山お洋服を持ってくるわ!」


嵐のように去っていったコレットさんはとてもキラキラしていた。次に洋服を持って着てくれるのがとても楽しみだ。


コレットさんの来訪に元気づけられた私は、再度窓の外を眺める。

お祭り…行きたいな…。私が行ったらパニックになるだろうか…。


「お祭り、行かれたいのですか?」


「ゔ…行きたいです。とても。」


リリアさんは私の考えていることなど、お見通しのようだ。


「そうですか。ですが、護衛がいないと駄目ですね。…今日は勇者様方にはお会いしたくないでしょう…?」


素直に頷く。あの話を聞いていた人たちとは正直普通を装える自信がない。


「カイルリード様をお誘いしてはいかがでしょうか?」


「あ!」


そうだ。カイル君に魔道具をお願いしていたのに!

それに、カイル君と一緒に出掛けるって約束したんだよね…。今日でも大丈夫かな?

リリアさんが騎士団へカイル君を探しに行ってくれるとのことだった。


私はその間に、リリアさんが用意してくれた町娘風のワンピースに着替える。

鏡を見れば、とても昨日の聖女とは思えない。いい感じだ。人もたくさんいそうだし、目はまあなんとかなるだろう。


リリアさんが戻ってくれば、カイル君からの待ち合わせの伝言を預かってきたらしい。

一時間後に城門で待ち合わせだそうだ。


着替えた私を見て、「聖女様は七変化しますね。」とリリアさんが笑う。

髪を緩く三つ編みにしてもらい、念のため頭巾を被った。


さあ、お祭りにいこう!




時間になり、城門へ向かえば、カイル君がもうすでに待っていた。


「ごめんね!カイル君待った?」


思わず早足で近づけば、私を見たカイル君が大きく目を見開く。


「誰だかわかりませんでした。昨日とは全然違う。」


「でしょ?町娘風!」


おどけてその場でくるりと一周みせると、カイル君が笑った。


「昨日は綺麗でしたが、今日は、可愛いですね。…僕は今日のオトメさんの方が好きって、うわあ!」


カイル君が自分の言葉に慌てている。そんな様子を見ていたら、なんだかおかしくなって噴き出してしまった。

ああ、なんかカイル君癒されるなあ…。

私が笑っていると、カイル君がバツが悪そうに視線をそらす。


「あ、これ、魔道具をお返ししますね。」


「あ…。」


カイル君にお願いしていた、魔道具を渡される。私とジークフリード様が踊っている姿が記録されているものだ。


私はこれを見てどうするのだろう。

以前みたいに素直にジークフリード様に興奮できるのだろうか。

いや、多分できないだろう。

この思いはそんなに単純な物ではなくなってしまったのだから…。

思わず魔道具を握りしめてしまった私を見て、カイル君が怪訝そうな顔をする。


「副師団長と、なにかあったんですか…?」


「え…?」


カイル君は見ていなかったのだろうか。勇者一行が動いたことでそれなりの騒ぎがあったはずだ。…兄という侵入者もいたし。


「いやっあの…僕実はその映像を撮ったあと、急用がありまして、すぐ抜けてしまったんです。だからその後のことは分からなかったんですけど…。あ、侵入者のことは把握していますが…。」


「ううん。忙しかったのに、ありがとう。」


うまく笑えていただろうか。ジークフリード様が絡むと私はどうしようもなくなってしまう。折角カイル君が記録してくれたのに…。


「よしっ!」


私の顔を黙って見ていたカイル君が、何かを決意したように声を上げる。


「何があったのか分かりませんが、今日は僕とお祭りを楽しみましょう!」


「へ?」


「こんな大規模なお祭り、一年に一回あるか無いかですよ?楽しまなきゃ損ですよ。」


「カイル君…。」


カイル君は私を元気づけようとしてくれているんだ。…そうだよね!いつまでもメソメソしてちゃダメよ!乙女!


「じゃあ案内よろしくね?カイル君!」


「!はい!」



城下町へと迎えば沢山の人と、出店で溢れていた。

これなら私も気がつかれないかもしれない。


「すごいね!昨日はこんなに屋台なかったのに…!」


「昨日はパレードがメインでしたからね。通行の邪魔にならないように、出店は控えていたんですよ。」


たくさんので出店が並ぶ中、香ばしい匂いに誘われて、その中の一軒をちらりと覗く。そのには美味しそうな串焼きが大量に焼かれていた。


「美味しそう…!」


「ふふっ…お腹減りましたよね?すみません二本ください。」


カイル君があっという間にお金を払ってしまう。

この世界の通貨は元いた世界と違う。

まだ自分で買い物もしたことがない私はお金を出すのに戸惑ってしまうのだ。駄目だ…王宮ばかりに困っていては…なんとかして、城下町でお使いできるくらいにはならないと…!


「あ、ごめんねカイル君…お金!」


「いいですよ、このくらい。今日は僕に奢らせてください!女性にお金なんて払わせたら、それこそ騎士の恥です。それに僕、一応副師団長補佐なんで、それなりに稼いでるんですよ?」


そう言って私に串焼きを渡してくれるカイル君。

そうだよね、年下だからって、いつも可愛く思ってしまうけど、カイル君は16歳の若さで役職持ちの超エリートなのだ。


あれ?私、そんな彼を使い走りのようなことさせてない?……今度から気をつけよう。


串焼きにかぶりつけば、香ばしい肉汁が口の中に広がる。

甘塩っぱいタレがとても美味しい。


「んまーっ!」


私が思わず顔をふやけさせて言えば、カイル君がお腹を抱えて笑う。


「あ、ごめんね!色気より食い気で!」


「あははっ!オトメさん本当に面白いです。昨日とは全然別人だ!」


「そんなに笑わなくてもっ…!」


ああ、楽しいな。

こんなに自由に外で食べ歩きしたり、ぶらぶらするのはここに来てから初めてだ。


串焼きを持ってない方の手でカイル君の手を取る。カイル君が一瞬驚いたようだったが、気にせずその手を引っ張った。


「カイル君!私次あれ食べたい!」


「…っ!わかりました!行きましょう!」


カイル君は少し頬を染めて笑っていた。





一通り出店を冷やかした私たちは広場へと向かった。

ちょうど空いているベンチを見つけ、そこに腰掛ける。


「美味しかったねぇ、もうお腹いっぱい。」


「本当に満腹です。」


広場では時間ごとにイベントがあるらしく、今はちょうど前のイベントが終わったところだった。


「本当にどこもかしくもお祭り騒ぎだね。」


「勇者達の帰還と、勇者様と王女殿下の婚約、それに聖女が来たとなれば、国民だって騒ぎたいでしょう。」


目の前をお酒に酔った、陽気なおじさんが歌いながら通り過ぎて行く。少し離れたところでは子ども達が風船を持ってはしゃいでいる。

次のイベントが始まるのか、広場の一角には様々な楽器が揃えられていく。

人々が徐々に集まり始めた。


「次はなんのイベントだろう?」


「えーと、ダンスみたいですね。」


ある程度、人が集まったところで、楽器の演奏が始まる。軽快なリズムに合わせ、思い思いに老若男女問わずにステップを刻み始める。とても楽しそうだ。


「カイル君!行こう!」


「え?」


「大丈夫!私結構ダンス練習してたんだよ?それに好き勝手踊って良さそうだし、ね?」


戸惑うカイル君を連れて人の輪の中へ飛び込む。

カイル君と手を繋いで、私が好き勝手軽快なステップを踏み始めれば、カイル君がそれに合わせてくれる。


「おお!いいぞ、兄ちゃん達!」


カイル君はとてもダンスが上手だった。私も負けじとミシェル先生直伝のステップを踏んでいく。


気づけば、周りの人は避けて、私たちの独擅場となっていた。

型なんてあったもんじゃないけど、向かい合って軽快にステップを刻むダンスはとても楽しい。

周囲も盛り上がっているようだ。

くるりと回った拍子に私の頭巾が取れてしまう。


「あ!」


聖女の特徴的な瞳が明らかになってしまった。

まあ、いいか!周りが騒めいた気がしたけど、今はダンスの方が楽しい。

カイル君と一緒に難しいステップを決めていけば周りは更に盛り上がる。

そしてラストスパートと共に音楽が終わった。


「ひーっ!疲れた!」


「ふぅ…久々にこんなに踊りました。」


息も絶え絶えの私に対して、カイル君は少し汗ばんでいるくらいだ。



「聖女様だ!」


私の正体に気がついた子ども達がわっと駆け寄ってくる。よく見れば昨日のパレードにいた子供達だ。皆手に花を一輪ずつ持っている。

怪我を治してあげた女の子が、私に近づいて来た。


「聖女さま、昨日はありがとう!今日はわたしたちが、聖女さまにお花を飾ってあげるね!座って座って!」


「わ!」


小さな椅子を用意されて、そこに座れば花を持った子ども達が私の編まれた三つ編みに次々と花を差し込んでいく。

最後の子どもが私の耳の隣に花を差し込めば、子ども達が嬉しそうにはしゃぐ。


「わぁ!聖女さま、とっても綺麗!」


「やっぱり、聖女さま、お花のお姫様なんだよ!」


「えー?本当?」


子ども達に手を取られてカイル君の方に向かえば、カイル君が柔らかく微笑んでいた。


「見てー!お兄ちゃん!聖女さまとっても可愛いでしょ?」


「はい、よく似合っていますね。」


カイル君の顔をじっと見た一人が、カイル君に屈むように促す。


「はい!お兄ちゃん!お兄ちゃんもお花すごい似合うね!可愛い!」


カイル君が屈めば、一輪耳の横に花をさしこまれた。


「…可愛い…か。」


満足そうな子どもに対して、カイル君の顔は複雑だ。でもとっても似合っているよ?


子ども達の声が聞こえたのか、周りには私目当てに沢山の人が集まって来た。これ以上集まったら、身動きが取れなくなってしまいそうだ。


「オトメさん、走れますか?」


「うん、私も同じこと考えてたよ。」


二人で顔を見合わせて、頷く。

今度はカイル君が私の手を取り、走り出した。

カイル君の先導で細い路地をジグザグに走っていく。


暫く走ったところで、カイル君が足を止めた。


「ここまでくれば大丈夫でしょう。」


「もう走れないよ…カイル君、さすが鍛えてるねー。」


カイル君の息は殆ど乱れていない。やっぱり細く見えてもしっかり鍛えてるんだろうなぁ。

私たちがたどり着いたところは、広場からだいぶ離れ、城下町や、王宮が一望できるような場所だった。

気がつけば辺りはすっかり暗くなっており、見下ろす城下町の祭りの明かりが暗闇の中で光っている。

少し離れたところに見える王宮は、祭りの期間中の為か、美しくライトアップされ、幻想的な雰囲気を出していた。


「綺麗だねー。」


「ここ穴場なんですよ?ほら、見ててください。」


ライトアップされていた城の明かりが消えたかと思うと、次々と光が空中で弾ける。まるで花火のようだ。


「わぁ!!」


「あれは魔術師部隊の方々が、魔道具で光魔法を打ち上げてるんですよ。」


昨日からお疲れ様です、魔術師部隊の方々。

なんでもやるんだね。


「元気は出ましたか?」


私が光に目を奪われていれば、カイル君が私の顔を見ていた。暗闇の中、光に照らされて、カイル君が少しだけ大人びて見える。


「うん。とっても楽しかった!ありがとう、カイル君。」


私がそう笑えば、カイル君は何か眩しいものを見るかのように目を細める。


「僕は…オトメさんには、そうやっていつも笑っていてほしいです。」


「え?」


「僕はオトメさんの笑顔が好きなんです…!だからっ…なにか笑ってしまえなくなることがあれば、僕がまたこうやって笑顔にしますから!」


カイル君の顔が、打ち上げられた光によって照らされる。その顔は真っ赤だった。


本当に嬉しかった。私をこうやって元気付けようと、一日中カイル君は私に付き合ってくれた。


「ありがとう、嬉しい。…私がお礼するつもりだったのに逆に元気付けられちゃったね。」


「いえ、僕も楽しかったです…とても。…もう遅いです、戻りましょうか。」


ゆっくりと歩きながら、私たちは王宮へと戻る。

子どもたちにつけてもらった花は走った時にかなり散ってしまった。

残った茎を二人掛かりで取り去れば、おかしくもなんともないのに笑いが溢れる。

久々にこんなに笑ったなぁ。


城門には入れば、カイル君は本部の方に少し用事があるという。部屋まで送ると言ってくれたが、それを断り、南の塔の入り口で別れた。

本当に楽しかった。今日会ったことなど忘れるくらいに。

カイル君には本当に感謝ばかりだ。


部屋の前まで行けば、リリアさんが控えていた。


「ごめんなさい、リリアさん。遅くなってしまって。」


「いえ、私も先に休ませて頂いていたのですが、騎士様に伝言を頼まれまして…。」


「え?」


ジークフリード様が…?


「はい、王宮の庭園で待つとのことです。」


「それだけ…ですか?」


「はい。…どうされますか?」


「……行きます。すみません、リリアさん案内をお願いします。」


聞けば伝言を頼まれたのは、一時間も前のことだという。

時間も何も指定しないで…もし私がもっと遅く帰ってきたら、どうするつもりだったのたのかな。ずっと待っているつもりだったの…?






リリアさんに案内されたのは月明かりが照らす、小さな薔薇園だった。

ベンチが一つだけ置かれたそこは、白い薔薇が咲き誇り、静まり返っている。

ベンチに一人座る影、月明かりを浴びて銀髪が微かに光っている。

リリアさんは少し離れたところで控えていてくれるらしい。

私は一人、ジークフリード様の元へ近づいた。



いいところですが、長いので区切ります。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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