騎士は戸惑う。
ジーク視点です。どうぞ。
式典が終わって以降、オトメの様子がおかしかった。
俺が騎士の誓いをオトメに捧げたときは、決して嫌そうな様子ではなかった。むしろ嬉しそうで…守りたいと心底思ったのに…。
その直後、オトメは酷く傷ついた顔をしていた。
その表情が頭から離れない。俺は、守ると誓った存在を即座に傷つけてしまったのだ。
理由が分からなかった。
それでも側にいてやりたかった。とにかく謝って、抱き締めて、涙を掬ってやりたかった。
しかし、それは叶わない。
仲間達が怒った顔をして、俺がオトメに近寄るのを遮ったから。
「ジークお兄ちゃん!今日はプリムラ、ジークお兄ちゃんと同じ馬車に乗りたいなぁ!」
プリムラが急にそう言いだす。
やはり、俺をオトメに近づけさせないようにしているのだろう。パレードでは、俺とオトメは同じ馬車に乗るはずだったのだ。
マリアやプリムラはあからさまに怒っている。オトメと仲が良かったからな…。
リドやミシェルも直接言ってくることはないが、やはり、オトメを庇っているようだった。
パレードの最中、俺の隣にいるはずだったオトメは、ミシェルの隣に座っていた。
馬車から降りる時、ミシェルの手を取るオトメを見て、どうしようもなく心が焦れる。
俺があの手をいつも握っていたのに…。
街道を手を振りながら進み、たどり着いた広場では沢山の子供達がいる。
俺も彼らと同じ孤児院の出身だ。
騎士団に入ってからはほとんど顔を出せていたかったから、リド程でないが、何人か顔馴染みの子ども達が駆け寄ってくる。
「ジークお兄ちゃん!お帰りなさい!」
「また忙しくないときに来てよ!冒険のお話聞きたい!」
無邪気な子ども達の笑顔に、自然と顔がほころぶ。
「ジーク兄ちゃん、そういえば、恋人できんだろ?」
「げほっ…こっ恋人?」
思わず噎せてしまった。
そう言った一人は孤児院でも年長に分類されるマルロ。小さい時によく遊んでやっていた少年だ。
…そういう年頃だから仕方ないのだろう。
「あそこにいる聖女様だろー?俺、午前の式典の中継、ちょっと抜け出して見てたんだよ!ジーク兄ちゃん珍しくデレデレしちゃって、聖女様の目にチューしてただろ!」
「……聖女様は俺の恋人ではない。…妹みたいな存在だ。それに勝手に院を抜け出すんじゃない。何かあったらどうするんだ。」
「はぁ?ジーク兄ちゃん、マジでいってんのかよ?女心をわかってねえなぁ!…あーあ。あんなに綺麗な聖女様、俺だったら絶対彼女にしてーけどっていだっ!!ちょっとジーク兄ちゃん、殴るなよ!」
「このマセガキ。…先生の言うことをちゃんと聞け。」
思わず手が出てしまった。
…イラっとしたのだ。特に彼女にしたいの下りで。
…子ども相手に俺はどうしたんだ。オトメが関わるとまるでおかしくなる。
オトメの方に視線を向ければ、少女が花束を抱えたまま転んでしまったところだった。
「あ、エイミー。あいつせっかちだからなぁ。」
「…膝の傷が少し深いかもしれない。マルロ、院の中にいる王女様を呼んで来てくれないか?治癒魔法は王女様しか使えないんだ。」
そういった俺にマルロは不思議そうな顔をする。
「…?でも聖女様、なんかしてるぜ?」
そう言われてオトメに視線を戻せば、少女とオトメを中心に、光の模様が地面に広がるところだった。
幻想的な姿だった。どう言う原理かは分からないが、オトメの手からこぼれ落ちた花で、少女の傷が癒されたのだ。
以前は、魔法を使うところは見ていなかったが…オトメは魔法の使用を禁止されていたのではなかったのか?
使えないわけではなさそうだが…。
一瞬、大量の魔力がオトメから抜けていったのがわかった。いくらオトメの魔力が膨大でも、明らかに体に支障を来すであろう量だ。
思わず駆け寄ろうとする俺を、プリムラが止めた。
服の裾をその見かけからは想像がつかないくらいの力で握られている。
無理に動くとおそらく服が千切れる。…私服や普段の騎士服だったらいいが、正装が千切れるのは正直避けたい。
「プリムラ、離せ。オトメの体調が悪い。」
「ミシェルお兄ちゃんが付いているんだから、大丈夫だよぉ!……いったところでアンタに何ができんのよ。」
プリムラがよく見せる笑顔だったが、いつもは完璧な筈のそれが、隠しきれていない怒りを瞳に浮かべている。
「…俺は…オトメに何かしたのか…?」
もしかしなくてもそうなのだろう。
そうであれば、謝りたい。理由を聞いたら教えてくれるだろうか。そして、オトメの傍にいたい。あの可愛らしい鼻にキスしてやりたい。
「やだぁ!ジークお兄ちゃんたら!お馬鹿さんなの?」
プリムラは心底怒っているようだ。
焦るように、オトメを見れば、案の定フラつき、ミシェルに支えられていた。
思わずミシェルを睨んでしまった。
俺の視線に気がついたのだろう、ミシェルがこちらをちらりと振り向くと、挑発的に笑う。
握りしめた拳が静かに震えた。
そんな俺の様子を見ていたのか、プリムラが俺の服を放し、ため息をつく。
「…あの子をこれ以上傷付けるなら、たとえ仲間のアンタでも許さないから。」
俺はプリムラがここまで怒る理由を、後ほど身を以て知ることになる。
パレードを終え、各々休憩とれば、すぐに夜会の時間となった。俺はオトメをエスコートし、ダンスを踊る。
オトメは元の世界ではダンスとはあまり縁がなく、踊ったこともないといっていた。だから、今回の夜会にあたって、とても熱心に練習を重ねていたのだ。それこそ、上級者向けの物まで、そこそこ踊れるくらいまでのレベルに。今回のような式典の後の夜会では、本来そこまでは求められないし、上級者向けの曲が流れることもない。
…オトメがダンスをそこまで熱心にする、その理由がもし、俺と踊るからだとしたら…。なんていじらしいのだろう。
男性陣が早めに着けば、マリアとプリムラが連れ立ってやって来た。
リドとミシェルが迎えに行く。
どうやらオトメは別行動のようだ。
「オトメは一緒ではないようですが…」
「ええ、私どもも一緒に来ようと思いまして、使いの者に迎えにいかせたのですが…」
「リリア…オトメ付きの侍女が言うには、すぐに後を追うから先に行ってくれって。」
「…大丈夫かよ。あいつ。魔法も使ってよろめいてたしなぁ。」
…本当に大丈夫なのだろうか?
そんなことを思っていると、扉が開いた。
俺だけではなく、その場にいた全員が息をのんだ。
あまりにも美しくかった。触れてはいけないのに思わず手を伸ばしたくなる、そんな色香さえ漂わせていた。
胸元は大きく開き、しなやかな首筋や肩のラインから目が離せない。少しだけ見えた背中は、腰まで素肌を晒している。
…なにより、オトメが身に纏う色は、淡い紫。
その色を認識した瞬間、思わず近くにあった柱に頭を思いきり打ち付けた。
…偶然だ、偶然のはずだ。俺の瞳の色である筈がない。それに夜会もなかった世界にいたオトメのことだ。意味だって分かる筈がない。
しかし、昼間も銀色のドレスだった。
そこまで考えたところで思考が停止した。
リドにエスコートをするよう言われ、漸く体を動かす。
向き合ったオトメは、今まで見たどんなものよりも美しかった。
こんなに美しい人が、オトメが意味を知って、そのドレスを纏っているのであれば…そう思うと頭が沸騰してしまいそうだ。
「オッオトメッ……そっその色は…。」
どもる俺に、オトメが微笑む。その微笑みはいつものふにゃりとしたものではない。ひどく煽情的で、挑発的だった。
「…ジークフリード様の瞳の色です。……意味はご存知ですよね?」
言葉が出ない。どういうことだ。オトメは俺をそういう風に思っていたのか。
そうであれば俺は…。
「ちゃんとエスコートして下さいね?」
オトメが薄いレースに包まれた手で俺の腕に触れる。
首を傾げて俺を下から覗き込む。とても柔らかそうなオトメの双丘が視界に入り込んだ。
触れたいと思ってしまった。誰にも見せたくない、触らせたくない。そうだ、夜会中はずっと俺が傍にいてほかの男どもから守ってやればいい。
背中に手を回せば、吸い付くような感触の素肌が指に触れる。思わず指が跳ねる。もうオトメ以外、他のことは考えられそうにない。
夜会が始まれば、リドとマリアが踊る。
二人はとても幸せそうに、クスクスと笑いながら顔を寄せていた。
リドのステップはあまり上手ではないが、二人の出す空気によって、そんなものは気にならない。
「いいな…。」
隣のオトメがそう呟くのが聞こえた。
切なげに細められた瞳。愁いを含んだその声。
「……オトメ、俺は…」
そう口を開いたところで、俺たちが踊る時間となる。
オトメに俺は、何を言うつもりだったのだろうか。
ダンスフロアの中心までオトメを連れて行き、軽く腰を抱き寄せる。
片方の手は乙女の指と俺の指を絡める様に手を繋いだ。
触れあう指と指から熱が生まれる。視線が絡まりあい、逸らすことができない。
練習を重ねたダンスは軽やかにステップを踏んでいく。
…俺はオトメに夢中だった。
美しい色合いの瞳は、光の加減でキラキラと輝いている。ダンスも中盤に差し掛かった時、ふいにその瞳に涙の膜が張った。
いつもならその涙を止めてやりたくて必死になるが、それよりも今はオトメから目が離せない。
ダンスはあっという間に終わった。まるでここに二人しかいなかったような時間が名残惜しく感じる。
元いた場所に戻れば、オトメとの視線は交わることがなかった。
思わず伸ばした手は押し戻されて、オトメはバルコニーへと一人向かってしまう。
後を追った。あんなオトメを一人にしておくわけにはいかなかった。後ろには仲間たちがついてきているのが分かったが構う余裕はない。
どうしてこんなにオトメのことになると、俺は冷静でいられなくなるのか。
そもそも俺はどうしてオトメを妹としているのか。
オトメを見ていると庇護欲にかられる。可愛くて仕方がない、守ってあげたい、泣いてほしくない、俺を頼って欲しい、そんな思いでいっぱいになるのだ。
ジークお兄ちゃんと呼ばれると満たされる気がした。他の子どもにそう呼ばれても感じえない、胸が痺れるようなくすぐったいような、何とも言えない感情で満たされるのだ。
バルコニーに出れば、オトメは一人、佇んでいた。
俺や他のやつらに気が付いたのかこちらを見る。
確認しなくてはならなかった。もしそうであれば、俺はどれほどオトメを傷つけてしまったのだろうか。
「……そのドレスの意味はやはり…その、俺をお兄ちゃんではなくて…。」
オトメが俺の言葉を聞いて、目を吊り上げる。
「もう頭に来た!!」
オトメは怒っていた。初めてだ。オトメが来てから俺に対して、いや他の誰かに対しても、怒ったような顔など見せたことはなかったのだ。
俺はあまりの剣幕に、思わず怯む。
「…オ…オトメ?」
「宣戦布告です!ジークフリード様!お兄ちゃんなんて、もう絶対呼んであげません!!」
「なっ…!?」
オトメがお兄ちゃんと呼んでくれなくなる…?ガツンと頭を殴られたようだ。
正直それはキツイ。恥ずかしげにはにかんで俺をそう呼ぶオトメは、何にも変えられないくらい可愛いのだ。
固まる俺を見てオトメはさらに怒ったのか、俺に近づき、思い切り胸倉をつかんだ。そして…
「私は!ジークフリード様がっ…!」
オトメの唇が俺の唇に触れる。
押し付けられたようなそれは十分柔らかく、熱い。
…オトメが俺にキスをしている…?
急に俺の胸倉を掴んでいた手から力が抜けたかと思えば、なぜかオトメの頭が後ろに倒れていく。
反射的にオトメを掻き抱き、その体を支えた。
「オトメ…ッ!」
息はしている。またいつかのように意識を失ってしまったのだろうか。
安心して息を吐けば、オトメの重さが腕から消えた。
「…まじで失神してるのか。この子は。」
見たことがない男が、オトメを抱えていた。
黒髪に珍しい黒い瞳。顔は整っており、オトメを見つめる視線は優しげだ。
誰だこの男は…オトメに触るな。
「あ、どうも。うお、すごいイケメン…本物だ。」
俺の視線に気が付いたのか、何でもないように飄々と言う男。
他国の差し金か、それとも魔族の残党か。
「オトメを放してもらおうか。」
慌ててかけてきた衛兵から剣を受け取り、鞘から抜く。相手もあわてたように、剣を構えた。
「ちょっと待って!俺戦うつもりなんかないから。ちょっとこの子を貸してほしいんですって。」
「聖女を害することは、厳しく罰せられる。そのことを知っての狼藉か…?」
「違う違う!ほんとにちょろっと借りれればそれでってうわ!」
いつまでもオトメを抱いたままのその男に俺は剣を抜き切りかかる。
オトメを抱いているにも関わらず、その男は片手で俺の剣を止めた。
「いや勘弁してくれよ!あんたケガさせたら、絶対マジ切れするって…!っておっと!」
リドも加勢するが、男は軽い身のこなしで躱し続ける。オトメがいるため俺もリドも思う様には動けない。男はだんだんと俺たちと距離を取り、バルコニーの欄干に足をかける。
「ああもう!この馬鹿のせいで、俺重罪人じゃん!もっと穏便に行く予定だったのに!」
「その子を放しなさいよ!!」
男が飛び降りようとしたところで、プリムラが高く跳躍し、自らの大剣を構え切りかかった。
プリムラを見て、男の動きが止まる。そして…。
「プリムラ様ぁぁ!俺を!俺を罵ってください!!」
いとも簡単にオトメを放り出し、プリムラの足元にひれ伏したのだ。
さあ、謎の男とは一体…!?
最後まで読んで頂きありがとうございました。
5/21謎の男の口調を一部変えております。