乙女、反撃を開始する。
「…騎士の誓いでちょっと期待しすぎちゃったなぁ…。」
私一人しかいない部屋に声が響く。
リリアさんは私をこの部屋に案内した後、少し待つようにいい、どこかへ言ってしまった。お茶の用意でもしてくれているのだろうか。
胸がキリキリと締め付けられるみたいだ。
痛い。痛くてまた涙が出そう。
彼の髪の銀色のドレスが今は虚しい。
「お兄ちゃんなんて…呼ぶんじゃなかった。」
私、浮かれてたのかな。馬鹿みたい。
少しすると、ノックの音が聞こえる。
返事を返せば、リリアさんがコレットさんを連れて帰ってきた。
「コレットさん…?」
「ちょっと一悶着あったって聞いて、来ちゃったわ。」
ニッコリ笑うコレットさん。
手には沢山の袋を持っている。
「まだパレードまでは時間あるでしょう?オトメちゃん、もともと一般の人だっていうから、こんなのも好きかなぁって!甘いものは好き?」
「わ…!」
クレープや綿菓子のようなもの、それにチョコバナナに似たものや、苺飴のようなものまである。お祭りの定番といったところか。この世界にも似たものがあったんだ。
苺飴を口に入れれば、元の世界より食感は少し違うけど、よく似た味がした。
苺に似ているけど、違う果実なのかな。
「おいしいです!」
「よかったわ。」
リリアさんが二人分のお茶を淹れてくれる。
お茶を一口含むと、コレットさんが私に向き直った。
「で、本気で言っているのかしら?」
「へ?」
「騎士様よ。中継、私もみていたけれど、あんな接し方しておいて妹だなんて言うの!?信じられないわ!」
「コレット様、それは私も人生最大の謎です。」
「本当よ!どう見てもただのバカップルだったわよ!公共の場で良くやるわって思って見ていたのに…!!」
コレットさんの怒りが爆発した。
カップを持った手がワナワナと震えている。
お茶が今にも溢れそうだ。
…やっぱりバッチリ映ってたよね…恥ずかしい。
「聖女様は…今夜、騎士様の瞳の色を纏って、夜会に出られるのですか?」
「え…?」
リリアさんが真剣な声色で、私に問う。
「…夜会や、式典など公式の場においてエスコートされる相手の髪の色を纏うのは、近しい仲であることを示します。」
「あら、知らなかったの?オトメちゃん。」
「敢えて黙っていたのです。さっさとくっついて頂きたくて。」
さらりと言い放つリリアさん。だからあの時、プリムラちゃんやマリアちゃんと、三人で盛り上がっていたんですか…!?
…私だけ、仲間外れだったのはその所為だったのね。
「ああ…、まあそうよね。」
コレットさんまで納得している。
なぜかリリアさんに同情の目を向けていた。あれ?そこは私に同情するんじゃないのかな?
「ちょっと待ってください。それじゃあ、瞳の色は…?」
「…瞳の色は、私はそのパートナーのものです。というアピールよ。よく独占欲の強い男性が周りへの牽制の為に使うわね。…もし、パートナーとそういう仲では無くて、相手の瞳の色を纏うということは…」
コレットさんが一旦言葉を区切ると、何かを思いついたように笑う。
「それは、相手に対して、私を貴方のものにしてって。アピールよ。とっても熱烈なね。」
「ええ?!」
「まあ、一般常識よ。騎士様も勿論知っているでしょうね。そこでオトメちゃん、一つ確認よ。」
指を一つ立て、私にコレットさんが問いかける。
「貴女は、騎士様が本当に好き?」
「え?」
「オトメちゃんが、騎士様が本当に好きなら、私は全力で協力してあげるわ。」
ジークフリード様…。
…最初は憧れにも近かった。
柱の影から見守れれば、時々匂いを嗅げれば、それだけで満足だと思っていた。
その次は傍に居られれば良いと思った。
だから妹扱いされてても、それでもいいって思っていた。
でもジークフリード様が触れてくるから…。
ジークフリード様に抱きしめられる度、ずっとその時間が続けばいいって思った。
どこかに唇を落とされれば、私はもっともっと…。
だから騎士の誓いをされた時、涙が出るほど、嬉しかったのに。
「…妹扱いなんて、我慢できません!!私は、ジークフリード様を男の人として好きなんです!!」
なんだか腹が立ってきた!!!
「その息よ!!オトメちゃん!こんだけ可愛くて綺麗な子にベタベタ触っといて、妹ですって!?ふざけんじゃないわよ!」
「そうです!いっつも私ばっかり、ドキドキさせられて!…もうお兄ちゃんなんて絶対呼んであげません!!」
「男なんか尻に敷いてなんぼよ!…オトメちゃん、私が貴女のこと、とびきりいい女にしてあげるわ。それでシスコン騎士様の度肝を抜いてやりなさい!」
椅子から立ち上がり、拳を握りながら、語り合うコレットさんと私。リリアさんは一歩引いたところから拍手を送っている。無表情だけど。
コレットさんは大きなカバンから一つのドレスを出した。
「それは…?」
「これはね、夜会用にデザインして作ってはみたものの、少しだけオトメちゃんには大人っぽすぎるかなって思って。でも、持ってきてて良かったわ。今のオトメちゃんなら絶対着こなせるわよ。」
コレットさんがドレスを広げる。
…これはなかなか。
「わお……。」
「聖女様、大丈夫です。私もそのドレスにあうようにお化粧、髪型を整えてさせて頂きます。」
リリアさんの声に気合が入る。
「よろしくお願いします!お姉様方!!私、今夜、ジークフリード様に宣戦布告してきます!」
「頑張って!オトメちゃん!いい知らせを待っているわ!」
「(…宣戦布告?)私も尽力させて頂きます。一先ずは、お化粧を直してパレードを乗り切りましょう。」
パレードのことなど、半分飛んでいた私は、あることに気がつく。
パレードは天井のない二人乗りの馬車に乗って、手を振りながら、城下町を練り歩くのだけれど…
あれ?パレードの時に座る席って…私、ジークフリード様の隣じゃなかった…!?
「……私、ジークフリード様の隣に座る手筈になっていました…。」
今の状態では、正直隣に座れる自信がない。
顔を見たら泣いてしまうかもしれない。
「大丈夫です。殿下とエルフ様が言わずとも、聖女様を全力で守って下さいます。御不安であれば、私からも申し入れておきましょう。」
「オトメちゃん、今は辛いだろうけどクヨクヨしちゃだめよ。国民が貴女の顔を見るのを楽しみにしているわ!…いい女は辛い時も、笑顔よ!」
二人に励まされて、私は笑う。
そうだよね!仮にも私のお披露目でもあるんだから、どうせなら笑顔を覚えてもらわなきゃ!
「はい!!頑張ります!」
そうして私は、コレットさんリリアさんと共に、ジークフリード様へ密かに反撃を開始したのだ。
▲
たくさんの国民が、道の両脇に集まっている。
皆、笑顔で手を振っている。
フラワーシャワーが頭の上から降り注いで、とても綺麗だ。
凱旋パレードはリド君達と私をのせ、ゆっくりと街道を進んでいく。
おかえりなさい。や、ありがとう!といった声が、至る所から上がる。
その中には聖女様!と呼ぶ声も聞こえてきて、私もその声に応えて笑顔で手を振った。
このまま私たちは街道を進み、その先ある広場で、子ども達から花束をもらう予定だ。
その子ども達は、リド君が旅に出る前に働いていた孤児院の子達で、今日のために種子から花を育ててくれていたらしい。
大喜びだろうなぁ、リド君が帰ってきて。
あの後、私は、コレットさんやリリアさんに見送られ、集合場所へとやってきた。
席は変えられ、私の隣にはミシェル先生が座る。
ジークフリード様から視線を感じたけれど、プリムラちゃんがどうやら抑えているらしく、声は掛からなかった。
「大丈夫ですか?」
人々に手を振りながら、ミシェル先生が私に小さな声で話しかける。どこか心配そうな顔 だ。
「大丈夫です。私、今晩の夜会で、ジークフリード様に宣戦布告しますから!」
私が小声でそう言えば、ミシェル先生は小さく吹き出したようだった。
「ふふっ。宣戦布告ですか…それは楽しみにしていますよ?オトメ?」
「はい。楽しみにしていて下さい。」
私たちがそんな会話をしている内に広場に着いたようだった。
ミシェル先生に手を貸してもらい、馬車から降りる。
沢山の拍手に包まれて、広場の中央へと向かえば、子ども達が両手いっぱいに花束を抱え待っていた。
「リドお兄ちゃん!!おかえりなさい!!」
耐えられないとばかりに、数人の子ども達がリド君に向けて走り出す。
リド君は子ども達に囲まれてとても嬉しそうだ。
そのまま、リド君とマリアちゃんは子ども達にせがまれて孤児院の中へと行った。子どもたちが何やら用意してくれていたそうだ。
続いて、私たち一人一人にも花束が渡される。
私の前に来たのは小さな女の子だった。
赤毛にそばかすが可愛らしい。
少し離れたところから、駆け足で私の方に向かってくる。
見ていて、ちょっと危なっかしい。お転婆そうだ。
急がなくていいよと伝えようとしたところで、少女は段差に躓き、転んでしまった。
潰れてしまった花束。目に涙を溜めて、痛みに耐える少女。孤児院の責任者らしい人寄り添い、困ったように視線を彷徨わせる。
「大丈夫?」
思わず駆け寄れば、膝が擦りむけている。少し深いのか、血が止まりそうもない。
「痛かったねえ。よく泣かないで我慢できるね、偉いぞー。」
頭を撫でてあげれば、途端に涙を溢れ出させる少女。
痛いよね…わかるよ、お姉ちゃんもつい最近、同じようににこけたから。
「ごめんなさいっ…!お花潰れちゃったあ…!」
「大丈夫だよ。それよりお膝を治そう?」
マリアちゃんは今、リド君と一緒に孤児院へと入っていったままだし、他の三人は治癒魔法を使えない。
…確か私なら、治癒魔法が使えないことはないはず。
ミシェル先生はイメージが大切と言っていたよね…?例え暴発したとしても私の魔法はこの子に害を成さないし。
やってみるか!
本当に少しだけの魔力をイメージして、手を少女の膝に翳す。
どうせなら、この子が泣き止むような素敵な魔法がいいよね!
私の足元から模様が地面に広がり、温かな光が溢れる。
私の翳した掌から、可愛らしい花々が次々と咲く。
咲いた花が一つ、また一つとこぼれ落ち、それが少女の膝にふれれば、淡く光り、傷を癒した。
私が少女の頭の上で、軽く手を振れば花々が少女の赤毛の隙間にもポンポンと咲き、可愛らしく飾った。
もう涙はすっかり止まったようだ。
「これでもう大丈夫。お花が似合うね、とっても可愛いよ!」
少女が目をキラキラと輝かせ、笑顔を浮かべる。
よしっ!大成功だね!その顔が見たかったんだよ!
「ありがとう!聖女さまは、お花の妖精だったの?」
「んー?妖精ではないかなあ?」
「じゃあ、お花のお姫様なんだね!とっても綺麗だもの!」
私にぎゅっと抱きついた少女は、もう一度お礼を言って、手を振って離れていった。
周りの視線が私に集まっていた。
ああ、思った以上には視線を集めてしまってた…。
そしてガシッとミシェル先生に肩を掴まれる。
「オトメ、いつ貴女は魔法を習得したのです。それも全く原理が理解できないのですが。」
「…子どもが喜ぶような魔法をと思って、手に集める魔力をほんのすこーしに調節してみました。あとはイメージです。詳しい事は分からないです。勝手に魔法使ってごめんなさい。」
何か言われる前に先に謝っておこう。
本当はミシェル先生に、抑制装置ができるまでは、使用禁止と言われていたのだ。
「はあ。もういいです。ですが、後ほどその魔法について詳しく聞かせて頂きますからね。それに今回は魔法自体は上手くいっていましたが、その分大量の魔力が体外に放出されていました。コントロールはできてませんね。」
「はい。」
立ち上がろうとして、一瞬ふらついた私の身体をミシェル先生が支えてくれた。
「仕方のない生徒です。体に負担がかかるので、やはり制御装置ができるまでは禁止ですよ。」
「すみません…ありがとうございます。」
「すごいですわ!オトメ!」
「すげえなオトメの魔法は!手品みたいだ。」
軽いお説教を終えれば、いつの間にか戻ってきた、マリアちゃんとリド君が近寄ってくる。
ふと、視界の端にジークフリード様が移った。
…プリムラちゃんが、物凄い笑顔でジークフリード様の服の裾を掴んでいる。…何なのかなその状況。すごい気になるけど、今は見なかったことにしよう。
「すごい!今のが聖女様の魔法か?」
「綺麗だったわ!!」
周りが歓声に湧く。
何だかんだで、私は聖女としてこの街に受け入れられたようだった。
今度お店に行ったら色々おまけしてくれるって!楽しみだなぁ!
私たちは無事、凱旋パレードを終え、王宮へと戻った。
おまけ。
プリムラちゃんとジークフリード様の会話。
馬車に乗るとき。
「ジークお兄ちゃん!今日はプリムラ、ジークお兄ちゃんと同じ馬車に乗りたいなぁ!」
「…は?」
「うふふ!いいよねぇ?」
「…ああ。」
オトメが魔法を使いよろけたとき。
「…オトメ!」
ガシッ。
「プリムラ、離せ。オトメの体調が悪い。」
「ミシェルお兄ちゃんが付いているんだから、大丈夫だよぉ!……いったところでアンタに何ができんのよ。」
「…俺は…オトメに何かしたのか…?」
「やだぁ!ジークお兄ちゃんたら!お馬鹿さんなの?」
「ゔ…。」
プリムラちゃん、絶好調。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
次はいよいよ、夜会編です!