乙女、式典に参加する。③
引き続き式典編です。どうぞ。
ジークフリード様がお兄ちゃんモードを発動させたまま、私は抱き上げられ、壇上まで連れていかれる。
周りの呆気にとられた視線が容赦なく突き刺さるが、そんなことより眦にキスされた私は死にそうだった。
お兄ちゃんモードはいささか危険すぎる。主に私の意識が危険にさらされてしまう。
…私が泣くとお兄ちゃんモードに切り替わっちゃう?
どうやら私はこれから涙腺を死守しなければならないらしい。
でもなんかこの世界に来てからすぐ緩むんだよね…涙腺。
ジークフリード様は壇上に着くと降ろしてくれたはいいが、相変わらずその距離は近い。
私の横に立って、支えてくれているのはいいけど……耳元で囁くのはやめて!腰が砕けちゃう!
乙女がまっすぐ立てないのは、ジークお兄ちゃんの所為なんだからね!もう!
ようやく笑いが収まったのか、リド君がジークフリード様に目で合図する。
渋々といった様子で、ジークフリード様が動き、少し離れたところに控えた。
当初の予定とはかなり違うけど、どうやらここで軌道修正するらしい。
マリアちゃんといい、国王陛下といい、周りを振り回しつつもしっかりまとめる辺り、レイナークの王族ってすごいよね。うん、マリアちゃんの旦那さんはリド君にしか務まらないよ。同じタイプだし。
「ここにいるのは、聖女オトメ。魔王との決戦直後、異界より突如現れた。
聖女は各国の王族、そして永久の時を生きるエルフ族に伝わる伝説の存在。この世界アルズールの安寧の象徴である。」
国王陛下の声が響けば、一気に私に視線が集まる。
私も背筋を伸ばし、お辞儀をした。
「彼の者が聖女であることは、その瞳の色が物語っているだろう。
聖女の出現は、世界から魔王の危機が去った証拠でもある。我ら各国の王は議論を重ね、アルズールの安寧の象徴として聖女が存在できるよう、条約をここに提示する。」
ミシェル先生から事前に伝えられていた条約が発表されていく。
私の魔力のことは、悪用されないよう明確にすることは避けるそうだ。
厳かな空気を取り戻した式典が、粛々と行われていく。私とリド君達六人は、凱旋パレードの支度のため、閉会を待たずに会場を後にした。
控室に戻れば、リリアさんが人数分のお茶の用意をしてくれていた。
ああ、リリアさん、私頑張ったよね…?
全員が席に着けば、大きなテーブルに手で摘まめるような軽食が用意されていく。
大皿に乗った料理を、それぞれで取り分けて食べろということらしい。
私はジークフリード様の隣の椅子に座った。
ジークフリード様の正装は、もう文句のつけようがないくらいかっこいい。それに式典の厳かな雰囲気にとても似合っていて、より一層素敵だった…。はあ。私抱えられたり眦にキスされたりしたのに、相棒なしでよく失神するの耐えたよね。えらい。
ちらりと隣を見れば、いそいそとお皿に料理をとっているジークフリード様。その顔はちょっと楽しそうだ。
…お腹すいてたのかな?
私も自分の分を取り分けようと思い、席を立てばやんわりとジークフリード様に止められる。…なんで?
「オトメ、これは好きか?」
「すっ好きですけど…。」
「そうか、オトメはもっと食べたほうがいい。…ほら口を開けろ。」
「んむ!?」
口の中に丁度いい大きさに分けられた料理が、ジークフリード様の手ずから放り込まれていく。
ジークフリード様はお兄ちゃんモードが抜けていないようだ。
時々唇にジークフリード様の指が触れるものだから、味なんてわかりません。
別の意味でお腹いっぱいだよ…!!
周りの仲間たちは我関せずといったようにそれぞれ食事をとっている。
リリアさんに視線を送ったら、あからさまに目をそらされた。ひどい。
「自分の分を食べて下さい。私は自分で食べれまっひゅ!」
喋るとすきを狙って、口に食べ物が入れられる。さっきからそれの繰り返しだ。
「俺はすぐ終わるからいい。」
そういって、ジークフリード様は、サンドイッチを手に取り、大きく口を開けて豪快にかぶりつく。
私は予想外の男らしいジークフリード様の行動を目にし、固まった。
……サ…サンドイッチになりたい…!
…ジークフリード様の綺麗なお口に、あんなに豪快にかじられるなんて!!羨ましいよ…!
私はじっとサンドイッチを凝視してしまう。
そんな私を見て勘違いしたのだろう、ジークフリード様は自分が食べかけていたサンドイッチを、私の口に押し当ててきた。
…なんて素敵なお兄ちゃんスマイルでございましょう。
「ん?食べていいぞ…?」
「…もう、お腹いっぱいです。ジークお兄ちゃん…。」
一瞬不思議そうにしたが、私の言葉に満足したのか、ジークフリード様は自分の食事に専念することにしたらしい。
私は何とか正気を取り戻し、口にお茶を含む。
危ない…鼻血吹き出すところだった。
「そういやあオトメ、どうしてさっき泣いてたんだよ?」
声が聞こえた方を見れば、口の周りをソースだらけにしたリド君がいた。
マリアちゃんが汚いですわ!と言い放ち、布巾をリド君の顔に叩きつける。
当然のようにそれを受け取り口を拭うリド君…。
ねえ、さっき婚約してたよね?いつも通りだね、本当。
「お前が泣いてんのに気が付いたジークが、オトメが泣いている…!って慌て始めて大変だったんだぜ?」
やっぱり私が泣くことがお兄ちゃんモードのスイッチなのね…。
気をつけなきゃ…。
「いやあ、なんだか感動しちゃって。」
「感動…ですの?」
マリアちゃんがきょとんとした顔でこちらを見る。
「だって皆、かっこいいんだもん。」
私のその言葉に皆が驚いたようだった。
「私はあのリド君の演説ことは知らなかったんだ。リド君が演説をするってところで、私が読んだ話は終わりだったから。てっきり、リド君たちはあそこで誇らしげに称賛されるんだろうなって思ってた。そのくらいのことをやってきたんだから。なのに…。」
じんわりと目に涙がたまる。
「殺されかけた相手の冥福まで祈っちゃてるし。すごい大変だったくせに、それを俺たちは特別なことはしてないって言っちゃってるし。ジークフリード様の正装姿はとても素敵だし…!。」
「オトメ、脱線してるわよ。」
「一言くらい、俺たちが世界を救ってやったっていえばいいじゃん!そのくらいしたって誰も変に思わないよ…!皆が頑張ってたこと私は知ってるんだからね!…あーんなことや、こんなことまで知ってるんだから!!」
「オトメ、あなたは褒めているのか、それとも脅しているのか、どちらなのですか。」
そんなの私だってわからないよ。でもあまりにも皆が平然としてるから!
「この世界に来て、たくさんお世話になって、私は皆が大好きになっちゃったんだよ!私なんか、不審者で…挙句の果てにちょっと変態なのに…優しくするから!この人タラシ集団め!」
「その人タラシしってのは、そのままお前に返すぜ。オトメ。」
とうとう涙があふれると、マリアちゃんが私の涙をやさしく拭ってくれる。
とても綺麗にマリアちゃんが笑った。
「オトメ、私たちだって誰にでも優しくするような、善人ではありませんわ。むしろ、警戒心は旅をしてきた分、他の方より強いかもしません。でも、オトメ、貴女には優しくしてあげたいと思いますの。」
「私…に、どうして?」
「だって貴女は、私たちに頼ってくれないんですもの。異世界に来て一人怖いはずなのに…謁見の間でもそうですわ。ぷるぷる一人で震えていますのに、貴女誰も頼らずあの場を乗り切ってしまったじゃありませんか。私たちのことを知っているから、てっきり助けを求めてくるかと思っていましたわ。リドなんか助けを求められたら断れませんから、ちょろかったんですのよ?」
マリアちゃんの言葉にリド君の顔が引き攣る。
いつの間にか近くに来たミシェル先生が私の頭に手を置き、ポンポンと撫でた。
「貴女の姿勢に皆少なからず好感を抱いてしまったのですよ。森で魔法を教えた時もそうです。あなたは怖ければ、やらないことだって選択できました。しかし、私の言葉をきちんと理解し、自ら魔法の教えを乞うた。…まぁ結果は散々でしたが。…だから私も生徒にして差し上げてもいいと思ったのです。」
「みっミシェルさん…!」
「…アンタのことなんだかんだでみんなほっとけないのよ。弱っちい癖に一人で立とうとするから。……知ってるでしょう?エルフは人間嫌いなのよ。そんな私がアンタの部屋に入り浸ったり、世話焼いたりしてるんだから、察しなさいよね!」
「プリムラちゃん…入り浸ってる自覚あったんだ…。」
「ちょ!今の話聞いてその反応ってどういうこと!?」
「…プリムラちゃん。ありがとう。大好き。」
「っ!!」
顔から力が抜けて、見っともなかっただろうけど。私はふにゃりと笑ってしまった。
プリムラちゃんの顔が真っ赤になる。
かわいいなあ、プリムラちゃん。
「あははは!ホントに面白いな、オトメは。」
リド君が口を開いた。
「オトメみたいなやつが、俺たちのことを知っていてくれたら、俺たちはそれで満足なんだよ。誇りに思えよ?なにせ勇者一行の、あーんなことやそんなことも知ってんだからな!……聖女がお前でよかったよ。本当に。」
「リド君…!」
優しく笑うリド君だったか、急ににやりと笑う。
「それに、一番警戒心が強いやつが一目で陥落してたからなあ…?ジークお兄ちゃーん?」
「……リド、お前にお兄ちゃん呼びを許した覚えはない。気持ちが悪い。」
「酷い。」
今まで黙っていたジークフリード様が未だボロボロ泣いている私の顔を両手で包み込んだ。
まっすぐに私を見つめ、優しく笑う。
…最近スキンシップが激しくなっていませんか!?…うっ嬉しいけれども…!
「オトメ。俺はお前に騎士の忠誠をささげよう。」
ジークフリード様の言葉に、私は息をのんだ。
マリアちゃんから「まあ!」と声を上がる。
プリムラちゃんも、他の皆も声は出さないがこちらに注目しているようだ。
「初めて会った時から、その綺麗な瞳に見惚れていた。二人になったときには、泣いて欲しくないと思った反面、お前の泣き顔がひどく可愛いと思った。」
「じ…じーく…ふり…どさま…?」
「俺だけだ。俺だけに依存して、弱いところを見せてほしい。俺はオトメだけはどうしても放っておけない。ぐずぐずに甘やかしてやりたい。危険なことなんてさせたくない。…一人で立てなくなってしまえばいいとさえ思う。お前が可愛くて仕方がないんだ。」
胸が苦しい。私は呼吸ができてるかな…。
視界には、優しく笑うジークフリード様しか見えなくて。
騎士の忠誠は、…自分が一生涯をかけて守りたいとする相手に誓う行為。
つまり、それは…!
「オトメ。俺にお前を守らせてくれ。」
ジークフリード様が私の前に片膝をつき、私の手の甲に口づけを落とす。
「…ジークフリード様!」
止まっていた涙がまたあふれ出す。
こんな幸せなことってあっていいの…?
この世界に来てからずっと、幸せなことばかりだよ。
「仕方がないな。オトメは。泣いてばかりだ。」
ジークフリード様っ…!私ずっと…ジークフリード様のことが…!
「そんな顔、これからはお兄ちゃんにしか見せちゃだめだぞ?」
……ん?
周りの空気が固まった。
「ジーク…フリード様?」
「オトメ…これからは遠慮なくお兄ちゃんと呼んでいいからな?」
ちゅっと満足げに私の鼻にキスをされたけど、私の頭は真っ白である。
騎士の忠誠は確かに、親族にも捧げることができるけど…。
「ちょっとジーク!!見損なったわよ!!」
「あんまりですわ!!」
私は、ジークフリード様から引き剥がされ、プリムラちゃんとマリアちゃんに抱きしめられる。
リド君も珍しく慌てているし、ミシェル先生は私の視界をさりげなく遮ってくれている。
……わかってたじゃない、乙女。
ジークフリード様は、私のこと妹としか思っていないことなんて。
…でもね、こんなにはっきりと分かっちゃうと、私も悲しいかな。
「聖女様、ひどいお顔です。お化粧を直しをしなければなりません。」
リリアさんが真剣な表情で私を見つめる。
…リリアさん、ありがとうございます。
「はい。そうします。」
私は控室を後にした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。