乙女、ダンスに励む。
ダンスレッスン編です。どうぞ。
「すごいですわ!オトメ!リドなんかよりずっと上手ですわ!」
「おい。酷いぞ、マリア。」
ダンスレッスンを初めて、一週間、残り六日と迫った夜会に向けて、私は日々猛特訓中だ。
今日は、マリアちゃんがリド君を連れて見に来てくれている。
ダンスの先生が言うには、私はそこそこダンスのセンスがあるらしい。
ふふん。ジークフリード様の燕尾服姿の為ならば…乙女はダンスだって踊りこなしてみせましょう!
そろそろ実際にジークフリード様や同じような背丈の人と踊って練習をした方がいいとのことだった。
ジークフリード様は、騎士団で仕事をしているし、それに急にジークフリード様と踊るなんてハードルが高い。…ジークフリード様の御御足を踏んだ暁にはもうダンスなんて絶対できない。考えるだけで恐ろしい…。
ジークフリード様と同じくらいの身長の人だと、ミシェル先生かな?
数日前に一度ルセルニアに帰国したミシェル先生だけど、結局式典があるからと、昨日の内にまたレイナークに戻って来ているはずだ。お互い準備が忙しくてなかなか会えていないけど…。
…それとは別件で、ミシェル先生にお願いしたいこともあるんだけどな。
「ジークの背丈となると…、やっぱりミシェルか?俺でもいいけど、初心者同士じゃな…。」
「そうですわね。リド、ミシェルに連絡を取って下さいな。」
「ああ。」
リド君が通信用の魔道具を取り出し、ミシェル先生に繋いでくれる。
この魔道具は距離に制限があるが、ほぼ携帯のような役割を果たしている。私は密かに期待しているのだ、カメラ機能の魔道具もあるんじゃないかって!
「おい、ミシェルー。お前のかわいい生徒が困ってんぞ。」
『…オトメがですか?分かりました。行きましょう。』
え?リド君。そんな言い方でいいの?というかミシェルさんも来てくれるの?
忙しくないのかな。
「ミシェル先生、忙しかったんじゃないの?大丈夫かな?」
「あー俺の通信に出るくらいだから、暇だったんじゃねえ?」
ミシェル先生は、よほど暇でもないとリド君の通信に応えてくれないのだそうだ。それどころか、旅の最中も、戦闘のことや、真面目な話以外には反応さえ返してくれなかったらしい。
可哀想にリド君。…でもミシェル先生がそうなるくらい、何かやらかしてたんだろうね。…そういえば、私もジークフリード様について語った時、途中から返事してもらえていなかった気が…。あれ?同類?
程なくして、ミシェル先生がやって来た。
「私をご指名だったようですが、どうされましたか?」
「すみません、お忙しいところ。実は、ダンスの練習に付き合って欲しいんです。」
私がそういうとミシェル先生は少し驚いたようだ。やっぱりこの世界では大体の女性が踊れて当たり前らしい。
「おや、オトメはダンスを踊ったことがなかったのですか?」
「はい。元の世界では夜会みたいな場はありませんでしたから。一部の人が趣味や競技として嗜んでいたくらいで…。」
「ふむ。ダンスを競技ですか…。それも面白いですね。いいでしょう。私が教えて差し上げます。」
一つ頷くとミシェル先生が私に手を差し出してくれる。
「丁度ジークと私は背丈が近いですからね。ジークと踊るんでしょう?」
…流石ミシェル先生。お見通しでしたか。
ミシェル先生の手を取ると、軽く腰を抱き寄せられる。
その場に音楽が流れ始め、私とミシェル先生はステップを踏み始めた。
▲
「っはぁはぁ…」
「今日のところはこれで終わりにしましょう。」
床に這い蹲る私と、息一つ乱れていない、ミシェル先生。
ミシェル先生は、スパルタだった。
なんとか足を踏むことは避けたけど、それもミシェル先生のリードが上手だからだろう。足捌きがとんでもなく素晴らしいのだ。流石王子…。これ明日筋肉痛になりそう…。
「…ミシェル、今の曲は夜会で流れることなんてほとんどなくてよ?難易度が高すぎるのではなくて?」
「えっ!?」
「おや、バレてしまいましたか。」
ミシェル先生…どういうことですか?私の足腰ガクガクなんですが…!!
「いえ、オトメが意外にも踊れるものですから。ついつい難しいものも教えてしまいたくなりまして。…それにしても体力がありませんね。」
珍しく笑顔を浮かべているけれど、私にはとってもハードだったんですが。ミシェル先生と一般人を一緒にしないで下さい!
「リド、映像記録してたでしょう?オトメに直すところを教えて差し上げますから、貸して下さい。」
「ああ。様になってたぞ、オトメ。」
え?今、映像記録って言った?
リド君が手のひらサイズの丸い玉のようなものをミシェル先生に手渡す。
ミシェル先生が軽く手を翳せば、先程のダンスの映像が浮かび上がった。しかも鮮明で綺麗な映像だ。
「ここのステップを…」
映像を見て私に指摘していくミシェル先生。
一通り見終えたところで、私は思わず聞いてしまった。
「ミッミシェル先生!これ、魔道具ですか?」
「ああ、見せたことがありませんでしたか。これは私が開発した魔道具です。映像記録だけではなく、映像をそのまま、中継することもできます。そうですね…、貴女がこちらに来た当日に、謁見の間の隣室で待っていてもらったことがあったでしょう?」
「はい。」
そうだ。あの時はジークフリード様が、私の顔を嫌っていると思っていて、クッションで顔を隠していたんだった。
そうしたらジークフリード様が泣いてると勘違いして、私の手を握って…、あの時にハンカチ貰ったんだよね…うふふ。
「通信用のものと、念のため監視もかねて、この魔道具をあの部屋に設置していたのです。本当は、ジークに通信を入れて、謁見の間に来てもらう手筈だったのですが…。いつまでたっても応答しなかったので、映像も繋げていました。貴女とジークが手を握ってイチャついてる一部始終があの時、国王陛下に中継されていましたよ。」
「え!?」
…見られていた?いつまでたっても私たちがこないからミシェルさんがわざわざ迎えに来てくれてたってこと…?
なんてことをしてるんだ私。
…だからあの時、国王陛下の視線が生温かかったのか。…ん?南の塔の私の部屋って仕組まれてた?
それはさておき、こんな高性能な魔道具があれば…!
「ミシェル先生!この魔道具、お借りできませんか?」
ミシェル先生が怪訝そうな表情を浮かべる。
「…一応聞いておきましょう。用途は?」
「ジークフリード様の燕尾服姿を!!「却下です。」
そんな…!
これがあれば、ジークフリード様の色んなお姿を記録できるのに…!
乙女は、ずっとこれを求めていたのです、ミシェル先生!
「そんなことだろうとは思いましたが。第一、記録する際に適量の魔力を注がなければなりません。オトメの場合は常に最大出力のようなものですから、そんな魔力を注いだら魔道具が壊れてしまいます。」
…う。反論できない。
私はミシェル先生がルセルニアに帰る前に、魔力量を計測しましょうと言われたのだ。
私の魔力の抑制装置を作るために必要だったらしい。
その時、渡された計測器に魔力を流してみたら、見事に壊れたのだ。
…ちょっとだけ流したつもりだったんだけどなぁ…。
「だっ大丈夫です!私がジークフリード様と踊っている最中に使う予定なので、誰か他の人に使ってもらいます!」
私の言葉にミシェル先生は少し考え込む。
「…ふむ。そうなるとオトメとジークが踊っている姿ということですか…。ならいいでしょう。お貸ししましょう。再生には魔力が必要ありませんが、記録は魔力を流し込まないとできません。決してオトメはやらないように。」
「はい!ミシェル先生!ありがとうございます。」
本当は私はカットで、ジークフリード様のみの映像がいいんだけどね。それだったら私、部屋に篭って、一日中見ていられるよ。
無事に魔道具を借りる約束をした私は、ミシェル先生の指摘を受けつつ、ダンスレッスンに励んでいくのだった。
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「いいですね。オトメ。よく頑張りました。」
今日は式典の二日前。
ミシェル先生のスパルタレッスンに耐えた私は、一般的なダンスなら問題なく踊れるようになっていた。
ミシェル先生にもお墨付きをもらえたので、ダンスレッスンは今日で終了だ。
…頑張った私。この何日かで、すごい身体鍛えられた気がする…!
実はまだジークフリード様とは、完璧なダンスを踊れていない。
原因は私がジークフリード様に抱き寄せられる度にふにゃふにゃになってダンスどころではないからで…。ジークフリード様も笑って頭を撫でてくるものだから、私は初回で失神しかけた。
そんな私たちを見ていたミシェル先生が抱き寄せられる練習をしなさい。と言い放ち、そのまま部屋を出て行ってしまったので、ジークフリード様にはこの何日間か抱き寄せてもらう練習に協力してもらっていた。
抱き寄せられて、ポツポツと会話するだけの時間だったけれど、私はどさくさに紛れてジークフリード様の匂いを嗅ぎまくっていました。至福の時間でした。ごめんなさい。
…そんなこんなで、今では何とか一曲を踊り切れるようにはなったけど、少しでも気を抜けば失神しそう。
とりあえず、ジークフリード様、視線が合う度に微笑むのはやめて下さい。乙女は高確率でステップを外します。
…私こんなので、本番大丈夫なのかな。
「あと、これを。くれぐれも自分では使わないように。壊したら実験に協力して頂きますからね。」
「わあ!ありがとうございます!」
ミシェル先生が映像記録の魔道具を貸してくれた。
これで、式典への準備は万全だね!
…あとは魔道具を使ってくれる人を探さなくちゃ…。
ミシェル先生にお礼を言ったところで、リリアさんがお迎えに来てくれた。
どうやらドレスが仕上がったみたいだ。
午後にはコレットさんが来て、一度試着したところを見て貰い、不備がないか確認をするらしい。
楽しみだなぁ。
午後まで少し時間が空いた私は、騎士団の建物に来ていた。
「こんにちはー!」
宴会以降も何度か騎士団に顔を出していた私は、今ではすっかり皆と仲良しだ。
騎士団の人たち、いい人ばかりなんだよね。
「お!嬢ちゃん。悪いな、今、ジークは出ているんだが…。」
奥から顔を出してくれたのはアベルさんだった。相変わらず机の上は大量の書類が山積みに置かれている。
国全体の自警団みたいなものも兼ねているから、大変だよね。
「いえ、今日はジークフリード様ではなくて、ちょっと聞きたいことがあって…。」
「ん?どうした?なんでも言ってみろ?」
アベルさんともとても仲良くなって、何だか最近は、娘のように扱われてる。この間もアベルさんの奥さんにも会ったけれど、娘に欲しいわ!なんて言ってくれた。とても綺麗な人だったなぁ。
「あの、明後日の夜会に参加される方って、他にいますか?」
「ああ、それなら…俺と奥さんと…あとは…おい!カイル!お前も明後日の夜会参加するんだろ?」
「はい、参加します……って、オトメさん。いらしてたんですか。何だか久しぶりですね。」
アベルさんに呼ばれて、ニコニコとしながらこちらに近づいてくるカイル君。相変わらずかわいいね。撫で繰り回したいよ。
…カイル君も夜会に出るのか、それなら…!
「カイル君、お仕事中にごめんね?実は折り入ってお願いがあるんだけど…。」
「はい?なんですか?」
キョトンとするカイル君に、包みから取り出した、魔道具を差し出す。
「実は夜会の日、これで、私とジークフリード様が踊っているところを記録して欲しいの!」
その場の空気が固まった。
カイル君の表情が一瞬真顔になる。
隣のアベルさんは、目元を抑えて天井を見上げていた。
そうだよね、私の踊っている姿なんかみたくもないよね。ごめんねカイル君。
「変なことお願いしてごめんね。私ちょーっと魔力のコントロールが下手で、魔道具を壊しかねないっていわれてて。私の親しい人って、どちらかというと今回の式典の主役しかいないから、カイル君にしか頼めないんだけど……だめかな?」
カイル君は真顔のままだ。
そんなに嫌かな…?無理強いはしたくないし、誰かほかの人に…。
「なあ、嬢ちゃん、俺でよければ「いいですよ。」……おい、カイル。」
アベルさんの言葉をカイル君が遮る。
「その代わり、僕からもお願いがあります。」
真剣な顔で私を見るカイル君。
カイル君にはお世話になってばかりだから、できる限り答えたい。
そう思っていた私だけど、カイル君からお願いされた内容に内心首を傾げた。
カイル君がいいのなら、いいんだけど…。そんなことでいいの?
カイル君、かわいそう。そして、いったい何をお願いしたんでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。