騎士は拗らせる。
プリムラ刑事の尋問から始まります、どうぞ!
月も空高く上がった頃、レイナーク王国、王都アルステア、アルステア城。
騎士団施設にもほど近い、南の塔のある一室。
夜にもかかわらず、王宮で使うには随分と飾り気のないライトの明かりのみが灯っている。
簡素な机に、二脚のこれまた簡素な椅子。
椅子に座るのは二人。一人はじっと向かい側に座る人物を見据えている。
視線を向けられているその人物は、困惑した様子で、視線をさまよわせていた。
その人物の両サイドには、二人が逃げ道を塞ぐように立っている。
「オトメ、アンタは騎士団の宴会に、ジークとともに城下町の酒場へ向かった。間違いないわね?」
「はい。そうです。」
どうしてこうなった…?
私は、自室に帰って来たはずなのだけれど。
プリムラちゃんは犯人を尋問する刑事さながらの雰囲気を醸し出してるし、私は何か悪いことでもしたのかな。
「あのカイルリードって騎士から、連絡が入ったわ。そうでしょう?リリア。」
「はい。カイルリード様から、緊急回線を利用して、大変慌てられたご様子で連絡が入りました。聖女様が大変なことになってしまった。すぐに送り届ける。と。」
カイル君なんちゅう連絡の仕方しているの。やめて、私別に元気なんだけど。現実が受け入れられなかっただけで。
「どうせなにかジーク絡みだとは思ったわ。…でもアンタは茫然自失。そして送り届けたのはジークではなく、他の騎士じゃない。あのシスコン変態騎士が、アンタを送り届けないなんて、余程のことがあったんでしょう?」
もしかして…三人とも、心配してくれたの?私なんだか感動してきたよ…持つべきものは友だよね。
シスコン変態騎士ってジークフリード様のこと?辛辣過ぎない?
「公衆の面前でなにをジークにされましたの?オトメ!!告白ですの!?それともプロポーズですの??さあ!全部包み隠さず、吐け!ですわ!」
興奮したように私の肩を揺さぶるマリアちゃん。
…あれ?マリアちゃん。
目が爛々と輝いてるよ?薄暗い中でも、水色のおめめは明るいねえ。綺麗だねぇ。というかなんでそんなに興味津々なの。ねえ、心配してくれてるんじゃなかったの?
「…酔っぱらったジークフリード様に、抱きしめられて…。」
「それで?」
プリムラちゃんが、ニヤニヤしながら先を促す。
「きっ…キスを……ここに……。」
私は真っ赤になって鼻を指さした。
「鼻…ですの…?」
「そうなの…鼻にジークフリード様の唇が触れちゃって…!どうしよう!」
思い出しただけで沸騰しちゃいそう!
恥ずかしいよ!!
「………。」
三人からは何も返答がない。あれここ、盛り上がるところじゃないのかな?
「鼻にキスくらい、どうしたっていうんですか。小さな子供にだってやりますよ。」
リリアさんが、言い放つ。
声に抑揚がない。なんでそんなに冷めた顔をして私を見るの…?
たっ確かにそうだけど…!
「そうですわ。鼻にキスなんて私とリドでしたら、二人きりの時、日常茶飯事ですわよ?」
マリアちゃんがさらっと衝撃の事実を明かした。
プリムラちゃんの顔が一瞬引き攣ったが、すぐにニヤリと笑う。
ねえプリムラちゃん。今のネタで、絶対リド君揺さぶるんでしょう。やめたげてよお!
「で?何か他にもあるんでしょ。全部吐いちゃいなさいよ?楽になるわよ?」
なんでもお見通しですか、プリムラちゃん。
さすが人生経験豊富だね!よ!120さ「さっさと吐け。」はい。
「実は、ジークフリード様が他の人たちの前で、俺の可愛いオトメには指一本触れるなよって言って下さって…。」
「…それは妹的な意味ではなくって?」
「王女殿下!!シッ!」
リリアさんありがとう。でもしっかり聞こえちゃったし、なんとなくそんな気がしていたから大丈夫です。うぅ…。
「それに…」
「それに?」
「…ジークフリード様…私の顔、嫌いじゃなかったみたい!可愛いって言ってくれたんだ。えへへ…。」
乙女はそれだけでも嬉しいのです。鼻のキスも、俺のオトメ宣言も、おそらくお兄ちゃんモードが発動していたんでしょうけど、でも可愛いってうふふ!
それに身体が密着するくらい、強く抱きしめられたのなんて初めてだった…。
ジークフリード様の体温とか、固い筋肉の感触だとか…。はあはあ。
お酒なんて飲まなくても、ジークフリード様の匂いだけで、乙女は酔ってしまいます…なんて!
私が一人で身もだえていると、プリムラちゃんが下を向いて、震えだした。
プリムラちゃんの握り締めた拳から振動が机にまで伝わる。
リリアさんとマリアちゃんが後ろに下がった気がする。え?どうしたの…?
「……んなこと、最初から知ってるわ!!」
プリムラちゃんがそう叫んだかと思うと、突然椅子から立ち上がる。
そして、次の瞬間、机を渾身の力で蹴った。
ドカッッ!!
倒れる椅子。目の前で飛び散るお菓子。蹴られた机の脚は見るも無残にバッキリ折れている。
私は戦慄した。ようじょこわい。
▲
気が付いたら、自室のベッドで寝ていた。
頭が痛い…。シャワーを浴びる気力はあったのか、寝間着には着替えているが…、いつ帰って来たのかも分からない。
師団長と飲み比べをさせられて、なぜだかオトメが隣に来たのまでは覚えている。
それ以降の記憶がぷっつりと途絶えていた。
俺はオトメを王宮まで送り届けたのか…?
もし途中で潰れてしまったのであれば、謝らなければ…。
そう思い一度は起き上がるものの、二日酔い特有の頭の鈍痛と気怠さで、もう一度ベッドに突っ伏してしまった。
今日は非番だし、もう一度寝てしまおう。それからオトメの顔を見にいけばいい。
ベッドのすぐ隣のテーブルの上に、映像記録の魔道具が置いてあるのが見えた。メモも一緒に添えてある。
なんでこんなところに…、師団長が置いていったのか?
怠い体を動かし、メモを見れば、起きたら観ろ!と書いてあった。
案の定、師団長の字だ。面倒くさいとは思いながらも魔道具を起動させた。
「なっ!?!?」
なんだこれは…!
映し出されたのは、俺がオトメを抱き締めて、鼻にキスをしている映像。
挙句の果てには、可愛いだとか、俺のオトメに触るなだとか言っている。
二日酔いなど消し飛んだ。
何をやってるんだ俺は!?
すぐさま着替え、顔を洗い、部屋を飛び出す。
向かうのは騎士団。事の真相を確かめなければならない。
「師団長!!!!」
「お!来たか。ヘタレ色男!」
勢いよく執務室の扉を開ければ、数人の部下たちから生温かい視線を送られる。
師団長を問いただそうと思ったが、勢いをそがれてしまった。
「ぐっ…。あの映像は…。」
「本当のことだぜ?いつも冷静なお前が、公衆の面前で俺のモノ宣言!いやぁ、若いねえ!まあ鼻にちゅうはヘタレだったけどな!」
顔が真っ青になる。俺は酒の勢いでなんてことをしてしまったんだ。
「思ったより早いお目覚めでしたね、副師団長。」
いつの間にか隣にはカイルがいた。冷ややかな視線を向けられる。
「僕、副師団長があんなことする方だとは思いませんでした。見損ないました。」
「ッカ…カイル。」
俺は部下にも見捨てられるのか…。
しかもあのカイルがこんな言葉を言うとは…。
固まる俺を見かねたのか、カイルに睨まれる。
「何ぼさっとしているんですか。今日は非番でしょう。…こんなところにいるより、謝らなければいけない人がいるんじゃないですか?」
「!」
「はあ…。早く出て行って下さい。仕事の邪魔です。」
カイルに追い出されるように執務室を後にする。
オトメはどこだ…あの侍女に聞けば分かるか?
南の塔にむかおうと思えば、こちらに歩いてくる人影が見えた。
相変わらず奇妙な被り物を被り、こちらに気が付くと小走りで向かってくる。
「こら!…走るな、足下がよく見えていないだろう!」
案の定躓いたのを見て、思わず駆け寄り、体を支えた。
「あっ、ごめんなさい。ジークフリード様!」
オトメだ。
被り物をしているせいでどんな顔をしているのか分からないが、声色からすると、怒っているわけではないらしい。
先ほどの映像が頭をよぎる。オトメに俺は…
「昨日の夜はすまなかった。」
「え…?」
「あんなところで強引に抱きしめたり…その、鼻にキスしたりして…。」
「あ…。」
オトメが俯いてしまう。
今日も被り物をしているのは、俺には顔をもう見られたくないということか?嫌われて…しまったか?
心臓が締め付けられるようだった。
もう、お兄ちゃんとも呼んでくれないのか…?
少しの沈黙の後、オトメが被り物を持ち上げ顔を覗かせる。
相変わらず、綺麗な瞳だった。
一瞬ためらうように顔を反らしたが、すぐに何か決心したように俺を見つめる。
少し伏せられたその瞳が俺に近づいてくる。
ほんの一瞬だった。鼻の頭に柔らかい感触が触れた。
「…いっいやじゃなかったですよ?」
真っ赤な顔で目を潤ませて、俺を見上げるオトメ。
すぐに被り物を引き下げ、顔を隠してしまう。
「…だけど、皆の前では、恥ずかしいから、二人の時だけにしてくださいね?ジークお兄ちゃん。」
「っ!!」
思わず体が動いた。
オトメの被り物を顔が見えるところまで引き上げ、オトメにされたのと同じ場所に、キスをする。
「っかっ可愛いことをするな…!変な虫がついたらどうするんだ。」
「…ジークお兄ちゃん以外には、こんなことしません。」
身体がしびれてしまうような感覚が胸の奥から湧き上がる。
オトメが可愛いくて、堪らなかった。
腕にオトメを閉じめて、抱き締める。
ああ、俺は立派なシスコンになってしまったようだ。
▽
おまけ。
「あーあー、お前も損なやつだなあ。」
窓の外には、渡り廊下で抱き合う二人が見える。
きっと二人の世界に入っていて、窓からそれなりの人数に覗き見されてるなんて気が付いてもいないのだろう。
「あんな可愛い嬢ちゃんに惚れる気持ちは分からなくもないけどよ、まあ、相手が悪かったなあ。」
「僕の傷を抉って、そんなに楽しいんですか。師団長。」
相手が悪いなんて分かっている。
だってあの人は、僕の憧れの人だ。
とても強くて、誠実で、騎士として誇り高くて信頼も厚い。その上見た目だって良い。
あの人の魅力なんか十分知っている。
それでも僕は彼女に恋をするのをやめられなかった。
初めて会ったときに、変な被り物から覗かせた宝石みたいな瞳に、ひどく可愛らしい表情が忘れられない。一目惚れだった。
それに昨日の酒場で、いつもどこかあの人の陰に埋もれているような僕を、しっかり見ていてくれた。かっこいいと言ってくれた。
初めて人をこんなに好きだと思った。
けれど…。
彼女があの人のことを幸せそうに話すから。
彼女があの人に抱き締められて、キスをされてしまった昨日の夜も、混乱はしていた。それでもやっぱりどこか、嬉しそうだった。
「あのヘタレ色男!嬢ちゃんにしてもらったのに、また鼻かよ!!」
どうやらまた鼻にキスをしたららしい。
というか、僕にその光景を実況しないでくださいよ。師団長。
恨めしく師団長を睨めば、強引に肩を組まれた。
「今晩は俺のおごりで飲みに行くか?明日非番だろ?」
「…あまり飲みすぎると、奥さんに怒られますよ?…でも今晩はお願いします。」
…さっさとくっついて下さいよ。ヘタレ副師団長。
二人がいちゃついているのは、騎士団の建物から王宮につながる渡り廊下です。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。