乙女、宴会に行く。
宴会編です。
「ガハハハ!お嬢ちゃんみたいなのが、あの結界をぶち壊したのか!!」
バシバシと肩をたたかれる。
「いや、偶然ですよ?」
「偶然であれなわけねえだろ!魔術師団のやつらが目ひんむいてたぜ?」
…あれは不可抗力だったんです。ごめんなさい。魔術師団の方々。でもその前にミシェル先生が解除していたけどね。
さて、私は騎士団の宴会場にお邪魔しております。
城下町にある大きな酒場を貸し切って、どんちゃん騒ぎです。
あれから、お兄ちゃんモードを発動させたままのジークフリード様に懇願して、なんとかお姫様抱っこでの会場入りは回避できました。
しかし、王宮から酒場までの道中、周りからの視線が恥ずかしすぎて、街並みなんて全然見られません。初めて王宮の外に出たのにね…ぐすん。今度プリムラちゃんかマリアちゃんにでも付き合ってもらおう。
私の隣に座って、豪快に笑っているのは師団長のアベルさん。
どうやら私が鍛錬場で、失神したのを覚えていたらしい。
始めは体調を心配して声をかけてくれたけれど、私を見て堪えきれないといった様子で笑い出した。
どうして?相棒の顔、可愛くない?憎めない感じの可愛さが出てきたと思うんだけど…。
「くくっ…!その被り物、脱がないのか?」
そう、私は王宮を出てから相棒を被ったままだ。
私の存在はまだ国民には発表されていない。だから顔、というかこの瞳を隠さなければならないのだ。
他国でも国の中枢の人たちは知っているみたいだけれど、一般人にはまだ知られないように情報規制を引いているらしい。
この世界での『聖女』の立ち位置を他国と話し合って決めてから、正式に発表されるとのことだった。リド君たちの帰還のお祝いや婚約発表の式典で、一緒に私もお披露目予定だそうだ。式典には、各国の王族も参加するからタイミングも丁度いいのだろう。
…国民だって、私みたいなのが突然現れて、聖女です!よろしくね!ウフッ!なんて言われたら、誰だお前ってなるよね。うん。
本来なら今日のこの会場は城下町とはいえ、騎士団の関係者で経営されている酒場だから、相棒は被ってなくてもいいのだけれど…ジークフリード様に不快な思いはさせたくない。それに相棒は口元開閉式だし。なんら不便はないのだ。
何より…
「ジークフリード様に、脱ぐなと言われたので…」
そう。ジークフリード様に会場入りする前に言われてしまった。
分かっていたことだけれど、ちょっと悲しい。
「ジークが?…ははーん。嬢ちゃんの可愛い顔を他の野郎どもに、見せたくねえんだろうな。」
「いえ…ジークフリード様は、私の顔が好きではないみたいなんです。」
「……何言ってるんだ?嬢ちゃんの顔が嫌いだって?」
アベルさんが何か考え込む。
ジークフリード様は、最初私の隣にいたけれど、主役ということで他の人たちに連れていかれた。最初は嫌がってはいたが、今はもみくちゃにされ楽しそうだ。
何かを言われ、少し赤くなって相手に言い返しているジークフリード様。どうやら冗談だったのか、おどけたように笑っている。
……かっ可愛いよ…!そんな顔もされるんですね……!乙女は胸がキュンキュンしています!!
「オトメさん、隣に座ってもいいですか?」
「あ、カイル君!」
鼻息荒くジークフリード様を観察していると、いつの間にかカイル君が隣に来ていた。
いけね。私ってば、集中しすぎて全く気が付いてなかった。
「カイル、嬢ちゃんをよろしく頼む。嬢ちゃん、俺があのヘタレ色男を成敗してやるからな!……おい!ジーク!!!お前、俺と飲み比べだ!!」
「は!?なぜ…!?」
え?アベルさん、もしかしてあのヘタレ色男って、ジークフリード様のこと?
アベルさんが勢いよく立ち上がり、ジークフリード様へと近づいていく。
飲み比べと聞き、ジークフリード様の顔が引きつっているような気がするけど…大丈夫なのかな?
「すみません、うるさくて。副師団長が帰ってきたものだから、余計に皆はしゃいでしまっていて…」
「ううん。ジークフリード様が帰ってきて、みんな嬉しいんだね。」
「はい。二年間、みんな国で待っていることしかできませんでした。だから、あの方の帰還を本当に喜んでいるのです。…僕も正直ほっとしています。僕には副師団長の穴を埋める役目は重かったですから…。」
眩しそうな目で、ジークフリード様を見つめるカイル君。
私からしたら、カイル君だって十分眩しいのに。それにジークフリード様の不在の間、彼の席を守り続けていたのは実際、カイル君なのだ。
それにカイル君という信頼できる部下がいたから、ジークフリード様は二年もの間、騎士団の仕事を休んで、旅をすることができたのだ。
「カイル君。私実は、カイル君のことも会う前から少し知っているの。」
「僕を…ですか?」
「私はカイル君がいてくれたから、今回の勇者達の旅も成功したんだと思うよ?」
「え…?」
何を言いたいのか理解ができないのだろう。カイル君は目をぱちくりさせている。
「カイル君っていう信頼できる人がいたから、ジークフリード様は、戦いに集中できた。あの人は騎士団の仕事に誇りを持っていたでしょう?そんなジークフリード様が二年間も離れられていたのは…、騎士団のことを任せられる、カイル君がいたからだよ。それに、こうしてまたすんなり騎士団のみんなに溶け込めてる。それはカイル君がジークフリード様の席をずっと守り続けてきたから。そういうことなんじゃないかなあってね。」
目を見開くカイル君。
「私は、客観的に見ていただけだから。カイル君の気持ちなんて分かることも少ないけれど、私はカイル君がかっこいいなって思うよ。」
「僕が…かっこいい?」
「うん。カイル君はかっこいいよ。」
カイル君は頬を染めて、はにかんだ。
「ありがとうございます。オトメさん。僕は、騎士団副師団長補佐として、その役目を副師団長不在の間、しっかりやり遂げました!」
「よ!カイル君!かっこいいぞ!!」
私がおどけて言えば、カイル君が思わず噴き出す。
二人でしばらく笑い合う。よかった、元気になってくれて。
「それにしても、アベルさんってお酒強いんだね…。ジークフリード様、大丈夫なのかな?」
騒ぎの中心に目を向ければ、ジークフリード様がお酒の大瓶を口に突っ込まれているのが映り込む。
隣ではアベルさんが、自ら大瓶を煽っていた。
周りはどちらが勝つかで大騒ぎだ。賭け事まで始まっている。
「あはは…。師団長は普段からすごい飲みますから。副師団長もそれなりに飲めるはずなので大丈夫だと思いますよ?」
「そうなんだ…ちっちなみに、ジークフリード様って酔うとどうなっちゃうのかな?」
「副師団長ですか…?そうですね、あまり悪酔いはされない方ですが、普段が口数が多い方ではないので、饒舌になるくらいですかね?」
そうなのか…。あられもない姿を見ることは難しそうだ。
正直、泣き上戸になっちゃうジークフリード様とか、赤ちゃん言葉になっちゃうジークフリード様とかすっごい期待してたんだけれど。
…でも脱いだりされたら、また失神する自信があるので、良しとしよう。
「カイル君はお酒飲まないの?私に付き合わなくても大丈夫だよ?」
この世界の成人は16歳だった筈。私は気分的に20歳までは飲まないつもりだけど、カイル君も飲んでいないようだ。
私に付き合わせてしまっていたら、申し訳ない。
「私は一人でも平気だから、カイル君もみんなと飲んできていいよ?せっかくの宴会なんだから楽しんで来なよ。」
「いえ、僕はあまりお酒は強くないんです。…それに…」
カイル君が少し顔を赤く染めながら、私をみる。
「僕は…オトメさんといられる方が「嬢ちゃん!!ちょっとこっち来いよ!」
すっかり出来上がった様子のアベルさんがやってきて、私を立ち上がらせる。
話の途中なのにごめんね、カイル君!カイル君は仕方がないとばかりに苦笑して、付いてきてくれる。
私が半ば引きずられるようにして、騒ぎの中心へと入っていくと、ジークフリード様の近くに立たされた。
二人が飲み比べをしていたテーブルの周りには大量の大瓶が転がっている。
うわぁ…こんなに飲んだの?
「ジーク!!」
「なんですか…師団長。頭にガンガン響くんでやめてくださいよ……って、オトメ?」
ジークフリード様のお顔が真っ赤です。目が据わってるし、うるうるしてます。
カイル君の言うように饒舌になっているのか、ちょっとふてぶてしい様子が大変可愛いらしいです。乙女はそのお顔が見られただけで満足でございます。はあはあ。
ジークフリード様に内心悶えていると、アベルさんがとんでもないことを言い出した。
「お前、嬢ちゃんの顔が嫌いって本当かよ?」
アベルさーーーん!!何言ってくれてるんですか!!
乙女の傷を抉るつもりですか?思わずアベルさんの顔を睨むとウインクされた。
まかせろ、だって?ふざけんな!!泣くぞ!
アベルさんにキレていると、突然私の視界が開ける。
ジークフリード様によって相棒が脱がされたのだ。なぜか放り投げられる相棒。
そのままアベルさんの顔にヒットしたようだ。アベルさんが顔を抑えて痛がっている。いい気味である。
ジークフリード様が私を強引に抱き寄せた。
密着する身体。腰に回る腕は、酔っている所為かいつもより力強い。
露わになった私の顔に周りの騎士たちがざわめいた気がしたけれど、それどこじゃないです。
いやな予感がする…。これは…お兄ちゃんモードのスイッチが入ってしまった?
午前中の羞恥プレイが思い起こされる。あの時はまだ周りがリド君達だけだったからよかった。ある程度、私の事情も知っていたし。
しかし今は、騎士団という大人数の前。しかもあんなにさっきまでうるさかったのに、今は固唾をのんで私たちに注目している。
こんなところでお兄ちゃん呼びさせられたら…乙女は二度とお外を歩けなくなっちゃうよ!?
私の顔を両手で包み込み、じっと見つめるジークフリード様。
そして、とんでもない爆弾を投下されました。
「そんなわけないだろう。こんなに可愛いのに…。」
なんて…言いました?ジークフリード様…?
なぜかジークフリード様の顔が近づいてきて、鼻先に、柔らかい感触が触れる。
え…?キス…された…?
「いいか、お前ら。俺の可愛いオトメには、指一本触るなよ。」
ジークフリード様は高らかに宣言されると、私の顔を見て、満足げに笑う。
再び抱きしめられたかと思うと、ジークフリード様から力が抜け、そのまま私ごと、床に倒れこんだ。
周りが騒ぎ出す。
ずるいぞ!だとか、鼻かよこのヘタレ!だとか野次が飛び交うが、私は頭が真っ白だった。
…ジークフリード様…今のはどういうことですか?
私を見て可愛いって言ってくれた?…私の顔が嫌いなんじゃなかったの…?
カイル君に助け出された私は、相棒をアベルさんから取返し、すっぽりと被る。
「帰る。」
子供のようにただ一言私はそういった。
アベルさんが、そんな私の様子に顔を青くしていた気がする。
カイル君が付き添って王宮まで送ってくれる。終始私を心配してくれている様子だったが、相棒で表情が見えないからか、黙って横を歩いてくれていた。
王宮につけば、入り口にリリアさんとプリムラちゃんの姿が見えた。カイル君がどうやら連絡を入れてくれていたらしい。
真っ白な頭でなんとかお礼を告げ、カイル君と別れた。
そのまま二人に連れられて、南の塔へと向かう。
ああそうか、私の部屋が用意できたんだっけ…。
部屋に着くと、なぜか机と椅子が二脚、明らかに不自然な位置に置かれていた。机の上には一つのライト。まるで元の世界のデスクライトのようだ。
私が促されるまま椅子に座れば、向かいにはプリムラちゃんが座る。
なぜか私の目の前に置かれる大量のお菓子。しかも持ってきたのはマリアちゃんだ。いつからいたよ。
私を囲うように、マリアちゃんとリリアさんが立つ。
マリアちゃんはともかく、リリアさんどうしたの?巻き込まれたの?
プリムラちゃんがドンッと机をたたいた。
「さあ、何があった。すべて吐け。」
プリムラちゃん…、あなたは取り調べの刑事ですか?
どこから仕入れてきたよ。そのネタ。
机に置かれたお菓子はかつ丼の代わりです。
たぶんプリムラちゃんが一度やってみたかったんでしょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。