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東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.  作者: やみぃ。
第四章 紅霧異変
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終話 紅魔郷




 レミリアの掌に莫大な魔力が集まる。

 直後、それらは巨大な魔法弾となって連射された。

 雪崩るように押し寄せる紅い弾幕。

 狙いなんて殆ど定めず、高速で飛行しながらやたらめったら周りに撃ちまくっている。


 ただの力技だ。

 美しくないし、不規則で避けにくいったらありゃしない。

 最早なりふり構わないというわけか。

 決死の思いで回避を繰り返す。


(まもる)!」


 どこからか名前を呼ばれた。

 魔理沙の声だ。

 視線をレミリアから離さず返事をする。


「なんだ!」

「陽動する。その隙に叩けるか」

「わかった。三十秒頼む」

「ふ、任せな」


 魔理沙は威勢よく返事をし、レミリアの方へと向かう。

 あの火力に突っ込んでいったら長くは持たない。

 早めにけりをつけないとな。


「明!」

「ほいさ」


 下がりながら妹を呼ぶ。

 左側からいつも通りの声色が返ってきた。


「カスケード、スコール、あと何を使った」

「レーン、カッター、マシンガン、スナイパー」


 彼女の使用済スペルカードを羅列させる。

 俺の前で使った魔術カスケードと魔妖スコールの他、魔術アクアレーン、魔妖ウォーターカッター、そして妖術のペネトレイトマシンガンとマジカルスナイパーを使ったらしい。

 使いやすいものをさっさと使ってきたわけか。

 明らしいな。


「奴の動きを鈍らせたい。あの分解技、いけるか」

「……いける、けど」


 返事が遅かった。

 一瞬だけ彼女の方を見る。

 視線の合った明は、不安そうな色の瞳をしていた。


(自信ない……)


 そんな意思が伝わってきた。

 俺は眼力をやや強め、そして僅かに笑いかけてやる。


(俺が守る。安心しろ)


 そうアイコンタクトで伝える。

 彼女はほんの少し考えてから頷いた。


「魔符『スターダストレヴァリエ』!」


 魔理沙の声。

 前線を振り返ると、彼女は大きな星屑をばらまいてレミリアを撹乱していた。

 霊夢もその近くで接近と射撃を繰り返している。

 レミリアは完全に二人に気を取られている。


(今だ。やれ)

(いま。守って)


 まさに阿吽の呼吸。

 明の動きが止まると同時に、俺はスペルカードを発動した。


「生命『バイオティックバレット』」


 明の前に立ちはだかり、レミリアのいる方向へと妖術砲弾を放つ。

 それらは一定距離まで進んだところで爆発した。

 すると、爆発地点から全方位へ“枝”が伸び始めた。

 緑色の樹状組織だ。

 細かく枝分かれしながら広がり、爆発地点周囲を緑で埋める。

 レミリアからの魔法弾がいくつか飛来するが、障害物となって防いでみせた。


 あの砲弾は生命妖術弾。

 爆発と同時に自己成長し、ああして空間を埋めるのだ。

 樹木が枝を隅々まで伸ばし、一筋の太陽光すら(こぼ)さんと空を埋め尽くすように。


 レミリアと明の射線上を塞ぐよう、砲弾を撃ち込み続ける。

 時折紅い魔法弾が飛来しては遮られている。

 そうこうしている間に、明の準備が整った。


「妖術『オキシジェンストライク』」


 明が魔法銃の引き金を引いた。

 大きな魔法陣が現れ、そこから何発かの水色砲弾が放たれる。


 一瞬にしてレミリアの付近へと到達する砲弾。

 ぼん、と太い炸裂音が響く。

 だが何も起こらない。

 レミリアは怪訝そうにこちらを見た。


 なんだ、西洋生まれのくせにわからなかったのか。

 英語の苦手な俺でも知っていたというのに。

 “オキシジェン”は日本語で。


「“酸素”だよ」


 明が笑ったのと、レミリアが怯んだのは同時だった。

 レミリアの周囲を飛ぶあらゆる弾が一斉に炎を纏ったからだ。

 魔理沙の星屑弾、霊夢の札弾、そしてレミリア本人の魔法弾も。

 炎の熱風が吹き乱れる地獄と化した。


 燃焼現象に酸素は不可欠。

 その酸素が過剰にある状態ならば、当然燃焼も激しくなる。

 高熱を纏う魔法弾等もその影響を受けるのだ。


 魔理沙と霊夢も狼狽しているが、ふたりのいるあたりは酸素の充満範囲外。

 炎の影響は受けていない。


 明いわく、理屈は単純だ。

 水は水素原子二個と酸素原子一個が結合してできている。

 当然、明が水魔法で生み出す水もこれは同じ。

 だからその水を分解し、酸素原子をふたつ結合すれば酸素が取り出せる。

 それを凝縮して相手に撃ち込めば、微量の熱や炎を増幅させる妨害技となるのだ。


 理屈は単純と言ったが、水の分解と酸素生成の方法については要領を得なかった。

 いわく「高純度で水作るの極めてたら分子レベルでできるようになっててガチったら原子レベルまでいけて引き裂いてくっつけてあいはゔぁおきしじぇん」とのこと。

 ちょっと何を言っているのかよく解らない。


「おらーばんばんばん!」


 明が一際多くの酸素弾を放つ。

 直後、何やら再攻撃の準備に入った。

 スペルカードを連続で発動するつもりのようだ。


 というのも、このスペルカードは二枚セットなのである。

 まあ“単純な理屈”だ。

 H2O(水分子)を分解して(酸素原子)だけ取ったのならば、H2(水素分子)が手元に余っている。

 ただそれだけのことだ。


「……妖術、『ハイドロジェンストライク』」


 明は再び引き金を引いた。

 魔法陣から飛び出すおびただしい数の水素弾。

 熱風の只中で動きが鈍ったレミリアへと、それらは正確に撃ち込まれた。


「━━ッ!?」


 大気を焦がす凄まじい連爆。

 鼓膜を揺さぶる轟音。

 爆炎に消えた吸血鬼少女を見て、明は実に愉快そうに笑う。


「あぁ~↑水素の音ォ〜!!」


 お前は何を言ってるんだ。

 なぜ中指を立てる、しまえ。

 あとその煽り顔、割とマジでウザいからやめろ。


「『紅色の幻想郷』」


 背筋に悪寒が走った。

 レミリアから発せられるとんでもない魔力量。

 見ると、全方位に対して紅い大型光弾が放たれたところだった。


 ほらみろ、怒らせた。

 って違う違うそれどころじゃない。


「回避だ!!」


 明に警告する。

 バイオティックバレットだけでは防ぎきれない気がしたからだ。

 明のスペルカードは既に終了していた。

 彼女はすぐに回避機動に移る。


 俺はこの場に留まり、樹状炸裂砲弾バイオティックバレットで迎撃を試みる。

 放った緑の砲弾が炸裂し、樹状の障害物を作り出す。

 飛来する大型光弾を待ち受けるが。


 打ち砕かれた。

 大型光弾が特段強力なわけではない。

 バイオティックバレットが脆くなっていたのだ。

 原因は間違いなくこの魔力量。

 力に当てられて不完全成長を強いられたのだろう。


 しかも、大型光弾が通り過ぎたその後ろ。

 軌跡上に大量の紅い光弾が静止していた。

 レミリアの魔力が増幅した瞬間、それらは各個てんでバラバラの方向へと滑りだす。

 全方向から光弾が飛び交い始めたのだ。

 前方だけバイオティックバレットで防いでいたって何の意味も無い。

 俺はスペルカードを終了し、回避に移った。


 この弾幕、前後左右上下全てを見続けなければいけないため、非常に回避しづらい。

 だが必ず避けきれるはずだ。

 光弾が曲がって戻ってくることは有り得ないのだから。

 遠くへ散っていくのを待てば、必ず反撃の隙がある。


 案の定。

 弾幕密度が下がった。

 すぐさまファランクスを起動し、緑の小妖弾を大量に撃ち込む。


 明が魔法銃から貫通妖弾を連射しつつ、俺の近くへと躍り出る。

 視界の端では、魔理沙がマジックミサイルを一斉に撃ち込んだところだった。

 前方では、レミリアに急接近した霊夢がありったけの攻撃を叩きつけている。


 だが、レミリアの魔力は減衰しない。

 何の負荷も見せずに第二波を放ってきた。

 脇を掠めた大型弾が、軌跡に光弾を置土産していく。

 俺はやむなく射撃を中止した。


「明、無理するな」

「わかってる」


 回避と攻撃を同時に行う妹に忠告する。

 返答の声色からして、言葉通りそこまで無理をしている訳では無いようだ。

 彼女くらいの器用さが俺にもあれば。

 生憎、俺は避けるだけで精一杯だ。


 とはいったって、回避しながらで命中する攻撃なんてたかが知れている。

 霊夢も同じことをしているが、やはり火力不足は否めない。

 これではキリがないだろう。


 そうこうしているあいだに第三波。

 まだ第二波の光弾も散らぬうちに撃ってきやがった。

 魔理沙が堪らず後退する。

 霊夢も距離を取り始めた。


 このままでは押し切られる。

 手を打つなら早い方がいい。


「明、下がれ」

「大丈夫」

「下がれ」

「……?」


 退きつつ、やや強めの口調で命じる。

 彼女は腑に落ちないような顔で安全圏(俺の近く)まで下がってきた。


「奴は持久戦を強いてきてる。これ以上は思う壺だ」

「そうだとしてどうするの。私もうまともなスペカ無いよ」


 魔法銃を抱いて明が返答する。

 銃のカードスリーブに、木札は殆ど残っていなかった。


 しばらく第三波の光弾に対処してから、俺は再び口を開く。


「ペネトレイトレーザー、まだあるか」

「ある。役に立たないから使ってない」

「それでいこう」

「待ってってお兄ちゃん」


 即決した俺の袖が掴まれる。

 彼女は不服そうだ。


「この状況でレーザー当て続けるとか無理に決まってるじゃん! ただでさえ妖力ジリ貧でやばいのに」


 第四波の大型光弾を避けつつ、明は言う。


 ペネトレイトレーザーとは、彼女の持つスペルカードのひとつである。

 光魔法で強力な光線を放ち、それに貫通妖術を付与することで高い破甲能力を誇る。

 だが、点攻撃であるために照射中は相手に照準を合わせ続けなければならない。

 つなり、回避や移動はできない。

 防御手段の乏しい明にとっては使いにくいスペルカードだ。

 開発以来、実戦で使っているのは見たことがない。

 嫌いなのだろう。

 勿論、それもわかった上で提案している。


「誰が独りでやれっつった。俺もやるよ。“デュアルスペル”だ」


 そう言って木札を取り出す。

 こいつはデュアルスペル。

 俺と明のスペルカードを組み合わせる連携技のこと。

 さっき彼女が挙げたものを除くと、デュアルスペルに使用できるのはペネトレイトレーザーだけ。

 組み合わせるスペルカードは俺の十八番、盾符『拒絶障壁』だ。


「ならいいけど……拒絶障壁(お兄ちゃんのほう)のカードは残ってるの?」

「無いが、たかが一枚くらいなんとかな、る、よっと」


 回避しながら受け答える。


 拒絶障壁は咲夜戦のラストで使用済だ。

 そのため、魔理沙や霊夢のように木札無しで発動しなくてはならない。

 俺達兄妹が使うあの木札は使い捨ての妖力タンク。

 無くなった場合は、現場で大量の妖力を使わなければならない。

 当然ハイリスクだ。


 第五波の大型光弾が迫っていた。

 ちらりと明を見ると、悲しげな怒ったような瞳に睨まれる。


「やだ。お兄ちゃんが怪我する」

「そんなヤワじゃないよ。大丈夫だって」

「でも!」


 頑なに嫌がる明。

 ……全く、こういう時だけ変に心配しやがって。


「そんな顔すんなって」


 彼女の手を掴み、こちらに引き寄せる。

 その背中を大型光弾が掠めていった。


「ジリ貧なのはレミリアも同じだ。奴が俺達に確実に勝るのは体力だけ。つまり、体力差で勝負をつけようとしてきた今は奴の窮地だ。今一気に追い込めばそれで勝てる」


 彼女の手を握ったまま説得する。

 周囲には、大型光弾の軌跡に残る紅い光弾たち。


「大丈夫、魔理沙も霊夢もいる。酷いことにはならない。だからお願いだ、明」

「……」


 光弾が一斉に動き出す。

 俺は拒絶障壁を生成し、自身と明を包む。

 緑の球体の外で、紅い光弾が接触しては消えていく。


「……わかった」


 彼女は小さく頷いた。

 その頭を優しく撫でてやる。


「ありがとう、明」


 手を挙げ、掌にありったけの妖力をかき集める。

 視界が緑に染まり始める。


 明が木札を構えた。

 一瞬のアイコンタクト。

 呼吸を合わせ、宣言する。


「「戦術『デアデビル』!」」


 瞬間、球体障壁が一気に巨大化した。

 範囲内に取り込まれた光弾が全て消滅する。

 視界が開けた。


 直後、明が魔法銃の引き金を引いた。

 目が眩むほどの大閃光。

 鋭い水色の光線がレミリアへと照射された。


「……!」


 レミリアの声。

 赤く瞬く彼女の魔力壁。

 効果ありだ。


 明はレーザーを照射し続ける。

 レーザーは弾幕すら貫いて直撃し続ける。

 俺は障壁を維持し続ける。

 弾幕は全て拒み、回避も移動も一切不要とする。

 究極の攻防一体だ。


 レミリアのスペルカードがまるで意味を成さない。

 それどころか、あまりの高威力光線でスペルカードが揺らぎ始めていた。


「魔理ちゃん、れいむん、いま!!」


 余裕のない俺に代わって明が叫んだ。

 魔理沙と霊夢が動きを変えたのは同時だった。

 あのふたりの方が経験豊富だ。

 隙など見逃すわけが無い。


「いっけえぇえぇマジックボムゥッ!!」


 急加速した魔理沙が、その勢いを乗せて魔力瓶を一気に投げつける。

 回避なんて殆ど考えていない無謀な特攻。

 案の定被弾して吹っ飛ばされる魔理沙をよそに、魔力瓶はレミリアの魔力壁に到達する。


 連続する青白い爆炎。

 鈍い破砕音が響く。

 魔力壁が壊れた音だ。


「霊夢!!」

「わかってるわよ!」


 魔理沙が落下しながら叫ぶ。

 返事をした霊夢は、既に絶大な霊力を纏ってお祓い棒を構えていた。


「……霊符」


 閃光と共に放たれる極大の光弾。

 数は七。


 彼女は宣言する。


「『夢想封印』!!」


 幻想郷最強のスペルカードを。


「ッ!?」


 極大光弾がレミリアに吸い付き、大爆発を起こす。

 一発、また一発と。


 紅い魔力が制御を失い、暴走し、爆ぜる。

 やがてレミリアの姿は光に消えた。




 * * * 




 紅魔館の時計塔に背を預けて座る。

 飛行する妖力すら惜しい。

 目を閉じ、ひたすら妖力の回復を待つ。


「大丈夫? 衛」


 霊夢がしゃがみ、顔を覗き込んでくる。

 だが、頭を持ち上げる体力もなければ、言葉を返す気力もなかった。


「たかだかスペルカード一枚くらいで情けないわね」


 どうにか視線だけ上げると、彼女は呆れ顔。

 それでも心配してくれているあたりが愛嬌だ。


「明は……魔理沙は」

「まず自分の心配をしたら?」

「……ごもっとも、で」


 左腕を持ち上げ、手甲を額に当てる。

 妖力タンクと化した宝石からなけなしの妖力を貰う。

 ほんの少し気分が楽になった。


「魔理沙ならあっちで伸びてて、妹ちゃんが面倒見てるわ」


 指さす方を見る。

 仰向けに倒れる魔理沙を、明が指でつついていた。

 お世辞にも“面倒を見ている”とは言えない。


 皆とりあえず無事か。

 ……そうだ、主目的。


「レミリアは」

「そこ」

「……は?」


 霊夢が指もささずに顎をしゃくる。

 それに従って右に顔を向け。


「うわっ」


 そこにレミリアが居た。

 すぐ右隣、手を伸ばせば届く距離。

 俺と同じように、時計塔にもたれて座り込んでいた。

 彼女は目を閉じたまま口を開く。


「人を見るなり“うわ”って何かしら」

「“人”だったら“うわ”なんて言ってねえよ」


 微笑を浮かべたまま動じない吸血鬼少女。

 そのドレスは至る所が破れ、焦げ、無惨な有様となっている。

 左右に力なく広がったコウモリのような翼も傷だらけだ。


「約束通り、霧は晴らしておいたわ」

「……みたいだな」


 周囲を見回す。

 紅魔館周辺の赤い霧が全て消え失せ、遠方を見渡せるようになっていた。

 と言っても精々霧の湖までだが。

 あの湖は名前の通り、いつも霧まみれだ。


「貴方も、約束は守るわよね?」

「……?」


 続く言葉に、俺は怪訝な顔をしてしまった。

 約束……約束なんてしただろうか。

 頭がはっきりしなくて思い出せない。


「霧を晴らしたら私の下に付くって約束よ」


 少し頭を動かし、俺を横目で見つめるレミリア。

 人間のものとは程遠い、赤い瞳と縦長の瞳孔。

 本能的な恐怖を感じた。


「……そんな約束はしてない」

「ふぅん、そういうこと言うのね」


 眼光が鋭くなる。

 幼く見えるが、こう来るとなかなかに威厳と迫力がある。

 が、圧されはしない。


「霧を晴らし、吸血鬼異変を償ったら、その時初めて交渉に入ってやると言ったんだ。捏造するな」

「あら、疲弊で誤魔化せるかと思ったのだけれど」

「おい」


 さらっと恐ろしいことを言うレミリア。

 睨んでみたが、彼女は済まし顔で目を閉じていた。


 こいつ……油断ならねえ……。

 妖力が残っててよかった。


「博麗の巫女の前で人間を攫おうとするなんて、おしおきが足りなかった?」


 それまで黙っていた霊夢が口を挟む。

 言葉が霊力を帯びていてとっても恐い。

 だが、レミリアは飄々と言葉を返す。


「なに、そんなに大切な人だったかしら」

「ち、違うわよ! こいつは危なっかしいから監視対処なの。現にこうして妖怪に目をつけられてるし」

「監視はできても彼を制限する権利は無いでしょう? これは個人間契約、博麗巫女(あなた)は部外者だわ」

「何勝手に決めてんのよ! とにかく、私が監視してる間は絶対に許さないから! 衛も乗っちゃダメ!!」


 ものすごい剣幕でレミリアと俺を叱る霊夢。

 思わず肩を竦めた。


「えーなになに修羅場?」


 面白そうに首を突っ込んで来たのは明だ。

 魔理沙もいるが、立ってるだけでやっとのようだった。


「そうよ、シノノメアカリ。お兄様を引き抜こうとしたら彼女が妬いちゃって」

「妬いてないわよッ!?」


 霊夢が完全に遊ばれている。

 レミリアは人心の扱いに慣れていると見るべきだろう。

 実際、吸血鬼というのはそういったカリスマ性で眷属を増やすのだという。


「えーお兄ちゃんは私のだよぅ。レミィたんにはあげないよー」

「なら貴女もいらっしゃい。好きに遊んでいくといいわ」

「まじ!? じゃああの子、ぱちゅりんに魔法教えて貰おうかな」

「あら、パチェと知り合ったのね。仲良くしてあげて頂戴。あの子友達少ないから」


 カリスマに飲まれてるのかどうか分からないのが明だ。

 なんだかんだマイペースに会話を弾ませている。

 いや、レミリアが明のペースを既に理解しているのか。


 さすがは大妖怪、吸血鬼だ。

 そう思ってしまうあたり、俺は彼女のカリスマに飲まれているのかもしれない。


「明、あんたもそうやって乗っからないの!」

「なんでよいいじゃん」

「よくないったら! 兄妹揃って危機感が足りないって言ってるの! ほら帰るわよ」

「あーもー待ってよれいむん」


 霊夢が明を引っ張って行ってしまった。

 片腕を引きずられたまま、レミィたんまたねぇ等と軽い調子で手を振る明。

 レミリアは嫌な顔ひとつせず、それを見送った。


 俺も帰るか。

 異変解決という目的は果たせたわけだし。


「魔理沙、ひとりで飛べるか」

「心配いらないぜ。ありがとな」


 声をかけると、よろよろと箒にまたがる魔理沙。

 ゆっくりと上昇し、霊夢と明の後を追う。

 が、途中で振り返った。


「レミリア・スカーレット、だっけか。次は一騎打ちで勝ってみせる。覚悟しとけよ」

「そう。楽しみね」

「楽しみに待ってろ」


 ニヤリと笑い、魔理沙は背を向けた。

 魔法の箒は速度を上げ、彼女を夜空へと乗せて行った。


 あいつらしい。

 俺が言うのもなんだが、男前というかなんというか。

 小馬鹿にはしてくるが嫌味はないというか。


「ああ、人間って面白いわ」


 レミリアは独り言のように呟く。

 彼女は破れたスカートの裾を払い、ゆっくりと立ち上がった。


「……なあレミリア。なんでそこまで人間に執着する」


 その横顔に問うてみる。

 十六夜咲夜が人間であると気づいた時からの疑問だ。


「どうしてそんなこと聞くのかしら」

「お前らからすれば短命で脆い下等生物だろう、人間なんて。咲夜といい俺といい明といい、お前にとって何が得なんだ」


 彼女は試すような視線で見てくる。

 俺は努めて真剣に返した。

 しょうもない理由で尋ねていると思われたら面倒な気がしたのだ。


「下等生物だからこそよ」


 レミリアは落ち着いた声で返す。


「自分と同等な力を持った種族と主従関係なんて結べないわ。実力では確実に格下、でも知能が高く、従順で、言われたことをちゃんとやる、そういった生物が理想の従者よ。人間がそうしているように」


 人間がそうしている……。

 ああ、ペットとしての犬なんかのことか。

 人間とまともにやりあえば負けるが、知能は比較的高く、飼い主に従順で、躾さえ間違わなければ優秀な従者となる。

 犬ほど人間との共生に長けた動物はいない。


「なるほど、吸血鬼(お前ら)から見れば人間がうってつけか」

「そういうこと。それにね、」


 理解を示した俺に、彼女はどことなく楽しそうに話す。


「長命の生き物は変化に乏しく、日々への執着も薄いの。生まれてから五百年経っても、私の姿が変わっていないように。でも人間は違う。日々成長し、日々老いて、日々違う顔を見せる。儚い命である自覚から、必死に生きようとする。個人によって生き様も全く違う。……私はそれを見るのが好きなの。短命なのも悪いことばかりじゃないのよ」


 そう言って彼女は笑う。

 長寿ゆえの客観の言葉は、容姿不相応な余裕を感じさせるものだった。


 彼女は今まで何人の人間を見てきたのだろう。

 勿論その多くは食料だろうが、口ぶりからして一生を見届けた個体もいたはずだ。

 咲夜のような存在が、今までも彼女に仕えていたのかもしれない。


 一種の娯楽か、趣味か。

 いずれにせよ、長命を持て余さない為の暇つぶしだろう。

 俺もその一環か。


「……お前が俺に目を付けた理由、わかった気がするよ」

「ふふ、人間が理解してくれるなんて、嬉しいわ」


 容姿相応な可愛らしい笑顔だった。

 こんな奴が幻想郷を滅ぼそうとしたなんて、見た目だけでは信じられない。


 俺はゆっくりと立ち上がる。

 術師服を整え、背筋を伸ばし、ため息をついた。


「それで、私に付いてくれるのかしら」


 レミリアが再び問う。

 視線を下げると、彼女と目が合った。

 身長は俺の方が断然上。

 まるで子供だ。


「今は友人も仲間も慕ってくれる人も多いんでね。悪いけど、紅魔館で従者になるってのは」

「そう。惜しいわね……妖怪じみた“外来人”なんて珍しいのに」


 心底残念そうなレミリア。

 物惜しそうに上目遣いで見てくるその姿は、それなりの破壊力があった。

 ……少なくとも、外来人であることを何故知っているのか聞きそびれるくらいには。


 だが取り敢えず、別れる前に彼女の未練は絶っておこう。


「最初に会ったのが霊夢じゃなくお前だったらわからなかったけどな。尤も、その場合は血を吸い尽くされて今頃死んでたんだろうが」

「ただの人間ならともかく、貴女みたいなレアな個体を殺したりはしないわ」

「ところで俺は吸血鬼異変の時に十回くらいは死にかけててな」

「へえ大変だったのね」

「ふざけんな」


 抗議するが、済まし顔で受け流されてしまった。

 やっぱりどこか信用ならない。

 完全な配下ってのは避けるべきだろう。


「どっちにしろ、俺を咲夜(あのメイド)みたいに抱え込むのは無理だ、諦めろ。……じゃあ俺は帰る。これに懲りてもう異変は起こすなよ」


 言い捨ててさっさと踵を返す。

 彼女は不満げな表情だったが、知ったことか。

 俺の最終目標は、黒服への報復。

 滅茶苦茶にされた現世の仇討ちだ。

 こんな奴に運命を操られている暇はない。




「マモル」


 飛び立とうとした直前、背後から名前を呼ばれた。

 ため息ひとつ。

 レミリアのほうを振り返る。


「━━え」


 彼女は至近距離にいた。

 何の音も気配も無く。

 慌てて体を向けた、その刹那。


「……」


 両肩に手が置かれる。

 直後、俺の首元に顔を埋める。

 眼前にふわりと広がる青い髪。

 何をされたのか理解する前に、その顔は俺の正面下方へと戻る。


 朧気に残る触覚は、小さく、柔らかく、温かい。

 たっぷり数秒経ってから、首筋にキスされたのだと気付いた。


「待ってるから。何百年先も」


 優しく告げる、小さな唇。

 青髪の下から妖艶な赤眼が見上げていた。


 ゆっくりと瞬きひとつ。

 眩んだ視界を無理矢理正常化させる。

 肩に添えられたままの両手を優しく掴む。


「その頃まで死んでなかったら、“人間”とは呼べないよ」


 そう言って笑いかける。

 恐ろしく華奢なその両腕を、ゆっくりと彼女の胸元へ戻してやる。

 意味深な笑顔を返してくる彼女に、俺は颯爽と背中を向けた。


 思い切り空を蹴る。

 体が夜空へと飛び出していく。

 頬を叩く、夏特有の生温い夜風。

 紅霧の無くなった幻想郷の大気は、いつも通りの味に戻っていた。




 首筋へのキス……どういう意味なのだろう。

 冷えた頭でそんなことを考えながら、飛行進路を神社へと向けた。




 * * * 




「その頃には人外、か」


 静かになった緋色月下。

 紅き館の屋根の上。

 蝙蝠の翼を携える少女は、ひとり呟く。




「…………どうかしらね」




 吸血鬼、レミリア・スカーレット。

 彼女の通り名は。




 “運命を見通す悪魔”。










 第四章 紅霧異変  完




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