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東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.  作者: やみぃ。
第一章 明無夜軍
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第九話 天蓋




 飛行機械たちを鉄屑とし、地へと墜とす。

 もはや原形など微塵も見て取れない。

 予想はしていたが、やはりそのうちの2機は軍用機だったようだ。


 鉄砲も随分と進歩したようだ。

 あんなに沢山撃ち込んで来るとは思ってもみなかった。

 しかし十分に対策の範囲内でもあった。

 結界に道を阻まれた幾十もの銃弾は、ただの歪んだ金属の粒と成り果て地表へと向かう。


 その先には、それを呆然と見上げるしかない人間達の姿があった。

 彼らの多くは眼を見開き、口は半開きとしたまま、動くことすらできずにいる。


 現実を受け入れられないのだろう。

 哀れなことだ。

 立ち尽くすしかないような人間は、この戦いで生き残るのは難しいだろう。


 狼煙は立てた。

 陽は昇った。

 存在は示した。


 始めよう。

 あらんかぎりの妖力を周りからかき集め、宣言する。


無明天蓋(むみょうてんがい)


 右腕に妖力を集結させ、真上に掲げる。

 その掌を大きく開き、身体が張り裂けるほどの妖力を頭上へと撃つ。


 凝縮された妖力が遥か上空で爆ぜ、全方向に盛大な音と衝撃波が放たれた。


「っ……!」


 真上から吹き付けた爆風に思わず顔を歪める。

 だが、意識をすぐに右腕へ戻す。

 頭上で荒れ狂う妖力の塊に対し、私の「意思」を伝え操る。


 すると、爆風の中から多数の巨大な光弾が飛び出してきた。

 地表と平行な円盤状に撃ち出されたそれらは、背後に真っ黒な煙を撒き散らしながらその速度を上げる。


 光弾達はみるみるうちに私から離れていき、巨塔からも離れていく。

 それらの通った跡に残る高密度の黒煙。

 地上からは黒い雲が広がっていくように見えるだろう。


 光弾達は速度を緩めないため、黒煙はなおも広がり続ける。

 それと比例するように、地上は次第に影の範囲が広がっていく。


 眼下の人間達が一斉に怯む。

 どうやら先程の爆風が地上まで届いたようだ。

 立て続けに起こる非科学的な現象に、人間達はいよいよ混乱し始めた。


 光弾達は次第に速度を落とし、放物線を描くように地表へ落下して行く。

 当然、黒煙も地表へと伸びて行く。

 その光景はまるで、周囲全方向に暗幕が降りていくかのようだった。


 すべての光弾が地表に落下した。

 瞬間、それぞれの落下地点から爆炎が上がり瓦礫が飛び散る。


 眼下の人間達からは、建物が邪魔で落下地点は見えない。

 だが彼方へ消えた多数の光弾と、その方向から聞こえた爆発音によって、大惨事が引き起こされたことは予想出来たのだろう。


 ――いったい何をしてくれたんだ。


 そんな怨みや怒りのこもった両眼達が私を見据えた。

 だが、その視線はすぐに途切れる事となる。


 暗幕が地平線まで降りたその瞬間、一切の陽光が途絶えたからだ。

 夜目に慣れているはずもない人間達は、唐突に黒一色となった視界に大いに狼狽した。


 つくづく人間という生き物は「眼」に頼りすぎている。

 草木、鳥獣、虫、魚、霊、神、妖怪、どれと比べてみても、人間の視覚への依存度は非常に高い。

 他の感覚器官が未熟という訳でもないのに。

 それ故、人間が視覚を失った時の混乱は並大抵ではない。


 彼らは辺りを照らす赤色灯を頼りに、状況を確かめようとひたすら視線を彷徨わせる。

 だがいくら待っても探しても、街の明かりは見当たらない。


 否、この黒き天の(ふた)天蓋(てんがい)の中に、街の明かりが戻ることはもう無い。

 人間の明かりの糧となる「電気」の道は、つい先程に天蓋の(ふち)にて断ち切られたからだ。


 人間が炎や水、風、核によって産み出した膨大な量の「電気」は、金属を護謨(ゴム)で包んで造られた「電線」と呼ばれる管を通して生活圏へと運ばれる。

 その使用用途は非常に多岐にわたり、電気無くしては人間の文明は成り立たない程である。


 私自身、それほど大袈裟な話にはならないと思っていた。

 だが電気の無い世界を小さいながらも創ってみて、決して大袈裟な話では無いと確信した。

 やはり発電所の破壊はすべきだろうか。


 そんなことを考えていると、人間達から光の粒が見え始める。

 彼らは自動車や手に持った物などから放たれる光で、自分たちや辺りを照らし出す。


 電気は「電池」と呼ばれる物に、僅かながらも貯めておく事が出来る。

 また、簡易的にその場で電気を産み出す「発電機」という物もある。

 これらを用いれば、電線に頼らなくとも電気を使えるらしい。


 人間達は明かりを取り戻したことで、先程と比べて混乱は収束しつつあるように見えた。


 だが、まだだ。

 この天蓋はただの舞台にすぎない。


 天蓋を見上げ、宣言する。


斬鬼召喚(ざんきしょうかん)


 すると、天蓋のあちこちに紅い光点が現れ始める。

 殆どの光が失せたこの天蓋の中では、光点はまるで星のようによく目立ち、尚且つ美しく、そして恐ろしく見えた。


 紅い光点は次第に数を増し、遂には天蓋の内側がまるで満天の星空のようになった。

 人間達はただ呆然と紅い星々を見上げる。


 だが、これらはただの星ではない。

 私は紅い光の群れに「命令」を下す。


時代(とき)は満ちた。明無夜軍(あかりなきよいくさ)を始めよ」


 空気が震えた。

 光点が天蓋から剥がれるように地へと落ちて行く。

 紅き落星は地上に雨の如く降り注ぐ。

 建物が砕け、道に穴が開き、人が吹き飛ぶ。

 人々はその惨状から、ただ逃げ惑う。


 この暗い天蓋の中に、灯りは戻らない。

 殺戮の場と化したこの小さな世界に、人間の居場所はない。




 私の目的はただひとつ。

 人間の広すぎる縄張りを削り取り、妖怪の縄張りを創ることだ。


 力の有るものが、縄張りを得る。

 力の無いものが、縄張りを追われる。

 獣が、草木が、人が、生きとし生けるもの全てが繰り返してきたその争いに、幾百年ぶりに妖怪が参じた。

 ただそれだけのことだ。


 かつて、人間を相手に縄張り争いを挑むなど無意味で無謀だと唱えた大妖怪がいた。

 その妖怪いわく、この期に及んで醜い争いなどすべきではない、争わずに人の手の及ばぬ地へと逃れれば良い、と。


 当時の私は、その考えは間違っていると反発した。

 今は尚更そう思う。

 人の手の及ばぬ地などとうに消え失せたからだ。


 人間はこの地球上のどこにでも住めるし、行くことができる。

 重力から逃れ宇宙空間にすら手を伸ばし、月にも足を下ろした。

 森羅万象は科学で解き明かせると信じ、あらゆる謎に理屈を押し付ける。

 やがてそれを成せる自分たちを過信したのか、人間は科学以外を信じなくなった。

 それによって妖怪のみならず、幻想とされた存在全てが忘れられ、否定された。


 その大妖怪とはその後一度会ったきり何の音沙汰もない。

 おそらく他の妖怪達と同じく、すでに消えてしまっただろう。

 私は幸運にも例外となった。

 つまり、私が消えれば妖怪は滅ぶ。

 私は最後の妖怪として、力を持つ者の務めとして、それに抗う。

 抗わねばならない。


 人間が妖怪の存在を認め、それによって妖怪達が復活する、その日まで。




 急上昇して天蓋を突き抜け、明るい蒼空へ舞い上がる。

 ある程度の高さまで上昇し、足元に視線を向ける。

 まるで真っ黒な山の上に立っているかのような景色だ。

 中に居る者は勿論だが、外から天蓋を見た者も十二分に狼狽するだろう。


 天蓋の端からは、日ノ本の人間が「皇居」と呼ぶ建物が見える。

 皇居には、日ノ本の王「天皇」が居る。

 それは気配で分かる。


 王の城から見える場所まで天蓋が及んでいるとなれば、人間達は総力を以て城を囲み、守ろうとするだろう。

 日ノ本の人間に事態の重大性を気付かせ、本気で戦わせる。

 妖怪の存在を認めさせるための手段のひとつだ。


 再び足元の天蓋を見据える。

 この戦いの主力を担う、つい先ほどまで紅い落星だったモノ達が、天蓋の中でうごめきだしているのが感じ取れた。


 彼らに呼び掛ける。


「人を狩れ。現世の頂は我ら暗鬼にあり」


 声無き意志が返答してくる。


 ――了解、アヤクラ様。


 それは非常に機械的で簡潔な、命令受諾の意思と私への服従の意思だった。




 世紀の大戦争は、一方的に幕を開けた。





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