余話7 千代の瞳
予想はしていたけど。
むしろ最初からそのつもりだったけど。
コレが妖術師の血、か。
やっぱり人間離れしているな。
妖怪化どころか、見方によっちゃあ既に妖怪じゃないか。
そりゃボクからすれば、“補給”という意味で得ではあったけどさ。
人間か獣かは多くが身体で決まる。
でも、人間か妖怪か、獣か妖怪かは、己の意思で決まるところが大きい。
例え身体が人間や獣だろうと、心が妖に染まれば妖怪と化す。
心が妖怪と化せば最後、身体もみるみるうちに妖怪と化すのさ。
天狗然り、鬼然り、ボク然り。
その点アカリはまだいい。
本人に、人間のままでありたいという確固たる意思がある。
誰に入れ知恵されたか知らないけど、良いことだよ。
おかげで吉増幅の基準も分かりやすいし、妖怪化も抑制できている。
初めて会った日に伝えた「術に呑まれるな」というボクの忠告も、ちゃんと覚えてくれていたようだ。
でも、彼は違う。
妖怪化への危機感は抱いたようだけど、最重要課題だと思っていない。
あろうことか妖術上達の二の次だと認識している。
妖術自体が妖怪化の原因であるという意識が欠落しているんだ。
ましてや。
自然界の力を操るあの力は、妖精も精霊も呼び寄せる。
リリーホワイトやディエナが彼を好いているように。
生命力を操るあの力は、神の域へと手を伸ばす。
神社の神霊達が警戒するように。
全てを拒むあの力は、死すら拒み、死神も霊も敵に回す。
レイムが懸念するように。
人外に近しく、神に近付く、死に遠い存在。
則ち、妖怪。
即ち、人間の敵。
……こんな強固な運命、ボクだけでどう止めろというのさ。
本人の血を足しにしたとはいえ、不足分を補うには少なすぎる。
……継続的に搾り取るより仕方ない。
女夢魔みたいで反吐が出るよ。
人を襲うような歳はとうに過ぎ去ったってのに、あんな下劣で幼い奴等と同じ事をしなきゃならないなんて。
……星の数ほど男を喰って手に入れたこの力で、ボクは少年ひとり救えないのか。
情けない。
ただ、幸いにも彼はまだ若い。
元々女っ気が無かったのか、配偶者はおろか恋人もいない。
枯渇の心配はしなくて良いみたいだ。
それに、性に執着させることも大切だろう。
性欲とは、億年単位で血に刻まれた本能。
いくら彼でも“拒む”のは難しいはずだ。
それこそが「人間でありたい」という想いに繋がる。
そうだ、根本的解決も図らないと。
マモルが妖術に執着しようとする理由。
それは、強者を名乗る男“黒服”への尋常ならざる怨みだ。
現世を滅茶苦茶にした元凶が近くにいると判った今、マモルは奴を倒すことばかり考えている。
つまりは黒服さえ倒せば全て解決する。
『キミを妖の世界に執着させるための罠』
黒服についてマモルにそう吹き込んだ。
でもごめん、あれは嘘なんだ。
黒服には会ったこともないんだから、奴の目的なんて解りゃしない。
ただのボクの想像さ。
奴がマモルの存在を意識していることは間違いない。
でも、妖怪化なんて望んでも謀ってもいないはずだ。
本当に妖怪化してしまったら、マモルはとてつもない力を手に入れてしまうのだから。
その力の矛先が向くのは黒服の心臓。
“強者”を名乗るほど力に傾倒している保守的な奴だ、保身を考えれば望まないはず。
理想的な結末は、マモルが妖怪化する前に、彼自身がスペルカードルールで黒服を倒すことだ。
それでマモルの気が収まれば、そして黒服が真実を語ってくれれば、現世から引きずってきた因縁は断ち切られる。
幸いにも、幻想郷において黒服はマモルを殺そうとしていない。
幸いにも、実力面においてマモルは黒服を殺せない。
スペルカード決闘は成り立つはずだ。
マモルが人間であり、黒服が妖怪である間は、成り立つ。
ならば、黒服のほうは。
奴はマモルをどうしたいのだろう。
マモルだけじゃない。
アカリやディエナ、そしてボクのことも。
ボクたちが幻想郷に現れたのはほぼ同時。
黒服一味の存在が明らかになったのもほぼ同時だ。
そして、ボクたちも黒服たちも、元いた世界が同じ……。
レイムが言っていた。
マモルは時間を遡って幻想入りした大罪人だと。
もしそれが本当なら、ボクたちも黒服たちも同じ大罪を犯しているということ。
にも関わらず、直後に起きた吸血鬼異変で全員が武勲を立てたために、その糾弾が行われていない。
そして吸血鬼異変鎮圧を主導したのは、黒服。
“仕組まれている”
そう思わざるを得ない。
黒服が、あるいは協力者である賢者が、もしくはその両方が、この仕組まれたシナリオを創ったのではないか。
そう仮定すると色々と繋がる。
現世で黒服が大騒動を引き起こす。
人類科学文明が弱まり、消えかけていた妖の力が再興する。
妖怪が復活し、一部の人間が力に目覚める。
そのなかでも強い、マモル、アカリ、ディエナ、そしてボクが合流を果たす。
四名がまとめて襲われ、幻想郷に飛ばされる。
一ヶ月も経たずに幻想郷の危機が訪れる。
すぐさま黒服が現れそれを鎮圧し、幻想郷の強者の座につく。
シノノメ兄妹もディエナもボクも、そのなかで名を知らしめる。
翌日から人妖共存の策が検討され始める。
出来上がったやや人間有利なルールによって、マモルが黒服に勝つ。
結果、黒服側とマモル側が和解する。
これにより、現世から来た人妖は全員が同じ陣営となる。
現世すら覆せる黒服一味、それに協力している賢者、伸び代のありすぎる妖術師兄妹、四大精霊の炎精、妖狐の頂点たる天狐、この全員が同一陣営となれば……。
幻想郷において、完全に覇権を握ることとなる。
……笑っちゃうよね。
そりゃあ最初は出来すぎだって思ったさ。
でも、この通り読めちゃうんだよ。
時間が経つほど証拠も増えていく。
これが年の功、言わば千代の瞳。
ボクは永く生き過ぎた。
……ということは何か?
マモルが妖怪の力まで得てしまえば、黒服を殺してしまう。
もしくは黒服が彼を殺さざるを得なくなる。
黒服だけじゃない……博麗巫女であるレイムも、人妖と化したマモルを殺そうとするだろう。
彼と仲の良い、マリサやコスズを始めとする人間との関係も最悪の形で終わってしまう。
マモルが人間のままであり続けることはこのシナリオにおいて大前提。
じゃあ、その大前提を守るには?
マモルの妖怪化を止めるのは、そのシナリオにおいてどの要素なんだい?
そう、現状ボクしかいないんだ。
ボクは“吉凶を増幅させる”能力を持っている。
千歳になって天の域に至った時に手に入れた、ボクだけの異能だ。
人間という種にとって、妖怪化とは凶事。
彼の中の人間としての“吉”の面を増幅させ続けている間は、妖怪化を遅らせることができる。
ボクには大陸で千年かけて培ってきた寵絡の技術もある。
技術というよりボクの生まれ持った捕食本能であり、生存手段なんだけど。
脅威となりうる実力者は片っ端から幻術で誘惑し、味方につけ、信頼させ、操り、その“過程”で吸い取った精気を糧として生きてきた。
男の動揺も本能も理性も次の言動も、好みの異性の容姿も性格も仕草も、誰を好いているのかも、ボクには経験則で全て判る。
判るからこそ、彼らを思いのままに操ることもできたのだ。
マモルのような未熟な少年ひとり操るなんて、ボクにとっては造作もない。
妖への憧れから引き戻し、人の世界に思い止まらせる。
例え妖術が疎かになろうと、欲望の泥沼に引きずり込むことになろうと。
こんなことはボクにしかできない。
アカリは精神的に幼くて彼に甘えてるし、ディエナは彼に対して積極的になれない。
レイムは監視や退治こそすれ止めるのは下手だし、マリサに至っては自らが人外になろうとしている有り様。
とてもじゃないが頼れない。
黒服がボクを時間逆行に巻き込み、間接的に救命までした理由。
そんなもの、利用価値があるからに決まってる。
黒服のシナリオにおいて、黒服の益となると踏まれたからこそ、きっとボクは生かされている。
そうなんだろう?
そういうシナリオなんだろう?
陣営に入れてやるから役目を果たせと?
救ってやった借りを返せと?
そうすれば生き延びさせてやると?
……ははは。
あはははははは!
面白い、面白いよ。
まさかボクが、天狐であるこのボクが。
他人の掌の上で踊らされる日が来るなんて!
面白いねぇ、これは面白い。
よくも謀ったなクズ暗鬼!!
ああ乗ってやるさ。
やってやるよ。
天狐を舐めるな。
極東孤島の身の程知らずが。
大陸妖狐の頂点の力、見せてあげよう。
決して妖怪になってはならない人間。
天狐としてのボクを初めて受け入れてくれた人間。
シノノメマモル。
絶対に救ってみせる。
大局のため?
自分のため?
もちろんそれもそうだ。
でも、そんなことよりも。
なによりも。
ボクは。
妖怪に堕ちて苦しむ人間を、もう見たくないんだ。
第三章 吸血鬼異変 余談編 完




