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東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.  作者: やみぃ。
第三章 吸血鬼異変
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余話5 夜雀の歌




 博麗神社境内




 脇差を鞘から抜く。

 刀身をぶらさないよう注意しつつ、それをゆっくり頭上へ構えた。

 息を整え、妖力をたぎらせる。

 力を伝える先は切っ先。

 脳内に描くイメージは、“刃”。


「ったぁ!!」


 振り下ろす。

 一瞬、刀身に緑色の光が走った。


 正面にあるのは、生命妖術で成長させた一本の松。

 その幹肌に、ぴしっと音をたてて縦一線の傷ができた。

 刀は松に触れていない。

 ようやく成功だ。


「時間かかったわね、衛。もうちょっとちゃちゃっとできないの?」

「霊夢の基準で話すな。こちとら二月(ふたつき)前に目覚めたばっかりなんだぞ」


 あまり褒めてくれない霊夢。

 彼女からすればすごくも珍しくもないのだから仕方ない。


 鎌鼬(かまいたち)

 気付かれずに人間の身体に裂傷を負わせる妖怪である。

 それを模したのがこの技、妖術『鎌鼬』。

 稗田家から貰った脇差を媒体とし、妖力を鋭く撃ち出す攻撃だ。


「イメージは掴めた。あとは自主練するよ。ありがとう」

「私なにもしてないわよ」

「鎌鼬って名前を付けてくれたろ」

「そんなこと? 律儀ねぇ」


 霊夢は呆れている。


 そんなことってなんだよ。

 妖怪について無知な俺達兄妹にとっては貴重な情報なんだ。

 かまいたちという言葉自体はゲームやらなんやらで知っていたが、妖怪だとは知らなかった。

 漢字も初耳だ。


 ともかく、これでまた使える技が増えた。

 一撃の強い射撃技に苦労していたため、これはありがたい。


「あとはこいつの使い方だな」


 脇差をしまう。

 同時に、左腕を覆った手甲を持ち上げた。

 黒い金属板で編み込まれ、手の甲には宝石らしきものが埋め込まれている。


「妖力を預けておくだなんて、本当にできるのか?」

「力に当て続けてマジックアイテムにしちゃえばいいだけよ」

「簡単に言ってくれるな……」


 “手甲を妖力タンクにしてしまえ”。

 霊夢の提案だ。

 防御系の技に長けた俺にとって、今さら防具なんて必要ない。

 なので防具としてではなく、マジックアイテムとして運用しようと考えている。


 だが、全く勝手がわからない。

 霊夢や魔理沙は作り慣れているのだろうが、俺では原理も理解できない。

 しかも霊夢は妖力ではなく霊力使いだし、魔理沙は魔法使い。

 どちらも参考にできない。


 完成したとして使いこなせるかも疑問だ。

 宝石からどうやって妖力を取り出すのか、この時点で詰みである。


「探りながら作るしかないか……」


 手甲を眺めてため息をつく。

 まあ、一朝一夕でできるようなものじゃない。

 魔理沙や志歩いわく、これでも充分習得が早いほうなのだという。

 焦る必要はない。


「レイム、指導は終わったかい?」


 神社の台所から志歩が顔を出す。

 彼女は夕飯の準備中だ。


「指導なんてしてないけどね。なに」

「夕飯作るの手伝ってくれるかな」

「悪いけど今指導で忙しいのよね」

「そうかい。キミの分は無しだ」

「は?」

「ん?」

「……分かったわよ手伝えばいいんでしょ」


 志歩の威圧に負けたのか、霊夢は渋々台所へ向かう。

 俺も向かおうすると、志歩が手を振って制止した。


「夕飯までまだかかる。マモルはもうしばらく練習してていいよ」

「手伝わなくていいのか?」

「鍛練の邪魔はしないさ」


 志歩が片目を瞑って微笑む。

 俺は礼の意味を込めて、片手を軽く上げた。


「そうだわ、私スペルカードの練習をしたいんだった」

「明日から食材調達はやめよっと」

「ちっ……冗談よ」


 霊夢の抵抗は無駄に終わった。

 よっぽど食に関して楽をしたいようだ。

 面倒くさがりの性格は相変わらずである。


「出来上がったら呼ぶよ。ごゆっくり」

「ありがとう志歩」


 二人は台所へ消えた。

 台所からはようやく煙が立ち上り始めたところ。

 まだかかりそうだ。


 吸血鬼異変以来、志歩はやたらと俺に優しい。

 明に対して友好的なのは前と変わらないが、それ以上に俺に気を使ってくれている。

 距離を置かれていた現世の頃と比べ、印象はがらりと良くなった。

 おかげであの独特な容姿も、読めない性格も、天狐であるという事実も、最近は全く気にならなくなった。

 どう歩み寄ろうかと苦慮していた矢先、彼女の態度は非常にありがたい。


「……さてと」


 腰の脇差に手をかける。

 もう少し練習といこう。




 * * * 




 ざきっ、と快音。

 松の木は胸の高さで切り離された。

 やがて風を受け、重心の偏ったほうに傾き、轟音とともに地面に倒れ伏した。


 三回目の伐採成功。

 鎌鼬、ようやくものにできた。


「ふう」


 意識をリセットし、脇差をしまった。

 そのまま近くの石に座り込む。

 妖力の使いすぎだ。

 倒れる前に休んでおこう。


 結局あのあと食事に呼ばれるまで、鎌鼬はまともに成功しなかった。

 さっさと食事を済ませ、延々練習をしてようやく出来たのである。

 俺は明と違って勘も鈍いし、飲み込みも遅いし、不器用だ。

 感覚を掴んだらすぐに覚えておかないと忘れてしまう。

 真面目に練習し続けるより他がないのだ。


 ふと空を見上げる。

 日は既に暮れていた。

 辺りは暗闇に沈みつつある。

 じきに妖怪の活動も活発になってくるだろう。

 早めに帰らなければ。


 その時。


「………………?」


 空気に僅かな違和感。

 これは……妖精達の妖力。

 自然精の力が突然局地的に増す、ということは。


 妖怪の影響。


「誰だッ!」


 叫びつつ立ち上がり、全方位障壁を展開した。

 同時に視界の端で何かが動く。

 狙い通り、相手は動揺したようだ。


「姿を見せろ! さもなくば撃つ!!」


 妖術ガトリングを生成してそちらに向けた。

 すると。


「まままってやめてごめんなさい!?」


 返ってきたのは少女の声。

 やがて茂みから人型妖怪が歩み出てきた。

 茶色の服に桃色の髪、背中に携えるは紫の鳥翼。

 こいつは……あの鳥妖怪か。


「ここで何をしている!」

「わ、私よ、ミスティアよ!」

「見れば判る。何をしているのかと聞いてるんだ」


 ミスティア・ローレライ。

 スペルカードルールの考案に連れ込まれ、よく明と模擬戦を行っていた妖怪だ。

 友好的ではあったが、それはそれ。

 幼く見えても人喰いだ。


 そして、ここはギリギリ境内の外。

 時間は夜で妖怪の天下。

 人間として油断はしない。


「ひぃ!? ちょっと気になって見てただけで……な、何もする気はないですぅ……!」


 しゃがみこんで翼を畳むミスティア。

 シルエットを小さく見せる……おそらく降伏の意思表示だろう。

 俺はガトリングを霧散させた。


「脅かすなよ。用があるならもっと堂々と来てくれ。ましてこの時間と場所で」

「ごめんなさいぃ……なんて声かければいいかわかんなかったんですよぉ……」


 彼女は涙目で俺を見上げる。

 妖力を出してくるような気配もない。

 考えすぎだったか。


 端から見れば脅かしたのは俺のほうだが、状況的には彼女の非だ。

 天敵が息を潜めて接近してきたら、警戒するのは動物として当然である。


「ふえぇ……」

「人間相手で泣くなって」

「ごめんなさいぃ……」

「ほら、もういいから。どうしたんだよ、こんな時間に」


 しくしくと泣く妖怪少女に手拭いを渡す。

 そのままゆっくりと境内に向かって歩く。

 彼女は慌てて後を追ってきた。

 一応、人間の安全圏に近づくための策である。


「えと、神社の近くなのに弱小妖怪の力を感じたからなんでだろうなって、それで近付いたら衛く……衛さんで、余計に混乱しちゃって」


 隣まで追い付いてきたミスティア。

 おずおずと状況を説明してくれた。

 一瞬“衛くん”と言おうとしたのは追及しないでおく。

 ……別に君付けでも呼び捨てでも構わないんだけどな。


「弱小妖怪……もしかして鎌鼬のこと?」

「あ、そうそう鎌鼬、たぶんそれ。退治してたとかです?」

「いや、俺が妖術として練習してた」

「?」


 ごめんちょっとよくわからない、みたいな顔をされた。

 俺は軽く頭をかく。


「ええと、ほらこの刀を抜くでしょ。んで妖力を纏わせて……ふ…………せい!」

「ひっ!?」


 手頃な低木を鎌鼬で切り飛ばした。

 穂先がひっくり返って地面に倒れ伏す。


「とまあこんな具合に」

「え、あはい、なるほど」


 ドン引きされた。

 とりあえずは納得してくれたようだが。

 

「妖術師って解らないわ……」

「はは、ほんとそうだな」

「衛さんのことだよ……」


 妖術師が使う術は、本来人間が扱うそれとは質が異なる。

 妖怪じみた術も多い。

 霊夢が未だに俺のことを特別な目で見てくる理由だ。

 巫女は妖怪じみた人間を好かないらしい。


 ある程度境内に近付いた。

 ここならおいそれと手は出されないだろう。

 仮に俺がやられたとして、すぐに明や霊夢が反撃してくれる。

 ……まあ、考えすぎだとは思うが。


「どうする、神社に寄ってくか?」

「ぃ……いや、遠慮します」

「あそう」


 話しつつ、朽ちかけた倒木に腰かけた。

 座りな、というふうに隣をぽんぽんと叩いてやる。

 彼女は何か驚いたような顔を見せたが、結局恐る恐る隣に座った。


「こうして話すのは初めてだっけ」

「そうなの、かな? 明ちゃ……妹さんとはよく話しましたけど」


 どことなくぎこちない受け答えをするミスティア。

 さっきから敬語が入ったり入らなかったり、言い直してまで敬称を付けたり。

 まさかこの俺よりコミュ障ってことはないよな……。


「そっか。ああ、そんなに気を使わなくていいよ。俺は人間なんだし、君のほうが遥かに年上だし」

「えっだっ大丈夫で……大丈夫よ。気なんて使ってないよ?」

「…………」

「………………ぅ」


 疑惑の視線を向ける。

 彼女はややあってから目を逸らした。


「ははは、まあ好きに話してくれて構わないけどさ」

「そうしたいのは山々なんですけど……」


 俺が笑いかけてやると、彼女は俯いた。


「明ちゃんとは気兼ねなく話せるんですけど、その、衛さんと話そうと思うと……なんか思うように言葉が出てこなくって」


 まさか理由を話してくれると思ってなかったが、黙ってそれを聞く。

 言い終えた彼女はちらっとこちらを見た。


「多分だけど、(あいつ)の会話術が高いだけじゃないかな。ミスティアだけじゃなく、あいつはいろんな妖怪とも大抵すぐに打ち解けるから。何も考えなくとも言葉が出てくるだろう、あいつと話すと」


 俺は笑顔を作って返す。

 彼女は少し考えてから、そうかも、と小さく頷いた。


 明はコミュニケーション能力が高い。

 世間一般のレベルと比べてどうなのかは分からないが、少なくとも俺なんかよりはよっぽど会話上手だ。

 明との会話のしやすさと比較すれば、俺とはさぞかし話し辛いだろう。


「……そうだ、ミスティア。前回の幻想郷縁起に君が載ってたよ。夜盲症に陥らせた人間を歌声で呼び寄せて喰うんだって?」


 会話が途切れる前に話題を振る。

 彼女は怪訝そうな顔をした。


「うん、そうだけど……」

「それってどんな歌なのかな。良かったら聞かせてくれない?」

「え?」


 彼女はきょとんとする。

 が、次第に明るい顔に変わっていく。


「き、聞きますか?」

「いいの?」

「はい! 歌うのは大好きなんです!」


 彼女は嬉しそうな声を上げた。

 話題選びは良かったようだ。




 * * * 




「~、耳を~澄ませば夜のうた~、闇夜に響け~鳥のうた~♪」


 歌い終えた彼女は、笑顔でふうと一息吐く。

 俺は自然に拍手をしていた。


「すごいすごい。めっちゃ上手いじゃん」

「えへへ、ありがと」


 嬉しそうな恥ずかしそうなミスティア。

 木漏れの月光の下に、その表情は可愛らしく映えた。


 簡潔に言えば、予想以上だった。

 妖怪とは思えない、綺麗で澄んだ歌声。

 これは夜盲症でなくとも誘い出されてしまいそうだ。


「曲のレパートリーはあるの?」

「あるにはあるけど歌詞がないの。すぐ忘れちゃうから……」

「ああ、鳥頭だから?」

「う……」

「冗談だよ。ごめんごめん」


 若干凹んだ彼女に謝る。

 しまった、気にしていたか。

 しかしまあ、歌詞がなくとも全く問題ないだろう。

 むしろ“ラララー”みたいな歌詞のほうが綺麗かもしれない。


「衛く、く……ま、衛くん……も、何か歌ってよ」


 ミスティアがものすごく力みながらそう言ってくる。

 そこまでして君付けしたいのかようっわなんだそれ可愛いな。

 ……じゃなくて。


「俺? ミスティアには全く及ばないよ?」

「そんなのわかんないよ。それに、外の世界のお歌を聞いてみたいし」

「ふむ」


 外の歌。

 代表的な歌を選ぶべきか。


 古いけど「宇宙にひとつだけの花」は有名だな。

 俺は世代的に「千本椿」を推したいが……難しいんだよな。

 いや、ここはやはり不朽の名曲「ぼくらをのせて」がいいかな。

 あーでも流行ってた「レモン」や「paprika」も捨てがたい……。


「いろんな曲があるからなぁ……どれにしよう」

「どれでもいいよ! いっぱい聞きたい!」


 キラキラした瞳で食いついてくるミスティア。

 ……こうも期待されちゃ仕方ない。

 これでもカラオケで95点をいくつか取ってるんだ。

 やってやる。


「ふふ、じゃあ頑張って歌うよ」

「うん!」


 深呼吸ひとつ。

 一曲目に選んだのは、あの時開催まで半年と迫っていた東京五輪のテーマソング「paprika」。




「まがり、くねり、遊んだ道~、……」


 夜の森に響き始めた現世の歌。

 妖鳥歌姫との夜は、更けていく。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 何故、パプリカを衛が知っているのか? 恐怖のパレードじゃないだけ、まだマシかな? [一言] みすちーが色々と残念な子に(笑) 女将みすちーになった頃に衛と同じ話が出来るだろうか?
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