後話1 変革
翌日 無名の丘西外縁部 无月邸
「いい、メディ。この方は“綾蔵様”」
「?」
「綾蔵様。あ、や、く、ら、さ、ま」
「あゃくらさま」
「そう、綾蔵様」
絨毯に座るミラージュが私を掌で指し、しきりに名前を連呼する。
その隣に座る少女に復唱させているようだった。
教育のつもりらしい。
「綾蔵様は、わたしとメディのご主人様」
「ごしゅじんさま?」
「そう、ご主人様。強くて、偉大で、素晴らしいひと」
「つおい、いだい、すばらしー」
「そう。綾蔵様は素晴らしい」
洗脳に近い気がするが、口は出さないでおく。
元々赤子に等しい妖怪、どう吹き込んだって自由だろう。
それに、不味そうなら私が矯正させるまでだ。
少女の名はメディスン。
メディスン・メランコリーだ。
ミラージュ、零、私の三人で話し合い、そう名付けた。
吸血鬼が異変を起こした昨日、従属化魔法で暴走し襲ってきたあの毒人形だ。
帰って来た時には従属化魔法が切れており、ただの幼く弱い妖怪人形に戻っていた。
一夜明けてミラージュと零が復活したため、こうして対面させたのだ。
「わたしの名前は、ミラージュ」
「みらーじゅ?」
ミラージュはメディスンを手懐けようと躍起になっている。
元敵だからといって殺すなと伝えたところ、ならば従順な部下にしますと返事をされたのだ。
方向性は間違っていない。
ただ。
「うん、ミラージュ。わたしはメディのお姉ちゃん」
「みらーじゅ、おねーちゃん」
「そう。ミラージュお姉ちゃん」
正しくもないだろう。
先が思いやられる。
「こっちはレイ。自己中ババァ」
「自己中、なんですって? 良いですかメディスン、私は照月零と申します。正義と月光の妖怪であり地槍を」
「じこちゅーばばー」
「ミラージュ貴女ァ!!」
隣に座る零が絶叫した。
美しい顔が台無しである。
正義と月光の妖怪、照月零。
ミラージュいわく、“立てば邪魔者座れば小言、歩く姿は戦闘狂”。
尋常ならざる風評被害である。
必ずしも間違いだと言い切れないあたり余計に質が悪い。
「叫ぶと傷に障るぞ」
「フォローになってません」
「自己中心的でも良いではないか」
「そっちじゃありませんっ!」
私の気遣いは無意味だったようだ。
頭が痛い。
ミラージュとは和解したのではなかったのか。
和解したからこうなったのだろうか。
ともあれ、互いを否定する言葉が飛び交わなくなったのは大きな前進だ。
何度かは実力行使にまで発展していたのだから、それが無くなっただけでも助かる。
一時休戦を守らせるのがこんなに難しいとは思わなかった。
私の甘さが露呈した一ヶ月間だったと言えよう。
「ミラージュもメディスンも言わば0歳児だ。どう足掻いたってお前は歳上だろう」
「綾蔵様の言うとおり。500年の開きは埋められない。諦めるべき」
「少し静かにしててくれミラージュ」
火に油を注ぎたがる従者を止める。
どこでそんなからかい方を覚えたのだ。
自分の名誉の為に言っておくが、教育のせいではない。
私が零のことを年増だと言った事はないし、若いほうが優位だなどと吹き込んだ覚えもない。
十中八九、零との会話で得た力だろう。
零。
自滅だ。
「……私、そんなに老けて見えるのでしょうか」
思いのほか傷ついた様子の零。
意見を求めるように私を横目で見てくる。
「なぜ私に聞く」
「誰に聞けというのです」
「……500歳というのが本当であれば、特段老けては見えない。少し上背があるようには見えるが」
率直な感想を述べる。
本人によれば、彼女の生きた年数は500。
私より少し若いくらいだ。
体格は紫とそう変わらない。
だが紫は顔や態度に胡散臭さが多いため、どうしても年長者に見える。
実際年長者だが。
それに比べれば零など心身共にまだまだ若く見えるほうだ。
実際、500歳の妖怪など若手の部類である。
とはいえ、人外の見た目と年齢は全く一致しない。
千歳超えのルーミア然り、0歳のミラージュ然り。
あの吸血鬼娘レミリアだって零と同年代だ。
気にするだけ徒労である。
「幼く見えれば良いというものではないだろう」
「それはそうですが。……はぁ、綾蔵は解っていません。より若々しく美しく見られたいと思うのは、人妖神霊を問わない女性の本能です」
持論を展開してそっぽを向く零。
そういう当たりの強い性格だから年長者だと思われるのだろう。
まあそれも彼女の個性、もとい魅力だが。
「そうか」
機嫌を損ねてしまったようなので、此処等で席を立つことにする。
“あやつ”にも呼ばれているようであるし。
外套を羽織り、ミラージュに外出すると伝え、メディスンに手を振る。
「ああ、零」
部屋から立ち去る前に振り返る。
零は怪訝そうにこちらを見た。
「お前は美しい。自信を持て」
「………………へ」
返答を待たずに体を闇に散らす。
想起する場所は、無名の丘。
そこへと霧散移動した。
今度こそ、“フォロー”になっただろうか。
* * *
吸血鬼異変は終わった。
レミリア・スカーレットとその眷属は降伏し、紫によって停戦条約が結ばれた。
向こうは以外にもあっさり応じたらしい。
それが吸血鬼の性格のせいなのか、紫の交渉術のおかげなのかは判らない。
条約の中身についても紫に任せた。
二度と人間を襲うなとか、その場から動くなとか、そういった要求が盛り込まれているはずだ。
条約が結ばれたことについてはそれとなく人里に伝えておくらしい。
ただ、博麗神社への正式な通達は暗鬼でやってくれと言われている。
今日中にミラージュを使者として巫女の元へ送り込む予定だ。
暗鬼に人里を救われた手前、巫女も門前払いはしないだろう。
それと。
太陽を遮った宵闇の妖怪、ルーミアは捕縛された。
その後、まともに力が出せぬよう強力な封印を施し、適当に森に放ったという。
仮にもルーミアは大妖怪、安易に殺せばどんな副作用がもたらされるか解らないからだ。
復讐を遂げたい私としては当然不満だが……紫に頭脳を任せている以上、彼女の考えには従おうと思う。
それに、同じ存在とはいえあのルーミアは平行世界の別人だ。
言ってしまえば私の復讐心は八つ当たりである。
あれだけやりあったことだし、そろそろ矛を納めても良い頃だ。
「待ったかしら」
背後から声と足音。
空間を捻り開く異音が耳に障る。
「背後からでないと話し掛けられないのか」
振り返る。
日傘を手に微笑む金髪の女がそこにいた。
八雲紫。
相も変わらず飄々としていて読めない奴だ。
服装はあの白基調のひらひらした道士服ではなくなっていた。
紫色のドレスという洋風の出で立ち。
日傘と帽子との相性は抜群である。
扇子との相性は最悪だが。
「道士服はどうした」
「あらお上手ね」
「いいだろう、話はここまでだ」
「冗談よ」
くるりと背を向けて見せると、彼女は笑いながら引き留めた。
「衣替えですわ。貴方は代わり映えしないのね、いつも黒いコートみたいな悪趣味な服装で」
「お前に言われるのだから相当なのだろう」
「あら、私は最先端のファッションリーダーよ?」
「冗談のセンスも無いようだな」
どこからその自信が来るのか。
道士服など現世ではまず見ないし、そんなドレスが最先端だったのはせいぜい近世欧米までだろう。
ともかく。
「里には伝えたのか、条約のこと」
「ええ。“噂”という形で流布しておきましたわ」
伝達は済んでいるようだ。
しかし、噂か。
胡散臭い真似をする。
私なら回りくどいことなどせず、暗鬼共を放って大声で叫ばせ続けるが。
計算高い彼女のことだ。
何か策を講じたのだろう。
「吸血鬼は屈服した、妖怪が里を襲うことはない、生きた人間が喰われることもない、とね」
紫は得意気に語る。
人間を襲わない。
そんな誓約を立ててしまうと……妖怪はさらに弱体化してしまう。
ただでだえ弱体化していたところだったのだ。
妖怪は人間に恐れられてこそ存在を保てるというのに。
「言いたいことは解るわ。大丈夫よ。それの解決も含めての“変革”だから」
内心を読み取ったのか、紫は私の顔を見て薄ら笑った。
「……お前の計算内なら別に良い」
まあ、彼女なら当然予想済みか。
頭脳戦や策は任せておこう。
私は瞑目と同時にため息をついた。
「ところで綾蔵」
「レミリアのことか?」
「ご名答。何か聞き出せたかしら」
予想していた問いに目を開けた。
「零から聞いた。交わした言葉からして間違いなく“現世”でまみえたレミリアと同一人物だそうだ。奴等、何らかの手段で幻想郷に転移してきたらしい。時空逆抗に感づきかけたのもそのせいだろう」
レミリア・スカーレット。
紫が気にするのは、奴もこの世界における“不確定要素”だったからだ。
零が数百年前に現世で戦った吸血鬼、レミリア。
時空逆抗により現世は遠い世界となったはずだったが、レミリアも同じ足取りを辿ってきたらしい。
「私があの吸血鬼から聞き出した内容とも矛盾しないわ。やはりそうなのね」
時空逆抗は、現世から平行世界へ、平行世界から過去へ、過去から幻想郷へという経緯。
一方レミリア一味は、何十年か前に現世から平行世界へ転移し、そこで数十年過ごした後に幻想郷へ転移し、同時に吸血鬼異変を起こしたらしい。
なぜレミリアが二度も世界転移を行ったのか、またどうして行えたのかは不明だが、結果的に時空逆抗者と同じ足取りを辿ったことになる。
「奴は零にこう言ったそうだ。“まるでこの世界へ先回りしていたように、この世界の歴史を知っていたかのように、図ったタイミングで運命の跡が現れている”、と。……既に気付かれているだろう。口止めしたのだろうな」
やや強い口調で確認を取る。
彼女は余裕の表情で頷いて見せた。
「吸血鬼は契約を破れない種族、心配いらないわ。もっとも、今頃時空逆抗を暴かれたって痛くも痒くもないけれど。もう存在を刻んだ後ですから」
奴を捕らえたから良かったようなもの。
もし取り逃していたら、禁忌の糾弾というカードを切られ、我々時空逆抗者は大変な窮地に立たされていたことだろう。
私と紫が同時に本気を出した甲斐があった。
「勝てば正義、負ければ悪か」
「それが歴史というものですわ」
自嘲気味に言う。
彼女はそれを聞いてほくそ笑んだ。
「違いない」
私もまた、口元に邪な笑みが浮かんだ。
「ミラージュ」
『はい。只今』
従者を呼ぶ。
数秒の間を挟み、私の前に闇霧が集結し始める。
それはやがて人型となり、輪郭は確かなものとなり、そして少女の姿となって現れる。
紫髪をそよがせ鈴蘭の上へと軽やかに着地する少女。
「お呼びでしょうか」
そう問い、私を見上げる紫色の双瞳。
不意に横の紫と目があったのか、ミラージュは嫌そうな顔をした。
「あら。こちらではお久しぶりね、ミラージュちゃん?」
「…………」
愛想も何も無い。
ミラージュは未だに紫のことを信用していないようだ。
「礼と挨拶はしておくものだ。またお前と零を異空間に匿ってくれたのだしな」
幼い態度のミラージュを諭す。
彼女は渋々といった様子で口を開いた。
「…………ありがと」
「うふふ、素直で結構ですわ」
紫は愉快そうにニヤニヤしている。
ミラージュは不愉快そうだ。
その態度を見て、紫はさらにくすくすと笑う。
「子供をからかって楽しいか」
「それはもう。可愛くて仕方がありませんわ」
「まあ当然か、お前からすれば曾孫のような年齢差だからな。ちがうな、玄孫くらいか。いやもっとか」
「……年長者をからかって楽しいのかしら」
「それはもう。楽しくて仕方ないな」
眉を潜めた紫を軽くあしらう。
私の大切な従者で遊ばないで貰いたいものである。
ともかく。
「ミラージュ。任務を伝える」
「……はい」
指示を出すためミラージュのほうを向く。
彼女はなにやら不満げな表情で私を見ていた。
……何か気に触るようなことを言っただろうか。
「博麗神社で巫女と妖術師に接触し、これを渡して来て貰いたい」
そう言って紫を一瞥する。
突然ミラージュの目の前の空間が裂け、数枚の和紙を持つ手が伸びてきた。
ミラージュは不思議そうな顔でそれを受け取る。
「これは……?」
「幻想郷と妖怪の行く末を決める重要書類ですわ。“賢者のひとり”が作ったものだと言えば、あの巫女も受け取るでしょう」
紫が横から口を出す。
確認の視線を送ってきたミラージュに、私は軽く頷いてみせた。
「詳細は後から心通信で伝える。さあ行け」
「了解、綾蔵様」
彼女ははっきりと返事をする。
身を翻して宙に浮き上がり、あっという間に北東へと飛び去っていった。
「……従順で良い子じゃない。大切にすることね」
「余計なお世話だ」
ふたりでその背中を見送る。
任せられるモノの増えてきたその後ろ姿に、私は言い表せぬ喜びを感じた。
紫が私を見る。
「いずれにせよ、これでまた歴史が進むわ。計算通りならね」
「計算違いなど力で補完する。何者にも抗わせん」
そう言って視線を交わし、同時に薄ら笑った。
これより幻想郷は新たな歴史を歩む。
その中心に我々は立った。
歴史は勝者が紡ぐ。
それが古今東西の常識。
ゆえに“我々”は勝者であり続ける。
強者の力によって、賢者の智によって、妖術師の存在によって。
吸血鬼でも、他の誰でもない“我々”が。
“時空逆抗者”が、この幻想郷の歴史を紡ぐのだ。
名前:メディスン・メランコリー
初登場:三章第二話 異変
種族:妖怪
性別:女
年齢:一歳未満
身長:低
髪の長さ:肩
髪の色:金
瞳の色:青
能力:毒を使う程度の能力
無名の丘に捨てられていた人形が、長い年月を経て妖怪化した姿。
鈴蘭畑の毒の影響を受け続けた為か、毒を使う妖怪である。
黒い半袖の洋服に赤いスカートという服装。
幼い少女の容姿だが、おそらく元の人形の姿がその姿だったのだろうと推察される。
生まれたばかりのため人語は話せず解せない。
性格も思考も、今は幼児そのものである。
吸血鬼レミリア・スカーレットによる強制従属契約の被害者の一人。
綾蔵を見るや否や、毒霧と毒弾で攻撃してきたのはそのせいである。
異変収束直後には正気に戻っており、綾蔵によって保護、命名された。
以後ミラージュの保護下に入り、日々彼女による教育が施されている。




