第十三話 赤銀妖瞳
天祈志歩。
森で遭難していた俺の妹、東雲明を助けた少女だ。
明は彼女のことを、新しい友達だと紹介してきた。
初めて会ったときは驚いたものだ。
容姿が独特過ぎたからだ。
銀の髪はともかく、青い前髪なんて聞いたこともなかった。
オッドアイという単語は知っていたが、レアゆえに見たことは無かった。
まして瞳の色は銀と赤というありえない組み合わせ。
それでいて明と大した身長差もない少女の姿なのだから、余計に不気味であった。
そんな容姿からも察せるが、志歩は人間ではなかった。
吉凶と彗星の妖。
自称300歳以上。
空には大彗星の幻影を生み出し、手のひらからは流星雨を生み出す。
れっきとした妖怪だった。
でも俺達には優しかった。
妖怪が一度滅んだ現世において、暗鬼という強敵が跋扈している現世において、今更人間相手に何を争おうというのか、という態度だった。
“友達”や“友達の兄”を喰いはしないさ、とも言ってくれた。
別れは突然だった。
現世の森のなかで見つけた“博麗”という名の無人の神社。
待っていたかのように現れた大妖怪“金毛九尾”が、そこで俺達を攻撃してきた。
志歩は仲間だったもうひとりの人外と共に金毛九尾に抵抗し、俺と明を逃がした。
だが、あの様子では一分と持たなかったのだろう。
志歩らを倒した金毛九尾は、逃げる俺と明をすぐさま襲い、そして昏睡させた。
気がついたときには、俺は桜並木の下、明は魔法の森。
この幻想郷という世界に漂着していた。
志歩と会うのはあれ以来、実に一ヶ月ぶりのことである。
だが、とんだ再開の挨拶があったものだ。
志歩は俺と霊夢を見るやいなや大量の光弾で出迎えた。
慌てて飛び退いたふたりの間を、銀の弾幕が凪ぎ払う。
「やめろ志歩! 俺だ、衛だ!」
「…………」
「お前の友達、東雲明の兄だよ! 忘れたのか!?」
「…………」
何を言っても彼女は反応しない。
言葉が聞こえていないようにも見えたが。
「邪魔だよ、死ね」
「っ!?」
青い光線が横顔を掠めた。
咄嗟に緑色の障壁を生み出し、二発目以降を弾く。
撤回、口は聞けるらしい。
声も話し方も明らかに志歩のそれだ。
だがかなり違和感がある。
纏っている妖力が明らかにおかしいのだ。
なんというか、志歩のものでない何かが混じっているような。
「お前……志歩じゃないな」
「何を言う、ボクは正真正銘天祈志歩さ。……ただ、ちょっと意思と力を上書きしただけだよ」
志歩が嗤う。
だが、どう見ても普通ではなかった。
違う……志歩じゃない。
志歩の体と顔と声で嗤う、何か別の存在だった。
「ああ、理解したよ。キミ、東雲衛っていうのか。記憶にキミがいた。知り合いなら、そりゃ違和感に気付くわけだ」
確信犯だ。
志歩は身体を乗っ取られている。
これも悪魔の仕業か。
許さない。
「こ……の……ふざけんな!! やれ!!」
「理解。続ケ」
叫ぶと同時に暗鬼の声。
続々と現れた剣鬼たちが、志歩に向かって突撃を開始していた。
周囲を見渡す志歩。
赤い右目が彼らを一瞥する。
その口元は何故か愉悦に歪んでいた。
直後、剣鬼の数体の翼が折れる。
バランスを失った彼らは地へと落ちていく。
折れた翼の破片が別の剣鬼に突き刺さった。
辺りどころが悪かったのか、そいつは即死し墜落していった。
不運は続く。
残りの剣鬼たちの胸に、次々と御札が突き刺さった。
霊夢の御札だ。
剣鬼は耐えきれず爆散してしまった。
「な……どうして……!?」
驚いていたのは霊夢のほうだった。
信じられないものを見たような顔で唖然としていた。
志歩が残敵を探して周りを見渡す。
その瞳が霊夢を見つける刹那。
俺は飛び出した。
「動くな!『拒絶障壁』!!」
霊夢の前に割り込む。
全方位障壁を展開し、彼女ごと自分を包み込む。
志歩の赤眼が光ったのは同時だった。
何も物理攻撃を受けていないはずの障壁が軋んだ。
「ま、衛? 何を」
「動くんじゃない! 絶対にここから出るな!!」
移動しようとした霊夢を止める。
彼女は俺の気迫に押されたのか、即座に足を止めた。
志歩が首を捻る。
赤い右目は光を失っていた。
「理由を言いなさいよ!」
「能力だよ。こいつの」
油断なく前方を睨んだまま答える。
「志歩は『吉凶増幅』という能力を持ってる。対象の運を極端に乱高下させることができるんだ。障壁の中にいないとまた食らうぞ」
__この世のありとあらゆるモノにはね、必ず“吉”と“凶”っていうふたつの属性があるんだ。ボクの能力は、モノの吉と凶の量を増やしたり元に戻したりできる。そうすると、生み出される結果を良くしたり悪くしたり出来るのさ__
志歩本人から聞いた話だ。
実演も見た。
剣鬼の翼が不幸にも折れてしまったのも、それが偶然数体同時だったのも、その破片を食らって死ぬという悲運も、霊夢の御札が珍しく誤射となったのも。
志歩が剣鬼と霊夢の“凶”を極端に増幅させたからだろう。
原理が分からず抗いようもない概念的な力だ。
ただひとつ解っていたこと。
それは、彼女の赤眼が増幅操作の元であるということだけだ。
俺は「拒む」能力を持っている。
この能力を付随した障壁ならば、志歩の能力を拒めるのではないかと思ったのだ。
咄嗟の判断だったが、まさか上手くいくとは。
「なんでそんなこと知ってるのよ」
「同郷なんだ。あの子とは」
「妖怪と同郷? ……ねえ、あんたらほんっとうに外の世界から来たの?」
「……そのはずなんだけどな」
妖怪なんて実在しない。
魔法も妖術も妄想のモノ。
それが現世の常識である。
だからこそ大結界は保たれ、幻想郷が存在できている。
俺が現世で妖怪と出会ったという事実は、この絶対法則に反するのだ。
「まあいいわ。こいつを正気に戻して洗いざらい吐かせてやるから。たあっ!」
霊夢が再び攻撃する。
霊力が障壁を内側から通り抜け、外で具現化する。
誘導性能を持つ数枚の巨大な御札が現れ、回り込むようにして志歩に迫る。
だが。
「なっ!?」
御札は全て外れた。
誘導を失い、あらぬ方向へふらふらと飛び、そして自爆する。
志歩に到達できたものはひとつもない。
「ホーミングが外れるなんて……そんな馬鹿な……」
「志歩の能力は生き物だけじゃなく物にも作用する。気を付けろ」
最も気を付けなくてはならない点だ。
きっとあの御札は凶を食らい、運悪く誘導を失ってしまったのだろう。
もしくは志歩自身の吉を上げて、運良く被弾しないよう仕向けたのかもしれない。
「霊夢、あの力を防げるのは拒絶障壁だけだ。ここから攻撃を続けて……」
「だあーっ面倒! 防げないなら避ければいいのよ!」
「あ、おい!」
霊夢が障壁から飛び出していった。
彼女は高速で移動しながら御札を連射し始める。
無誘導のため命中率は悪いようだが、軌跡を曲げたりといったことはされないのだから少なからず当たる。
「邪魔だよ、巫女」
まあその程度の攻撃では、人型をとれるほどの有力妖怪を倒せるわけないのだが。
志歩は怯みもせず、鬱陶しそうに腕を振るう。
現れた銀の雨が、霊夢の弾幕を薙ぎ払って消し去った。
「『妖術ガトリング』!」
援護すべく飛翔する。
いつでも拒絶障壁を展開できるようにしたまま、緑の光弾を連射する。
撃ち合う志歩を背後から撃つ。
彼女が一瞬こちらを睨んだ。
すぐさま射撃を止め、拒絶障壁を膨らませる。
赤眼が俺を見据えたようだが、障壁が軋むだけで何も起こらない。
防御成功だ。
やはり俺の能力には勝てないらしい。
「小賢しい力を手に入れたんだね。死ねばいいのに」
「あぁ? 小賢しいのはどっちだ! 志歩を乗っ取りやがって」
嫌味に真っ向から悪態をつく。
「志歩の能力をこんなことに使うな、悪魔め!」
「何か勘違いしているね。契約を受け入れたのはボク自身だよ。恨むならキミの知る天祈志歩を恨むといいさ」
「契約だあ?」
かかった。
話を引き延ばす。
霊夢の気配が消えていた。
奇襲を仕掛けるつもりだろう。
俺が注意を引き続けるしかない。
「そうさ。吸血鬼レミリア・スカーレット様を主とする強力な傀儡契約。お陰で死にかけてたボクは過剰なまでに力を取り戻せたんだ。意思と運命を引き替えにね」
やはり吸血鬼の仕業か。
レミリア・スカーレットだな、覚えたぞ。
意思と運命。
それらが上書きされたのなら、もうほぼ別人だ。
元に戻すことはできるのだろうか。
……いいや、まだだ。
諦めるには早い。
「そんな契約なんてぶっ壊す。目を覚まさせてやるよ」
「契約のおかげで、ボクが今幸せでもかい?」
「ああそうだ。お前の幸せなんかより、妹の幸せのほうがよっぽど大事だからな」
はっきりと言い放つ。
志歩は意味が分からないといった顔をした。
「お前が俺を殺せば、明はどうなる。友達に兄を殺され、仇討ちと称して友達との殺しあいを強いられる。狂気に堕ちた友達相手にだ。まともに戦える訳がない。明は絶望のなか死ぬだろう。……そんな不幸せを妹に与えるくらいなら、お前の幸せを奪うことでそれを回避できるなら、俺はお前の幸せなんて喜んで奪ってやる」
ほくそ笑む。
志歩は驚愕と焦燥の顔となっていた。
障壁を展開したままガトリンクを構える。
無理な妖力量を要求される行動だが、構わない。
「不幸になれ。俺のたったひとりの家族のために」
トリガーを引いた。
緑色の火線が志歩を襲う。
注意がこちらに向いた、その瞬間。
「『陰陽鬼神玉』!」
「がっ!?」
轟音。
超巨大な水色の霊弾が、志歩の脳天を直撃した。
痛そう。
「今だ、撃て!」
声を張り、再びガトリングを放つ。
霊夢は左右に陰陽玉を展開し、そこから御札を連射する。
地上からは銃鬼の対空砲火が押し寄せる。
弾幕は志歩の居場所に全て吸い込まれ、連続して火花が散った。
「死、ね!!」
閃光。
銀の流星雨が全方位に射出された。
俺と霊夢は同時に回避する。
ひとつひとつが人の丈ほどもある流星を紙一重でかわしていく。
だが地面に張り付いたままの銃鬼たちは、その爆撃によって地面ごと吹き飛んでしまった。
連続した霊力を感じる。
見ると、霊夢が大きな御札を何度も放っているところだった。
御札は進路を志歩にとり、流星雨の隙間を縫って突っ込んでいく。
志歩はあれを迎撃するだろう。
その間は隙となる。
……狙ってみるか。
「……!」
意識を集中する。
両手を伸ばした先に妖力を集める。
脳内に描くイメージは、圧縮された球体。
現れたのは、てのひらサイズ版の全方位障壁。
拒む能力を付与したそれを、直径数メートルにまで巨大化させる。
全方位の障壁は、空気を拒み押し退け膨らむ。
新たな空気を取り込めないまま無理やり巨大化した空間の中がどうなるか。
小学校の理科の授業を受けた者なら解るだろう。
「『障壁真空爆弾』!!」
中は真空となるのだ。
球体を携えたまま志歩に突撃する。
流星が飛んでくるが、この球体だって拒絶障壁だ。
銀の星を弾きつつさらに接近する。
光の向こうに志歩が見えた。
彼女は御札の誘導逸らしに夢中だ。
接近する妖力に気づいたのか、不意に彼女と目があった。
だが、もう遅い。
球体を手離し、真っ直ぐ後方へと離脱する。
志歩が球体を赤眼で睨み、同時に流星を撃ち込む。
しかし球体は壊れない。
減速もしない。
これが拒む力だ。
俺のとっておき、とくと見よ。
「解除!」
妖力を散らす。
球体が緑の粒子となって消えた直後、高らかな破裂音が響いた。
真空を大気が埋める。
満ちた大気が衝突し、衝撃波が生まれる。
「くあっ!?」
志歩は悲鳴を上げ、耳を塞ぐ。
乱流と衝撃波により体勢が大きく崩れた。
直後、結界が彼女を包囲する。
列状に並んだ御札が何本も交わる。
走る稲妻が志歩を縛りつけた。
「よっし捕まえたわよ。さあ覚悟なさい!」
霊夢も隙を見逃さなかったようだ。
封印の御札を手に、ジリジリと距離を詰めていく。
「明の大切な友達だ。生け捕りで頼むよ」
「……しょうがないわね」
霊夢は心底嫌そうな顔で頷いた。
彼女は基本的に妖怪に対して容赦がない。
初対面の時、人外だという理由だけで人畜無害な春告精を追い回していたのが最たる例だ。
何も言わなければ、志歩のこともサクッと殺してしまいかねない。
「その代わり面倒はあんたらで見なさいよ。……ったく、神社が妖怪を匿ってるなんて知れたら……」
「う、悪い。面倒をかける」
平謝りした。
神社で匿う気なのか……って、神社しか無いのだから当たり前か。
正気に戻るまで、明と一緒に面倒を見るとしよう。
もし戻らなかったら。
残念だが、霊夢に退治してもらうしかない。
「よし、これでもう大丈夫よ」
嫌がる志歩の額に御札が貼られる。
志歩は一瞬苦しそうな顔をした後、目を閉じてぐったりとした。
動く気配すらない。
貼るだけで妖怪を無力化するなんて、やっぱり霊夢の御札はすごい。
何枚か分けて貰いたい程だ。
まあ俺では使えないのだろうが。
「衛、先に戻ってて。私はこいつを神社にぶちこんで来るわ」
結界でぐるぐる巻きにされた浴衣少女をひょいと担ぎ上げる霊夢。
多分俺より力持ちである。
「分かった」
頷いて稗田屋敷を見る。
整然と陣形を保つ暗鬼軍。
戦闘態勢に入っているようだ。
「気を付けなさいよ。嫌な予感がするわ」
悪魔軍の第二次攻撃か、もしくはもう一体の敵機が近付いて来ているか。
いずれにせよ心配だ。
「お前の勘は当たるからな……。じゃ、頼むよ」
「すぐ戻るわ。またあとで」
互いに背を向け、飛翔した。
嫌な予感、か。
奇遇だな……俺もそう思う。
向こうから感じるこの妖気。
微かでほとんど分からないが。
「志歩がああなってたんだ。ってことは十中八九……」
容易に想像がつく。
俺も明も志歩も、拐われた世界が同じで、現れた世界も同じ。
つまり、“もう一体”というのは。
「あの子もか」
脳裏に浮かんだのは、無垢で可憐なひとりの少女だった。
名前:天祈 志歩
初登場:一章第二十一話 彗星
種族:妖怪
性別:女
年齢:300歳前後
身長:普通
髪の長さ:肩~
髪の色:銀(右前のみ青)
瞳の色:左銀・右赤
能力:吉凶を増幅させる程度の能力
彗星の妖怪。
物事の吉と凶を一時的に増幅させる能力を持つ。
主に流星や隕石を用いた攻撃手段を用いる。
妖怪としては比較的若い部類に属す。
この物語における、いわゆる悪戯っ子キャラ・僕っ娘キャラ。
服装は灰色がかった無地の浴衣に青い帯。
一部が肩下まである銀髪で、右前髪だけが青色となっている。
左目の色も銀であるが、右目だけは赤色でいわゆるオッドアイ。
性格は明るいが、妖怪としての冷徹な面も多く見られる。
口調や特異な見た目、効果を読みにくい能力のせいもあり、本心や強さは読みにくい。
一章では、森の中で遭難した東雲明の前に突然姿を現し、友人となる。
明に妖術の素質があることを見抜き、扱えるよう手解きしたのも彼女である。
その後東雲衛たちとの合流を果たし、一連の騒動の原因を探るため行動を開始する。
だがたどり着いた先の神社で大妖怪に襲われ、東雲兄妹を逃すためその場にとどまる。
以来生死も行方も不明であった。




