第十話 邪斧と聖槍
紅魔館上空
地槍と天槍が交わる。
白光と紅雷が飛び散った。
鍔迫り合う。
天槍が次第に近づいてくる。
押し返せない。
「その程度かしら。照月零」
目の前の吸血鬼が嗤う。
人間で言えば、十にも満たるかもわからない幼い容姿。
容姿だけで言えば、こんな少女に押されているなど我ながら情けない。
しかし実力で言えば、无月綾蔵にも匹敵するほどの存在。
結論を言えば、私程度が歯向かったところで足止めにしかならないのだが。
「この程度の私すら倒せていないではありませんか。攻めあぐねているのが見え見えですよ」
それでいいのだ。
綾蔵や八雲紫、そしてミラージュが、他の障害を片付けるまでの時間を稼げば。
「……!!」
レミリアが槍を大きく払い、鍔迫り合いを解いた。
刹那、彼女は斜め上方より斬り付けてくる。
咄嗟にそれを弾き返すと、今度は正面からの刺突が来た。
身をかわして反撃の刺突を放つ。
レミリアは咄嗟に半身でかわす。
だが僅かに遅れたのか、服の一部が裂けていた。
「焦ったところで無駄です」
「……さっきからなんの手品かしら。わたしの能力が効かないなんて」
レミリアは納得いかないといった表情だ。
それもそのはず。
普通であれば、とっくに私は倒されている筈なのだから。
戦闘開始直後、私はレミリアの能力を見抜いた。
“運命操作”。
これが彼女の持つ手品だ。
他者の運命を操り、自身に有利な運命へと誘うことができる。
ゾンビや悪魔といった大量の眷属を意のままにできたのも、幻想郷中の妖怪を従属化できたのも、私との序盤戦で異常なほど攻撃を成功させてきたのも、その能力ゆえである。
「絶対正義の具現たるこの私と見えたのが運の尽きです」
対する私の能力は、“正す力”。
どんなに運命をねじ曲げられようと、私はそれを本来あるべき姿に正す。
彼女の能力を完全に打ち消すことができるのだ。
直撃するよう操られた運命を正し、攻撃を回避する。
避けきれるよう操られた運命を正し、攻撃を命中させる。
レミリア・スカーレットの相手をするのには、これ以上無いほど最適の能力なのである。
「……面倒ね」
レミリアが舌打ちする。
槍が素早く引かれ、一瞬にして距離を取られた。
「小細工無しでは勝てませんか? スカーレット伯爵の娘ともあろう貴女が」
「黙れ。二度と喋れなくしてやるわ」
挑発に易々と乗ってくる彼女。
精神は見た目通りのようだ。
「八つ裂きになれ。『千本針』」
レミリアが両手を広げた。
刹那、彼女の姿が弾幕に覆われる。
大量に飛び交うのは飛刃と……ナイフ?
「ち……」
後方へと飛び退く。
刃物の群れが目の前を薙ぎ払っていった。
なおも壁のように迫ってくるナイフと飛刃。
力押しか。
耐えるのは得策ではないだろう。
私は空を蹴り、それらの隙間に身を投げた。
意識を研ぎ澄ませる。
刃物が荒れ狂う只中で、ひたすら回避行動を続ける。
ナイフが数本身体を掠めた。
白いドレスの一部が裂ける。
少々痛みが走った。
大丈夫、この程度ならまだ余裕だ。
綾蔵の斬鬼共に切り刻まれた時に比べれば。
「!」
前方に再びレミリアの姿を捉えた。
彼女は魔力の出力をさらに上げようとしている。
弾幕を濃くする気のようだ。
「食らえ」
レミリアがこちらへ掌を突き出す。
途端に大量のナイフが放たれた。
とても避けきれるような密度ではない。
妖力壁で耐えるか……いや。
「『ゲイボルグエッジ』!」
一点突破だ。
地槍を構えたまま、レミリアに向かって突貫した。
刃先から溢れる妖力が衝撃波となって後方へ流れる。
それはまるで光の傘のように私を覆う。
傘に触れたナイフが砕けていく。
レミリアの姿が急速に近付く。
彼女は無防備。
殺れる。
「甘いのよ」
刃先は確かにレミリアを貫いた。
だが、そこに彼女はいなかった。
「な……」
背後に集まる蝙蝠。
振り返った時には遅かった。
「吸血鬼を舐めないことね」
神速で振るわれた天槍。
地槍で受け止める余裕なんてありはしない。
ちょっとした光の盾を造り出せた程度。
ろくに防御もできなかった。
「ぐあっ!?」
左肩に激痛。
天槍の横刃が食らいついていた。
下方に吹っ飛ばされる。
どうにか体勢を立て直して空中に踏みとどまった。
左腕は……良かった、裂傷で済んでいる。
まだいける。
「終わりよ」
レミリアの声に顔を上げた。
小さな手に握られた真紅の天槍。
彼女はそれを投げつけてきた。
速い。
避けきれない。
駄目元で地槍を構えて防ぎにかかるが。
天槍が迫る。
その速度は落雷の如く。
その威力は落星の如く。
とても防ぎきれないだろう。
万事休す。
ここまでか。
……せめてもう少し、時間を稼ぎたかった。
ごめんなさい…………綾蔵。
「邪魔」
冷たい声。
思わず顔を上げた。
あらぬ方向を向く天槍。
その横腹に食らいつく、禍々しい暗色の大斧。
大斧は圧倒的な質量を以て、天槍の進路を大きく狂わせた。
大斧が視界を横切る。
天槍が頭上を通過する。
私もレミリアも驚愕に固まった。
ふたり同時に声と投擲の主を振り向く。
「あなたの相手は、わたし」
華奢な身体を包む、暗い色彩の服とホットパンツ。
金属質のロングブーツと腕甲。
紫の髪の向こうで、紫眼が冷たく煌めく。
「疑心に沈め。吸血鬼」
そこにいたのは、无月綾蔵の従者。
ミラージュ・ナイトメアだった。
「『アルマーズ』」
ミラージュの手に大斧が再出現する。
彼女は間髪入れず、それを振るった。
大質量の衝撃波が空を裂く。
レミリアが回避のため動いた。
だが避けた方向は、何故か衝撃波の射線上。
「ぐっ!?」
衝撃波がレミリアに直撃した。
彼女はかなりの距離を吹っ飛ばされた後、どうにか空中に踏みとどまり、鮮血を吐き捨てた。
「『クロスファイア』」
その隙にミラージュは次の手を打っていた。
彼女が胸の前で十字を切る。
十字形に闇霧が出現し、急速に大きくなっていく。
現れた超巨大な闇の十字架は、レミリアに向かって紫の弾幕を連射し始めた。
無数の射線がレミリアの元で交差する。
彼女はバリアのようなものを展開し、ただ耐えるばかりだ。
「ミラージュ、どうして貴女が」
ミラージュの背中に呼び掛ける。
館内突入はどうなったのだ。
そもそもなぜ、綾蔵がいない。
「なに。綾蔵様じゃなきゃ嫌?」
彼女は怪訝そうに振り向いた。
相変わらずの無感情な顔で。
「っ……。貴女では力不足でしょう。私に負けるような貴女では」
「うるさい。綾蔵様にも吸血鬼にも負けたくせに」
「っぐ……」
挑発に乗ってしまったが、返り討ちにあった。
図星を突いてくるために反論しにくい。
相変わらず口だけは達者な少女だ。
「……ともかく、援護には感謝します」
「勘違いしないで。レイを死なすな、とご命令を受けただけ」
「…………」
この……人が感謝してやったというのに。
という憤りをどうにかこらえ、ため息として発散した。
私にはとことん当たりがきついのだ、ミラージュは。
表情も変わらない。
たまに表情を作ったかと思えば、不快そうな顔やしかめっ面ばかり。
綾蔵の前では可愛らしく笑うのに、私の前ではにこりとも微笑まない。
“随分と表情豊かになった”などと綾蔵は言うが、それは彼に見せる表情に限った話だ。
それでも私から見れば、言うほど喜怒哀楽があるようには見えない。
綾蔵……貴方はそこだけ視野が狭いというか、親馬鹿なのですよ。
「そうですか」
瞑目し、適当に相槌を打つ。
彼女は何も言わずに前方を向き直った。
執拗に敵対し続けたのを恨まれているのか。
それとも、騙し討ちや闇討ちのような真似をしたことを根に持たれているのか。
もしくは両方か。
“停戦はこの戦いが終わるまでだ”。
あの月下の丘で、私は綾蔵にそうこぼした。
だが、彼と敵対する理由などもう消え去ってしまった。
幻想郷というシビアな世界では、彼と仲間でいたほうが良いことも解っている。
仲間でいるのなら、彼の従者であるミラージュと和解しなくてはならないことも、解っている。
ミラージュは若い。
否、幼いと表現したほうが適切か。
彼女は現世にて、明無夜軍が始まる直前に、綾蔵によって造り出された存在なのだという。
“直前”というのがいつのことか分からないが、どちらにせよ生まれてからまだ数ヶ月といったところだろう。
ここ一ヶ月の彼女を見ての通り、感情の扱いもまだまだ下手だ。
そんな幼い彼女が、過去や感情を封じ込め歩み寄ってくる可能性など低いに決まっている。
和解は……私から持ちかけねばなるまい。
「…………嘘」
不意にミラージュが呟いた。
「ご命令はもうひとつ、ある」
視線を上げた。
彼女と目が合うが、向こうは僅かに逸らそうとしていた。
「レイ。あなたを救うことで因縁を精算しろ、と。……それがもうひとつのご命令」
「……!」
驚いた。
まさか彼女から言ってくるとは。
綾蔵が命じたのか。
私と和解せよ、と。
「……そうですか」
努めて平静を装い、相槌を打つ。
因縁を精算、か。
私と吸血鬼の因縁のことも念頭に置いた上で、その言い方を選んだのだろう。
綾蔵め、なかなか粋なことをしてくれる。
そして感謝しなければならない。
ならば。
私がすべきことは決まっている。
「さ、やりますよ。ミラージュ」
「え……?」
声をかける。
彼女は戸惑いの声を上げた。
「命令、遂行しなくてはならないのでしょう? 手伝いますよ。……貴女の仲間として」
「!」
そう言い、笑いかけてやる。
その純粋な紫眼が一度、瞬きした。
「……うん」
ミラージュが頷いた。
彼女は黒い十字架へと向き直る。
その横顔は僅かに、ほんの僅かに、笑っていた気がした。
「『スターオブダビデ』……!」
レミリアの声。
刹那、弾幕を裂くいくつもの光線。
それらは次々と十字架に突き刺さり、破壊していく。
「誘導攻撃」
「良いでしょう」
ミラージュの隣まで歩み出る。
地槍を握り直す。
彼女もまた、己の得物である邪斧を構える。
暗き斧と白き槍。
それぞれの刃先に妖力が集中する。
「『アメディストフリークス』……」
「『ルナフリークス』!」
巨大な紫水晶と白金の結晶体群が現れる。
紫水晶は砕け散り、結晶体群は整然と並ぶ。
紅き空に光線で描かれた悪魔の紋章。
紫と白の鉱石たちは、その中心に君臨する吸血鬼を捕捉した。
皆既日食下、緋色の空。
楽園を侵す神槍に、邪斧と聖槍は立ち向かう。
【天槍】
レミリア・スカーレットが扱う、魔力で構成された魔槍。
読みは「てんそう」もしくは「グングニル」。
天を騙り、地を征すと云われる。
その云われ故に、地槍とは対となる槍である。
高い攻撃力を持つうえ、高速で投げつけて使える投げ槍でもある。
高熱にも似たエネルギーをたぎらせており、色は目が眩むほど紅い。
※【グングニル】北欧神話の主神であるオーディンが持つ槍。




