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東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.  作者: やみぃ。
第一章 明無夜軍
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第六話 妖怪




 汚い斑模様の飛行物体が、加速しながら巨塔から遠ざかる。

 それは空気を叩くような鬱陶しい騒音を撒き散らしながら、まるで獣に追われた子羊の如く逃げ去っていった。


 異国言葉で「helicopter」、日ノ本言葉で「ヘリコプター」と呼ばれるその物体。

 上部の細長い翼を回す事により下へ風を当て続け、その反動を利用して地を離れ空を飛ぶ機械だ。

 同じく空を飛ぶ「飛行機」等と同じく、地形を無視して人間や荷物を遠くまで運ぶ事ができる、画期的な人間の技術のひとつだ。


 「飛行機」は鳥のような見た目をしているが、翼は羽ばたかない。

 地を離れる時に走って速度を付け、その速度を翼で揚力に変える事により物体を浮かせるのだ。

 だがその速度が無くなると翼は揚力を失い、物体は地へと落ちてしまう。

 当然だがそうなれば飛行機そのものはもちろん、中にある人間や荷物もただでは済まない。

 人間はことごとく骨々が折れ、荷物は潰れ砕けるだろう。

 そのため飛行機には何らかの推進装置「ジェットエンジン」や「レシプロエンジン」が装備されており、後ろへ風を送り速度を保つようにしている。


 一方「ヘリコプター」は、飛行機のエンジンと似た物を下へ向ける事により高度を保つ。

 それを傾けることで移動するため、揚力を生み出すための固定翼や速度は必要ない。

 上部の回転翼が止まらぬ限り、飛び続ける事が出来るというわけだ。

 特性上ヘリコプターは飛行機とは違い、空中で高度を保ったまま静止することができる。


 つまり、先程この巨塔に近づいてきたのはヘリコプターであったのだろう。

 私の隣までゆっくりと近づき、ピタリと静止していたからだ。


 何故そんなことをわざわざ確認するのか。

 それは、私の予備知識が正しいかどうか復習する必要があるからである。

 飛行技術の知識については概ね間違いないようだ。


 しかし、先程のヘリコプターは「特殊」だった。

 運動性の良さそうな美しい意匠に加え、素人目にも今まで見た他のヘリコプターに比べ機体の性能が高かった。


 そして何より、そんなヘリコプターを操っていたあの後席の人間の力にはいろいろと驚かされた。


 あの距離から私の存在に……とまではいかないが「何か」の存在に気付いた事。

 私の姿を視認した時に驚きこそしたが取り乱さず、冷静に観察していたこと。

 強い妖力を身に浴びてもなお精神を維持し、自分自身を鼓舞して妖力を振り払い、迷わず逃げの一手を選んだこと。


 少なくとも日ノ本で暗鬼達が間引きした幾百人の人間の中には、あれほど冷静かつ気丈な者はいなかった。

 すぐに取り乱し、無理に合理化を試みた上に答を誤り、挙げ句の果てに妖力だけで死にかけた前席の青年と比べても、あの精神力は称賛に値するだろう。


 恐らく機体の性能からして、ただの乗り物ではなく兵器。

 操縦士の出来からして、一般人ではなく軍人だったのかもしれない。


 人間の技術の歴史は、すなわち武器と兵器の歴史である。

 今垣間見たヘリコプターも含め、飛行機、自動車、船など、あらゆる技術が軍事に繋がっているのだろう。

 人間同士の争いの道具とされる武器や兵器だが、その本質は自らを守る事にある。

 おびただしい数の人間が死んだ原因が暗鬼にあると知れば、あらゆる武器達は暗鬼に向けられるだろう。

 暗鬼を統べるのが私だと知れば、あらゆる兵器達は私に向けられるだろう。

 自らを、同類を天敵から護るために。


 準備は整っている。

 この時代(とき)のために数百年ものあいだ耐え忍び、備えてきたのだ。


 瞼を閉じる。




 思えば最初の頃は、ただ逃げていたのだと思う。

 名だたる大妖怪すら人間に忘れられ消滅し、妖怪の力は人間には及ばなくなってしまった。

 まだまだ並の妖怪だった当時の私など、尚更消えかけていた。


 危機感を抱いた私は、薄れゆく自我をなんとか保ちつつ、できるだけ人里から離れた。

 人間の灯りの無い山奥まで逃げ込み、ひたすら自らの延命に努めた。


 どうすれば生き残れるか。

 どうしたら力を取り戻せるか。

 どうやれば人間と渡り合えるか。

 来る日も来る日もそんな事ばかりを考え続けた。


 人間達の技術や文化は、加速度的に進歩し続けていた。

 いずれこの山々も、地下も、海も、空も、全てを人間が支配するようになる。

 当たり前のように人間達がそこを行き来し、煌々と灯りで照らされるようになる。

 そうなれば、暗がりに棲む私のような妖怪、“暗鬼”など、すぐに抹消される。


 私の予測した未来に逆らうには、やはり大きな力を身につける必要があった。

 だがその為の糧となる人間を襲うには、人里は既に危険すぎた。

 仮に最初の頃にうまくいっても、幾らか犠牲者が出れば、仇討ちだと鉄砲玉が飛んでくるに決まっている。


 海を渡って逃げる事も考えた。

 しかし、それはさらに危険だと気づいた。

 日ノ本以外の地域はことごとく欧米諸国の支配下にあったからだ。

 鎖国下にある日ノ本も、いずれは圧力に耐えきれず開国に至ると考えた。

 欧米では日ノ本よりも早く吸血鬼等の有力な妖怪のほとんどが姿を消し、人間の天下が出来上がっていた。

 開国すれば欧米の二の舞になると考えたのだ。


 圧倒的な力の差。

 妖怪の側に有るべきその力は、それを上回る人間の力によって逆転しようとしていた。

 あと百年も経てばそれは確実な物になり、さらにもう百年経てば妖怪は滅ぶ。

 そんな結論に至った。


 私の予測は的中した。

 黒船来航・幕府崩壊に伴う開国によって、日ノ本の技術や文化はさらに大きく発展した。

 生き残っていた妖怪達はその数をさらに減らし、次々と地上から消えていった。


 だが、私は消えなかった。


 (あらが)いの力。


 私が手に入れたこの画期的な力によって、私は生き延びた。

 人間の天下、その状況に「抗う」ことにより、力を失わずに存在し続けたのだ。

 人間の力が膨張すればするほど、「抗いの力」によってそれに比例した妖力が手に入る仕組みだ。


 その能力を習得するまで、気の遠くなるような鍛練を積んだ。

 日ノ本の文明開化に間に合ったのは幸いだった。

 少しでも習得が遅れていれば、他の妖怪達と同じ結末を迎えていただろう。


 手に入れた妖力を累積させていき、それは気付いた時には膨大な量になっていた。


 私は、无月(むつき)綾蔵(あやくら)は、人間の天下において大妖怪となったのだ。




 瞼を開ける。


 眼前には、日ノ本一の都市「東京」が広がっている。


 先程の軍用ヘリコプターが私の存在を伝えたのだろう。

 赤い灯りを頭に乗せた車両が道路上に多数停止している。

 上空には、様々な意匠のヘリコプターが幾つか浮かんでいる。

 それらが一心に見つめる先には、生まれて初めて見る(妖怪)の姿。


 興味本位なのか、ヘリコプターのうちの一機が警戒もせずに近づいてくる。

 掌に妖力を集め、向ける。




 お前からだ。

 この戦いの狼煙となれ。




 光弾をひとつ、撃ち込んだ。








 名前:无月(むつき) 綾蔵(あやくら)

 初登場:第一話 決別

 種族:大妖怪

 性別:男

 年齢:不明

 身長:高

 髪の長さ:短

 髪の色:黒

 瞳の色:闇

 能力:抗いの力


 人間の天下となった現世に“抗う”ことで膨大な力を得、生き残ることができた大妖怪。

 人類の発展に伴い消失した妖怪の天下を再び取り戻す為、世界中の都市に攻撃を行い、人類の力を削ごうと試みる。

 この物語の、一人目の主人公。


 冷徹でやや好戦的。

 言動や態度は厳格だが、思慮深い一面もある。

 かつての彼を知る妖怪や記録はほとんどないが、少なくとも200年程前には暗鬼の長として既にこの世に存在していたらしい。




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