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東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.  作者: やみぃ。
第三章 吸血鬼異変
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第七話 闇妖と忘人




 幻想郷上空




 “日食”。

 太陽の前に月が立ちはだかり、陽光が遮られてしまう現象のことだ。


 幻想郷の空。

 天高く昇った太陽が、黒い影となっていた。

 陰の輪郭から漏れ出る陽火だけが、ぼやけた輪のように残っている。

 完全なる日食、“皆既日食”だ。


 月も太陽も動くため、普通皆既日食状態は数秒で解除されてしまう。

 しかしこの皆既日食は違った。

 何分待ってもそのままなのだ。

 太陽を隠す影は、太陽と同方向同速度で移動を続けていた。


 さらに、暦の上で今日この時に日食は起こり得ないはずだった。

 そもそも原因となる“月”は、全く無関係な位置にちゃんと浮かんでいる。


 原因不明の無期限皆既日食。

 それは幻想郷の地上を永久に薄暗くしうる、極めて危険な現象であった。




 その日食に向かって豪速で空を駆ける、ひとりの女性がいた。

 緑の髪に赤黒い瞳。

 身に纏うのは、赤いチェック柄の服とスカート、そして絶大な妖力。


 彼女は隠された太陽を見上げ、目を凝らす。

 皆既日食の原因はそこにいた。

 それを見るや、彼女はその場に停止する。


「とんだ命知らずがいたものね。この私を敵に回すだなんて。ほら、殺してあげるから出てらっしゃい……」


 太陽を隠す巨大な闇。

 彼女はその内部へと冷たく声をかける。


「宵闇の妖怪、ルーミア」

「…………ん? 呼んだ?」


 闇の中から返事。

 幼い少女の声だ。

 女性の問いかけと比較すると、随分と軽い声色である。


 ややあってから声の主が姿を現す。

 その容姿は声の雰囲気と一致する、幼い少女だった。

 子供のような身長と顔、金髪に赤眼、真っ黒な服とスカート。

 ルーミアと呼ばれたその子供は、女性を見て首を傾げた。


「おばさんだれぇ? どっかで会った?」

風見幽香(かざみゆうか)、妖怪よ。貴女は最近有名だからね、話伝いに名前を聞いたのよ」

「そーなのかぁ、わたし有名なんだ。わぁい!」


 無邪気な笑顔を浮かべるルーミア。

 だが幽香と名乗った女性の表情には、強者特有の薄ら笑いしか無い。


「ところで、さっさとこの闇をしまってくれる? 私の可愛いお花たちが枯れてしまう前に」


 幽香は静かに、だがはっきりと、怒気を含んだ声で告げた。


 風見幽香。

 彼女は花を愛し、花を操る大妖怪だ。

 一年中花の咲いている場所を巡っては、花を愛でたり、向日葵の向きを変えたり、枯れた花を元通り咲かせたりしている。

 まるで自然の権現のような存在だ。

 普段は温厚だが、邪魔者が現れると人妖問わず本気で潰しにかかる。


「やだよ。だってこれは契約のもとでやってるんだもん。お花がどうのなんて理由で契約違反はできないって」


 ルーミアが行った、闇による皆既日食。

 幻想郷からほとんどの陽光を奪うこの行為は、幽香に対する最大の挑戦と言える。

 花は陽光がなければ枯れてしまうからだ。

 誰よりも花々を愛する彼女が黙っているはずがない。


「契約の相手は吸血鬼かしら。なら安心して契約違反して構わないわよ。すぐに吸血鬼も殺すから」

「あはは! おばさんじゃ無理だよ絶対。わたしにすら勝てないのに。身の程をわきまえたら?」


 笑顔で首を傾け、挑発するルーミア。


「……言ってくれるじゃないこのガキ。たかだか幻想郷数ヵ月目の新参に何ができる」


 幽香は忌々しく吐き捨て、表情を消した。

 だがルーミアはお構いなしに続ける。


「ガキはどっちよ。わたしは少なくとも、おばさんと同じかそれ以上は生きてる。わたしも大妖怪なんだからさ」


 さも当然のように言ってのける、金髪赤眼の少女。

 幽香は疑り深く眉を潜めるが、ルーミアはなおも話す。


幻想郷(ここ)の妖怪たちがよれよれになってた昨日まで、わたしだけがピンピンしてた時点で気づくべきだよ。新参? 何を根拠に。もう200年は幻想郷に住んでるよ。つい最近まで異界に居たおばさんの方が新参でしょうに」

「……どうしてそれを」

「さしずめ世界と世界の狭間みたいな、歪な場所にでも住んでたんでしょ? 身体に残ってる変な魔力でバレバレなんだよ。わたしの経験を舐めすぎ。だから身の程を知れって言ってんの」


 ルーミアはひとしきり捲し立て、ため息をついた。

 その瞳には蔑みの色が多分に滲んでいる。

 見た目とは裏腹に、高い実力と自信を感じ取れる態度であった。


「……貴女が大層な妖怪だってことはよく分かったわ。でも、私だって幻想郷(ここ)じゃ最強クラスの妖怪。脅しにはならないわ」

「おばさんで最強クラス? あはは、幻想郷って狭いね~」


 幽香が反論するが、ルーミアはそれを一笑で切り捨てた。


 事実、風見幽香は幻想郷においてかなりの実力者だ。

 単独で天狗の群れや河童の群れと同等に渡り合える程である。

 彼女より強い者といえば、せいぜい八雲紫くらいだろう。

 ……彼女の知る限りではの話だが。


 対するルーミアは、幽香と同等以上の大妖怪。

 契約主たる吸血鬼は、常勝無敗の最強妖怪。

 つまり、幽香単独では勝ち目が薄い。

 それは幽香自身も解っていることだ。

 しかし、戦わないという選択肢は最初から無かった。


「……退くわけには……いかないのよ」


 幽香は自分に言い聞かせるよう呟く。

 へらへらと笑っていたルーミアの耳に、それは届かなかった。


 幽香とて大妖怪だ。

 幻想郷を滅ぼしかねないこの事変は、彼女ら大妖怪でなければ止められない。

 孤高の存在とはいえ、彼女にもそのくらいの責任感はあるのだ。


「それで? 殺してくれるんだっけ?」


 ルーミアが笑いを止めて言う。

 左右に広げられたその両手に、凄まじい妖力が集結していく。


「…………やってみれば?」


 赤眼がギラリと光る。

 瞬間、彼女の両掌にそれぞれ現れる黒き魔剣。

 長剣の二刀流だ。


 対する幽香は、静かな怒りと共に魔力を解放する。

 手に持つ日傘を畳み、それを武器のように構えた。


 花と闇。

 陽と陰。

 対の大妖怪が、幻想郷上空で睨み合った。




「太陽を返せ。宵闇の妖怪」

「身の程を知れ。お花畑女」




 * * * 




 地面も重力も無いが、足は床に付き物は下に落ちる。

 月も太陽も無いが、暗くも明るくも感じない。

 真っ黒な背景に浮かんでいるのは、幾つもの眼。


 言うなれば此処は、異空間。


「…………どうして」


 小さな声は呟く。

 矛盾に疑問を呈するように。

 明かり無き異空間の端で。


「なぜ異空間(ここ)に……閉じ込めたのですか」


 少女は悲しむ。

 受け入れがたい理不尽を拒むように。

 くすんだ金の髪を揺らし、頬を伝う雫ひとつ。


(リン)が……何をしたというのですか」


 彼女は問う。

 見えぬ不条理の元凶へと。

 己の二胡(弦楽器)を足元に墜としたまま。


「答えて……」


 その左手が握るのは、朱色のスカート。

 その右手が抑えるのは、白き服。


「答えて……!」


 その激情で震えるのは、朱のリボン。

 その見開かれた瞼の奥には、怒りに燃える金眼。


「答えてッ!!」


 少女の声が鋭く響く。

 彼女の悲壮と激怒の視線の先。

 異空間を裂いて現れる、ひとりの女がいた。


「出る杭は打たれる。危険因子は除かれる。それが世の常、人の業ですわ。悪く思わないで頂戴」


 日傘と扇子を手に答える法師服の女。

 艶やかな黄金の長髪が、見えぬ妖風に漂う。

 その紫眼に同情の色は無い。

 女はただ冷たく、ただ毅然と、少女を見つめるのみ。


「危険因子? リンはまだなにも……!」

「能力そのもの、記憶そのもの、知識そのもの、則ち……存在そのものが、危険因子なのよ」


 なおも疑問を呈する少女。

 だが女は冷酷に、抗いようの無い答を突きつける。


「貴女の力は危うすぎる。貴女の存在は歪すぎる。貴女は知りすぎている……幻想郷のことを、時空逆抗者(私達)のことを、この世界群の総てを」


 彼女は続ける。


「私は貴女を消さなければならない。“強者”では倒せない貴女を、“賢者”として倒さなければならない。幻想郷を護るために。時空逆抗者(私達)を護るために」


 異空間に響く、女の決意。

 彼女が纏う強大な妖力が、言葉の信憑性を裏付けていた。


「…………ふ……ふふ…………なるほど……なのです」


 不意に嗤い声。

 リンと名乗る少女は、その端麗な口角を歪ませた。


「あなたは……恐れているのですね、リンのことを。幻想郷屈指の実力者であるあなたが、人間のリンを。ふふっ、滑稽な話なのです」

「……実力者だからこそ、貴女が人間だからこそ、恐れているのよ」


 女は隠す様子もなく、少女に吐露する。


「貴女は現れるタイミングも悪すぎた。幻想郷の人間が滅びかねないこの状況で貴女が妖怪を退治すれば、パワーバランスは不安定となる。挙げ句、それを補完するはずである時空逆抗者(私達)のことを口外されれば、賢者も強者も存在意義を失う。そうなれば、力の基点を喪った幻想郷は……滅びる」


 その理由は、この後少女を仕留められる自信があるからか。

 それとも、嘘を吐いているからなのか。


「故に、私は貴女を恐れる。故に、私は貴女を消す」


 女の周囲に多数の魔方陣が現れた。

 ひと度それらが砲火を切れば。

 文字通り、言葉通り、少女など一瞬で消し飛ぶだろう。


「それは不可能なのです」


 だが、この人間の少女は臆しない。

 達観した瞳で女を見据えた。


「倒すことはできます。封じることもできます。でも、消すことはできないのです」

「…………?」


 女は僅かに困惑する。

 少女はそれを見て、歪んだ笑顔を見せた。


「今のリンは、“創造者”の指先だから」


 瞬間、少女の周囲で妖力が具現化する。

 現れたのは、それぞれ全く属性の異なる攻撃手段。


「な……!?」


 女は驚愕する。

 それもそのはず。

 少女が生み出したそれらの攻撃は全て、女がかつて見たことのあるものばかりだったからだ。

 強者の妖刀、部下の術式、旧友たちの秘術、妖怪退治をする人間の必殺技、“この”幻想郷にはまだいない妖怪たちの弾幕の数々……。


「っ、これを何処で……!?」

「あなたの推測が当たっただけなのです。リンは知りすぎた者。過去も未来も平行世界も幻想郷も、リンは全て知っている。そしてそれを現実に具現化できるのが、リンの力、“模す程度の能力”」


 完全に平静を失った大妖怪の女。

 少女はなおも続ける。


「驚くのも無理はないのです。あなたや幻想郷を作った者と、リンの創造者は違います。あなたは幻想郷の総てを知っているけど、“創造者”の世界についてはほんの一部しか知りません」


 少女の周囲の弾幕は、撃ち放たれる直前で停止していた。

 それはまるで、凍りついた業火の如く。

 それはまるで、刑の執行を待つ執行人の如く。


「かの者は幻想郷の総てを創造しました。リンもそのうちのひとつだったのです。……でも、そうならなかった。“冴月麟(さつきりん)”という名前だけが時空の隙間に吊るされたまま、意義も肉体も与えられずに……リンは見棄てられたのです」


 少女は悲しげな顔をした。

 だが、女に対して激怒した先程とは異なり、穏やかな表情だった。

 それは、誰も恨んでなどいない純粋な感情。


「でも、創造者様は違いました」


 一転。

 少女は笑みを浮かべる。


「リンを見つけだし、意義を与え、肉体を与え、存在を与えてくれて……禁忌とされる力、模倣能力でさえも授けてくれた。リンがこうして生きているのは、創造者様のおかげなのです」


 (りん)は畳み掛ける。


「そして創造者様と別れる直前、リンは総てを教えてもらいました。無明に滅び行く現世のこと、遺された者たちの物語、時空逆抗の経緯と結果、あなたたちの過去と未来、幻想郷をはじめとする平行世界のこと。そして……リンが必要だった理由も」

「っ…………」


 女は目を見開いたまま、何も返せずにいた。

 当然である。

 この少女の言葉を全て飲み込み理解できる者は、この世界には未だいないからだ。


 この女は人智を超えた頭脳を持っている。

 ゆえに辛うじて、麟というこの少女が尋常ならざる脅威だということだけは理解した。

 “私の力も桁違いだが、この少女の力は次元が違う”と。

 そして同時に、“私が倒せなければ、永久に誰も彼女を倒せない”とも。


「本来、幻想神たるあなたには何者も勝つことができません。でも、いまこの時空は創造者様によって紡がれています。だからこそ断言したのです……あなたにリンは殺せないと。あなたがどうあがこうと、創造者様によって定められたあの結末は変わらないのです」


 もはや少女の顔に、最初のような暗い感情は無かった。

 圧倒的な立場差を武器に、彼女は飄々と存在していた。


「……うふふ、お馬鹿さん。殺せなくともいいのよ。勝ってその口と能力を封じることさえできればね」


 どうにか平静を取り戻した女。

 妖力を全解放し、少女と対峙する。

 出し惜しみなどしていられないと悟ったようだ。


「あなたはリンに勝てません。そしてリンは負けません。結末を知る者に抗うことは不可能なのです」


 対する少女はなおも怯まない。

 その金眼は総てを見通し、総てを既に知る。

 人間らしからぬ達観が、少女らしからぬ余裕が、そこにあった。


 弾幕を携え睨みあう両者。

 膨れ上がった妖力と妖力は、遂に激突した。




「この世界から()ね。創造者の傀儡(かいらい)冴月麟(さつきりん)

「この物語(結末)に従うのです。妖怪を騙る幻想神、八雲紫(やくもゆかり)







 名前:風見(かざみ) 幽香(ゆうか)

 初登場:三章第七話 闇妖と忘人

 種族:大妖怪

 性別:女

 年齢:不明

 身長:高

 髪の長さ:肩

 髪の色:緑

 瞳の色:赤

 能力:花を操る程度の能力


 幻想郷の西にある向日葵畑に住む大妖怪。

 花を愛でることを目的として存在している、自然の権現のような存在である。

 いつも一人でいるため他者との関わりは薄い。

 性格は温厚で優しく紳士的で、里にも時折姿を現すほど。

 が、怒らせると凄まじく恐ろしい。


 赤いチェック柄の洋服を着ている。

 また、日傘を差していることが多い。


 宵闇の妖怪によって日が遮られたことに激怒し、排除に向かう。

 一匹狼の妖怪ではあるが、大妖怪としての誇りと責任はあるらしい。




 名前:ルーミア

 初登場:三章第七話 闇妖と忘人

 種族:大妖怪

 性別:女

 年齢:不明

 身長:低

 髪の長さ:肩

 髪の色:金

 瞳の色:赤

 能力:闇を操る程度の能力


 “宵闇の妖怪”という名で知られる大妖怪。

 闇を自在に操り、人間や妖怪、果ては神までも喰う。

 見た目は幼い少女の姿で、声も口調も幼女のそれに近い。


 黒い服とスカートを身に纏う。

 二本の妖剣を得物としている。


 吸血鬼に呼応して行動を開始し、太陽を闇で覆い尽くし皆既日食とした。

 風見幽香の逆鱗に触れ、戦闘を挑まれる。




 名前:冴月(さつき) (りん)

 初登場:三章第七話 闇妖と忘人

 種族:人間

 性別:女

 年齢:不明

 身長:普通

 髪の長さ:肩

 髪の色:金

 瞳の色:金

 能力:模す程度の能力


 正しくない手段でこの幻想郷に侵入しようとした謎の人間。

 この世界のことについて異常なほど知りすぎており、紫に危険視された。

 あらゆる物事を複製して具現化させるという能力を持つ。

 これはいわば必ず敵対者の同等以上の位置に立てる力であり、禁忌とされている。

 “創造者”という存在の指示のもと行動しているようである。


 服装は、巫女服にも似た白い洋服に朱色のスカート。

 金髪には髪飾りを着けている。

 また、二胡(にこ)と呼ばれる弦楽器を手に持っている。


 幻想郷への侵入を図ったが、八雲紫の能力によって異空間に飛ばされ阻止される。

 だが彼女は大妖怪である紫にも全く臆せず、真っ向から勝負を仕掛けた。




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