第三話 亡者と妖術師
幻想郷中部 人間の里
ゾンビものの映画やゲームを何度か観たことがある。
理性を失った感染者の群れが都市を破壊していくシーンは、パニックホラーの典型だろう。
でも、まさか本物を目にするだなんて思ってもみなかった。
土色の皮膚の西洋人の群れ。
死者の目をした彼らは、圧倒的な数を以て人間の里を包囲していた。
既に侵入も始まっており、里は大混乱に陥っていた。
不幸中の幸いは、ゾンビの足が遅いお陰で逃げる猶予があるということだ。
包囲されているため逃げ場は無いが。
「お兄ちゃん、あそこ!」
隣を飛行する明が眼下を指さす。
見ると、ゾンビの一団がひとりの少女を追い詰めている所だった。
少女は腰が抜けてしまい、立ち上がることすら出来ないでいた。
逃げ遅れたか。
「俺が行く。援護しろ!」
明を置き去りにして急降下する。
左腕の甲に盾状の障壁を生み出し、正面に構える。
少女に噛みつこうとするゾンビの背中を、そのすぐ向こうに捉えた。
「やめ、ろぉ!!」
着地と同時にゾンビの胴を盾で横殴りにする。
大柄な男性の身体はいとも簡単に吹っ飛ばされた。
「ヴォオオォ!!」
「っ!」
背後から咆哮。
すぐさま右手の平に盾を生み出す。
振り向き様にそれを構え、巨大化させた。
向かってきていたゾンビが、突然現れた緑の障壁に激突する。
俺はそのまま障壁を撃ち放った。
障壁はそのゾンビを押し飛ばし、後方のゾンビも巻き添えにした。
俺の盾に、相手の質量や重さなんて関係ない。
“拒む能力”を付与した障壁の特性のひとつだ。
「…………」
辺りを見回す。
騒ぎを聞きつけたのか、大量のゾンビが俺と少女を包囲していた。
通りは完全に埋め尽くされている。
逃げ場なしだ。
「ひ、ひぃ……」
足元の少女は恐怖のあまり気絶しそうだ。
「落ち着いて、大丈夫だから」
彼女に笑いかけた。
飴色のツインテールの少女は、泣き出しそうな顔で俺を見上げる。
その赤褐色の瞳が映し出す空に、巨大な水色の魔方陣が見えた。
「すぐ片付くよ」
天に突き上げた右手に妖力を集中させる。
妖力を放つと、頭上にまたひとつ緑色の障壁が現れた。
その形と大きさを調節し、俺と少女をすっぽりと覆わせた。
待たせたな。
やっていいぞ、明。
「アカリン必殺奥義!」
高らかに響く明るい声。
見上げると、明が巨大な魔方陣をこちらに向けていた。
「魔法妖術『スコール』!!」
刹那、魔方陣から撃ち出される膨大な量の水。
滴状に分散したそれらは重力によってさらに加速し、豪雨のように周囲の地面を叩き始めた。
「ギャアァァッ!?」
「ヴェアァァアァ……」
雨粒を食らったそばから絶叫するゾンビたち。
身体中に風穴が空き、次々と倒れていく。
一方、俺は覆った障壁を維持し続ける。
この傘が無ければ、俺達もゾンビたちと同じく悲惨なことになるからだ。
集中を切らさないよう豪雨に耐える。
数秒の後、雨は止んだ。
周囲のゾンビはただの残骸と成り果てていた。
「よっ、と。お兄ちゃん生きてる?」
穴だらけの濡れた地面に明が着地する。
借り物の巫女服がひらりとそよいだ。
「まだ生きてる。ナイスだ明」
「いえーい」
障壁の傘を解除し、駆け寄ってきた彼女とハイタッチを交わす。
流石は東雲兄妹の矛、見事な殲滅だった。
明の能力はおそらく、“貫く能力”だ。
彼女の撃ち出す光弾は、大きさに比例しない凄まじい貫通力を誇るからである。
また弾速が早く狙いも正確なため、各個撃破の力において俺は明に敵わない。
だが弱点がある。
それは、一度に多くの数を相手するには不向きだということ。
小さな貫通光弾を機関銃のように連射できれば良いのだが、これが非常に難しい。
霊夢や魔理沙いわく、連射ができるようになるまでにはかなりの練習を積まなければならないという。
そのため明は、一度に広範囲を攻撃できる新技の研究に着手した。
明は魔理沙の指導のもと、得意な魔法属性を探し続けていた。
基本的にどれも問題なく扱えたというが、ひとつだけ長けた属性があった。
それが“水属性魔法”である。
貫通妖術と水属性魔法。
明はこの自身の特性を最大限生かそうと考えた。
自分の妖術を研究し、魔法使いである魔理沙から魔法の指南を受け、にわかミリオタである俺から戦術のアドバイスをもらい、遂にそれは完成した。
まず、使用魔力に比べ大きすぎる水魔方陣を詠唱し展開する。
次に、魔方陣の角度を変え射出方向を下にする。
そして、魔方陣が水を吐き出す前に、魔方陣に貫通妖術を付与しておく。
出現範囲に対し現れる水の量が少ないため、水は滴となって分散して出現する。
貫通妖術を得て生まれた滴は、ひとつひとつが弾丸と同じ効果を持っている。
あとは簡単。
弾丸の雨が重力に引かれ広範囲に降り注ぐ。
それを安全な上空から見物するだけである。
水属性魔法と貫通妖術が生み出す殺人突風雨。
魔法妖術『スコール』と名付けた。
ちなみに明の貫通妖術では、俺の“拒む能力”の効果を得た障壁を破れないことが分かっている。
だからこうして防御力の高い俺が囮となり、俺ごと攻撃し敵を一掃する作戦を決めていた。
俺と明の能力を同時に生かせる戦術でもあるのだ。
「ほら立てる? 小鈴ちゃん」
「うう……ありがとうございます明さん……」
明が少女を支えてやる。
小鈴と呼ばれた少女は、ふらつきながらもどうにか立ち上がった。
「知り合いか? 明」
明に尋ねる。
この大正袴の少女、どこかで見たような気はするが……。
名前を聞いた記憶はない。
「何言ってるの、鈴奈庵の看板娘ちゃんだよ。ほら、貸本屋の」
「貸本屋? ああ、一度行ったっけ。よく覚えてるな」
「お兄ちゃんが人の名前覚えるの下手すぎなの! 一回会ったら覚えるでしょ普通」
「ぐ……悪かったな」
ひどいよねー、と小鈴の顔を覗き込む明。
小鈴は困ったような笑顔で頷くのみだった。
一度で覚える……って、そんなもんなのか?
挨拶回りでちらっと顔を出した程度だったろうに。
よほど印象の強い人ならともかく。
「えっと、貸本屋鈴奈庵の本居小鈴です。東雲……衛さん、でしたっけ」
小鈴が駆け寄ってくる。
身長もそう高くない。
言動や行動にも幼さが残るようだし、まだ十歳かそこらだろう。
「助けてくれてありがとうございます。びっくりして転んじゃって……」
彼女はぺこりとお辞儀をする。
飴色の短いツーサイドアップが揺れた。
「まあ、間に合って良かったよ。怪我はないか?」
「はい、お陰さまで。おふたりとも強いんですね! 憧れます!」
キラキラと目を輝かせる小鈴。
ついさっき死にかけた子とは思えない。
ああ、思い出した。
こんな感じの子、確かにいた気がする。
天然っぽいというか、やらかし体質な印象だった。
「早く逃げたほうがいいよ。ゾンビはまだ沢山いるからね」
「えっ、ど、どこに逃げればいいのでしょう」
「あー……そうだな」
避難を促したが、肝心なことを忘れていた。
里が包囲されているため逃げ場が無いのだった。
外に逃げられないのなら、里の中で耐え抜くしかないのだが……。
「ひっ」
小鈴が悲鳴をあげて腕にしがみつく。
あちこちから聞こえるゾンビの声は、徐々に大きくなってきていた。
とはいえ、里すべてを防衛なんてできやしない。
既に門周辺や外縁部は墜ちた後だ。
だとすれば籠城戦か。
里の避難民を大量に抱え込んで籠城できる場所……。
「……稗田屋敷」
明が呟く。
俺も思い当たった名前は同じだった。
稗田屋敷。
名家、稗田家のお屋敷だ。
なぜ名家なのかの説明は省くが……。
敷地面積は里の誰が見てもダントツで広く、周囲は全て壁で囲まれている。
収容能力も防御力も申し分無い。
あそこしかないだろう。
「だな。稗田屋敷に避難してくれ。明についていけばいいから」
そう言って明をちらりと見る。
彼女はまばたきひとつで俺の要請を受けとめた。
機動力のある明に道を切り開いて貰うのだ。
「わかりました。……え、衛さんは?」
小鈴は素直に頷いたが、すぐに首をかしげる。
「俺は大丈夫だから。ちゃんと明に付いていってね」
「は、はい。気をつけて下さいね」
「ありがとう。小鈴も気をつけて」
質問を軽くあしらう。
小鈴は再び頷くと、ちょこんとお辞儀をして駆け出した。
明は彼女を先導するように飛行していく。
俺はそれを見送り、背を向けた。
「あ、衛さぁん」
が、思い出したような声に呼ばれる。
振り向くと、小鈴がこちらに手を振りながら離れていくところだった。
「またお店に来てくださいねー! お安くしますからー!!」
「……はいよー。またなー」
苦笑しつつ手を振り返す。
てか小鈴、ちゃんと前見て走らないと危な……あ、転んだ。
……良くも悪くもマイペースな子だな。
それでいて好奇心旺盛な性格のようだ。
変なモノに手を出したりしなければいいが……。
「グォオォ……」
うめき声で我に返る。
小鈴と明が去った方角の反対側。
おびただしい数のゾンビがこちらへ迫ってきていた。
俺がここで食い止めなければ。
しかし、いちいち障壁で殴っていては囲まれてしまう。
かといって、この道を塞ぐほどの巨大な障壁はまだ扱えない。
ならば。
「はっ……!」
右腕に妖力を通し、意識を集中する。
伸ばした指の先に、直径30センチ程度の円盤状の障壁を生み出す。
その障壁の内周には、円を描くように6つの穴を開けておいた。
障壁のすぐ自分側、右手の甲の上に、緑色の妖力塊をひとつ生成し続ける。
次第に肥大していく妖力塊を前方へと撃ち出す。
が、塊は穴開き障壁に阻まれそれ以上進めない。
その状態を維持したまま、障壁をゾンビの群れへと向け。
「食らえ……」
障壁を回転させた。
障壁に空いた6つの穴が、回転によって順番に妖力塊の前へと回ってくる。
穴のサイズは妖力塊より小さい。
肥大した妖力塊は、一部分ずつ千切れて穴から飛び出す。
つまりこれは。
「……『妖術ガトリング』!!」
妖力弾の回転式多銃身機関銃だ。
連続して発射される緑の光弾が、ゾンビの群れを襲う。
被弾によって歩みが遅くなっていく彼ら。
頭や脚をやられた個体のみが、その場に倒れる。
次第に小さくなっていく妖力塊に妖力を注ぎ続ける。
障壁の回転と妖力塊の維持にさえ気を払っていれば、この連射が止まることはない。
細かい妖力弾をいちいち生み出して撃つ必要は無いのだ。
この技は見ての通り、一発あたりの威力が低い。
だが連射速度は凄まじい。
高威力の反面連射が出来ない明とは逆で、低威力でも大量の光弾をばらまける技だ。
牽制、対空攻撃、飛び道具の迎撃、弱い妖怪の群れの一掃など用途は様々で、使い勝手は良い。
防御メインの俺にとっては貴重な攻撃手段だ。
「グォアァ!?」
「ゲァッ、ガァァ……」
ゾンビ共を片っ端から撃ち倒していく。
その残骸を踏み潰し、次から次へとゾンビは現れる。
「キリが無え……!」
悪態を吐き、一旦射撃を止める。
殲滅しなくたっていいんだ。
とりあえず足止めはした。
場所を変えよう。
緑のガトリング銃を携えたまま、空中へと浮かび上がった。
瞬間。
「うお!?」
唐突に現れた閃光と爆炎。
あまりに突然だったため、ゾンビの群れが爆発したのだと気づくまで数秒かかった。
青い炎が道ごとゾンビを焼く。
あれだけの数がいたのに、たった一撃でその大半が灰となってしまった。
「よぉっし! 一丁あがりっと」
頭上から降りてくる声。
見上げると、箒にまたがった黒服の少女が浮かんでいた。
「魔理沙……!」
「よっ、衛。足止めありがとな。おかげで良い感じにまとめ狩りできた」
大きな黒い魔女帽を上げてにかっと笑う少女、霧雨魔理沙。
手には魔力の詰まった青い瓶が握られていた。
魔理沙のお手製手投げ爆弾だ。
あれで吹き飛ばしたのだろう。
火力主義の彼女らしい、相変わらず派手なやり方だ。
「こっちこそありがとう、助かった。霊夢を見なかったか?」
「あいつならちょうど反対側だ。手当たり次第にこいつらを退治して回ってるぜ。妹はどうした」
「里の子と一緒に稗田屋敷に向かわせた。あそこを避難場所にしたほうが良いと思ってさ」
ふたりで周囲を見回しながら情報交換をする。
改めて見てみると、ゾンビの数は凄まじかった。
かつ、既に奥まで侵入しようとしていた。
早めに屋敷まで退くとしよう。
しかし、やはり霊夢は遊撃戦か……彼女らしいな。
「なるほど、そりゃ良い考えだ。じゃあ私は稗田んとこに逃げるよう皆に伝えておこう」
「助かる。俺は屋敷の防衛に向かうよ」
「おう、頼むぜ」
魔理沙は軽く手を降り、さっさと飛び立つ。
あっという間にその背中は遠ざかっていった。
妖怪退治における彼女の長所は、飛行速度の早さと大火力の魔法だ。
威力偵察や遊撃はお手のもの、避難を呼び掛けるくらいあっという間に終えるだろう。
「……はぁ」
再び周りを見回し、ため息をつく。
足下はゾンビで埋まっていた。
天へと大量の腕が伸びている。
耳と鼻を刺激する、うめき声と腐臭。
「急がないと……」
それらに背を向け、俺は空を蹴った。
【鈴奈庵】
人間の里にある貸本屋。
貸本だけでなく、販売や小規模な製本も行っている。
本の種類は多岐にわたり、外の世界の本なども増えてきている。
店の主人は仕入れなど外回りを担当しており、店番は娘に任されている。
名前:本居小鈴
初登場:三章第三話 亡者と妖術師
種族:人間
性別:女
年齢:10歳前後
身長:やや低
髪の長さ:肩(ツーサイドアップ)
髪の色:飴色
瞳の色:褐色
能力:不明
貸本屋鈴奈庵の店番。
店の主人の娘である。
歳はまだ十程度。
性格も子供っぽいが、店番がこなせるくらいにはしっかりしている。
髪型は飴色の短いツーサイドアップ。
明治時代頃の意匠の着物に、店用のエプロンを着けている。
人よりも好奇心が旺盛。
店に外来本などの珍しい本が増え始めたのは彼女のせいと見られている。
怪しい書物に手を出さないか衛は心配しており、霊夢も少し注視している。




