第二話 桜花舞う楽園
夢を見ていた。
……ような気がする。
黒く滅び行く文明。
人々を救うため立ち上がる、名も無き戦士達。
それでもなお強大で圧倒的な悪の力。
諦めかけたその時、光明が差す。
時空を越えて、英雄が舞い降りる。
彼によって士気と力を取り戻した人々は、悪への反攻に挑む……。
朧気なその内容は、救世ヒーローものだった。
夢とは、本人の経験や願望を表すものだという。
俺はヒーローになったことはない。
なりたいとも思えない。
ただの18歳のガキには遠すぎる話だ。
経験や願望を表した夢ではないだろう。
だとしたら何だ、予知夢か。
滅びかけの世界を、時空を越えた英雄が救う……?
……ああ、訳がわからない。
なんだよこの思考。
頭の中がぐちゃぐちゃでおかしくなりそうだ。
誰か。
誰でもいい。
もう起こしてくれ。
こんな歪な眠りは嫌だ。
凍りついた脳を溶かしてくれ。
春の陽気が冠雪を融かすように。
融け水が凍川を洗うように……。
誰か……俺を…………。
つん。
「……」
何かの刺激で、意識が僅かに戻る。
身体中の神経が再起動を果たす。
つんつん。
「……………」
顔の肌に感覚。
小さな指か何かが、しきりに頬をつつく。
ぎゅ~。
「………………」
今度は頬を押される。
って。
俺、遊ばれてない?
「っ……?」
抗議のつもりも兼ねて、僅かに声を上げる。
すると、頬を弄っていた指がさっと離れた。
重い瞼を開いてみる。
差し込む陽光が眩しい。
明順応していくぼやけた視界。
映る水色は……恐らく青空。
揺れる薄桃色は……桜か。
「~?」
誰かが顔を覗き込んでいる。
何か単語を発したようにも聞こえたが。
ようやく焦点が合い、目の前の人物が鮮明になる。
ゆったりとした白い服と三角帽子。
長い金髪と、つぶらな青い瞳。
体躯は小さく、顔つきは幼い。
「~!」
目が合った途端、にぱあっと笑う幼い女の子。
その背部に広がるのは、大きな白色の……薄羽?
「え……と」
困惑する俺を余所に、彼女は両腕を大きく広げ。
「春ですよー!」
元気一杯、そう叫んだ。
* * *
「君は誰?」
「~♪」
「ここはどこ?」
「?」
「私は誰?」
「☆~!」
結論から言おう。
話が通じない。
日本語を話せないという意味ではない。
意思の疎通ができないのだ。
とりあえずこの子、やたらテンションが高い。
心底嬉しそうに楽しそうに、ひたすらはしゃいでいるだけだ。
時々俺の声に反応してこちらを見るが、すぐに自分の世界に戻ってしまう。
これでは会話どころじゃない。
俺がいてもいなくても関係なさそうだ。
「はーるでーすよー!」
因みに、現状彼女が話す日本語はこの一種類だけだ。
頭上を見上げる。
満開の桜並木。
春だってことくらい、見ればわかる。
「春ですよぉぉ」
誰に向かって言ってるのか知らないが、ほんとにそれしか話せないのか?
春なのはお前の頭のほうじゃねーのか。
「はぁ……」
くるくると回ってはしゃぐ幼女に、ため息ひとつ。
このままじゃ埒が明かない。
ここの地名等を聞いておきたいが……この様子じゃそれも難しいだろう。
折角の第一接触者だ、せめて名前くらいは聞いておこう。
それくらいなら答えられる……よな?
「はーるーで……」
「ストップ」
横を通りすぎようとした彼女の腕を掴み、止める。
そのまま両肩を掴み、無理矢理こちらを向かせた。
きょとんとした表情をする女の子。
しかし、俺と目が合った途端。
「♪!」
「うっ」
思いっきりはにかまれた。
この容姿で、至近距離からの純粋無垢な笑顔。
破壊力は抜群だ。
あ、危なかった……。
何か、踏み込んではいけないダークサイドに堕ちかけた気がした。
落ち着け、俺はロリコンじゃない。
いやこの子はロリータじゃなくてアリスのほうだけど。
それにどっちかというと刺激されたのは父性のほうだけど!
呼吸を整え、視線を戻す。
「君のお名前は?」
意思が通じるよう、目を見てはっきりと訊く。
彼女は少し考えてから、笑顔で口を開いた。
「リリー!」
「りりぃ?」
「うん! リリーホワイト!」
はっきりと答える女の子。
白百合。
なるほど、名前負けしない、花のような可愛らしさだ。
それにしても。
人間離れした美貌といい、服装といい、羽といい。
この子は……やはり、人外なのだろうか。
「春ですよー!」
「それは分かったから」
両手をぶんぶんと振って喜ぶリリー。
適当にあしらった俺を見ると、彼女はこてんと首を傾げる。
「春ですよ?」
いやなぜ疑問系にしたし。
そんなこともわからないの? みたいな顔をするな。
分かってるって言ったじゃん。
「うん、春だね」
可哀想なので同意しておく。
リリーは嬉しそうにうんうんと頷くと、突然俺の手をすり抜けて走り出す。
そのまま空中にふわりと浮かび上がると、右手方向に向かって飛翔していった。
「はるですよ~」
あっという間にリリーの声が遠ざかっていく。
嵐のような人とはああいう奴を言うんだろう。
……いや、“人”ではないか。
空を飛べるという点からも、やはり人外であると推測できる。
行動原理も人間とは異なるようだし。
天を仰ぐ。
しかし、結局ここが何処なのかは聞く暇も無かった。
何故か季節は何ヵ月も飛び、完全に春の陽気。
溜め息が漏れるほど澄んだ空。
道に沿って咲く、この世のものとは思えない美しい桜。
少しの未来か、古き良き過去か。
もしくは……異世界か。
ここは何処だろう。
俺は……帰れるのかな。
「!? ~~~~!!」
遠くから悲鳴。
この声は。
リリーが去った方角を見る。
すると。
「~!?」
「うおっ!?」
弾丸のようなスピードで突っ込んでくるリリー。
咄嗟に屈むと、彼女が頭の上を一瞬で通り過ぎた。
文字通り、間一髪だ。
「待ちなさいっての!」
すると今度は、怒気を含んだ別の少女の声。
恐る恐る顔を上げる。
それは、またも空を飛ぶ少女だった。
俺の真横まで飛来すると、ブレーキでもかけたように急停止する。
「ああもう、逃げ足だけは早いんだから」
彼女はそう言ってため息をつき、足から綺麗に着地した。
振り返ると、斜め上方へと慌てて飛び去るリリーの背中が見えた。
この少女に追われていたらしい。
「ちょっとあんた」
突然声をかけられた。
見ると、少女がこちらを睨んでいた。
紅と白を基調とし、肩と腋を露出した巫女服。
頭の後ろで結ばれた大きな赤いリボン。
美しい黒髪と、こちらを見据える澄んだ瞳。
向けられているのは、簡素なお祓い棒。
「見てたわよ。春告精と話してたでしょ」
「はるつげ? あの子……リリーホワイトのこと?」
「そうよ」
よく通る快活な声。
堂々はきはきとした性格だ。
見た目年齢は……俺とタメ、18くらいか?
いや、ないな、もっと若いだろう。
「えと、何か不味かったか?」
気押されしつつ、彼女に尋ねた。
この少女、リリーを敵視してるように見える。
ちょっとテンション迷子なだけで、ただの笑顔の可愛い子だったが。
「この時期の春告精は興奮してて危ないの。怪我したくなかったら、迂闊に近付いたりしない事ね」
うへえ、マジで?
会話どころか一時捕獲しちゃってたんだが。
幼く見えても人外、どんな力を持っているか分からないということか。
次から気を付けるとしよう。
しかし、そんな危ない存在すら逃げ出すこの子って一体……?
「で、あんたは誰? 服装からして外来人みたいだけど」
品定めするように俺を見る彼女。
“外来人”とはなんだろう。
外国人とは違くて?
「俺は東雲衛。外来人ってのは分からないけど、一応生まれも育ちも日本だよ。……君は?」
軽く自己紹介する。
日本語が通じてるからここは日本国内だとは思うが、ちゃんと国籍は伝えておく。
彼女は、にほん……ああやっぱりね、と呟く。
目を閉じ軽いため息をつくと、再び俺を見据え。
「私は博麗霊夢。この先の神社で巫女をやってる者よ」
はっきりとした声で、そう名乗った。
名前:東雲 衛
初登場:一章第十一話 兄妹
種族:人間
性別:男
年齢:18歳
身長:やや高
髪の長さ:短
髪の色:黒
瞳の色:茶
能力:拒む程度の能力
濃尾平野の住宅地にあるマンションに住んでいた、普通の男子高校生。
この物語のもうひとりの主人公。
容姿は、妹に鼻で笑われる程度。
物事に対して達観的だが、優しく礼儀正しい。
少しばかりミリタリーオタクで、ある程度の軍事的知識がある。
第一章では、自宅付近で発生した暗鬼対自衛隊の戦闘から逃れるため、長野の田舎にある別荘に向かおうとする。
だが道中の高架で暗鬼に襲われ、意識を失ったまま夜の冬の川に落下してしまう。
本人も死んだと思っていたが、運が味方する。
近くにいた炎妖精の少女によって彼は引き揚げられ、体温と意識を取り戻すことができた。
その後は森で暗鬼に襲われたりしつつも、友好的な彗星の妖怪や、消息不明だった彼の妹との合流に成功する。
そのなかで世界中で起こった騒動について考察も進み、これは大妖怪が何かによる、妖怪の復活を図るための計画であることと断定する(明無夜軍という名称については知るよしもないが)。
また彼は、謎の力“妖術”に目覚め、自分の先祖が妖術師と呼ばれる者達だった可能性を知る。
彼の妖術は、目の前に緑色の障壁を展開し、物理攻撃を完全防御するというもの。
突然力に目覚めたのは、彼自身も一連の騒動の影響を受けたためと考えられる。
一行は真相に迫るため行動を始めるが、突如として伝説の大妖怪“金毛九尾”を名乗る女性が現れ、妨害攻撃をされる。
彼も妖術を駆使して抵抗するが、大妖怪相手に敵うはずもなく、捕らえられ意識を失った。
名前:リリーホワイト
初登場:二章第二話 桜花舞う楽園
種族:妖精
性別:女
年齢:不明
身長:低
髪の長さ:背
髪の色:金
瞳の色:青
能力:春が来た事を伝える程度の能力
幻想郷に住む、春の訪れを知らせてくれる妖精。
ゆえに別名“春告精”。
白くゆったりとした服に、白いとんがり帽子を被っている。
容姿同様、性格も幼く無邪気である。
春が来たことを知らせる以外に大きな目的は無く、春が過ぎれば山へ帰るという。
普段は弱く大人しいが、興奮している春に限ってはそこらの妖精より遥かに強く、危険である。
幻想郷の参道で倒れていた東雲衛を見かけ、興味本位で起こす。
衛は彼女との会話を試みるが、リリーホワイトという名前を聞き出す事しかできなかった。
一応衛も名乗ってはいるが、彼女に通じたかどうかは不明である。
名前:博麗 霊夢
初登場:二章第二話 桜花舞う楽園
種族:人間
性別:女
年齢:十代半ば
身長:やや高
髪の長さ:背
髪の色:黒
瞳の色:黒
能力:空を飛ぶ程度の能力
幻想郷唯一の神社“博麗神社”(後述)の巫女。
若いながらも妖怪退治を生業としている人間である。
基本的に裏表は無く、誰にも同じように接する。
服装は、袖と胴が分かれた紅白の巫女服。
髪は赤いリボンのような布でまとめられている。




