後話3 反攻
描かれるのは、若き偵察空兵のその後と。
闇が晴れた都のその後。
東京上空
コックピットのガラスの向こう。
夜明けの迫るコンクリートの地平線。
黒いシルエットとなって浮かび上がる、東京スカイタワー。
あの時と同じだ。
東京が闇に奪われた、忌々しいあの日の早朝と。
だが、今回は逆だ。
東京を覆う闇は数日前に消え失せた。
今度は俺達が、東京を奪う番だ。
『……3……2……1、着弾』
次の瞬間、その景色は紅蓮の炎に包まれる。
やや遅れて届く轟音。
機体を揺らす振動が腹に響く。
東京湾に展開中の日米中連合艦隊と、上空を通過した米空軍のステルス爆撃機部隊による、対地ミサイルの一斉同時攻撃だ。
首都奪還作戦、空の塔作戦の第一段階である。
『攻撃、着弾。一番偵察ヘリ、二番偵察ヘリ、効果を確認せよ』
『スカウト1、了解』
「スカウト2、了解……っと」
司令部からの指示に機長が応答する。
彼はスロットルを押し倒し、ヘリの機体を前進させる。
「お前は地上に集中しろ。空は俺が見張る」
「はい」
操縦担当である機長に対空警戒を任せ、俺は高精度カメラの映像を注視する。
暗鬼は人間程度の大きさしかないため、発見は難しい。
赤外線カメラが使用できれば一目瞭然なのだろうが、どういうわけか鎮静状態の奴等は赤外線を発さない。
奴等が戦闘状態に移行するまでの間は、明度を上げた可視光カメラで地道に探すしかないのだ。
目を凝らし、炎と煙に包まれた街並みを撮影していく。
薄暗いその地表に、蠢く人影がいくつも見えた。
ダーカーだ。
ミサイルの着弾地点周辺には見当たらないことから、攻撃の効果はあったのだろう。
奴等の数が多すぎるだけだ。
「攻撃効果あり。なれどダーカーは未だ多数健在」
リアルタイムで送信される映像に無線報告を添える。
現代戦とは則ち情報戦。
いかに早く情報を得るかが勝敗を左右する。
我々偵察ヘリ部隊の役割は重要だ。
『了解した。剣鬼は確認できるか』
「ああ、かなりの数を確認している。空軍へ向かう模様」
機長が前方を睨みながら答える。
レーダーに次々と浮かび上がる影は、飛行型のダーカー、剣鬼だ。
その大多数は、暗雲の上の米空軍目掛け上昇していく。
『分かった。戦闘機隊、突入開始。威力偵察の後、フライヤー群をキルポイント1へ誘引せよ』
『イーグル1了解』
すかさず航空自衛隊の戦闘機部隊が攻撃を行う。
上空から発射された空対空ミサイルの雨が、フライヤー群に降り注いだ。
薄暗い空に煌めく閃光。
次々と吹き飛ぶ敵機と、構わず突き進む敵機。
慌てて無線を取る。
「敵機撃墜を確認、しかし数が多すぎます!」
『了解。イーグル各機、格闘戦を避け、速やかに東京湾へ向かえ。落とされるなよ』
イーグル1がそう言うが早いか、戦闘機部隊は機首を上げ、加速しながら南へ向かう。
仲間をやられ怒り心頭のフライヤー達は、爆撃された地上のことなどお構い無しで後に続く。
「誘引は成功しつつあります。かなりの数が南に向かっています」
あっという間にフライヤー群の背中が遠ざかっていく。
最早肉眼では黒い霞にしか見えない。
未だ敵機は東京上空に残っているが、先程までと比べれば遥かに少ないだろう。
これで奴等は東京湾内で、連合艦隊と米空軍、米空母艦載機隊、そして沿岸部隊による集中砲火を受けることになる。
一方、フライヤーの減った陸は制空権を得、有利に戦闘を開始できるというわけだ。
ここ東京に存在するダーカーの数は、他の被害都市とは比較にならないほど多い。
こうでもしないと近づくことすら出来ないのだ。
まあしかし、ここまでは予定通り。
作戦は順調だ。
『よし、次に移行するぞ。各部隊報告せよ』
司令部の無線に、各部隊が一斉に報告をよこす。
『偵察機隊、空域に到着。航空偵察を開始する』
『こちら制空戦闘機隊、突入準備よし』
『戦闘攻撃機隊、同じく』
『こちら米空軍。無人偵察機隊、無人攻撃機隊、北西にて待機中、指揮権を譲渡する。重爆撃機隊、高速爆撃機隊、護衛戦闘機隊、東より間もなく空域に侵入する』
さらに。
『攻撃ヘリ隊、低空待機中』
『戦車隊、全車問題なし。いつでも行ける』
『自走砲隊、射撃用意よし』
『ミサイル車両部隊、発射準備完了』
『制圧部隊、待機中』
作戦エリアの南西、皇居周辺に集結した陸上自衛隊が応答する。
ガラス越しに下を覗くと、道路を埋め尽くす車両部隊が見えた。
また、レーダーには数えきれないほどの友軍機の影。
さらに、東京湾の浦賀水道は日米中の大艦隊によって、鳥一羽魚一匹逃さんばかりに完全封鎖されている。
陸海空、いずれの戦力もかつてない凄まじい規模だ。
あの数のダーカーを相手に残滅戦と制圧戦を挑むのだ、これでも足りないくらいである……というのは、幕僚長達の言葉。
日本はそれだけ本気なのだろう。
東京は400年間、日本の都であり続けている。
人ですらない化け物などにその一角を奪われている状況は、日本人として到底容認できないのだ。
『作戦第二段階、制空戦闘、精密爆撃及び地上部隊突入、開始!』
我が国を怒らせたらどうなるのか教えてやる、ダーカーめ。
刹那、東京上空で多数のミサイルが一斉に炸裂する。
航空自衛隊の制空戦闘機隊と戦闘攻撃機隊、そして米空軍の護衛戦闘機隊による中距離対空ミサイル攻撃だ。
残っていたフライヤー達は一瞬にして撃ち落とされ、制空権は此方の有利に傾いた。
『こちら二番偵察機。敵機壊滅、航空優勢』
『了解。重爆撃機隊及び高速爆撃機隊へ、空爆を要請する』
『ラジャー、指定範囲を爆撃する。倉開放、投下開始!』
この隙を逃さず、米軍が重爆撃を開始した。
上空を見上げると、おびただしい数の誘導爆弾が都内に落下してくるところだった。
米軍による都内爆撃は70年ぶり2回目か。
前回は誰もが忌々しく見上げたであろうそれを、今回は頼もしい思いで見上げているとは……なんだか不思議な気分だ。
『ミサイル車両部隊、自走砲隊、攻撃開始。戦車隊、東進開始。隅田川沿岸部を確保しつつ北上せよ』
『一番戦車了解! 全車発進、隅田川に向かえ!』
同時に地上部隊も動き始めた。
後方から砲声が響き、それを合図に戦車達が排煙を上げる。
数えきれない数の戦車が皇居の両脇を次々と駆け抜け、先頭の一団は鉄道を越える。
その先に待ち受けるのは、多数の斬鬼と銃鬼。
すぐに無線を入れる。
「戦車隊前方にダーカー多数確認!」
『攻撃ヘリ隊、直ちに排除しろ』
『了解。五番攻撃ヘリ以下4機、攻撃に移れ』
素早く回り込んだ戦闘ヘリ4機が、大通りを塞ぐダーカーにロケット弾をばらまく。
ダーカーの何体かが上空に向け光弾を撃ち上げるが、蟷螂の斧。
たちまちロケット弾が炸裂し、あっという間に通りの敵は排除された。
すると突然、隅田川の東で幾つもの大きな爆発が起き始める。
米軍の投下した爆弾が地表に達したようだ。
一方、隅田川北西でも多数の爆発が。
ミサイル車両の対地誘導弾と、自走砲の榴弾の着弾だ。
さらに、残ったダーカー群の居場所を正確に破壊していく爆煙と土煙。
空爆の討ち漏らしは、無人攻撃機の対地ミサイルや戦闘攻撃機の機銃掃射の餌食となる。
『一番戦車より各部隊、援護感謝する。これより北上する、もうしばらく頼む』
頼もしい火力支援の下、地上部隊は戦車隊を先頭に進み続ける。
『聞いたな。各員、地上部隊を全力で援護せよ。1両たりとも失わせるな!』
司令官が吠える。
皆のお陰か、今のところ脱落した車両はいない。
損傷も僅かだ。
今回の作戦目的は、東京スカイタワー及び周辺重要施設の制圧。
達成の為には、歩兵部隊とそれを先導護衛する装甲部隊の力が不可欠である。
連合艦隊にフライヤーの相手を押し付けてでも、航空部隊に膨大な出費を強いてでも、地上部隊を守り活躍させねばならないのだ。
『指定小隊は橋を封鎖し待機せよ。他は一番戦車に続け』
隅田川の西岸を、車両部隊が北上していく。
首都高速道路を使って東岸沿いに進む部隊、隅田川の各橋の西を塞ぐ部隊もいる。
東側の敵をヘリや無人機に排除してもらいつつ、川沿いのエリアは確保されていく。
対するダーカー側は、建物の屋上や高架上に銃鬼を並べ、我々人類の侵入に備えようとしている。
路地からは斬鬼が次々と現れ、橋に向かって疾走していく。
スカイタワーからは剣鬼の第二陣も飛び立ち始めている。
双方準備は整った、ということか。
いよいよだ。
はやる鼓動を抑え、無線を取る。
「司令部。戦車隊が隅田川の封鎖を完了、航空部隊の制空権確保も完了した模様」
『よし……片を付けるとしよう。作戦第三段階、制圧戦及び残滅戦、開始!』
瞬間、川に並ぶ戦車砲が一斉に火を吹く。
建物の最上階ごとシューターが消し飛ぶ。
通りに自走砲部隊の榴弾が着弾する。
道路が炎に包まれ、ウォーリアーが焼け転がる。
戦闘機の放ったミサイルが、上空で起爆する。
朝焼けの空が連爆に染まり、フライヤーが引き裂かれる。
「やりました! 敵防衛線崩壊!!」
『今だっ! 戦車隊、制圧部隊、突入開始!!』
一斉に地上部隊が動き出した。
戦車が砲弾と銃弾をばらまきながら、隅田川にかかる橋をそれぞれ越えていく。
彼らは車の残骸を踏み潰し、路地から飛び出すダーカーを吹き飛ばしつつ、街の奥へ奥へと進んでいく。
そうして切り開かれた道を、兵員輸送車の車列が走り抜ける。
地上部隊の制圧地点到達は時間の問題だろう。
よし、我々ヘリ部隊も前進して援護を……。
『く、一番攻撃ヘリ、被弾した! 退避する!』
唐突に無線が響き、先頭にいた攻撃ヘリが横へと逃げる。
その機体に付いた二つの焦げたような跡から、黒い煙が流れている。
はっとして赤外線カメラを下方に向ける。
こちらに大盾と右腕を向ける、何体もの人影。
シューターだ。
「真下から対空砲火! 回避!!」
俺が叫ぶと、蜘蛛の子を散らすように攻撃ヘリが周囲に飛び退く。
直後、彼らが居た空間を光弾の群れが通過した。
間一髪だ。
俺の乗る偵察ヘリも素早く急上昇、そして反転し、離脱しようとする。
が。
「ち、フライヤーか……」
機長が忌々しくこぼす。
機体の正面、逃げようとしていた方角から、4体のフライヤーが向かってきていた。
標的は間違いなくこのヘリだろう。
この機が情報担当であることに気付いたようだ。
「ギリギリまで引き付けて回避するしかないな。掴まってろ」
この機体には武装が無い。
故に迎撃は不可能だ。
かといって再び反転し逃げたところで、速度で勝るフライヤーには追い付かれてしまう。
機長の言うとおり、こうするしかないのだ。
「敵機さらに接近……直撃します!」
咆哮を上げながら迫るフライヤー。
激突まであと数秒。
「祈れ」
機長が呟く。
刹那、メインローターの出力が停止する。
動力を失った機体は急激に高度を落とした。
「 !!」
フライヤーが頭上を通過する。
殺意にまみれた雄叫びが心臓を刺す。
だが、機体が破損するような音は聞こえてこない。
回避成功だ。
「うぉらっ!!」
機長の一声で、メインローターが再び動き出した。
機体が急加速し、すれ違ったフライヤーの編隊を後ろへ置き去っていく。
赤外線カメラを後方に向け、奴等を捕捉する。
翼を広げた4体のフライヤーは、旋回して再びこちらへと向かおうとしていた。
逃げ切れるか……?
そう思ったのも束の間。
『スティンガー発射用意……発射!』
前方から2発のミサイルが飛来する。
それらは凄まじい速度で機体を掠めると、旋回中のフライヤーの背中に追い縋り。
「 !? ……」
起爆した。
巻き込まれた2体のフライヤーは、身体から黒煙を引きながら墜ちていく。
前方を向き直ると、2機の大型戦闘ヘリが両脇をすり抜けていくところだった。
回転翼機部隊の虎の子、AH-64Dだ。
側面に抱える空対空ミサイルを放ったらしい。
『こちら九番攻撃ヘリ、敵機撃墜。残り2体だ。第二射用意』
『十番攻撃ヘリ了解』
旋回を終えこちらに向かってくる2体のフライヤー。
戦闘ヘリは素早くその進路上に割り込み。
『発射』
再びスティンガーを放った。
白煙を撒き散らし飛び出す2発のミサイル。
それらは数秒と経たないうちに目標へ到達し、起爆した。
爆発に巻き込まれるフライヤー。
千切れた赤い翼が宙に舞う。
闇色の煙が血飛沫のごとく散る。
撃墜だ。
あっという間の出来事だった。
流石は最新鋭兵器である。
『命中、敵機撃墜。……二番偵察ヘリ、飛んでるか?』
「こちら二番偵察ヘリ。飛んでるぞ、お陰様でな。救援感謝する」
九番攻撃ヘリがこちらを気遣う。
機長は礼を言うと、やれやれといった様子で大きなため息をついた。
俺も深く息を吐く。
今度こそ本当に死ぬかと思った。
墜落して死にかけたあの時と異なり、今回は相手がおり、明確な殺意を以て殺されかけたのだ。
恐怖の度合いは段違いである。
革手袋で冷や汗を拭う。
しかしまあ、こうして命があるのも彼らのお陰。
この借りは何処かで返すとしよう。
『こちら戦車隊。スカイタウン及びスカイタワーの包囲に成功、これより制圧部隊が突入する。支援の際は誤射に注意されたし』
地上部隊から連絡が入った。
見ると、スカイタワー周辺に戦車や装甲車、輸送車が展開していた。
上空には輸送ヘリが浮かび、搭乗する隊員がタワーへ小銃を向けている。
明るくなりはじめた空には戦闘機が舞い、制空権を維持している。
いよいよだ。
『こちら司令部。空の塔作戦は最終段階に移行する』
無明の始まりの地、東京。
否、我が国の都、東京。
無明の始まりの象徴、スカイタワー。
否、我が国の力の象徴、スカイタワー。
返してもらおう。
ダーカー。
お前は敗けるのだ。
綾蔵。
『巨塔を奪還せよ』
東京の夜空に、陽が昇ろうとしていた。




