後話2 要衝
描かれるのは、祖国に背いた老兵のその後。
西太平洋沖縄島沖
『こちら第一艦隊。貴艦隊は軍より離反した。これより貴艦隊は人民解放軍及び共和国の敵と見なす。以上、通信終了』
中国海軍からの通信は一方的に切られた。
それも致し方ない。
我々は第一艦隊の命令を無視し、日本国海上自衛隊とアメリカ合衆国海軍に合流することを選んだからだ。
『海上自衛隊より上海艦隊へ。腹は決まったか』
「こちら上海艦隊。聞いての通りだ、本国から敵対通知を受けた。残念だが……祖国には帰れないらしい。よってこれより、本艦隊は貴艦隊に全面的に協力する」
海自からの中国語の無線に素早く答える。
故郷の上海に残した家族が気になった。
だが、戻れない、戻らない。
祖国のやり方では、間違いなく暗鬼軍に敗北する。
故郷と運命を共にするつもりはあっても、あの祖国と運命を共にするつもりは無い。
あの日。
東京で異変が起きたあの時、我々は上海沖合を航行していた。
その上空に、黒く巨大な飛翔体郡が現れた。
上海へ向かおうとしたそれらを、我が艦隊は迎撃した。
だが、無駄だった。
悠々と我々の頭上を飛び越えていったそれらは、うちひとつが上海上空で炸裂し、都市を闇に飲んだ。
同時に第一艦隊とも通信が途切れた。
その時私は思ったのだ。
ダーカーには勝てない、逃げるが勝ちだと。
我々は上海奪還を早々に諦め、難民船団と輸送船団を率いて沖縄に向かった。
祖国の主力艦隊に捕捉されるより先に、海上自衛隊と在日米軍に鹵獲されることに成功した。
艦橋左を見る。
ずらりと並ぶ、日米連合艦隊が目に入った。
その向こうには、上海の港をどうにか脱した物資輸送艦隊が。
所謂、人質である。
『了解した。輸送艦隊及び上海艦隊の安全を約束する』
だが、それもここまで。
この瞬間から、輸送艦隊は人質から護衛対象となり、我々上海艦隊は監視対象から戦友となったのだ。
日本人の優しさに助けられたと言える。
離反した甲斐があった……だなんて、胸を張っては言えないが。
私の判断は正しかった。
これだけは間違いない。
『こちら在沖縄米海軍。第一列島線の最大要衝へようこそ。チャイニーズでは君達が一番乗りだ』
軽い口調の英語無線が来る。
日本に駐留するアメリカ海軍だ。
沖縄の奪取、第一列島線の突破。
それは、海洋強国を目指す祖国の悲願だ。
領有国日本は勿論、アメリカや東南アジア諸国、オーストラリア等の激しい非難に曝されることは必至で、実現など夢のまた夢だが。
当然、対日対米穏健派の我々も支持していない。
一番乗り、か。
言うまでもなく皮肉だろう。
『合衆国は来るものを拒まない。だが、信用されたければ共に戦え』
アメリカ人はいつもこうだ。
高圧的で、一方的で。
でも反面、力があり、自由を重んじ、仲間には優しい。
彼らが仲間、か。
未だに信じられないな。
共通の敵は、人類を結束させる。
我々はその先例だろう。
前を向き直る。
美しい海岸と、そこを覆う籠蓋が目に映った。
第一列島線最大規模の要衝、沖縄。
その港湾都市、那覇。
『合同失地奪還作戦「オペレーション・トライアングル」、開始!!』
我らは、中日米連合艦隊。
暗鬼軍に奪われたこの地を、奪い返す。
* * *
『攻撃始め!!』
「了解、攻撃始め」
海上自衛隊艦隊の旗艦から来た命令を復唱する。
それを聞いた指揮所の兵が、攻撃ミサイルのボタンを押した。
盛大な音と煙をたてて右舷へと飛び出すミサイル。
我が上海艦隊からは各艦4発づつ、計12発が放たれた。
左舷の日米連合艦隊を見る。
何十隻もの最新鋭艦から、計100発はゆうにあろうかという数の白煙の筋が伸びていくところだった。
上海艦隊を飛び越えたそれらは、籠蓋の北東外縁部を目指して猛進していく。
「艦長……いえ、司令。着弾までは数十秒以内です」
隣の若い兵が報告する。
攻撃目標は目の前の那覇近郊。
着弾まではあっという間なのだ。
……ん、司令?
「……なんだ、その呼び方は。いつ私が昇進したのかね」
「上海艦隊は今や独立組織です。貴方はそのトップに立っている訳ですから、司令とお呼びしました。……不服でしたか?」
ああ、そういうことか。
この3隻にいる人員の中だと、私の階級が最も上だったらしい。
そして、離反したことによって私より上に立つ人間はいなくなり、私が最高司令官となった訳だ。
一艦長に過ぎなかった田舎の老いぼれが、随分と出世したものである。
「……いいや、構わない。好きに呼んでくれ」
不服は無い。
だが、責任は重大になったと再認識させられた。
私の判断についてきてくれた同郷の若者達の命を、私が預かっているのだから。
『着弾まで5秒…………3、2、1、着弾!』
無線が叫ぶ。
双眼鏡を手に、那覇市街を睨んだ。
ダークドームの周囲に蠢く黒い人混み、銃鬼の群れ。
ミサイル群はその一角に飛び込み、連続して爆ぜた。
炎と破片が盛大に上がり、人混みを吹き飛ばす。
『こちら連合陸軍。支援攻撃を確認した、こちらも動く。……全地上部隊、隠蔽解除! 突撃ぃ!!』
それを合図に動き出す、日米連合陸軍。
塹壕や物陰に隠れていた戦車や装甲車が一斉に前進を始めた。
気付いたシューター共は狼狽するが、ミサイルによって崩された隊列では応戦すらままならない。
たちまち車両部隊がそこを踏み潰し、シューターの戦線は崩壊した。
さて、これだけ大騒ぎすれば暗鬼軍も黙ってはいまい。
そろそろ来るはずだ。
「司令! ダークドームより剣鬼多数出現、こちらに向かいます!!」
情報通り。
「対空戦闘、始め」
そして、作戦通りだ。
前方甲板上の発射基から、連続して対空ミサイルが飛び出す。
日米艦隊からもミサイルが放たれ、我々の頭を飛び越えフライヤー群へと向かう。
『合衆国空軍、あの蝙蝠共を落とせ』
『了解、待ってたんだ。……フォックス2!!』
同時にアメリカ空軍も迎撃に出た。
突如現れたステルス戦闘機の編隊が、何十発もの赤外線誘導ミサイルを発射する。
それらは、陸と海ばかり睨むフライヤー共に上から襲いかかった。
爆発と驚愕に包まれる彼らに、今度は艦隊からの対空ミサイルが殺到する。
フライヤーにしてみれば、もはや戦闘どころではない。
攻撃目標も見失い、ただ旋回しながら狼狽するばかりである。
『こちら連合陸軍、援護感謝する。……目標地点目の前! 全車、突入開始!!』
航空優勢を得た陸軍は、この隙に乗じてダークドームへの突入を図る。
土煙と唸りを上げて突撃する車両部隊。
一台、また一台と、ダークドームの黒い壁に飛び込んでいく。
後方から続く兵員輸送車や補給車も突入し、残るは自走砲部隊とヘリコプター部隊のみとなった。
『支援車両部隊、回転翼機部隊、命令あるまでドーム外で待機』
『イエッサー』
『ラジャー』
彼らは突入しない。
否、できない。
視界が無に等しい状況では、飛行も砲撃支援も不可能だからだ。
それは上空で旋回し続けるしかない空軍も、洋上で待つしかない我々海軍も同じだ。
『地上部隊との通信不能。やはり通信を妨害されています』
おまけに連絡すら取れない。
こうなってしまっては、外にいる我々はお手上げ。
ただ、真っ黒な壁の向こうに消えた兵達の健闘を祈るばかりだ。
『フライヤー群壊滅。制空権確保』
『ダークドーム周辺のシューター群、突入地点に向け移動を開始』
そして、あの数のシューターを残滅できるほど、我々には余裕も物資もない。
奴等が突入地点を塞ぐ前に、地上部隊はドームを破壊するか撤退するかしなければならないのだ。
「破壊はともかく、データでも捕虜でも、何かしらの戦果が得られると良いが……」
「米陸軍と日本陸軍次第ですね。どちらにせよ、我々中国人に情報は共有されないのでしょうけど」
私の理想論を、若い部下が皮肉混じりに肯定する。
「分かりきったことだ、口に出さずとも良い」
気持ちは分かるが、こればかりはどうしようもない。
仮にも仮想敵国の艦隊なのだから、貴重な情報を共有するのは危険だ。
ただでさえ、我々を本作戦に加えたことで、彼らは軍事機密流出のリスクを負っている。
私が彼らの立場でも、きっと同じ判断をするだろう。
「……了解」
若い部下は、申し訳なさそうに目を反らした。
……叱ったつもりはなかったのだがな。
「日米地上部隊、突入地点に再度出現。撤退してきた模様」
「……!」
突入から果たして何十分後だったか。
不意に入った報告に顔を上げた。
覗いた双眼鏡の視界に、ダークドームから飛び出す輸送車や装甲車が映る。
損害は……少なくはないようだ。
煙を吹く車両もいる。
いくら米軍と自衛隊と言えども、やはりドーム内のダーカー相手では敵わなかったのか?
『こちら米海軍。回転翼機部隊、撤退支援を開始しろ。座標を指定すればミサイル攻撃もしてやる』
『イエッサー。全機、あの銃鬼群を消し炭にしろ! ファイア!!』
支援はすぐに始まった。
攻撃ヘリ部隊が素早く高度を下げて散開し、ロケット弾と機関砲弾を辺りにばらまく。
標的は、突入地点周辺に接近しつつあるシューター群だ。
頭上からの強襲に、シューター達は慌てて左腕の盾を構える。
が、機関砲の口径は脅威の30ミリ、戦車すら鉄屑にする威力だ。
たちまち盾は歪み弾かれ、そこに飛び込んだロケット弾が群れを吹き飛ばした。
さらに、偵察ヘリが送った座標を元に、銃鬼の密集している地点へ艦対地ミサイルが着弾する。
そうして切り開かれた道を、戦車隊が強行突破する。
撤退は成功しつつあるようだ。
『…………ら……軍、……ちら陸軍。合衆国海軍、聞……えるか』
ノイズ混じりの無線。
待ちに待った、車両部隊からの連絡だ。
『合衆国陸軍、陸上自衛隊、無事か!? 何か戦果は……戦果はあったのか!?』
アメリカ艦隊の司令官が無線で問う。
限られた物資と人命を一挙投入したこの作戦。
彼らが戦果を焦る気持ちは仕方ない。
『勿論土産はあるぞ、情報もな。……おっと、チャイニーズの前では言わない方が良かったかな?』
こちらをからかう米陸軍司令官。
露骨に顔をしかめた部下を片手で制し、無線を取ろうとするが。
『こちら海軍。口に気を付けろ陸軍野郎、彼らは戦友だ。二度目は無いと思え』
反論したのは、なんと米海軍だった。
怒気を含んだ真っ直ぐな声が、米陸軍司令を威圧する。
『……ソーリー、冗談が過ぎた。チャイニーズ……いや、上海人。あなた方の援護に深く感謝する』
思わぬ反論者と、態度を正反対にした陸軍司令官に、私は少なからず驚いた。
これこそが“アメリカ人”なのか。
仲間と認めれば情に厚い、その典型だろう。
「! ……気にするな。それより今は、貴官らの無事を祝いたい。尊い犠牲で得た貴重な収穫、是非とも役立ててくれ」
とはいえ、血気盛んなこちらの若年兵達ならともかく、それなりに歳を食った私がこの程度で腹を立てることはない。
穏便に返答し、作戦の成功を讃える。
『ミサイル第二波発射! 地上部隊を襲わせるな!』
『了解』
日米の艦隊から、またしても攻撃ミサイルが放たれる。
それらは海面スレスレを凄まじい速度で駆け抜け、着弾直前に急上昇し、シューターの群れに上空から飛び込んだ。
ひとつ、またひとつと立ち上る火柱と黒煙。
それはまるで、勝利の狼煙のごとく風にそよいでいた。
科学力と生産力に優れたアメリカ、技術力とスーパーコピーの力に秀でた日本。
彼らならきっと、戦利品から対ダーカー戦に役立つ何かを産み出してくれることだろう。
私はそう思いながら、炎に包まれる失地を静かに眺めていた。
『こちら海上自衛隊。本作戦の部分的成功につき、上海艦隊、輸送船団と共に海域より離脱する。沖縄米軍、後を頼む』
連合陸軍撤退完了の知らせから数分後、日本の艦隊から連絡が入った。
上海艦隊は独立組織とはいえ、安全面や補給面の懸念から、実質的に自衛隊の指揮下となっている。
よって、彼ら自衛隊の命令には従わざるを得ないのだ。
まあ、たかが3隻の弱小艦隊、勝手に動くよりか指示を受けて動いた方が大局の為になるだろう。
『こちら米海軍。了解した、任せとけ。この後はどうするんだ?』
『横須賀から緊急増援要請があった。今から72時間以内に東京奪還作戦が始まる、これに参加せよと』
東京、日本国の首都。
此度の騒動の爆心地だ。
彼の地の被害も尋常ではないという。
しかし……。
「こちら上海艦隊。東京での作戦、喜んで参加させてもらおう。が……なぜこのタイミングなのだ? 時期尚早ではないかね」
無線を取り、了承と疑問をぶつける。
日米が東京奪還作戦を行うこと自体は早期に決まっており、中国軍でさえその情報を掴んでいた。
だがそれは、各地の住民の避難や防衛線の構築等が終わった後、十分な人員と物資と情報を得た上で行われるという話だったはずだ。
そのほうが作戦成功の確度が高いのは言うまでもない。
それに、今さっき那覇での作戦が示した通り、ダークドームの破壊は非常に難しい。
東京のダークドームに攻勢を仕掛けるならば、あの突入した地上部隊が持ち帰った戦利品や情報を解析してからでも遅くはないはずだ。
日本艦隊の司令官は、ごもっともだが、と肯定し理由を話す。
『現地の状況が急変したらしい。よって、作戦決行が大幅に前倒しされたのだ』
『急変……ああオーケー、さっき第七艦隊が言ってたあれか』
新参の我々上海艦隊にとっては初耳だが、やはり同盟国は一足先に知っていたようだ。
急変、か。
緊急性を要する不味い事態でも起きたのだろうか。
「機密で無いなら教えてくれ。……一体東京で何があった」
ダーカーの大攻勢の兆候でも現れたのか。
もしくは、時限爆弾のようなモノでも設置されたのか。
固唾を飲んで日本人の言葉を待つ。
だが、返ってきた答えは私の予想を大きく外れることとなった。
『東京のダークドームが、突如消滅したとのことだ』
* * *
「全艦、攻撃目標の振り分け、完了しました。いつでも撃てます!」
「うむ」
部下の報告に頷く。
東京湾の海図を見ていた顔を上げ、無線機を取る。
「こちら上海艦隊。準備完了だ、いつでも撃てる」
『いずも、了解』
目の前に広がるのは、暁闇に染まる東京湾。
その上に浮かぶのは、人類科学の粋を集めた大艦隊。
我々上海艦隊は勿論、海上自衛隊の主力艦隊、世界最強のアメリカ海軍第七艦隊、そして、遠くアラスカから駆けつけたアメリカの地方艦隊まで。
さらにこの上空には、アメリカ海軍の空母艦載機部隊。
東京上空には、日米空軍の大編隊。
東京周辺には、日米陸軍の大部隊が居る。
かつてない巨大戦力が、この極東の地に集結している。
その理由はただひとつ。
『こちら作戦司令部。これより首都奪還作戦、空の塔作戦を決行する。人類の興亡この一戦にあり。各員の健闘を祈る。……全部隊、作戦開始!!』
失地東京を、取り返すためだ。
『作戦第一段階、対地誘導弾攻撃及び航空爆撃、始め!』
『連合艦隊旗艦いずも、了解した』
東京を奪還できたとしても、その効果は小さい。
世界各地の何万という都市も、ここと同じかそれ以上の被害を受けているからだ。
しかし、効果は小さくとも影響は大きい。
人類がダーカーに勝った、その先例となるのだから。
『こちらいずも。全艦隊……攻撃始め!!』
世界が闇に包まれたあの日から、もう何日経ったのだろうか。
あの日から昨日まで、一体何人が犠牲になったのだろうか。
今この瞬間、食べ物が無く、水が無く、家も無く、友も亡く、愛する者も亡く、希望も無く、嘆き悲しみ苦しむ者が、一体どれだけいるのだろうか。
だが、それもここまでだ。
恐怖と絶望に閉ざされた日々は、今日ここで終わりを迎える。
人類には未来がある。
幻想に思えたその言葉が、遂に現実となるのだ。
「了解。……全艦に告ぐ」
戦うか、それとも死ぬか。
答えは分かりきっている。
長く苦しい戦いになるだろう。
それでも、人類は戦い続けるのだ。
「攻撃始め」
その果てに、明るい未来があると信じて。




