想話1 明かりに続け
描かれるのは、あの時の東京。
数日前 東京都内
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。
東京スカイタワーの上空から黒い煙が広がっていって気付いたらお空まっくらお先まっくら。
な、何を言ってるかわからねーと思うが私も訳わかんねーわ。
おまけになんか紅く光る塊が沢山落ちてきて、泊まってたホテルに大穴空いちゃってさ。
急いで外に出てみたら通りは火の海だし、なんか黒くて禍々しい人のようなモノがうろうろしてるし。
しかもそのうちの一人に目ぇつけられちゃったんですけど。
なんかその腕、赤い日本刀みたいに見えるんですけど。
まじヤバいんですけどー。
一応言っておくけど、笑い事じゃない。
東雲明、16歳。
命の危機なう。
楽しい修学旅行になるはずだった。
お昼に新幹線で到着して、美味しいご飯食べて、スカイタワーから景色を眺めて、近くのホテルにチェックインして。
そこまでは良かった。
でも日が暮れた途端、予定が全部吹っ飛んだ。
無差別テロが起きたからだ。
それも、世界同時多発の。
ここ東京を含めた、日本全国の都市も標的らしい。
当然生徒は全員ホテルで待機。
道路という道路は全て警察が封鎖して、自衛隊の車がそこを走り抜ける。
テレビはどのチャンネルも一晩中大騒ぎ、スマホは数十分おきに国からの緊急メールで唸りまくる。
眠れる訳がなかった。
ようやく日が昇り、みんなが安心し始めてたら、今度はこれだ。
黒い霧。
スカイタワーの上空に突如として現れたそれは、全方位の地平線へ暗幕の如く下り、太陽の光を完全に遮った。
朝日に染まりつつあった東京の街は、一瞬にして真夜中のような暗さになってしまったのだ。
さらに、どうも同時に停電が起きたらしく、街灯や電灯の殆どが消えている。
街に残る光は、非常用自家発電機をぶんまわしてるビルか、車や建物を焼く炎のみだ。
で。
「 、 !」
危ないと思って友達と一緒にホテルを飛び出したらこいつにガンつけられた訳だ。
黒い煙のようなモノで形作られた身体。
頭部に赤く光る二つの目。
異様に長い三本指の左手。
肘から先が刀みたいになってる右腕。
聞き慣れない声のような音をあげるその生物は、どう見ても人間とは思えない。
言うなれば、黒い化け物、か。
「あ、明? 何なのこいつ……?」
背中に隠れる私の友人、カスミが至極真っ当な疑問を口にする。
「さあ? 多分初対面だと思うよ。知り合いにこんなのいないし」
「そんなことは分かってるって!?」
いつもに増して素早いツッコミが返ってくる。
声色からして、だいぶ余裕がないようだ。
冗談だって、もうちょっと気楽にいこう?
焦ったって良いこと無いよ。
「あ、おはようございます。私、東雲明っていいます。どちら様?」
カスミを後ろに隠し、当たり障りのない挨拶をしつつ、化け物から距離を取る。
見た目だけで判断するのもアレだが、とても友好的には見えない。
殺気すら感じる。
でも、慌てちゃいけないと思う。
まずは意思疎通を図ること。
注意さえしていれば、敵かどうか判断するのはそのあとでも遅くない。
「 、 」
「え、何ですか? 聞き取れませんでした」
奇妙な声で何事か話す化け物。
だが、とても人語とは思えない。
外国語でもないだろう。
「や、やめとこ? 逃げよ? ねぇ明……?」
「ちょっと静かにしてて」
取り乱すカスミを黙らせる。
なんとなく少しだけ、意味が聞き取れたような気がしたのだ。
「 ノ頂、我 アリ」
「!」
やはり何か言っている。
いや、聞き取れてはいないんだけど、何故かなんとなく意味が解る。
頂、我、そして……有?。
“何かの頂点は、私に有り”……?
「選 。 」
“選べ”、と言ったのか?
一体何を……。
「戦ウカ、死ヌカダ」
「え」
化け物が左手をこちらに突き出す。
その三本の指先に、赤い光が集まっていく。
咄嗟にカスミを突き飛ばして横に飛んだ。
瞬間。
「ひっ」
悲鳴を漏らしたのは、はたして私かカスミか。
二人の間を真っ赤な光の弾が三つ、唸りをあげて通過した。
耳障りな風切り音が、暗闇の彼方へと消える。
「カスミ、逃げて!」
受け身を取りつつ叫ぶ。
常識的に考えれば、私もすぐに逃げるべきだ。
しかし気付いた時には、足下に落ちていたコンクリートの破片を拾い上げていた。
声に釣られて此方に腕を向け直す化け物。
その胴に狙いを定め、コンクリを持つ手を大きく振りかぶり。
「そぉい!」
投げつけた。
牽制になれば充分、当たればラッキー。
その程度に考えていたが。
「 ァ !?」
化け物の左肩が吹き飛んだ。
…………化け物の左肩が、吹き飛んだ。
大事な事なので二回言いました。
確認するが、私はコンクリ塊を投げつけただけだ。
間違ってもショットガンをぶっ放したりはしていない。
化け物は攻撃を中断して大いに怯み、そして狼狽している。
路上に落ちた左腕は、黒い煙となって周囲に散っていった。
私があれを食らったところで、せいぜいアザになるくらいだろう。
化け物、意外と脆いのかもしれない。
「好戦的なうえそんななりのくせにJKよりひ弱とかマジ笑えるわ~」
挑発の言葉を吐きながら、再び手頃な石を拾い上げる。
いける、倒せるかもしれない。
もう一発もらっとけ。
次はそのキモい頭を吹っ飛ばしてやる。
化け物の赤く光る目に狙いを定め。
「そぉ、れっ!」
気合いの一声と共に投げつけた。
が。
「 !」
振り抜かれる化け物の右腕。
暗闇に赤い軌跡を残した斬撃は、石を化け物の眼前で打ち砕いた。
……え、まじで?
ちょいそれは反則、迎撃は反則。
「 、 !!」
呆気に取られる私に向け、化け物は刀を振りかざし突進してくる。
飛び掛かる、と言ってもいいくらい、速い。
「あっごめんなさい調子乗りました許してヒヤシンスッ!?」
立ち上がって後方へ飛び退き、横薙ぎをかわす。
あとコンマ数秒遅れていたら、今頃この首は宙を舞っていただろう。
私は死にたくない。
まだぴっちぴちの16歳なんだから。
それに。
親より先に死ぬなんて、子孫を残せず死ぬなんて……究極の親不孝だ。
死なない、死ねない。
まあでも、部活やってて良かった。
足さばきは基本だからね、この程度のステップなんて余裕余裕。
「どしたの、外れてるよ? 低沸点虚弱体質まっくろくろすけ」
息を整えながら再び挑発する。
それに簡単に乗ってくる、沸点が低いまっくろくろすけ。
乱暴に振り下ろされる赤い刀身を、横へのステップで避ける。
そのまま前進し、隙だらけの化け物の脇をすり抜けた。
同時に足下から石も拾っておく。
なんだろう、都会の路上にしては石が多いような気がする。
さっきの紅い落下物のせいでアスファルトの破片でも飛び散ったのかな。
暗いからよく見えないけど。
「 !」
化け物が振り向き様に回転斬りを放ってくる。
が、十分な距離を取っていた私には届かない。
その切っ先が通りすぎたのを見届けると、手に握った石を化け物の腹へと投げつけた。
「 !?」
異様な悲鳴、飛び散る黒煙。
化け物の鳩尾に、大きな風穴が開いた。
化け物はよろよろと苦しそうに後退り、地に膝と刀を突く。
立ち上がる気配は無い。
もう動けないようだ。
「…………ふぃ~」
安堵のため息をついた。
念のため警戒の視線を向けたまま、ゆっくりと立ち上がる。
無力化できたなら十分。
何も殺さなくてもいいだろう。
よし、今のうちに逃げ……。
「ぅおらぁ!!」
「 ァ !?」
「ふぁっ」
男の怒号、続けて金属の打撃音。
化け物は悲鳴をあげ、前のめりによろめく。
「あ? しぶてー野郎だな。どらぁ!!」
「 、 !?」
再び打撃。
男は、化け物の後頭部を金属の棒か何かでぶん殴っているようだ。
痛そう。
「 ! !!」
「るせぇ! 死ねごるぁ!!」
後頭部にさらに打撃を加える男。
だが、化け物は死なない。
石を投げつけられてあれなら、とっくに頭が吹き飛んでいてもおかしくない筈なのに。
というか。
「ダイキ? あんた何してんの」
声を掛けつつ、顔を見てみる。
声色と口調から察していたが、やっぱこいつ同級生じゃん。
同じクラスで私とカスミの共通の友達、ダイキだ。
「助けに来たのに何してんのはねーだろ、感謝していいんだぜ。……うおらっ!!」
「 、 !?」
そう言いながら、バッティングの要領で化け物の頭にフルスイングをかますダイキ。
ああそうか、こいつ野球部だっけ。
当然、腕っぷしはかなり強い。
ついでに脳筋ときてる。
厄介な奴に目ぇ付けられたね、ご愁傷さまです。
「 、殺 !!」
唐突に化け物が立ち上がる。
そして何事か叫ぶと、その刀を周囲へ振り回し始めた。
咄嗟にダイキの持つ金属棒を掴み、引き寄せる。
よろめいた彼の背中を赤い刀身が掠めた。
「うお!?」
「危なっ! 死にたいの!?」
ダイキに罵声を浴びせつつ、暴れる化け物から距離を取る。
痛みがあるのか、攻撃に正確さはない。
だが、食らえば死の危険があるのは相変わらずだ。
「バッティング全然効いてないじゃん。どんだけ下手なのダイキ」
「いや硬ぇんだよこいつ! ありえねえって!」
冗談だよ、あんたは正常。
人間の頭部と比べてどうかはともかく、殴られてもこれだけ元気なのは明らかにおかしい。
更に、私の投げた石だけやたら効いたというのもおかしい。
どういう条件、そしてどういう仕組みなのだろう。
「 !!」
「どけ明! っらぁ!」
ダイキが私を後方へと突き飛ばす。
そして、手に握る金属棒を流れてきた赤い刀に交わらせた。
「 ! !」
「ぐぐ、ぐぎぎぃ……」
飛び散る火花、響く金属音。
鍔迫り合う二人は、お互い一歩も引き下がらない。
加勢しなきゃ。
私は尻餅をついた手を払うのもそこそこに、三つ目のコンクリート片を拾い上げた。
化け物へ投げつけようと振りかぶるが、ダイキの背中が邪魔をする。
仕方なく立ち上がり、素早くステップを踏んで二人の横へと回り込む。
案の定、化け物は隙だらけだ。
私は横投げの構えを取り、化け物の脇腹に狙いを定める。
だが、投げつけようとしたまさにその時。
「たぁ!!」
「わぁ!?」
カスミの怒号により、動作は中断せざるを得なくなった。
驚いた私は、思わず石を取り落とす。
化け物の動きが止まる。
見ると、その後頭部に深々と鉄パイプが刺さっていた。
カスミの右手が放った刺突が、化け物の頭を正確に貫いたのだ。
声をあげることすら叶わず、やがてその場に倒れ伏す化け物。
その身体は、音もなく黒煙となって霧散していく。
「ふぅ…………あっ? ……えっと、倒しちゃった……?」
困惑したような表情で話しかけてくるカスミ。
なんであんたが困惑してんの。
「うん、倒しちゃった。ありがとカスミ」
ああ、カスミはフェンシング部だったっけ。
流石、綺麗な刺突だった。
もう、逃げてって言ったのに……。
ま、良い友達を持った、とでも思っておこう。
ありがと、二人とも。
しかし……。
ダイキのあれだけの殴打でも傷つかなかったのに、カスミの刺突や私の投石で一撃貫通とは。
ますます分からない。
どういう体質なんだろう、この生き物。
そもそも生き物なのかな。
まあいいや、ダイキが特別ひ弱だってことにしとこう、そうしよう。
「カスミ、怪我はない?」
「うん、お陰様で。明は?」
「のーぷろぶれむ!」
心配顔の彼女にサムズアップしてみせる。
「おうカスミ、俺も無事だぜ」
「うわっ、よりによってダイキくんか……」
「ひ弱くんじゃん、まだ死んでなかったんだ」
「ひでぇ」
とりあえず、主だった友人が無事なら結構。
この二人だけでも逃がしてあげないと。
とはいえ、どう逃げようか。
流石に徒歩では危険すぎるだろう。
いつまた化け物に襲われるかわかったもんじゃない。
バスかタクシーを止めて……って、この状況で動いてる訳ないよね。
東京の地図なんて知らないから鉄道駅の場所も分からない。
そもそも停電してるから動いてすらいないだろう。
「どーしよっかなぁ…………おん?」
考えながら辺りを見回していると、何やら赤い人工の光が目に入った。
よくみると、どうやら赤色灯らしい。
路上に回る赤色灯、ということは。
ひらめいた。
「ふふ。ねぇ、二人とも……」
カスミとダイキを振り返り、口を開く。
「ドライブしない?」
私は、暗闇に瞬く赤い光を指さし、そう提案した。
* * *
「なぁ明、運転免許って知ってるか」
「いえーす」
「お前は持ってんのか?」
「のー」
「俺らを殺す気か?」
「大丈夫、マリオカ○トは超得意」
「不安しかねぇ!? 降ろせ! 今すぐに!!」
後部座席のダイキが喚く。
理由は言わずもがな。
路上で拾った無人のパトカーに二人を乗せ、私の運転で化け物どもから逃げ回っているからだ。
え、なんでよりによってパトカーかって?
……そこに、パトカーがあったからさ。
「明! 後ろから撃たれてる!」
「あいさ、掴まって!」
同じく後部座席に座るカスミが警告してくる。
私は減速しないまま、ハンドルを左に切った。
化け物の放った光弾を食らったのだろう。
車体側面から複数回の異音が響く。
意識の片隅でそれを聞き届けると、アクセルを深く踏んだ。
地平線に降りた黒い暗幕には、未だに辿り着けない。
あの外は、きっと陽の下だ。
だが、そこまではとてつもなく遠く感じる。
何百キロも先なのではないか、そもそも果てなんてないのではないか。
そんな考えばかりが頭を掠める。
「っ!?」
路上に放置されていた車を、急ハンドルで避ける。
少し掠ったのか、後輪の辺りからがりっという音がした。
い、今のは危なかった。
落ち着け、焦らず急いで正確に。
注意一秒怪我一生……。
「……?」
ハイビームの視界の先で、何かが動めいている。
ふたつの人影、もみあっているように見える。
片方は……警察官? もう片方は……。
黒い化け物。
「手を前にして!!」
後部座席の二人に警告する。
そこから果たして数秒も経っていただろうか。
化け物がこちらを振り向いたのと、警察官が道路脇に跳んだのはほぼ同時だった。
ハンドルに腕を突っ張り、背中をシートに押し付け。
「死ね」
更にペダルを踏み込んだ。
* * *
「い、つつぅ……」
額を押さえながら顔を上げる。
まばたきをすると、白い袋のようなものが眼前に広がっていた。
エアバッグだ。
掌を広げてみる。
十本の指は、確かに問題なく動く。
どうにか生きているようだ。
そうだ、カスミとダイキは……?
「みんな生きてるー?」
「い、一応」
「おー……なんとかな」
後ろから返事があった。
ひとまずは安心だ。
シートベルトを外すと、突然身体が宙に浮いた。
驚く間もなく、身体が天井に落下する。
このパトカー、ひっくり返ってるらしい。
化け物をはねただけで横転するほどの衝撃か。
んー、ちょっと派手にやり過ぎたかな。
完全に私怨入ってたし。
逆さになったドアを開けようとしてみるが、全く動かない。
歪んでしまっているようだ。
んもー、面倒くさいなぁ。
「だ、大丈夫ですか……?」
唐突に車外から誰かに呼び掛けられた。
若い男の声だ。
両足を折り曲げ、力を込め。
「はーい、大丈夫ですよ……っとおぉ!!」
無事を伝えつつ、ドアを蹴っ飛ばした。
重厚そうな金属音をたて、歪んだドアはアスファルトに転がった。
四つん這いの格好で運転席から這い出る。
立ち上がって背筋を伸ばし、乱れたポニーテールを整える。
そして、男の声がしたほうを振り向く。
群青色の制服と、腰に巻き付ついた黒いベルト。
手に握っているのは、ぼろぼろの警棒。
やはり警察官だったようだ。
え、警察官? それって不味くない?
……はっ、なっなにも不味くないよ。
後ろめたいことなんて何もありませんよ。
決して車泥棒とか無免許運転とか自動車殺人とかはしてないですよ。
私は努めて平静を装ったまま、彼と目を合わせ。
「あ、さっきの化け物、ちゃんとくたばってました?」
開口一番、そう言った。
「あっはい。おかげさまで」
警官はひきつった顔で答え た。




