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東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.  作者: やみぃ。
第一章 明無夜軍
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第三十一話 大戦




「答えろ」


 主が動揺する姿など、初めて見た。


八雲(やくも)……(ゆかり)…………!!」


 激情にかられる綾蔵様など、想像したことも無かった。


「お互い様、知る必要は無いわ」


 息を飲む。

 我が主、无月(むつき)綾蔵(あやくら)の冷徹さをここまで乱せる女。


「私が貴方に望むことは、ただひとつ」


 それは、不敵な笑みで私達を見下す、金髪紫眼の大妖怪。


「この世界から失せて頂戴」


 八雲、紫。




 突如、彼女の掌から無数の妖弾が放たれた。

 不意を突かれた綾蔵様は、咄嗟に妖力壁を展開する。

 反撃どころか移動もままならず、その苛烈極まりない弾幕に耐えるばかりだ。


 決して弾幕の密度が高いからではない。

 撃ち込む場所が的確過ぎるのだ。

 彼女は綾蔵様の手の動き、足の動き、妖力の流れ、向き、角度、視線に至るまで全てを読み、それを阻害するように撃ち込み続けているのだ。

 しかもそれには法則性がない。

 最適な射線を瞬時に連続して算出し続け、寸分の狂いもなく実行する。

 正確すぎる、非常識な程の計算力だ。

 まるで……コンピュータの如く。


 この女も、復活した妖怪なのか。

 とんでもない大妖怪が現れてしまったものだ。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 綾蔵様の敵であるならば、倒す。

 綾蔵様の障害となるのならば、排除するまでだ。

 例え力及ばずとも。


 邪斧(アルマーズ)を後ろ手に構え、空を駆ける。

 (ゆかり)と綾蔵様の間に割り込むためだ。

 しかし、射線上に侵入する直前。


「待ちなって、お嬢ちゃん」


 背後から何者かに呼び止められた。

 同時に、邪斧が何かに引っ掛ったように動かなくなる。

 身動きの取れなくなった私は、声がした方を振り返る。


「あんた、あたしの相手をしてくれないかな」


 橙色の瞳と、背中に広がる橙色の髪。

 そこにいたのは、頭に大きな双角を生やした小柄な少女だった。

 その小さな腕によって、超質量を誇る筈の邪斧は、いとも簡単に止められていた。

 見た目に釣り合わない怪力、口調、態度、そして妖力。

 こいつは一体……。


「ま、拒否権はやらないけどね」


 刹那、邪斧が凄まじい力で後方に投げ飛ばされる。

 咄嗟に手離せなかった私は、そのまま引きずられるように一緒に飛ばされた。

 綾蔵様の背中が急速に遠ざかる。


「……っく」


 両腕に力を込め、邪斧を振り抜く。

 その質量と遠心力を以て、どうにか空中に踏みとどまることが出来た。

 だが、綾蔵様からは随分と離されてしまった。

 最早砂粒程にしか見えない。


「これで一騎討ちだ。さて、手合わせ願おうかい」


 いつの間に追い付いたのか。

 綾蔵様と紫の戦場への直線上に堂々と割り込む、先程の少女。

 恐らく、紫の仲間だろう。

 最初から私達の分断を目論んでいたようだ。


「……あなた、誰」


 邪斧を構えたまま、油断せずに問う。


「あたしは鬼、伊吹(いぶき)萃香(すいか)。あんたは?」


 (れい)や綾蔵様とはまた違う、余裕の感じられる物言いだ。

 鬼という種には疎いが、相当な実力者であることは間違いない。


「无月綾蔵の従者、ミラージュ・ナイトメア。敵の仲間は敵、主の敵は私の敵。つまりあなたは……私の敵」


 得物に妖力を通す。

 突如として紫炎を纏った邪斧が、対峙する者を威圧せんと唸りを上げる。


 だが、萃香と名乗った少女は眉ひとつ動かさない。


「ほう、綾蔵の……。しかしまあ、こちとらあんたらのせいで知り合い達が大勢困ってんだ。おまけに、旧友の頼みとあっちゃあ断れない。お互い難儀な立場だ、勘弁してくれな」


 快活で堂々、豪胆で義理堅い。

 話の分かる相手のようだ。

 どんな野蛮非情な輩だろうと勝手に勘ぐっていたが、とんでもない思い違いだった。

 味方となれば、この上なく頼もしい奴だろう。


 だが彼女の言う通り、立場上戦いは避けられない。

 余裕の笑みを浮かべる萃香を睨み付けた。


「……あなたのその余裕、崩してあげる。……覚悟」

「気概や良し。さあ、来な」


 彼女が手招きした瞬間、私は空を蹴る。

 一瞬で至近距離にまで接近すると、間髪入れずに邪斧を叩きつけた。

 この間、僅か一秒にも満たず。

 だが。


「速さは、なかなかのもんだねぇ」


 それを片手の甲で楽々と受け止める萃香。

 食らいつく刃も、吹き荒れる紫炎も、全く意に介していない。


「でもその程度の力じゃあ……鬼には勝てない」


 萃香が軽く手首を返す。

 たったそれだけの動作で、邪斧は弾き飛ばされた。


「ま、力で鬼に敵う種はいないけどねー」


 軽口を叩く彼女を尻目に、私は早々に邪斧から手を離す。

 これ以上邪斧の質量に振り回されては堪らない。

 後で回収すればいいだけだし、効かない武器にしがみついていたって意味が無い。


「っ……『疑心透魔』、『剣鬼召喚』!」


 体勢を立て直しつつ距離を取り、すぐさま次の手を打った。

 萃香に幻術をかけたうえで、周囲に剣鬼の群れを召喚する。

 雄叫びを上げ、次々に突撃していく彼ら。

 対する萃香は右手に拳を作り、迎撃の構えだ。


「  !! 」

「 !  !」


 剣鬼達が彼女に斬りかかる。

 刹那。


「無駄無駄無駄ァ!!」


 萃香が百裂拳を放ち始めた。

 凄まじい速度で突き出される拳が空間を裂き、生まれた衝撃波が剣鬼を次々に襲う。

 心臓を穿たれた個体が爆ぜ散る一方、攻撃を受けずに接近できた個体も幾つか居た。

 彼らは、幻術によって萃香の視界に映らなかったため、迎撃を免れたのだ。


 大剣の翼が萃香の身体を何度も斬りつける。


「っ……?」


 苦悶と困惑の表情を浮かべ、僅かに声を上げる彼女。

 身をよじって痛みに耐えつつ、見えない敵を見つけようと辺りを見回している。


 どうも手応えが浅い。

 戦闘機を空中分解させ、零にすら出血を伴う裂傷を負わせる剣鬼。

 だが萃香に対しては、僅かに切り傷を与えることしか出来ていない。

 無駄に頑丈な身体だ。


 とは言え、あの余裕を少しだけでも崩せたのは大きい。

 この機を逃してはならない。


「……『疑心闇鬼』」


 自身の周りに張りぼての剣鬼を多数出現させ、萃香からの視線だけを絶つ。

 その間に、闇霧となって返ってきた邪斧(アルマーズ)を右手に受け止め、生成し直す。


「気に入らない、気に入らないねぇ……」


 剣鬼の攻撃を受けながら、萃香が呟く。

 先程までとはうってかわって、余裕の無い憤りの言葉だ。


「卑怯、狡猾、謀略。あたしら鬼が一番嫌いなことだ」

「……鬼の思想なんて知らない。これが私のやり方。綾蔵様のためなら、手段は選ばない」


 彼女の持論を退け、振りかぶった邪斧に妖力を込める。

 紫炎を纏った刀身が、夜空に輝きだす。


「……鬼神に横道なきものを。……覚悟」


 萃香はそれだけ言うと、右腕を腰だめに構え、力を溜め始めた。


 先程と同じく、拳の衝撃波で対抗するつもりだろうか。

 だとしたら、愚策である。

 物理的な力で妖術に対抗するのには、限界がある。

 力任せの技だけでは、邪斧の妖力波を迎撃することなど出来ないはずだからだ。


 もうひとつあるとすれば、近接戦闘に持ち込むつもりなのかもしれない。

 邪斧の叩きつけを片手で弾くような怪力だ。

 近接戦闘となれば、間違いなく彼女に利がある。

 ただ、これも現状では危うい。

 迎撃が出来ない以上、あのままでは邪斧の妖力波を撃たれ続けるだけ。

 さらに、いざとなれば身体を霧散させて逃げることのできる私に、彼女が追い付く事など不可能だ。


 邪斧の妖力が最高潮に達した。

 対して萃香は力を溜めきるまでに、まだ数瞬かかるようだ。

 先手必勝。


「……潰えろ、『アルマーズ』!」


 あらんかぎりの力で、邪斧を振り抜く。

 紫色に輝く妖力波が、総てを壊さんとする勢いで萃香に迫る。

 だが、彼女は一切慌てず騒がず。

 静かにその両目を開き。


「……無、駄ァ!!」


 怒号と共に、正拳突きを放った。

 いや、正拳突きなんて生易しいモノでは断じてない。

 それは、物理法則を無視した圧倒的な暴力。


 一瞬にして叩き潰された空間が、軋み、歪む。

 それによって引き起こされた衝撃波は、妖力波を消し飛ばし、邪斧を砕く。


「っ!?」


 身の危険を感じた私は、咄嗟に身体を霧散させた。

 非常識な破壊の連鎖。

 巻き込まれようものなら、文字通り木端微塵だ。

 木端微塵で済めば良いが。


 元居た天蓋の縁から反対側の縁まで一瞬にして移動し、身体を再構築する。

 そして、追ってくるであろう萃香に備えるため、邪斧(アルマーズ)を再生成して構える。

 が。


「あたしの能力は、密度を操ること」


 背後から響いた萃香の声。

 不意を突かれた私は、反射的に後ろを振り返る。

 そして、振り向き様に邪斧を叩きつけた。


「霧散はお手のものなんだ」


 それをまたしても片手で受け止める萃香。

 さらに、彼女の妖力を受けた邪斧が瓦解していく。


 密度を操る能力。

 邪斧を分解しているのは、彼女の言うその力だろう。

 身体を霧散させての瞬間移動。

 私と同様の技が出来るのも、その能力故か。


「残念」


 刹那、目にも止まらぬ早さで繰り出された踵落としが、私の右肩を打ち砕く。

 首筋に走った強烈な衝撃が、脳髄と声帯を停止させる。

 全身を駆け巡った破壊の波が全神経を撃ち抜き、身体の管制を奪う。

 悲鳴を上げることすら、痛みを感じることすら叶わない。

 遠退く意識と萃香の姿。

 近付く地面と死の恐怖。


「相手が悪かったね、ミラージュ・ナイトメア」


 二本角の少女はそう言って、身を翻した。




「…………っ、く……」


 瓦礫と煙の只中で、私は意識を取り戻した。

 身体を起こそうとするが、力を入れるだけで全身の筋肉が悲鳴を上げる。

 私は諦め、闇の霧を集めての回復を図ることにした。


 目蓋を開ける。

 満天の星空が、そこにあった。

 煌めく天の川が、傷を癒してくれるようだった。


 私が生まれた夜、綾蔵様に教えてもらった。

 此処東京の明かりが消えた今だからこそ、この美しい夜空が見られるのだと。

 人間はこの景色を望んで掻き消したにも関わらず、この景色に夢を見るのだと。

 “心”が未熟だった私は、なぜ綾蔵様がそんな話をするのか理解出来なかった。

 ただの景色を気にしたところで、何の意味があるのかと。


 でも、今なら解る。

 この輝きを見、美しさを感じられる者は、これを糧にまた歩むことが出来るのだ。

 精神論で、感情論。

 それでも意味はある、価値がある。

 綾蔵様が私に心を作った理由。

 それは、物理的、論理的ではない何かすら私が得て、成長していってもらいたいからではないだろうか。




 視界の端を何かが通る。

 目で追うと、妖力弾だと分かった。

 発生源は、無明天蓋の頂点。

 紫と綾蔵様が戦う場だ。


 紫単体が相手でも、綾蔵様は文字通り手も足も出なかった。

 そこに萃香が加わったら、さらに他の仲間が加わるとしたら。


「……っ」


 痛みを無視して身体を起こす。

 主の危機に、寝てなどいられるか。

 この身朽ちるまで尽くすと決めたのは、私自身ではないか。




「綾蔵……様。今、向かいます……」


 立ち上がり、天蓋を見上げる。

 黒く巨大な霧の壁が、凍てつく大地に佇んでいた。




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