第三十話 光闇
東京 無明天蓋上空
向かってきた白金の光線を、妖力壁を以て弾く。
直後、右手に握る刀を横に薙ぎ、反撃の妖力弾を生み出す。
現れた赤と黒の弾幕は一瞬で光線の発生源へと到達し、それを飲み込んだ。
連続する閃光と爆発音。
その炎と煙から抜け出してきたのは、槍を持った傷だらけの女性だった。
長い金髪に金の双瞳、所々鮮血の滲む白いドレス。
正義と月光の妖怪、照月零だ。
「随分苦しそうだな、零。降参するか? それとも、楽になるか?」
「黙りなさい、綾蔵……。『ルナフリークス』!」
彼女に降伏勧告をしてみたが、承諾も何も無い。
返ってきたのは、何十発もの白い結晶体だった。
誘導と爆裂の性能を持つそれらは、蛇行しながら私へと向かってくる。
「冗談。さらに苦しむが良いだろう。『人世模式』」
対抗すべく、背後に黒い霧を展開する。
その中から現れたのは、大量の誘導弾。
人間の兵器を模して造られた、私の兵器だ。
迫る結晶体群に指を向けると、誘導弾は黒い尾を引き飛翔し始めた。
前方で結晶体と誘導弾が次々に衝突し、爆ぜ散っていく。
数で勝る私の兵器は、たちまち結晶体を全て破壊した。
行く宛を失った誘導弾は、零を探して爆煙の中へと飛び込んでいく。
「『ゲイボルグエッジ』……!」
結論を言えば、彼らは零を見つけ攻撃することができた。
だが結果を言えば、零に被害を与えることは出来なかった。
彼女が構えた槍から発せられる衝撃波によって、その全てが防がれてしまったからだ。
誘導弾全てを破壊してもなお、速度を緩めず向かってくる零。
ミラージュを撃墜寸前にまで追い詰めた、あの突貫技だ。
囮と煙に紛れて接近してくるとは、なかなかの頭だ。
だが。
「……っな!?」
私はその槍の刃先を、素手で受け止めた。
「何を驚いている。これが、私と貴様の力の差だよ」
そう言いつつ、刃先を握り締める。
零が槍を引こうともがくが、まるで岩に刺さった柱の如く動かない。
「っ、離しなさい、力の差になど屈しません……これが正義で有る限り……!」
真っ直ぐに睨み付けてくる零。
そんな彼女に、私は冷たく言い放つ。
「ひとつ教えてやろう。正義というものはな……」
手を離す。
零の身体が、槍と共に一瞬宙を漂う。
「……勝者の称号に過ぎないのだよ」
「戯れ言を……っ!! ぐあぁっ!?」
刹那、真横からの妖力の暴風が、零の身体を吹き飛ばした。
まともな受け身も取れずに、天蓋の端まで飛ばされた零。
「……綾蔵様に、触れないで」
暴風を生み出した張本人は、私の隣でそれを無表情に見据えたまま呟く。
肩までの紫髪、冷たく開かれた紫眼、暗い色彩の軽鎧。
その手に握られているのは、紫炎を纏う邪斧。
「見事だ、ミラージュ。よくやった」
私の言葉に彼女は短く、いえ、とだけ答えた。
私への支援は当然の行為であることを示す態度だ。
それも仕方ない。
彼女、ミラージュ・ナイトメアは、私の従者なのだから。
「……仕留めるぞ」
「はい、綾蔵様」
彼女は邪斧を構え直し、私は右手の刀を天に掲げ。
「……『疑心透魔』」
「『四面楚歌』」
ふたり同時に宣言した。
周囲に現れたのは、おぞましい数の銃鬼。
彼らは私の上下左右四方向に列隊で広がり、私を中心とした巨大な十字架を造り出す。
四本の隊列は、私を中心としてふたつの「く」の字の形をとった。
零の視界を覆うような布陣だ。
地上での迎撃戦において有利な戦術がある。
それは、部隊を左右に列状に展開して敵の進路を「く」の字で塞ぎ、機関銃による制圧射撃を浴びせることだ。
敵の居場所で弾幕が交差するため、面での制圧が可能となる。
人間の戦術、十字砲火だ。
この『四面楚歌』はその応用。
十字砲火を縦軸でも行う、いわば立体的な十字砲火である。
「放て」
私の声を合図に、一斉に射撃を始める銃鬼達。
本来彼らは空を飛ぶことなど出来はしないが、今は私の妖力によって強化されているため、浮遊しながらの射撃が可能となっている。
姿勢を持ち直したばかりの零の周囲を、光弾の弾幕が覆い尽くす。
その密度は、筆舌に尽し難い。
彼女は、完全にその中に取り残されてしまったのだ。
だが、彼女が狼狽しているのはそれだけが理由ではない。
今しがたミラージュが発動した、幻術『疑心透魔』。
その効果によって、零の視界には光弾はひとつも映っていないからだ。
幻術の効果は、なにも存在しないモノを現すだけとは限らない。
存在するモノを隠す、消す、透過させることもできる。
「っ、一体……!?」
零が動揺する。
今、透過させているのは見た目だけ。
風や風切り音、質量や妖気は間近に感じているはずだ。
だからこそ、彼女は気付く。
これは幻術であると。
これを解かねばまともに動けないと。
そのために彼女は使う。
物事をあるべき姿に正す、自らのその能力を。
「幻術……!『正せ』」
そして彼女は、罠に嵌まる。
正された零の視界を埋め尽くす光、光、光。
その密度は、向こうの夜空を見せることすら許さない。
勿論、私の姿も、ミラージュの姿も、見ることは出来ない。
彼女は自分から、その眼を潰してしまったのだ。
零が一瞬呆然とした後、焦りの表情を見せる。
私はその間に、ミラージュを零の直上へと移動させた。
そして、ミラージュが邪斧を振りかぶり、私が刀を横手に構え。
「……『アルマーズ』」
「『無名秘剣』」
同時に、その得物を振り抜いた。
鋭く疾い刀の斬撃波が、一瞬で弾幕を裂いて零に斬りつけた。
彼女がそれに気付く前に、重く強力な邪斧の衝撃波が続けて襲いかかる。
「がっ……!?」
聖槍を斬り断たれた上、胴を殴り飛ばされる零。
あまりの連続攻撃に、彼女は悲鳴を上げることすら叶わない。
純白の聖槍が光の粒となり散ってゆく。
力を失ったその身体が凄まじい速度で弾幕を裂き、地へと墜ちていく。
空中に留まるための妖力も、受け身をとるだけの気力も、最早残っていないようだ。
零は、天蓋の外縁部へと落下した。
轟音と共に舞い上がる砂礫と土煙が、落下地点を覆い隠す。
巻き込まれた自動車や暗鬼が、路上に転がる。
「死んだ……でしょうか」
隣に降りてきたミラージュが、惨状を睨みながら尋ねてくる。
「この月だ、まだ死ぬまい」
私は夜空を見上げて返答した。
寒空の宵闇に浮かぶ満月は、地を月光で照らしている。
照月零は月光の妖怪。
その妖力や実体を維持するためには、月の力が不可欠である。
環境に左右されるという欠点はあれど、条件さえ整えば大きな力を発揮できるのだ。
今宵は満月、条件は整ってしまっている。
回復される前に、止めを刺す必要があるだろう。
晴れた土煙が、落下地点を曝け出す。
アスファルトに作られたクレーターの中央、見るも無惨な姿で横たわる零の姿があった。
純白のドレスには無数の傷がついており、所々血も滲んでいる。
顔には既に生気は無く、目蓋も閉じたまま。
僅かに開いた唇から漏れる息も絶え絶えだ。
「待て、私が殺る」
今にも突撃をかまそうとしたミラージュの右肩を掴み、引き止める。
「……綾蔵様が手を汚す必要はありません。私が……殺ります」
「此方の台詞だ。お前はまだ若い、手を汚すのは私でいい」
しばし問答を交わす。
だが意外にも、ミラージュは頑として譲ろうとしない。
私が命令として強いる気が無く、語気を荒げられないのも原因のひとつだが。
如何なる理由や過程であれ、他者を殺めた者は少なからず心を蝕まれる。
主に罪悪感や後悔、恐怖といった感情によってだ。
私は構わない。
相手が人間とはいえ、多くの命を奪った元凶であることは、自他共に周知の事実だ。
殺戮者の烙印を捺されて然るべきだろう。
だが、ミラージュは無関係だ。
彼女は、私の命令に盲目的に従っているだけ。
ましてや私の勝手で生み出された存在である。
率先して殺戮の責任を負う必要は無いし、負わせたくない。
だから、こうして彼女を止めているのだ。
不意に、肩を掴む左手にミラージュの手が重なる。
華奢な彼女の腕では、私の手を払い除けることなど出来ない。
それでも彼女は、手を離そうとはしなかった。
「綾蔵様」
名を呼ばれ、ふと視線を上げる。
真っ直ぐに見つめる紫の双瞳が目に映った。
「……あなたの従者として、やらせて下さい」
その瞳に浮かぶのは、怒りでも殺気でもなく。
「お願いします」
嘆願だった。
零に恨みがあるからでは無いのは、すぐに解った。
彼女は従者として、主の役に立ちたがっているだけなのだ。
「……いいだろう」
そう言って、肩から手を離す。
遂に突っぱねることが出来なかった。
私の意志は、思いの外優しく作られてしまっているようだ。
「……ありがとう、ございます」
彼女はそれを知ってか知らずか、少し申し訳なさそうに礼を言った。
握っていた私の手を離し、代わりに邪斧を握り直す。
そして、零にトドメを刺すべく、じりじりと彼女との距離を詰めていく。
ミラージュは強くなった。
実力も、内面も。
今や私のほうが薄志弱行に見えてくる程だ。
是非、これからも成長し続けてもらいたい。
そしてある程度まで成長した時。
彼女は私の下を離れ、独りで生きていくことを望むのだろうか。
まさしく、子が親離れをするように。
「…………」
離れていくミラージュの背中を眺めつつ、考えてみる。
いずれその時は来るだろう。
だがそうなったとしても、やはり私は拒絶できないのかも知れない。
私は力をもて余すだけの、弱く未熟な妖怪なのだから。
「“理想郷”は、手に入れたのかしら」
背後から響いた、女性の声。
それは明るく優しく、冷たく棘があり、そして懐かしい。
「……何故、」
だが、それは聞こえてはならない声。
あってはならない現象。
存在してはならない者の、存在の証明。
「何故、生きている」
驚愕のなか、どうにか言葉を絞り出す。
全身の毛が逆立っているのが分かる。
掌が汗に濡れ、口の中が渇く。
「今まで、何処に居た」
困惑、嫌悪、そして怒り。
様々な感情が生まれては積み重なり、激しく渦巻く。
「どうやって、生き延びていた」
振り返る。
目に映ったのは、女性の妖怪。
派手な意匠の服と日傘、長い金髪に紫の瞳。
閉じた扇子の添えられた口元は、挑発するかの如く歪んでいた。
「答えろ」
有り得ない。
起こり得ない。
あってはならないのだ。
「八雲……紫…………!!」
この女が、生きていることなど。




